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ヤドリギ <此の黒い枝葉の先、其処で奏でる少女の鼓動>  作者: いといろ
第2章 アダプター1へ向けて
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第6話 アダプター1へ向けて (4) part-2

狭い装甲車の前方。

コンソールにある謎の領域を秘密裏に調べるローレッタの背後に突如現れたのは、局長…ヴィルドレッド・マーカスだった。


驚き慌てる彼女をなだめると、二人は改めて座席に腰を下ろす―。

「……落ち着いたかね」

「は……はひぃ……」





 変わらず、N33式兵装甲車の前方部分……コンソール側の席にはローレッタ。

 隣の助手席には第13A.R.K.局長、ヴィルドレッド局長その人が深く腰を掛けていた。


 なんとも珍しい光景……いや、むしろこの局長の場合だと似合っている、と表現した方が適切だろうか。

 今は管理職に身を置くが、タタリギが出現した時代から生き残る歴戦の勇士だ。

 立派なジャケットに身を包み、威風堂々と戦闘車両に座る彼は、驚くほど様になっている。


 昔はこうやって戦場に出ていたのだろうか。混乱する意識の片隅で、ぼうっとそんな事を考える彼女に、局長は「ふむ」と立派な髭を撫でながらローレッタに視線を向けた。


「なに、朝の散歩……というと、老人くさいか? たまたま一人で整備士たちに掛け合うお前が見えたのでな……見ると、後部ハッチが開いるではないか。ふふ、つい懐かしくなってしまってな」


 苦笑しながらそう切り出すが、ちらりとコンソール画面右下に表示される「ヴィルドレッド・マーカス」の文字に視線を流すと、彼は表情を締め、少し目を細める。


「……これは俺のアクセスコード、だな……。さて、偶然目にしてしまったとは言え(とが)め無し……とは行くまい。俺のこのコードで、()()()()()()()()()()()



 ……――ああ、()()()



 ローレッタは局長の低い声に、どっと冷たい汗が噴き出るのを感じる。

 勝手に最高責任者のコードを手にしただけでなく、それを報告せずに私用で使用していたのだ。

 いち式兵、式梟(シキキョウ)の彼女にとって、これは越権行為という話ではない。



 ――式梟、解任かな、これ。だよね。だよね。ごめんみんな、私、やっぱりバカだった……。



 一瞬、走馬燈の様に皆の顔が浮かび、ローレッタは瞳に大粒の涙を浮かべる。

 次々と溢れ、頬を伝う様に零れるそれを、ヴィルドレッドは黙って見つめていた。


 ……この状況だ。言い逃れは出来ない。泣いていても……仕方がない。


 ローレッタは、ごしごし、と袖で目元の涙をぬぐうとヴィルドレッドに向かい合った。

 彼を見つめたまま。何度か、すん、すん、と鼻をすすり、何とか気持ちを落ち着かせると、口を開く。


「……ごっ……ごのコンゾールに……不明な点がっ……あるんでズ……」

「ほう……不明な点。……興味深い話だ。あの斑鳩が信頼する一人であるお前が言うのだ。言い逃れや思い付きではない……な。是非聞かせてくれるか、木佐貫……と、その前に。ここでハンカチなどを渡せれば()()()()()になれるのだろうが……あいにく持ち合わせていない、許してくれよ」


 そう苦笑し、再び髭を手でなでるヴィルドレッド局長。

 そんな彼に、ローレッタは一から事の経緯を、なるべく詳しく説明する。



 資料室の最奥で見つけたコンソールの資料にも明記されていないものが載っていること。

 その資料に貼り付けられた古いメモから、局長のコードを入手したこと。

 式梟……自らの武器である、このコンソールを余す事無く把握したかったこと。


 だがその中で、どうしても不明な機器の存在に気付き……それを解明しようとしていたこと。



 順序立てて説明する彼女の言葉に、彼はローレッタの瞳から眼を逸らす事なく、聞き入っていた。


「……という、ことなんです……勝手にきょ、局長のコードを使った事は……本当に……」


 そう説明を締めくくると、彼女は深くうなだれた。

 ヴィルドレッドはやや顎を上げ天井に視線を泳がせると「……なるほど」と一言呟く。


 上目遣いでちらり、と局長を見ると、天井を見つめ、厳しい表情を浮かべる彼が視界に映る。



 ――怒ってるよね。当然だよね……。



 ……不純な理由で行っていた行為では断じてない。


 だが、自らが行った行為は軍規に基づけば間違いなく、黒だろう。

 処分は、必ずあるはずだ……。そう考えると、胸のあたりがぎゅうっとなる息苦しさ。

 ローレッタは彼の次の言葉を永遠の近い様な感覚の中、待っていた。


「……そうか。いや、これは助かったぞ、木佐貫。このアクセスコードだが……歳は取りたくないものだな。忘れないように……とメモしていたものを無くしていたのだ。見つけてくれて感謝する」

「……へ?」


 意外な彼の言葉に、ローレッタは思わず間抜けな声を上げながらその顔を上げ、局長を見る。

 不敵に笑ながら、ヴィルドレッドは彼女に頷く。


「まあ、今はこのコンソールにアクセスする事など早々無いが……いや、したとしても正直、操作の方法もよく分からん。しかしアクセスコードも無くしていた、なんて知られた日には、ミルワードから間違いなく雷を落されてしまうだろうしな」


 そう言うと彼は髭を撫でながら、くっく、と含み笑い。

 意外過ぎる局長の言葉に、ローレッタは目をぱちくりと何度も瞬きをしながら彼を見ていた。


「……しかし、だ……木佐貫」


 先程まで笑っていた局長は低い声と共に、不意に表情を厳しいものへと変える。


「はっ……はい……」


 一瞬にして張り詰める車内の空気を感じ取り、ローレッタは無意識に背筋を伸ばした。


「このアガルタで()()製造される箱舟唯一の機器に……お前は、疑問を持つ部分がある……間違いないか?」


 鋭い視線で彼女を射抜く様に見つめるヴィルドレッド。

 ローレッタはその視線に、恐ろしい程の迫力を感じた。


「……は……はい……そうです。機械には、全て理由があるんです、機能的な理由が……。でもこの、設計図にすら載っていないこれは……どんな働きをしているのか……何かを外部に送信している様な形跡はあります……でも、何と、どこへ、どうやって"何か"を送っているのか……いや、ひょっとしたらそう思わせているだけで、他の機能があるのかも……」


 ローレッタは少し身を座席横へとずらすと、ハンドル下に開いた空間の奥、変わらず不気味に明滅する青い光を湛える箱を覗きながら、ヴィルドレッドに言葉を返す。その言葉を、彼は同じく身を屈めるとそれを覗き込み確認すると、顔を上げてローレッタを見据える。


「……木佐貫。今から俺が言う内容は、他言無用だ。いいな……斑鳩にもまだ伏せておけ」


 眼光鋭く、彼女を見つめる。

 ローレッタは"斑鳩にも伏せる"という言葉に驚きつつも、無言で何度か頷く。


「……俺はアガルタから来たあの小僧……ヒューバルトを、信用出来ないでいる。……物資の提供を餌に、事前連絡も寄越さず、式神などという今まで一切噂すら聞いたことのない式種の導入を半ば強制的に飲めと言ってきたのだ」


 身を起こし、助手席に背中を預けるとチラリと窓外のサイドミラーに映る遠く行き交う整備士たちを眼にする。


「……式神運用に至って少数部隊を……尤もらしい理由だ。だが……お前たちY028部隊を直接指定してきたのが、どうにも引っ掛かる」

「……え」


 ローレッタは彼の言葉に思わず息を飲んだ。


「本来ならば、受け入れを考える時間が欲しかった。……だが意図的なのか、結果的にそうだったのか……ここ数ヶ月、最前線と言えるこの第13A.R.K.に対してのアガルタからの支援は、細められていたのだ。都度、(もっと)もらしい理由を付けられてな」

「……そこへ来て、支援と引き換えに……アルちゃん……式神の強制的な配備……」

「そうだ。()()()()、だろう?」


 ヴィルドレッドの言葉を疑う余地はない。


 当然それは、局長直々の言葉という意味もあるが……直近、陥落した第14A.R.K.の奪還作戦を課せられているこの第13A.R.K.に対して、思えば人員や、物資兵装の支給という話は耳にしない。


「……つ、つまり局長は……強制的に配備せざるを得ない状況にこの箱舟を、アガルタが意図的に追い込んだ……と……?」

「……真実はわからん。実際、アガルタにも余裕が無いのかもしれん。ヤドリギの登場によりこの十余年、人類は滅亡を何とか免れてはいるが……それでも緩やかに、滅亡に向かっているのは事実だ。歯がゆい事にな……」


 そう言うと彼は、眉間にしわを寄せると、大きくため息を付いた。


「……だがそんな中何の前触れもなく現れた"人類の反撃となる切り札"……それが"式神"だ。しかし彼女……アールの素性、出自、俺たちは何も知らされていない。……現時点では強力な味方かもしれん。彼女自身も、報告で聞く限り良く戦ってくれた様だ。疑いたくはない。だが、アガルタの真意がどこにあるのか分からない以上、諸手(もろて)を上げてこの状況を歓迎する訳にもいかん」


 ローレッタは局長の言葉に一瞬、反論を上げようと口を開きかけたが、すぐに思い止まる。

 アールは……まだ付き合いは浅いかもしれないが、今やY028部隊にとって大事な仲間の一人だ。ヤドリギとして、共に戦う仲間だ。


「……先のお前の言葉ではないが、機械を信じるにはそう信じられる裏付けが必要なのだ。物事にもそれは同じ……お前が俺の言葉に不満を感じるのも理解出来る。だが、無条件でこの状況を飲み込むにはいささか、抵抗があるのだよ」


 ……しかし、ヴィルドレッドの言葉にも頷ける。

 局長として、この第13A.R.K.を守る身として……当然の警戒心と言えるだろう。むしろ、正しく状況を理解し把握に努めようとする姿は、頼もしくすらローレッタには映る。


 確かに、彼の言う通り配備の経緯はあからさまな裏が感じ取れる。

 加えて思い返すなら、裏を感じ取れたからなんだ、と言わんばかりのヒューバルト大尉のあの態度も、しかり……だ。



 ……だけど、わからない。

 斑鳩なら……タイチョーならどう考えるのかな。



「そこで、だ。木佐貫」


 俯き思考を巡らせるローレッタを見据えて、ヴィルドレッドは頷く。


「俺のアクセスコードをお前に預ける。俺は俺でアガルタを洗うつもりではいる。お前はお前で、このコンソールに仕込まれたそのブラックボックスを何とか解明してみてはくれやしないか。これは……そうだな、お前に対する()()()()()、だと思って貰っていい」

「……!」


 局長のその言葉に、ローレッタは思わず顔を上げ、彼を見据える。


「えっ……と、そのつまり、ガンガン調べていい……と……?」

「そうだ。お前の好きな様に調べるといい。何かわかればすぐに俺に報告に来い。……本来ならば斑鳩にも話すべき内容ではある。だが……今、只でさえアールを迎え南東区画への侵攻が決まり、部隊を回し始めたあいつにこれ以上の負担を掛けたくはないのだ。……ヤツの事だ、もしこの事を知れば必ずや首を突っ込むだろうしな」


 深く頷きながら、そう答えるヴィルドレッドに、彼女もまた深く頷き返す。


 部隊を纏める立場にある斑鳩――……。

 間違いなく自分が想像している以上のプレッシャーと戦っている事だろう。

 それに局長の言う通り、もし彼がこの事を知れば……彼がどう行動を起こすかまではわからないが、何かしら確実に負担をさらに背負わせる事になるのは、火を見るより明らかだ。


「……わかり、ました。出来る限り時間を見つけて、解析を……進めてみます。タイ……いえ、斑鳩隊長にも、今は……伏せておくのが、いいと思います……うん……」


 ぽつりぽつりと、考えを纏めながら言葉を口にする彼女。


「……本来なら部隊外部の人間に任せるべきなのだろうがな……なにぶん、お前ほどこの機器に精通している人間も居ないだろう。いや、機器の扱いだけじゃなく……この件については斑鳩以上に、お前が適任だと俺は考えている」


 その言葉に、ローレッタはコンソールに反射する自分の顔を見つめながら、自分に言い聞かせるように……ゆっくりと口を開く。


「……局長の言う通り、確かにアガルタには……"式神"の配備には、何か私たちが知らない意図があるかもしれない……このコンソールにあるブラックボックスだって、そう考えると、今は少し怖い……。私は、意地や誇りをもってヤドリギになったわけじゃなかったから……この梟としての力も……」


 ぐ、と唇を噛むと、少しだけ笑みを浮かべて。彼女はヴィルドレッドに向き直った。


「でも、私は……皆を守りたい。梟は前線から遠い身……確かに皆から守られてる身かもしれない……けど、私も梟として、皆を守りたい。遠くを見通し、どんな方向からの脅威からも……今度こそ、見逃したく、ない。……それが今の私の、ヤドリギとしての意地と誇り……だから」



 そうだ……それが、私の"意地と誇り"なんだ……。



 ローレッタは改めて気持ちを確認する様に、自分の心を語る。


 タイチョーが淡々と真顔で、皆に何かを語って。

 その彼の背中を、もう少し気楽にいこうぜ、と叩き笑うギルがいて。

 詩絵莉は「やれやれ」といった面持ちでそれを眺め。

 アールは首を少し傾げながら「……斑鳩の言う事は、いつもむずかしい」なんて言いながら私に視線をやるのだ。


 私にとって、大事な場所……。


 ……それこそが……私にとっての意地と誇りを持って守るべき場所だ。

 クリフが……そう示した様に。



「……木佐貫。お前にとってY028部隊は掛け替えのない存在なのだろうな。……顔を見ていれば俺にも、そう伝わる。……少し、撤回しよう。斑鳩を俺より近くで見ているのは……木佐貫、お前だ。もちろん俺への報告は前提だが……お前が話してもいいと思った時が来たなら、今回の話……ヤツにも伝えてやってくれていい」

「……は、はい……了解です」


 ヴィルドレッドはそう言うと、車体前方のハッチを開くボタンに手を掛ける。

 ゴウン、という重い音ともに開かれるそこから、格納庫内の冷たい空気が車内へと流れ込んだ。


「……朝の散歩……か、やはりしてみるものだな。Y028部隊式梟、木佐貫……くれぐれも、宜しく頼む」


 そう言い残すと、タラップにゆっくりとその足を掛け。

 ヴィルドレッドは一度振り返り軽く頷くとその場を後にした。

 ローレッタは格納庫奥の通路へ消えるその後ろ姿を見つめながら、再び考える。


 ヴィルドレッド局長は……とても慎重なのだ。

 この箱舟を守る立場に居る彼なら、当然そうあるべきなのだろう。


 人類の本山とも言える、アガルタ……。そこから出される指示や通達は本来、疑うべきではないだろう。

 だが、今回の話は彼の行き過ぎた杞憂ではないと、ローレッタもちらりと座席下で光る金属の箱に視線を落としながら、そう考える。


 アガルタ……ヒューバルト大尉……式神の強制配備……そして、コンソールに仕組まれる謎の領域。

 局長は斑鳩にこれ以上の負担を掛けるべきではない、と言ったが……思えば彼こそ、一番の負担を担っているのだろう。


 ……ならば、私に出来る事があるならば……やってみよう。

 どんな思惑や事実も、梟として、俯瞰する視点で観測しよう。


 それが皆を守る事にも繋がる……そんな気が、今はする。



 ――局長の若い頃は、ひょっとしたらタイチョーみたいな感じだったのかも。



 ふと、ローレッタは斑鳩とヴィルドレッド局長を重ねる。

 何となくだが……どこか根底の部分は、似通っているのかもしれない。だからこそ、局長も斑鳩に何かを見て……感じるのかもしれない。それは斑鳩もしかり、なのだろう。


「……タイチョーも歳取ったら、髭、伸ばしたりするのかな?」


 想像するが、いまいちに似合わない絵面が浮かび、彼女は一人、少し笑った。


 ふう、と一息つくと、彼女は時計を目にする。

 ……もう直ぐ皆がこの格納庫に集合する時間だ。だがそれまで僅かに時間はある。……まずは、開いた鉄板を閉じておかなければならない。


 コンソール下へと潜り込み……例のブラックボックスと思しき箱を一瞥すると、手にした鉄板を丁寧にあてがい、工具で各所のネジを締め、閉じる。


 うん。まずは一から、今度はじっくりともう一度……コンソール側から攻めてみよう。

 彼女はそう決意を新たに、座席へ深く腰掛けた。



 ――なんだか今日は……うん。早く皆に、会いたいな。



 ローレッタは、そう心の中で呟くと。


 少しだけ……目を閉じるのだった――。







 ……――第6話 アダプター1へ向けて (5)へと続く。

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