第6話 アダプター1へ向けて (6) part-1
アダプター1へ向けての準備が終わった、Y028部隊の一同。
招集が掛かるはずの時間にとなっても一向にその気配がない。
何か変わった事でも起きているのだろうかと、一同は作戦指令室へと向かうのだった―。
「これは、Y028部隊の皆さん。お呼び立てが遅れて申し訳ありません」
作戦指令室へと入った斑鳩たち六人を迎えたのは、補佐官のウィッダと見慣れぬ二人のヤドリギだった。
「いえ、こちらの準備は整ったので、その報告がてらと思いまして」
斑鳩は室内を改めて見直す。
普段ならこの時間、常駐しているはずのミルワード司令代行の姿が見えない事に、少し首を傾げる。
「ミルワード代行は……?」
問う斑鳩に、ウィッダは傍らに佇むヤドリギの二人にちらりと目を向ける。
「……実は、アダプター1への拠点設営の際にあるものが見つかりまして」
「あるもの?」
「ええ、そうですね……マルセル隊長、説明をお願いしても? 代行が来るまでに私は少々書類の整理を」
聞き返す斑鳩に、傍らのヤドリギの男にウィッダは頷く。
マルセルと呼ばれたその男……左腕に着けられた腕章から見るに、実戦部隊ではない。
腕章の色から見るに、あのY035部隊と同じく回収班などの護衛に当たる任務を主とする、護衛部隊所属を表していた。
「斑鳩隊長、お疲れ様です。 自分は今回アダプター1拠点設営の護衛を任された、Y036部隊……その部隊長、マルセルと言う」
斑鳩よりも少し年上だろうか。
オールバックにまとめた茶髪に、整えられた短いあご髭がよく似合っている。
そう言いながら、彼――マルセルは斑鳩の前に歩み寄ると右手を差し出す。
斑鳩はその手を握り返すと、一つ頷く。
「丁寧にありがとう、マルセル隊長。 ……しかし、Y036部隊というのは初めて聞く。 ひょっとすると……」
聞き返す斑鳩に、彼は「察しの通り」と頷いてみせる。
「先の作戦で機能不全になったY035部隊の後釜の仮設部隊……と考えて頂いて結構。 ……元は別動隊で働いていたが、Y035部隊のドーヴィン隊長とは旧知の仲でね。此度アダプター1への拠点設営、及び護衛任務をを僭越ながら受けさせて頂いた。 ……彼女は同部隊の五葉だ」
「……Y036部隊所属、式狼!五葉つかさ……ッス!」
マルセルが首を向けた先でもう一人のヤドリギの女性……黒髪を頭頂部で乱雑に結びあげたような髪型に、やや小柄だが意志の強そうな瞳。
五葉と呼ばれた彼女は、斑鳩たちの方へと向き直ると勢いよく敬礼の体勢を取る。
「Y028部隊長、斑鳩だ。 こちらの隊員の紹介もしたいところだが……ひとまず、何があったか伺っても?」
その言葉にマルセルは握った右手を解きつつ、斑鳩に机に広げられた一枚の書類を渡しながら、神妙な面持ちで語り始めた。
「ああ、実は設営に至って件のアダプター1に対して我々の部隊で再度安全性の確認を行ったのだが……その時、偶然にも見つけたものがあってね。 その書類に添付されている写真を見て貰えるかい。 ああ、もちろん皆で見て頂いて結構」
彼は後ろで控えるY028部隊の面々にも軽く頷いて見せる。
「写真……?」
詩絵莉は呟きながら、他の面々と斑鳩を囲むようにして彼が手にした書類に目を落とした。
細かい文字が並ぶ中、一枚の写真がクリップで挟み付けられていたのだが、それを目にした斑鳩、ギル……そして詩絵莉、ローレッタ、さらには背を伸ばす様にして後ろから覗き込んだフリッツも、思わず眉をひそめる。
「……これは、何だ?」
その写真――そこには、恐らくはヒトだったものだろう。
薄暗い地下と思わせる狭い空間に伏せる人体から、タタリギ特有の黒い蔦の様な、根の様なモノが生えている。その光景は、一言で言い表すならばまさに異様と言う他持って無い。
「う……」
思わずローレッタ、詩絵莉も口元に手を当て、目を逸らす。
「……これはおそらく、前作戦のさらに前……斑鳩隊長、貴方らが中継局設営に際して"発見出来なかった"と報告にあった、あの丙型タタリギの一体…かと思われる」
「そ、そんな!?」
ローレッタは思わず、彼の言葉に声を上げる。
「あ……す、すみません……式梟、木佐貫・ローレッタ・オニールです。 あの、でもあの時かなり丁寧に木兎を飛ばして捜索したんですが……その。 見落としがあったとは……思いたくないのですが……」
名乗るも、次第に声を落としながら申し訳なさそうに台詞を口にする彼女に、マルセルは横に首を振る。
「いや、木佐貫隊員。 貴女をしても発見出来なかったことだろう。 これが発見されたのは崩落した瓦礫の下にある地下倉庫内……恐らく、この一体が入り込んだ後に入口が瓦礫で塞がった、と見るべきか。 木兎での探索で見つからないのも無理はない」
「ッス! 改めて瓦礫の隙間を確認して回ってた自分たち式兵が、偶然見つけたと言っても過言じゃない場所だったッス。 あれは木兎での探索ではまず見つからないと思う……ッス!」
独特の口調で、敬礼したままの五葉もマルセルの言葉に、フォローとばかりに付け足した。
二人の言葉に、斑鳩はあからさまに苦渋の表情を浮かべる。
少数部隊のY028部隊にとって、これはどうしようもない欠点とも言える事だ。
戦闘面に特化していると言えばそれまでだが、彼ら斑鳩たちの部隊は圧倒的に人数が少ないため、その捜索の大部分をローレッタの木兎に任せる形になっている。そうなると空からの傍観という意味で、木兎の性質上どうしても地下や木兎そのものが入り込めない隙間は探索しようがない。
「キサヌキ、気ぃ落とすなよ。 俺たちの部隊は万能じゃあねえ。 こういう事だってあるさ」
「うん、ローレッタ。 木兎は狭い地下空間が苦手。みんなわかってるよ」
それでも、式梟としてのプライドか。
あの時見逃した一体がこうして後に発見された事に落ち込む様子のローレッタに、ギルとアールはそれぞれフォローを入れる。
「……それで?結局コレは……何だったの?」
詩絵莉はローレッタの肩を慰めるようにぽんぽんと叩きながら、マルセルに向き直り答えを促した。
「まだ詳細までは……しかし、教授さんの見立てでは、"これ"がタタリギそのものに成りつつあり……さらにあの乙型壱種を呼びよせたのではないか、という仮説を立てている様だ」
マルセルが告げる言葉に、一同は唖然とした。
中でも、その言葉にローレッタはさらに青ざめる。
――わ、私が発見出来なかったから……あの乙型が、アダプター1に……Y035部隊を……!?
「……仮にそうだったとしてもだ、ローレッタ。 責任を感じる気持ちはわかるが、状況的にお前に落ち度はない。 あるとすれば、時間を押してでもつぶさに足で探索を指示しなかった俺の責任だ、いいな」
察するまでもない彼女の反応に、斑鳩は隊長として声を掛ける。
ローレッタは斑鳩の言葉に目を閉じ、天井を扇ぐと、小さく頷いた。
その様子を見て斑鳩はもう一度書類に目を落とすと、僅かに眉をひそめる。
「しかし、タタリギそのものに変質しようとしていた……か。 にわかには信じられないが……これを見る限り、頭から否定は出来ないな……」
寄生された人……通称、丁型、ないし丙型タタリギ。
この場合、戦闘員……つまりヤドリギが寄生されタタリギと化したもの……つまり、丙型の個体。
丙型はその生前ヤドリギであった身体能力に加え、武装の可能性がある……が、単体ではヤドリギからとってみれば、油断さえしていなければそれほど脅威となる存在ではない。
稀に討伐されず丙型タタリギとして長い時間を過ごした個体は深度がより深まり、単体でも驚異的な戦力を持つものがいる……斑鳩たちが知り、経験からも得ている知識ではここまでだ。
しかし、写真のこの個体は明らかにそれを逸脱している。
身に着けている装備から見ても元ヤドリギ……丙型なのは間違いないが、今はその身体をタタリギ特有の黒い根の様なもので覆い尽くされ、さらには天井へ向かい手を広げるように樹木の様なものすら生えている。
「フリッツ、あんた博学そうだけど何か知らないの、コレ……」
「ぼ、僕は機械工学専門だからね……タタリギの生態については一般的な知識はあるけど……専門じゃないから……」
気味悪そうに写真をなるべく見ないよう指差し、詩絵莉はフリッツに振り返る。
思わぬ詩絵莉からの問いかけに、彼はぶんぶんと首を振って答えた。
「だがよ、確かにこいつは……深度を増したタタリギから生える触手っつうか、根っつうか……アレにしか見えねえしな。 うすっ気味悪いったらねえぜ、なあ」
「……そうだね」
ギルも斑鳩の隣から写真を覗き込むと、傍らで黙りこくっていたアールに声を掛ける。
だが彼女は肯定する言葉とは裏腹、どこか上の空といった風にその写真をぼうっと眺めていた。
その傍らで険しい表情で押し黙っていたローレッタは、ふうう、と小さく息を吐く。
斑鳩やマルセルは自分のせいではない、と言う。
状況が状況だけに……確かに木兎でも発見は難しかったかもしれない。
それでもやはり責任は……梟としての責任は、感じる。彼女の脳裏に、前作戦の出来事、そしてクリフの顔がよぎる。だが、この場でそれを悔いても話が前に進まない。……今この場では、それは飲み込もう。
ローレッタはぎゅ、と目を閉じ、ごくりと文字通り喉を鳴らすと、マルセルへと向き直る。
「……マルセル部隊長。 式梟としてこれを発見出来なかった事、その……本当に申し訳なく思います……。 それで現在、この……丙型個体はどういう処理を……?」
「いや。 重ねてだが木佐貫隊員、貴女に落ち度はない。 基地局設営の作戦概要は伺っている、もちろん斑鳩部隊長……あなたの責任でもない。 これは……ある種の事故、と言っていいだろう」
ローレッタの言葉に、彼は緊張感のある表情すら崩さなかったが、やや温和な口調でそう言い、続ける。
「現在は……ミルワード代行の指示によって一部のサンプルを採取した後、大事を執ってデイケーダーによって完全に活動を停止させた。 今、代行を加え教授さんが上層部にその報告に出向いて……」
彼のその言葉を遮る様に、指令室のドアが静かに開かれる。
その気配と音に一同が振り返ると、そこには丁度マルセルの話に出ていたミルワード司令代行。
続いて教授……峰雲が、重そうに押す台車に何やら大きなアタッシュケースの様なものを二つ載せ、部屋に入ってくる。
「ああ、斑鳩君……一同、揃っていますね」
「やあ君たち。 ええと……その様子だと、アダプター1で発見されたあれについては聞き及んでいる様かな……?」
ミルワードは足を止めずに斑鳩たちに頷いて見せると、手に持つ書類をウィッダへと渡し一言二言小声で言葉を交わす。程なくして、彼女はマルセルと五葉へと向き直った。
「マルセル隊長、五葉君。 報告ありがとうございました。 後は私と峰雲が彼らに説明を行います、下がってゆっくり休んでください」
「了解しました」
「了解ッス!」
Y036部隊の二人はミルワードに敬礼をした後、再び斑鳩へと顔を向ける。
「では斑鳩部隊長、Y028部隊の皆さん……私たちは一旦これで。 アダプター1の護衛に際して現地でまた会う事になるだろうが……宜しく頼みます」
「了解した」
退室する二人が扉を静かに閉める。
その様子を全員で見送った後、ミルワードはふうっ、と大きくため息を付いた。
「改めて……こちらからの連絡が滞ってしまって申し訳なかったですね。 流石にこんな事態は想定していませんでしたので……まさか、アダプター1にあんなものが居るとは……ゆめゆめ想像もしていませんでした」
「まあ、まあ。差しあたっての脅威は取り除かれたわけですし。 Y036部隊はいい仕事をしてくれたという事にしておきましょう、代行司令」
顔を覆う様に片手をこめかみに当てながら疲れた様子のミルワードに、重そうな荷を引いた為か……峰雲そう声を掛けつつ、「あいてて」などと呟きながら腰に両手を添え、仰け反る様に背を伸ばす。
峰雲の言葉に、ミルワードは気持ちを切り替えるように一泊置き、説明を始めた。
「さて、では……発見されたこれ……についてですが。 事情はマルセル部隊長からも聞いた事でしょうし、事の発端は省きます。とにかく、地下に潜んだ丙型が何らかの変態を遂げていました。 ……これをアガルタに問い合わせたところ、過去にも似たような事例は数こそ少ないですが確認されている様です。現段階ではその目的も意味も研究段階ゆえ、不明でもあるとも」
疲れを振り払う様にミルワードは首を僅かに左右に振ると、ウィッダから斑鳩たちが見る書類と同じ物を受け取る。
「不明……なんだか不気味ね」
彼女の説明に、腕組みをしながら斑鳩が手に持つ書類に今一度目を落とす詩絵莉に、峰雲は頷く。
「僕もタタリギの研究に携わっている人間ではあるけれど、初めてお目に掛かる事例だ。 アガルタからの報告によると、その状態のタタリギを"幼樹"……と呼ぶらしい。 まだ詳しい事は解かっていないらしいけど、状況からの見立て通り、他のタタリギに対して何らかの呼び掛け……いや、フェロモンの様なものを分泌し、呼び寄せているのではという仮説があるとの事だよ」
「幼樹……ですか」
峰雲の説明に、斑鳩は小さく呟き返す。
彼――斑鳩もまた、タタリギに関しては手が届く範囲にある資料は全て目を通していたが……幼樹、というこれは初めて見聞きする。それは斑鳩以外の皆も、また同じだった。
「君たちが下したあの乙型壱種が、何故あのタイミングでそもそもアダプター1へと進行したのか?……ひょっとしたらこいつに呼ばれたのかもしれない。 実例があるとはいえ、報告数自体は少ないみたいだし……僕も実際には初めてお目に掛かる事例だ、結論付けるには早いかもしれないけど、ね」
写真に写るその幼樹の姿と、これがあの乙型を呼び寄せたかもしれないという話。
二つの衝撃的とも言える事体に静まり返る皆に、ミルワードは、ぱん、と手を胸の前で鳴らす。
「とにかく、この幼樹に関しては既に処置しています。 Y036部隊にも隈なくアダプター1を改めて探索して貰いましたが、見つかったのはこの一体だけ……やはり状況からして、前々回の中継局設営時に発見出来なかった個体と見て間違いないでしょう。 ヴィルドレッド局長にも報告、協議した結果この一件に関しては不明な事が多すぎるため、"いち脅威を排除した"という結論付けにして、計画通りアダプター1での活動へ向けての話を進めたく思いますが……宜しいですか?」
確かに、タタリギに関して恐らくこの第13A.R.K.内で最も精通しているであろう教授こと、峰雲を以てしても稀有な事例。
さらには報告を上げたアガルタでさえ目的も意味もまだ判明していないというならば、ここで意見や考察を交わしても仕方がないだろう。
斑鳩たちは改めて、自分たちがいかに未知の存在と戦っているかという事を、強く感じるのだった。
…………――――第6話 アダプター1へ向けて (6) part-2へと続く。