第6話 アダプター1へ向けて (5)
―それそれの朝を過ごし、思いを新たに胸に抱え。
Y028部隊の面々は、格納庫内へと集合する。
「ローレッタ、少し遅れた……待った?」
格納庫の片隅に駐車されたN33式兵装甲車の前。
外装のチェックを行うローレッタの元に、声を掛けながらアールが買い物袋を抱えたまま、とてとて走り寄る。
「あ、アルちゃん! ううん待ってない待ってない」
アールに気付いた彼女は出かけたあくびをかみ殺すと振り返り、にっこりとほほ笑んだ。
「……お?あれ?ギルは?」
少し背を伸ばすよう踵を上げながらアールの背後を見るローレッタに、アールは頷きながら言葉を返す。
「えっと……コーデリア、途中まで送ってくるって。イッパンジンは格納庫入れないから、とか」
「あ、そっかそっか。 コーデリアも買い出し手伝ってくれたのね」
アールが持つ買い物袋を受け取り、装甲車横の工具などが置かれた台へと運び置くと中身を確認する。
「えーっと……下着類と、あと乾燥食料に……これとこれ……うん、ばっちり」
ローレッタは袋の中身をがさごそと確認しながら頷いた。
「ありがと、アルちゃん!あ、お買い物どうだった?お店あるところ行ったの、初めてでしょ」
彼女はそう言うと、買い物袋の中に入っていたスティック状のレーションを一つ取り出し、開封すると一本をアールに渡す。
それを受け取ったアールは、ローレッタが口に含むのを確認したのち、自らも頬張った。
「……ん……これはうまいやつ……お店で万能ナッツの串焼き食べた……けど、あまりうまくなかった……」
「素焼きの串焼き!……そっかぁ、私あれわりと好きなんだけどなあ」
少し苦笑しながらレーションの残りをぱくつくと、ぱんぱん、と手を払うローレッタ。
わりと好き、という思いがけない言葉を聞いてアールは目を丸くした後、片手に持つそれを彼女と同じく口へ運ぶ。
「でも……楽しかった。ああいう場所は、初めてだったから」
「そっかそっか!今度帰ってきたら今度は部隊の皆と行こ!シェリーちゃんともよく買い物行くんだよ。お店は多くないけどさ、色々見て回って……食べ歩いたりして、楽しいもん」
ローレッタは笑顔で身振り手振りでその楽しさを伝える。
彼女の動きを頷きながら見ていたアールもつられて笑うと、「うん」と大きく頷いた。
「おーい!いやー、待たせちまったか? すまねえな」
「アール、買い出しありがとう。 ローレッタ……顔色はいいな、体調はどうだ?」
話が弾む彼女たちの後ろから、ギルと斑鳩が姿を現した。
少し離れた場所からその後ろを歩く詩絵莉の姿も見える。
「タイチョーお疲れ様!うん、起き抜けは結構アレだったけど、もう大丈夫」
むふー、とわざとらしく鼻息を立てながらローレッタは両腕で力こぶを作るようなポーズを取る。
斑鳩は彼女のそのポーズに「そうか」と柔らかい表情を浮かべ頷き……その後ろ、一歩遅れて寄った詩絵莉が苦笑した。
「ロール、お疲れ様。 今日は元気そうね」
「ムフフ……なんたってロールちゃんは今、パワー充電完了したところだからね!」
笑うローレッタとは対照的に、少し疲れた顔を見せる詩絵莉にアールは首を傾げた。
「……詩絵莉、元気ない? なにかあった?」
アールの言葉に、詩絵莉はちらり、と含んだ視線を斑鳩に向ける。
詩絵莉はここへ来るまでに、「皆に地下でのあの話はしないでよ、わかってるわね暁」と斑鳩に念を押した事を再度、彼に訴えかける。
斑鳩は「別に恥ずかしいことじゃないだろう」と首を捻っていたが、そうもいかない。
ひけらかす必要がないものは、そっとしておくのがいいのだ。
ましてコミックヒーローに憧れてこのヘアスタイルやピアスをしている、なんて。
暁にばれただけで、顔から火が吹く思いだというのに、皆に知られた日には……日には……。
「詩絵莉?」
再度覗き込むアールに、はっと我に返り、彼女は右手を目の前でぶんぶんと振る。
「なっ、なんでもないなんでもない! ……ええとほら、整備士の事でちょっと、ね。 変わったヤツが担当になったから……うちの」
「ん?整備士って……セヴリンじゃねえのか?」
ローレッタが開けたレーションを一つ取り出し、つまみながらギルが疑問を浮かべる。
「ああ、その事なんだが……」
丁度良かった、と斑鳩は多数の別動隊が第14A.R.K.攻略の最中セヴリンが多忙でやむを得ずY028部隊の担当を外れた事、加えて別A.R.K.から赴任してきた変わり者の凄腕整備士、フリッツの事をかいつまんで皆に説明する。……当然、詩絵莉のあの話は伏せて。
「――というわけなんだ。 そろそろ彼もここへ来ると思うんだが」
「ほえー、撃牙の改造……なんだかすごいね、そんな話私も初めて聞いたよ」
斑鳩の説明を興味深そうに聞いたローレッタは腕組みしながら、感嘆の声を漏らす。
「螺旋撃牙ねえ……確かに凄そうだな。 お前が実際撃ってみて使えそうだったんだろ? どうするんだ、次の任務から使うのか?」
「……それなんだが、俺は南東区域攻略に向けて心強い武器になると思ってはいる、んだが……どう申請したものか、悩むところではあるんだ」
斑鳩の言葉に、アールは僅かに首を傾げる。
彼女の「どうして使わないの?」という表情にローレッタは気付き、フォローを入れる。
「使用武器の申請っていうのがあるの。多分その改造撃牙はこの箱舟では登録されてない武器だろうから……記録とかにもどう残すか、っていうのをタイチョーは悩んでるんだよ」
その言葉に、うーんとさらに首を傾げ、アールは疑問を口にする。
「……だまって使ったら、まずい?」
「この際それもありな気はするんだが……ここは筋は通しておきたい。 螺旋撃牙が実戦で有効ならば、なおさらだ。 整備の面でも、装備の改修の面でも彼に後ろを気にする事なく励んで貰いたくある。 その為にも、ここは話を付けておいた方がいい……と思うんだ」
斑鳩の言葉に、皆は「確かに」とそれぞれ思い思いの様相で納得する。
少数部隊とはいえ、未だアールの式神の事すら公にされていないY028部隊は、目的も攻略場所も、他に存在する部隊とは既にその毛色はまったく違うものになりつつある。
しかしそれでも、この第13A.R.K.に所属する身分であるのは確かなのだ。
最低限、上には話を通しておく必要はあるだろう。
「南東区域は存在するタタリギの種類や数も、現状では未知の領域……そこへ攻め込むってワケだし。 心配事はなるべく減らしておきたいところね」
斑鳩と共にフリッツの手腕をその眼で見た詩絵莉。
性格や趣向はともかく……整備士としてその腕は信用出来るのは確かだ。整備においても兵装の改造においてもしかり……。
ならばこの際、正規の手順で螺旋撃牙を申請してみてはどうか、と彼女は付け加えた。
「……しかしよ。だとしてもどうするんだ? その正規の手順ってやつ……新しい兵装の申請なんかどこにすりゃいいんだろうな……?」
両腰に手を宛がうと、ギルは困惑の表情を浮かべる。
「確かにそれが問題なんだ……兵站管理部か? それとももっと上……それこそミルワード司令、いや……ヴィルドレッド局長にこの際直訴してみるか……?」
彼の言葉に斑鳩も「うむむ」と手を口元に添えながら疑問を口にしたその時だった。
突如、彼らの背後から声が掛かる。
「はぁはぁ……お……遅れまして、Y028部隊の皆さん……!!」
「うわびっくりしたぁ!」
一同は驚いて振り返ると、そこには不摂生そうな顔に汗を浮かべ、より顔色が悪くなった無精ひげの青年が一人。
大きく息を乱しているのは余程の距離を走ったのか、それとも元より体力が無いのか。
その声の主――フリッツ・クラネルトに一番近かったローレッタは、思わず飛びずさり傍らに居たアールに、ひし、と抱き着く。
「斑鳩さん……お待たせしました……ぜえぜえ……ちょっと、色々と……やる事が、ええ……」
「よく来てくれた、フリッツ。 皆、この彼が先程話したセヴリンに変わってうちの部隊の専属整備士に付いてくれた、フリッツ・クラネルトだ」
息も絶え絶え、といった風に彼は肩で大きく息をしながら、「ど……どうも……」と皆に挨拶をする様に頭を下げるフリッツ。
突然の登場と彼の様子に「よ……よろしく……?」と皆が戸惑う中、フリッツは詩絵莉にも目をくれる事もなく、斑鳩へ脇に抱えたファイルを手渡す。
「……これは?」
受け取りながらも疑問を浮かべる彼にフリッツは、粗い息のまま苦しそうな表情を抑え込むと、にやり、と笑う。
その「まあ目を通して」と言わんばかりの彼の様子に、斑鳩は徐にファイルを開く。
1ページ目には、まずY028部隊付けの整備士として正式に認可する、といった内容の書状が閉じられていた。
サインの欄には、恐らく兵站管理部の窓口の彼のものと思しきものと、ミルワード司令代行のもの。斑鳩はそれを眼にし、頷きながら次のページ、そして次のページをめくっていく。そして内容を確認していくにつれ、斑鳩の顔には驚きの表情が浮かび始める。
「ど、どうしたイカルガ……何が書いてあんだ?それ」
「……タイチョー、見せて見せて」
「ちょ、ちょっと詰めなさいよね」
「ち……ちかい……」
驚きの表情を浮かべる彼の脇へ他の四人も詰め寄る様にして、斑鳩の手元を覗き込む。
その手元……そのファイルにある書類は、撃牙――いや、螺旋撃牙の正式な仕様書だ。恐ろしく緻密に描かれた改装部分の設計、強度計算、その全てが細々しくも丁寧な文字で書き連ねられていた。
そしてさらに、その使用を認可する旨の内容と共に。
走り書きで、ヴィルドレッド・マーカス……局長のサインが添えられていたのだ。
「こ……これは……フリッツ、あんた局長に掛け合ってきたの!?」
驚き顔を上げる詩絵莉に、彼は「ふふふ」と不敵な笑みを浮かべると、眼鏡をくい、と中指であげる。
「こ……幸運だったんだ……小一時間程前にY028部隊の整備担当の書類にサインを貰って、指令室出てすぐ……局長とばったり顔を合わせてしまって」
彼の言葉に、ローレッタは先ほどこの場所を後にしたヴィルドレッドの事を思い出していた。
時間的にも合う……私と話を終えたあと、帰りがけか、あるいは更なる散歩に足を延ばしていたのか……局長はその時、彼と出会ったのだろう。
「見ない顔だな、なんて言われちゃって……はは、いやまあご挨拶に伺う事もなく、引き籠ってたわけだし……ああそれで、斑鳩さんとアーリ……泉妻さんに誘われ、Y028部隊の専属整備を担当する事になりました、と改めて挨拶したところ、局長は目の色を変えまして」
そう言うと彼は漸く息が整ったのか、一度ふううと大きく深呼吸の後、話を続ける。
「いち整備士に過ぎない僕の話を熱心に話を聞いてくれたので、勢いでつい……螺旋撃牙の話をしちゃったんだけど、斑鳩さん。 貴方が問題ないと判断したなら、その使用を特例として認可する、と」
興奮冷めやらぬ、といった風に彼は皆に詰め寄り、目をキラキラとさせてみせる。
「あんた見た目より随分行動力がある男だな……気に入ったぜ」
ギルは驚きながらもニヤリ、と笑うと彼の行動に称賛を贈る。
「特例……」
斑鳩は彼の言葉に「ふむ」と軽く握った拳を口元にあてながら目を細めた。
その様子を、アールは首を傾げながら彼の表情を覗き込む。
「……斑鳩、また難しいこと、考えてる?」
「ん?いや、そうじゃないんだけどな……特例……。 つまるところ、局長の権限を以てうちの部隊で螺旋撃牙のテストを行え、という事か」
彼の言葉にフリッツは「察しがいい、斑鳩さん」と、大きく頷いた。
「うん、その通り。聞けばY028部隊は少数の特殊部隊……今も何やら、色々と周りに伏せながら実戦であれこれデータを録っている、とか聞いたけど……つまり、そのうちの一つとして螺旋撃牙を扱え、って事みたいなんだ。僕としてはありがたい限りだよ」
色々と周りに伏せながら。
斑鳩はチラリとアールに視線をやる。彼女もまた、自分の事やアガルタ関連の話題だと分かったのだろう。
彼女もまた、紅い瞳で斑鳩を見つめ返していた。
「なんだか、"実験部隊"みたいになってきたわね、あたしたち」
ふうっ、と肩を竦めながら苦笑する詩絵莉の言葉に、斑鳩はフリッツに視線を戻しながら口を開く。
「……実際、現状南東区域の攻略、そして脅威に対抗出来てフットワークの軽い部隊は俺たちしか居ないんだ。 ……本来ならアガルタとは言わないが、別の箱庭から兵力の派遣でもあって然るべきだと思うんだけどな」
そこまで厳しい表情語ると、斑鳩は一変して不敵な笑みを浮かべた。
「だがまあ、この際"実験部隊"であるのもいいだろう。 端から厳しい戦いとなるのは誰もが承知しているんだ。 こうして局長の承認を得たのなら、 遠慮なくフリッツの螺旋撃牙……存分に"試験"させて貰うとしよう」
斑鳩の言葉に、ローレッタはヴィルドレットとの会話を思い返し、瞳だけを、斑鳩を見つめるアールに向ける。
――"アガルタの真意がどこにあるかわからない"か……。
物資や兵力の派遣が無いのが局長の言う通り、アガルタの判断だとすると……それが彼女、アールをこのY028部隊に配属せしめる為だったとしたら……。
彼女は、一体何者なのだろうか。
一人の式兵を派遣する為に、ある意味陥落しタタリギの巣窟となった第14A.R.K.からの脅威に対し、我々第13A.R.K.のヤドリギたち……しいてはこの箱庭全ての人の安全と引き換えにしている事になる。
確かに先の戦いで彼女が見せた"力"は本物だ。……狼としての動きは斑鳩やギルをも凌ぐかもしれない。
実戦経験は無いに等しい、とあの黒ずくめの制服の男……ヒューバルト大尉は言っていたが……。
そもそも実戦データのフィードバックと言っていたが、どうやってそのデータを録っているのかもわからない。
式梟によってコンソールに記録され、提出される作戦ログやバイタルチョーカーのデータを参照としているのだろうが……最新のA.M.R.T.被験者のデータ回収にしては、あまりにおざなり過ぎる。
――駄目だ、今考えるのはよそう。……タイチョーだってやっぱり何かおかしいと気付いているのかもしれない。
――ならば尚更、今は……悟られないようにしておかないと。
ローレッタは巡る思考を止めると、彼の言葉に頷く皆をゆっくりと眺めながら自らも頷いて見せた。
「今のところ、螺旋撃牙は一機しか用意出来てないんだけど……今回、君たちが出向するアダプター1へ僕も随行させて貰う。 移動や到着先でもう一機、完成させてみせるよ」
「……おいおい、フリッツさんよ。 そんな突貫作業で大丈夫なのか?」
自信ありげに語る彼に、ギルはやや不安そうな表情を浮かべつつ口を挟んだ。
フリッツはその言葉にギルへ「フリッツでいいよ」と告げながら、大きく頷く。
「大丈夫。 構成するパーツはほぼ完成しているんだ。 あとはほぼ、組み上げ行程のみ……。 出来上がったものを実際動作を確認して、納得して貰えたなら使ってくれたらいいよ」
「……なるほどな。了解だぜ」
「少しでも不安があったら既存の撃牙を使って貰ってかまわないよ。 ……ああ、これは嫌味とかじゃない……本心なんだ。 僕も僕の武器を信用して貰える様に……最善を尽くさせて貰うつもりだ。 だけど……前線に出るのは君たち式兵。 当然その判断は、おまかせするよ」
その言葉に、ギルをはじめとして皆が頷いた。
「……そうだ、フリッツ。 俺たちが前作戦以前に受けた……アガルタからの支援兵装については、何か聞いたか?」
「ああ、ああ、それだ。 それを伝え忘れていたよ!」
フリッツはそうだった、と片手を頭に沿える。
「どうも、局長承認が必要は既に得ていて、ミルワード司令代行と整備班立ち合いの元で開封はしたらしいんだ。 最新型の撃牙が一機に、式兵が装着するらしき新しい兵装とかが入ってたらしいんだけど……この後、君たち全員……特にアールさん……を加えてもう一度話をしたいって」
なるほど、と斑鳩は軽く数度頷く。
ヒューバルト大尉が残していった、アガルタからの支援兵装。前作戦では出撃前に時間が無かったために触れる事が出来なかったがものだ。
アガルタの最新兵装……ミルワード代行と整備班が見ても全て把握は出来なかったのだろう。そのために彼女、アールの意見が聞きたい、といったところだろうか。
「アール。 ……ヒューバルト大尉から預かった兵装、中身に心当たりはあるか?」
「中身は知らないんだけど、見たらたぶん……? 最新型の撃牙、っていうのは、私があっちで使ってたやつ、だと思う」
その言葉に、フリッツは目を丸くする。
「あっ……あっち……!? というと、まさかあなたはアガルタから……ッ!?」
目深にかぶったフード越しに、アールはちらりと斑鳩に視線を向ける。
その視線に、斑鳩は頷いてみせると、彼女はフリッツに向き直り軽く頷いてみせた。
「おお……おおお……アガルタからの派遣式兵だなんて、聞いた事がない……! いや、僕も比較的アガルタに近い内地で技術を勉強していたので! 是非そのアガルタの最新兵装について色々と!教えて貰いた……ぐえ!!」
そう言いながら、アールに手を広げて詰め寄るフリッツの襟首を詩絵莉がむんず、と捕まえる。
「はいはい、そこまでよ。 ……で、暁。 一通り話と準備は終わったと思うんだけど……どうするの、この後」
げほげほと咳き込むフリッツを横目に、詩絵莉は斑鳩に視線を向けた。
彼は左手に着けた腕時計に視線を落とすと首を傾げる。
「……いや、そろそろ作戦室に呼ばれる頃合いだと思ってたんだけどな。 こっちの準備は一通り終わった事だ、報告ついでにこちらから出向くか」
「そうだな、ここで待機してる意味もねえ。 茶の一杯でも出るかもしれねえし、行くか?」
確かに、アダプター1への仮拠点の設営はそれほど時間が掛かるものではないと事前に聞いている。
言えば滞在する為のコンテナハウスを数機運び設置、それに伴う機器の運搬。そしてそれらが終われば、朝一番に部隊へ招集が掛かる、という手筈になっていると伝えられていた。
そのために彼らはこうして早くから自分たちなりの準備を進めていたのだが……
実際、それらを終えこうして話をしている間にも一向に作戦室より招集の連絡はない。
ローレッタは「確かに」と自らも腕時計を確認すると、台へ広げられた買い揃えた備品を、改めながら袋に詰め直す。
「うーん、そう言えばもういい時間だよねえ……何か変わった事でもあったのかな?」
「また何か悪い事でも起きてないといいケドね。……ま、でも本格的な出撃準備は任務通達の後じゃないと出来ないし。指令室向かってもいいんじゃない?」
詩絵莉は腕組みをしつつ、ふうっとため息を吐きながら続ける。
彼女の言葉尻を、フリッツは喉元を抑えながら捕まえ続けた。
「……僕もアガルタからの装備には興味があるんだ。 お邪魔じゃなければ是非同行させてくれ」
「もとよりそのつもりだ、フリッツ。 お前の観点からの意見も是非聞かせて欲しい。それとアール」
斑鳩に名を呼ばれ、彼女は「ん?」と視線を上げる。
「お前にも頼む、分かる範囲でいいから皆に説明出来たらして貰えるか?」
「うん。 式兵が装備するものなら……だいじょうぶ。 きっと使ったこと、あるものだと思うから」
アールは「まかせて」と言う様にゆっくりと頷いた。
「うん、買い出しで頼んだ備品の再確認、おっけーおっけー。 タイチョー、これもう装甲車に載せとくね」
「ああ、頼む。 積み終わったら指令室へ向かおう」
「あ、ロール。 あたし手伝うよ。着替えとか引き出しに入れときたいしさ」
よいしょ、と荷物を抱えるローレッタに詩絵莉は袋から溢れそうな品物を数点手早く手に取ると二人は装甲車の後部へ。
その脇で彼女らを気に留める様子もなく、腕組みしたまま格納庫天井の鉄骨をぼんやり眺めながらギルが口を開く。
「しかしよ、イカルガ……気になる事があんだけどよ」
珍しい様子の彼に、斑鳩は作業台へと腰を預けながら「何だ?」と聞き返した。
「撃牙ってよ、細かい仕様の変更とかは登場してから何度かあったって聞いた事があるがよ……どうしてフリッツみてえな……なんつったらいいのかな。 改良ってのか? そういうのって今まで無かったんだろうな?」
「……それは俺も思う。だが今まで疑問に思った事が無かった。 撃牙は"そうあるもの"で、それ以上でもそれ以下でもない……撃牙の仕様は、近接戦闘に特化した狼にあつらえ、なおかつタタリギへと堕ちてしまった後の脅威性を低めるため……筋は通っているしな」
「僕みたいな撃牙の改装案は今まで無かったわけじゃない……と思うんだけどね。 さて、どうだろう……もちろん、コスト面や製造ラインを考慮された結果落ち着いた仕様だとは思う。 実際君たち狼が使う撃牙……あのサイズにしては破格の威力だ。 何より火薬の力を使わず何度も使用出来る機構は素晴らしい反面、完成されていていじりにくい、ってところもあるけどね」
フリッツの言葉に、ギルは「そんなもんかねえ」と眉間にしわを寄せた。
「……撃牙はアガルタのぶんも、基本的な構造や仕組みは……斑鳩、ここで使われてるものと、変わらないと思う」
アールの言葉に、フリッツはうんうん、と何度か頷く。
「ただ、理由はどうあれ……撃牙が登場してから大きくその仕様の変更が認められなかったのも事実だ。 僕はこれをなんとかしたいと思って螺旋撃牙を設計したんだ。 ……それに他にも数タイプ、撃牙の改良案はある。またいずれ見せれる日が来るよう、まずはここから努力するつもりだよ」
「よっし、お待たせ!……んじゃみんなでいこっか指令室~!」
仕様の変更が認められなかった……?
斑鳩はフリッツの言葉に違和感を感じ聞き返そうとしたものの、装甲車に荷物を積み終え出てきた二人を見て、言葉を飲み込んだ。
しかし、先ほど初めて知る事になったが……兵站部、技術部の直接的な管理はアガルタが行っているという事実。
そして斑鳩の目から観ても確実に既存の撃牙より高威力であろう、螺旋撃牙……。
恐らくフリッツは、自分たちが想像出来ない程の執念で作り込み、仕様書も正式なものを用意したにも関わらず取り合って貰えなかったという。
どうにも疑問が残る。配備するとなると当然、彼の言う通りコスト面で見れば既存のものとは比べ物にならない程手間も技術も必要になってくるだろう。
だが、だとしてもあれ程のものをあっさりと跳ね除けられた事がどうにも腑に落ちない。
今この時さえも、人類はタタリギによって紛れも無く窮地に追い込まれているはずというのに、随分悠長な話だ。
……コスト面だけで果たして突っぱねられるものなのだろうか。そうでないならば、他にも何か……理由があるのだろうか?
「……暁?」
「……ああ、いや悪い、少しぼうっとしていた」
……また何か難しい事でも考えてた顔ね。詩絵莉はため息を一つ付くと、彼の二の腕を小突いた。
「指令室。 行くんでしょ、隊長殿?」
意地悪くそう笑う詩絵莉に、斑鳩はつられて苦笑する。
そうだ。まだフリッツと話をする機会はある。……色々勉強してきたつもりだったが、まだ知りたい事は山ほどあるな。
斑鳩は気持ちを入れ替える様に深呼吸をすると、皆に「行こう」と一声かけ、指令室へと歩き出した。
…………――――第6話 アダプター1へ向けて (5) part-2へと続く。