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第1話 序章 (3)

「……ふう」




 背中を預ける半ば崩れたコンクリート壁が、火照った体に心地よい。


 右腕に装着された鈍い光を放つ鋼の篭手、とでも表現すべきか。仰々しいその装備―機械仕掛けで"杭"を撃ち込む武器、『撃牙(ウチキバ)』。


 兵器と呼ぶには余りにも単純で無骨なそれを、片手で払いながら彼――斑鳩(イカルガ)は大きくため息を付いた。


 呼吸を整え、改めて周囲を見渡す。

 以前は小規模の拠点があったとされる場所だが現在は廃墟のそれだ。

 かつては頑丈そうにそびえ、住居として機能していたであろうコンクリートの家屋は崩壊し、窓があったと思しき場所からは瓦解した天井を通して鉛色の空が見える。


 その鈍く曇った空を見上げ、彼はもう一つ大きなため息をつく。

 天候が崩れる――事前にブリーフィングで共有した通りだ。悠長に休んでいる時間は無い。服に付いた土埃を払うついでにと、片耳に装着されたインカムに手を添えた。


「こちら斑鳩。 現在B-4地点にて待機中……ローレッタ、聞こえるか?」

『はいほー、だいじょーぶ、変わらず通信感度良好……っと。 木兎(ミミズク)ちゃん達は絶好調だよ、タイチョー』



 ――相変わらず能天気なヤツだ。



 インカムから聞こえたローレッタと呼ばれた少女の緊張感の無い声色に、斑鳩は苦笑しつつも小さくため息を付いたが、すぐに表情を引き締め通信を続けた。


「把握してると思うが、先に報告を受けた3体の(テイ)型タタリギの撃破を終えた。 報告数から照らし合わせるとこの区域にあと4体残っているはずだが…今の位置からだと遮蔽物が多い、木兎を1機寄越してくれるか」


 斑鳩はローレッタに状況を伝えつつ再び空を見上げると既に、そこには先ほどまで居なかった小型のドローンが、まさしく空に張り付くように上空で待機していた。


 作戦行動中に上空からの眼として、さらには各隊員との通信中継等のインフラを担う空中ユニット、"木兎(ミミズク)"。


 これらを数機同時に自らの手足の如く扱い、同時に得た様々な情報を分析する。

 ローレッタと呼ばれた彼女――"ヤドリギ"の中では"式梟(シキジュ)"――通称"(フクロウ)"と呼ばれ、"タタリギ"との戦闘を優位に運ぶ為の重要な役割を担っていた。


『もちろん把握なのっすー…丁型3体とは言え、流石我らがタイチョーである!』


 おどけた口調ながら鮮やかにタタリギを撃破せしめた彼に、ローレッタは本心から賛辞を贈る。


「そりゃどうも」


 斑鳩は軽い口調で相槌を打ちながら、周辺に注意を払う。


『それではオーダー通り、周辺の索敵に向かいまぁーす!』


 通信が終わるや否や、同時に木兎は中空を挨拶でもする様に小気味よく旋回し、瞬く間に廃墟の影へと消えて行った。木兎の動きや同時に操れる数、障害物を縫う様に飛び行くその精細な動きからも、(フクロウ)としての彼女は逸材と呼んで差支えはないのだろう。



 ――もう少し緊張感があれば……いや、違うな。 あれは彼女なりの激励、か。



 任務の度に思うのだが、ああであれ彼女は彼女なりに「キンチョウカン」を以て任務に挑んでいるらしい。実際のところ、木兎の動きから見取れる様にも生半可な働きぶりではないと納得ではあるが。


 だが、普段より幾分明るく振る舞う彼女は……恐らく先の事を気にする斑鳩に対する、せめてもの景気付けなのだろう。


 彼女の間の抜けたその声と気遣いに一息を付いた、まさにその時――

 インカムに突如として緊張感のある声が飛び込んできた。


『イカルガ、こちらギル……現在座標B-2区画にて(ヘイ)型タタリギを発見した』

「こちら斑鳩。(ヘイ)型……厄介だな。数は?」

『……ここからだと3体確認出来るな』


 インカムの向こう、ギルと名乗った男から声を通して強い緊張感が伝わる。


 先ほど斑鳩が下した丁型は、主に非武装の民間人が"タタリギ"に寄生された()()()()()


 そして丙型は、自分達と同じ"ヤドリギ"……つまり武装をし、そして身体的にも強化された人間の()()()()()であるからだ。寄生後、人間的な知性や理性が失われるとされてはいるが、それでも丁型と丙型との戦力差は単純な身体能力だけを取ってみても比較にはならない程の差がある。


 そして何より問題なのは――


『――ここからは確認は出来ねえが、数日前に行方不明になったと報告が上がっていた、回収班の連中かもしれねえ……』


 ギル――彼からの声はこわばっていた。


 そう、問題なのは"彷徨う彼ら"とは馴染みの可能性があるのだ。

 顔見知りかもしれない相手に向けて武器を向ける――()()果ててしまったが最後、()()する事でしか彼ら、そして自分たちにも安寧はない。

 理解と覚悟はしていても、割り切れない部分はある。



 ――"奴ら"の中に、ザックが居なければいいが……。



 斑鳩の脳裏に、半刻程前に出会ったあの二人の兄妹の顔が過る。


「……ローレッタ、聞いてるな?」

『はいほー、勿論だよ。 1号ちゃんが近かったから……たった今こちらでも視界に入れたとこ』

「その3体、腕章―それに、式種(しきしゅ)は確認出来るか?」


 斑鳩は先ほど木兎を飛ばしたばかりのローレッタへと通信を投げかける。彼女は斑鳩とのやりとりの直後に、やはりギルの通信を通じて状況を把握…即座に木兎の一機をギルの元へと飛ばしていたのだ。


 木兎から得た映像に一段と眼、そして意識を凝らしながら彼女は答える。


『――腕章は確認出来ず。 もう少し寄ってもいいけど……。 これ以上近付いたら気付かれちゃうかな。 ……式種識別、対象はそれぞれ各腕部に動作不明瞭の撃牙の装着を確認、3体全て丙型"式狼(シキロウ)"だね』


 "式狼(シキロウ)"。


 通称"(オオカミ)"と呼称されるそれは、強靭な肉体と鋭い反射神経、強化された自然治癒力を以て前線で直接、敵と交戦するタイプの言わば近接戦闘に特化した式種の"ヤドリギ"だ。まさに今前線へと展開している斑鳩やギルの様な"ヤドリギ"を指し、そして今確認された"タタリギ"に寄生された3体もまた、同タイプの式種であった。


 丁型よりも撃牙を始めとした武器使用の可能性、そして単純ながらその身体能力も相対した場合の脅威度を増長させている。


 彼女の報告を受け斑鳩は身を隠していた瓦礫の壁を伝い、小走りにギルから報告があった区画へと駆け出しながら答える。


「……了解だ、これからギルと合流する――気付かれてないなら好都合だ。 奇襲を仕掛け一気に撃破しよう。 ローレッタはそのまま距離を維持しながら観測を続行、同時に確認されていない残りの1体にも気を払ってくれ」

『りょっかい! …んじゃさっきの2号ちゃんは索敵継続しておきまーす』

「ああ、頼んだ」

『はいほー! それでは通信一旦終了っ!』


 相変わらず明るく振る舞うローレッタとの通信を終えると、間髪入れずギルからの通信が斑鳩のインカムを鳴らした。着信音から察するに個人間通信の様だが。


『イカルガ……うちの梟、相変わらずあの緊張感の無さ、全く気が抜けるぜ……』

「……やめとけギル」

『聞こえてるぞぉギルバートくん』

『キ……キサヌキ!?』


「ほらな」と斑鳩の予想通りに間髪入れずに木佐貫……ローレッタが通信に割り込んできた。

 個人間通信であるのだが、いとも簡単に傍受……いや、それは式梟として皆の通信を預かる彼女ならば難しい事ではないとギルも解かってはいたのだが、木兎を複数機展開し索敵と観測を同時に行いつつ、片手間の様にあっさりとそれをやってのける彼女に、ギルは仲間ながら改めて戦慄を覚える。


『ローレッタちゃんと呼びなさいと、あれ程言ってるでしょ! ……さあ復唱!』

『グッ……』


 斑鳩は二人の会話に苦笑いしつつ、撃牙の動作確認、装填を奔りながら完了させる。

 確かにローレッタの作戦中における部隊内通信時の言葉遣いは他部隊では問題になる得るだろう、だが……。

 彼女は意図的に緊張感から遠い態度を取っているのだ。軽口は部隊の緊張感を和ませるための手段の一つ…「タイチョーが締める分、私が緩めるのである」とは彼女談である。



 ――俺達の部隊に配属された当初を考えると、ずいぶん打ち解けたもんだ。



 今では臆面も無く思う様オペレートする様になった彼女。

 作戦行動中に必要以上の緊張感を纏い、それが原因でしばしば問題を問題を起こすあのギルも、ローレッタとのやり取りで随分と力を抜けるようになった。それを思えばギルも軽口(アレ)に助けられている……のかもしれない。


 そんな事を考えながら、程なくして斑鳩はギルが待機するポイントへと到着する。


「どうだ、連中は」


 斑鳩は崩れ落ちた建物の一角に身を隠すギルの背後に静かにその体を滑り込ませた。

 ギルはコンクリートの亀裂の隙間から、鋭い目つきで敵を見据えたまま答える。


「今のところ俺たちや木兎に気付いてる様子はねえな……"深度(しんど)"がまだ浅い連中かもしれねえ……」


 彼が言う"深度"とはタタリギに寄生され、侵食が進んだ「時間」を指す。


 深度が浅ければ浅い程、身体の支配率――いわばタタリギによる"最適化"が進んでおらず、知覚、知能、そして戦術的脅威度も低い。だが深度が深い個体―寄生され、丙型としてより長い期間が経過すると、総合的な戦闘力は一般的なヤドリギに迫り、または凌駕する個体も現れる。

 …最も、それほどの丙型はごく稀ではあるが。


「まあ……ここから観るぶんに、深度はそう深くなさそうだけどな。 あとは馴染みのある連中じゃない事を祈るばかりだぜ……」


 ギルは憂鬱そうに付け加えると斑鳩と同じく右手の撃牙を静かに装填した。


「どうするイカルガ。やるか」

「……そうだな、この距離で気付かれてないなら大した深度でもなさそうだ。 正面から一気に行くか」


 斑鳩の言葉にギルは静かに頷く。


「ローレッタ、正面から往く。 (デコイ)頼む」

『りょっかい。 そんじゃ準備はいい? ……カウント3でいつものやつね』

「ああ」


 二人の式狼はローレッタとの通信を終えると、全身に力を溜めるよう身構えた。

 それを待っていた様に、ローレッタのカウントが始まる――!

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