第6話 アダプター1へ向けて (3) part-2
整備士が必要な二人は、"変わり者"フリッツ・クラネルトを訪ねる。
だが、詩絵莉を"アーリーン・チップチェイス"と呼び、突然豹変する彼……。
斑鳩は何とか興奮する彼を抑えようとするが――
「コ……コミック、ヒーロー……漫画とか、小説とか……そういう類に登場する人物、か……」
「ええそう!そうなんですよ、隊長さん……!かっ……彼女……彼女は、僕が信奉して止まない旧時代のコミックその名作中の名作……あの!"ギルティア"に登場する!曲がった事が大嫌いで、己の信念に従い人々を守る為に命を賭して戦うヒロインと、瓜二つなんですよ……!これが興奮せずにいられますか!ほらこれ!初版ではないですが、今となっては貴重な…いいですか、ほら!!」
フリッツは机傍らの本棚より、慌ただしく一冊のコミックを取り出すと斑鳩へと差し出した。
「わ、わかったわかった!」
詩絵莉の蹴りの痛みが和らぎ、息を整えた彼に謝罪をするが……そんなことより、と熱く語る彼の熱量に斑鳩と詩絵莉は圧倒されていた。
なおも興奮し、しゃべり続けようとした彼の両肩をグッと斑鳩は抑えると「落ち着いてくれ」と懇願する。
「……まさかこの目で、あの"アーリーン・チップチェイス"をナマで見れる日が……いやぁぁあそれだけでなく、蹴って貰える日が来るなんて……!」
「……そうなのか、詩絵莉。……お前、アーリーン・チップチェイスだったのか」
なんとも言えない表情で腕組みをし憮然とした態度の詩絵莉に斑鳩は、じとり、と目をやる。
「バッ……バッカ言わないでよ、暁!!そんなコミックヒ……ヒーローなんて……私が知るワケがな……」
「いーーーえ!!絶対に知っているハズ!!!」
両肩を抑える斑鳩を押しのけると、彼は詩絵莉の言葉を強く遮る。
「その左側頭部のサイドテール!髪の毛の長さ!それを束ねるのに使う黒いリボンは、何者にも染まらないという決意の色……!前髪!襟足!頭髪の色ッ……!髪型はもう、再現したとしか言いようがないッ!!」
「……う……そ、そんなの、サイドテールやこの髪型だって、別に珍しいものじゃないでしょうが!!」
激しい権幕の彼に詩絵莉はたじろぎながら反論するものの、彼は首を振ると、さらに自信満々に続ける。
「そして一番の特徴は……そのイヤリング……!それは第32話で主人公から贈られたあの……」
「んだぁぁぁああ!もうわかったわよ!!」
詩絵莉は彼の言葉に両手を上げ、その手で頭をくしゃくしゃと掻きむしる。
「……暁!もう私がアーリーンってことでいいから!!は、話が進まないわよ、これじゃあ!」
「た……確かにそ……そうだな……」
二人のやりとりに、間に入るのを躊躇し一歩下がって観戦していた斑鳩に、詩絵莉は声を上げる。
未だ興奮冷めやらぬ彼を改めて座らせると、斑鳩は周囲を見渡し……二つ椅子をガラクタから引き出すと、ホコリを払いその一つを詩絵莉に渡した。
詩絵莉は二人から少し離れた場所にどっかと椅子を置くと勢い良く座り、ぷう、と頬を膨らまし腕と足を組み、フリッツを睨み付ける。
彼女の様子に斑鳩は少し苦笑すると、フリッツの正面に椅子を置き、腰を下ろす。
「さて、どこまで話たか……そうだ、俺たちは第14A.R.K.奪還の作戦とは別の任務で動いている、というところからだな……」
「……そうだったね、いや、話の腰を折ってごめんよ。そんな部隊が居るとは知らなかった。……聞かせてもらえるかい」
そういうとフリッツは、「アーリーンが居る部隊の隊長さんの話なら、俄然興味が沸いたしね」と付け加える。
その言葉に詩絵莉は「ふん!」と首を逸らす。
「ああ、ありがたい。そうだな……時間もあまりないが、俺たち……Y028部隊が至った経緯をかいつまんで説明させてくれ」
そういうと、斑鳩は今までの事に至る経緯を説明し始める。
Y028部隊は少数部隊であること。構成に至るまでの簡単な経緯。
そして結成後の直近までの実績、アガルタから編入した少女……"式神"としての特性は伏せたままにアールの事、アダプター1を仮拠点とした、南東区域攻略が始まること。
先程まで大興奮のるつぼに居たフリッツは、斑鳩の話が始まるとまるで別人の様に、興味深そうに照明に反射する眼鏡を光らせ、何度も頷きながら聞き入っていた。
「……少数精鋭……あのアガルタからの来訪者……南東区域の攻略……」
全てを聞き終え、一息着く斑鳩を見つめながら……フリッツは小刻みにその身体を震わせ始めた。
その震えを抑える様に、自らの両拳をぐ、と握ると……彼は俯き、それを見つめる。
「……なるほど、君たちの事はよくわかった」
拳を見つめたまま、フリッツは口を開く。
「……こう見えて、僕も一応ヤドリギになるための試験を受けたんだ。最も……ご覧通りの結果だけどね。それでも何か……前線で戦う君たちの役に立ちたいと、元々好きだった機械工学を猛勉強して……整備士になったんだ。……だけど僕の手掛ける装備は、誰にも理解して貰えなかった。コストが掛かりすぎる、そうある必要性が無いってね……。あるいはと思い、思い切って最前線と言われるこの第13A.R.K.に赴任してきても、それは変わらなかったよ」
ふうっ、と大きく肩を落とすと、先ほどの騒ぎで机から落ちた一本の金属製の棒の様なものを、彼は床から拾い上げる。
それを見つめながら、彼は続ける。
「ここへ来て最初に担当した部隊の人に言われたよ。……色気を出さずに、他の人たちと同じ様に整備だけしてくれればいいとね。良かれと思って行った改良も、説明すら聞いて貰えなかった。惨めだったよ。より強い武器が提供出来れば、それだけ死ぬ可能性だって低くなるかもしれない……だけど、思い描いていた現場こそ、求めてなかった……僕は、信用して貰えなかったんだ」
「……だからこうして、こんな暗い部屋で機械いじりしながら、腐っていたってワケ?」
彼の言葉に、先ほどまで黙っていた詩絵莉が毒付く。
詩絵莉の言葉に一瞬顔を上げ何かを言いたそうに彼女を見つめるが……すぐさま、再び俯くフリッツ。
その様子に、詩絵莉は苛立ちを隠せなかった。
「……"ギルティア好き"が聞いて呆れるわね」
ごくごく小声で吐き捨てる様に言うと、彼女は立ち上がり斑鳩の肩に手を掛ける。
「行こう暁。……こんな男に、あたしは自分と、仲間の武器を預けたくないわ。他にも手が空いている整備士は居るかもしれない……他をあたりましょ」
「……ああ、アーリーンの言う……通りだ」
「泉妻よ!軽々とアーリーンの名前口にしないでくれる!?ほら、もう行こう暁!」
詩絵莉は彼の言葉尻に噛みつくと、未だ座ったままフリッツを見つめる斑鳩の腕を強く掴んだ。
「……ただの整備士としてなら、僕を必要とすることはないよ。僕は……」
斑鳩は掴まれた逆の腕で、彼女を制す。
詩絵莉はその手に驚き、斑鳩の横顔を覗き込むと……彼は目を見開いて、再び大きくため息をつくフリッツ――いや、正確には、力なく彼が手に持つ、金属の棒を食い入る様に見つめていた。
「……フリッツ。それは……なんだ?見たところ撃牙の芯……に見えるが」
「……え?」
ふいに投げ掛けられた、会話の脈略を無視した斑鳩の言葉に彼はぽかん、と間の抜けた様な表情を浮かべると「あ、ああ……」と手に持つそれに視線を落とす。
「これが撃牙の芯って、よくわかったね……?」
「……ちょっと……貸してくれないか、それ」
「な……ちょ、ちょっと暁、どうしちゃったの……?」
彼は一瞬戸惑うが、頷くと斑鳩にそれを渡す。
横で詩絵莉は、周囲が見えていない、といったふうの斑鳩の横で困惑を浮かべる。
……――なんだ、これは……。
渡された"撃牙の芯"。それを手に、斑鳩は驚きを隠せなかった。
それは、通常の撃牙の芯が完全な円筒形であるに対して、やや先端に向かって細身を帯びていた。
……それだけではない。やや細身を帯びたその芯には、螺旋上の溝。動力を伝える弦を張る場所も複数個所開いている。そのどれもが斑鳩が知る撃牙の芯とかけ離れていた。
「……それは、"螺旋撃牙"……の、芯。……僕が加工したものさ」
「ら……螺旋撃牙……?」
斑鳩の言葉に、フリッツは頷くと自嘲気味に笑う。
「ああ、分かってるんだ……隊長さんも思ってるんだろう?……"高価で稀少な撃牙の芯を削るなんて、なんてことを!"って言……」
「どうやって加工したんだ?撃牙の芯、だぞ……これをこんな風に加工したなんて話、俺は今まで聞いた事がないぞ……!」
やはり会話が噛みあわない彼に、フリッツはまたもぽかん、と口を開ける。
「か……加工は……摩耗し破棄される撃牙の芯を使って……僕が……」
「……撃牙の芯で、芯を削ったのか……」
「へ……へえ……」
斑鳩と詩絵莉は思いもつかなかった、という表情で改めて渡された螺旋が刻まれたそれをまじまじと見つめる。
先程フリッツが自虐的に口にした通り、撃牙の芯は非常に高価だ。様々な材質に叩き込むために現状技術の粋を集め、考えられ得る最高硬度を誇るそれはアガルタに近い内地で製造されるのだが、その製造コストは異常な程高い。
本体は様々……言えば、この第13A.R.K.でも製造されているが、芯はそうはいかない。耐久度も芯と撃ち出す本体機構とは比べ物にならないため、芯は本体が故障したり破壊に至った場合でも、回収され別の新しい本体に載せ換えられ、使用される。
「……それで……螺旋撃牙、というのは?」
「……僕が現行の撃牙を改造して作った兵装、だよ……それを撃ち出す為に色々と手を加えてね……要するに、撃ち出す際に高速の回転を芯に与えてやるんだ。威力は今までの撃牙に比べて段違いに強力になってる。……弦を巻き上げる機構にも手を加えてあるから、装填もそう苦にならないはずさ」
斑鳩はその説明を聞きながら、彼を真剣な眼差しで見つめていた。
今まで"撃牙"は"撃牙"。狼が振う兵装……単純な機構は、タタリギに果ててしまった場合を想定し、攻撃可能距離を制限するため。
撃ち出し、衝撃を与える……それに疑問を持つことは無かった。そう、スプーンをスプーンとして使うが如く、違和感なく。
――フリッツ・クラネルト。ひょっとしてこの男は……
「詩絵莉……」
斑鳩は振り返り、詩絵莉の目を見て言葉を出そうとするが、彼女はそれを遮るように口を開いた。
「……わかってるわよ。暁がその顔をしてる時は、どうせ止めても無駄だって、知ってる」
彼の表情から「彼の話を聞きたい」と思う斑鳩の気持ちを的確にくみ取ると、詩絵莉は憮然としつつも腕組みをしてそれを許容した。
そんな彼女に彼は「すまない」と軽く頷くと、再びフリッツに向かい合った。
「フリッツ。その、螺旋撃牙……撃てるのか?」
「!」
フリッツは彼の言葉に一瞬驚いたように表情を強張らせると、すぐに真剣な眼差しへと変わる。
「……僕は、こう見えてもヤドリギ志望だった身だ。実戦で撃てないものは、作らない」
先程と打って変わって自信を感じさせる口調で、ひたと斑鳩を見つめ、そう答えた。
「貸してくれ」と斑鳩から芯を受け取る。彼は机の上に向き直ると、その上にあった不必要なものを素早い手付きでどける……するとそこには芯が装填されていない撃牙が現れた。
「……これに興味を持ってくれた人は、初めてだ」
素早く、しかし的確に。
彼は机に置かれた箱から取り出した数本の工具を手にすると、慣れた手付きで撃牙の機構を展開していく。
フリッツの背中からそれを覗き込む斑鳩と詩絵莉は、その確かな整備技術に思わず感嘆の声を漏らす。
流れるような作業でたちどころに芯を組みあげると「……く」と重そうに声を漏らしながら、それを抱え上げ、振り返ると斑鳩へと渡した。
「……こ、これが僕の……螺旋撃牙だ」
斑鳩はそれを無言で頷きながら受け取ると、いろんな角度から隅々までまずはそれを眺めた。
第一印象は……軽さだ。通常の撃牙のそれよりも僅かだが、確かに感じられる重量の差。
しかし様々な機構、そして装着者の右手を守るための装甲等に"抜き"は見当たらない。
同時に、装填機構や接続される各所等をチェックするが、文句のつけようがない程見事に整備されているそれは、単純にフリッツの整備士としての技術の高さを伺わせる。
ジャケットコートを脱ぎ椅子の上に置くと、続いて斑鳩は右手へ螺旋撃牙を装着する。
「……君の体格に合わせて調整はしてないけど……ちょっといいかな……ここを……」
体格に合わせ、稼働場所等の調整を買って出るフリッツ。
「……これでどうかな」
それを終えると一歩離れ、斑鳩の様子を探るように見る。
斑鳩は螺旋撃牙が装着された右手を様々な方向に動かしてみせる。
「……凄いな。ただ軽いだけじゃない。普通の撃牙より確実に可動域が広がっている」
「……限りなく余計なパーツを、耐久度を落とすことなく削いであるんだ。螺旋加工の結果、芯自体の軽量化もされてるしね」
「撃たせて貰ってもいいかな」
斑鳩のその言葉に、フリッツは大きく頷いた。
「ちょ、ちょっと……ホントに大丈夫なんでしょうね!?いきなり壊れたりして、右手がーっとか……ならないわよね!?」
詩絵莉はそこで漸く二人に口を挟む。
そんな彼女を見て、フリッツはなるべく詩絵莉を視界に入れない様に目を逸らしながら、しかし自信を以て答える。
「……ほ、保障する。さっきも言ったが……僕は頭でっかちの技術者じゃあないんだ。タタリギと戦い、打ち勝つための武器を作っている……!」
「……ホントでしょうね」
「誓うよ!アーリーン・チップチェイスに誓う……!」
その言葉に詩絵莉はぴくりと眉を跳ね上げるが、ため息をつくと一歩下がり、斑鳩と目を合わせ頷いた。
斑鳩は数歩下がると、装填機構に手を掛け、レバーを引き上げる。
ぎりり、と金属の糸が張り詰めるような小さな音と共に装填される螺旋撃牙。
……装填の重さも殆ど変わらない。伝わる感覚が普段とはまるで別物だが……。彼は左手をレバーから離すと、深呼吸を一つ。
振り返り、二人に頷くと――突き出す拳と同時に、手元にあるトリガーを、引いた。
ガッギャアァアァッッ!!!
重なる撃ち出す衝撃音と、螺旋の名に相応しく凄まじい回転を纏って放たれれる芯の音――。
その音と衝撃で、足元のホコリが彼の周りで渦を巻くように浅く舞い上がる。
撃った感覚は今まで味わった事が無い類の物だった。彼は撃ち終わった際、さらにもう一度各所を丁寧に点検するが……ゆるみや遊びは一切生まれておらず、その精度を実感すると思わず「これは……」と呟くと後ろを振り返る。
「……ど……どうかな、実際に式狼である君の目から見て」
「どうもこうもない。とんでもない代物としか言いようがない……この螺旋撃牙……いや、それもそうなんだが。見せて貰った肝心の整備の腕も確かなものだ……なあ、詩絵莉」
そう言うと、彼は螺旋撃牙の装着を解除しながら、腕組みをする詩絵莉を振り返る。
「……まあ、性根は気に入らないけど……確かに整備の腕は認めるわ……」
「整備の腕……?あ、あぁ……」
フリッツは先ほど机の上で見せた作業を兵装の整備、という風に捉えていなかったのだろう。
改めて二人から賛辞を受けると、少し照れるように纏う作業着の袖で眼鏡を拭く。
「……でも、この螺旋撃牙を見てくれて、実際に撃ってくれる人は……ええと、斑鳩さん。君が初めてだ。皆、怖がって……触りもしてくれなかったからね」
「こう見えて好奇心の塊なのよ、うちの隊長はね」
「い、いや詩絵莉。これは本当にすごいぞ。今すぐ、ギルとアールにも見せてやりたいくらいだ」
詩絵莉は手で先ほどまで腰かけていた椅子を手繰り寄せると、すとん、と腰を下ろす。
斑鳩はその言葉が耳に入っているのかどうか、といった様子でしきりに腕から外した螺旋撃牙を興味深々といった風に眺めていた。
「……で、どうすんの。フリッツ。あんたが本当にその……あのコミックを知って、憧れて……ヤドリギに係る仕事を選んだなら……やるべき事、あるんじゃないの」
詩絵莉は組んだ足に右肘を載せ、背中を丸め右手で頬支えるとフリッツに視線を送る。
「……僕は、自分の仕事を認めて貰いたかったんだ。ヤドリギにこそなれなかったけど……理想は、ある。まだ完成に至っていない装備もある。だけど、ただ認めて欲しかったんだ」
「……アーリーン・チップチェイスは、誰かに認めて貰う為に戦ってたんじゃないわ。……本気で守りたいものが彼女にはあったのよ。だから戦う道を選んだ。……あたしたちヤドリギが戦う場所は確かに死と隣り合わせの戦場よ。……でも誰でも"戦おう"と思ったなら、どこだってそこは戦場……血が流れるとか、流れないとかは二の次だわ」
詩絵莉はフリッツから視線をゆっくり移すと、斑鳩の横顔を眺める。
「認めて貰うために戦ったんじゃない……か……そうか……僕は……」
「こんな暗い部屋に閉じこもって一人でコソコソやってりゃ、誰だって卑屈にもなるわ。……あたしも経験、あるし。でもそこから引っ張り上げてくれるきっかけなんてものは、いつだって突然やってくるものよ」
彼女は昔自分の部屋をぶしつけに訪れた斑鳩を思い出すと、少し笑う。
「僕は、確かに戦うヤドリギたちの為に……自分では成せない事を成そうとしてくれるヤドリギたちの為に、武器を造ろうと思ってたんだ。でも、いつしか……評価されたいが為に造っていたのかもしれない……少なくとも、今は……そうだ」
フリッツはそう言うと、机の上から先ほど使った工具を一つ手に取ると、呆然と見つめた。
「……『傲慢になって愚かな周囲を笑うよりも、わき目も振らず戦って、そして死になさい。後悔が残らないように。眠るとき、誰かに胸が張れたとき……そこにこそ、生きた意味はある』わ」
「……アーリーンの名台詞だね。第77話……『僕の意味』……」
詩絵莉は少し驚くが、すぐにニヤリ、と口元を上げてフリッツを再び見据える。
「あんたの価値や意味なんて、あたしはまだ知らないし、知ったこっちゃないケド……少なくとも、共に"戦って"くれるなら、少しは気に掛けてあげる。それに、うちの部隊の仲間も、ね。飽きたり違うと思えば、また好きなだけここに引き籠ればいいわ。誰も止めやしない……暁は――斑鳩は、そういうやつよ」
組んだ手足を「んーっ」と伸ばすと、詩絵莉は立ち上がる。
「僕の意味……か」
フリッツは再び自らの両拳を握ると、それを見つめた。
アーリーンの……いや、彼女……泉妻の言った通りだ。"ただの整備なら誰にでも出来る"。いつしか僕は自分のやっている事に酔って……周囲を見下していたのかもしれない。なんと、なんと愚かな事か。ヤドリギ達が心置きなくタタリギと戦える様、兵装を整備する。それだって当然、立派な仕事だ。立派で妥協が許されない、整備士としての戦場のはずに違いなかったのだ。
「……斑鳩さん、いいかな」
二人の会話に気を使ってか。それとも本当に螺旋撃牙の虜になっていたのか。
無言でそれをいじり続ける斑鳩にフリッツは歩み寄る。
「撤回するよ。僕を是非……君たちの整備士に充ててくれやしないだろうか?」
「……そうか」
斑鳩は彼に振り返ると、螺旋撃牙をその手に返した。
ずしり、と感じるそれの重さに加え、斑鳩の表情から伝わる意志を感じ取るフリッツ。
彼は斑鳩の真っ直ぐなその視線に応えようと、重さで震える手ながら、しっかりと撃牙を抱きかかえるようにして持つ。
「……フリッツ・クラネルト。やはり君を訪ねてきて正解だった。改めて……俺は斑鳩 暁。彼女は、式隼の泉妻 詩絵莉。是非、その腕に俺たちの兵装預けたい。……宜しく頼む」
「……グダグダ言ってる時より頼れそうな顔付きになったじゃない。暁がいいなら、あたしも依存はないわ。ま、宜しくね、フリッツ」
二人に肩を叩かれ、フリッツ今まで感じた事のない……何か湧き上がる気持ちに襲われる。
この斑鳩という隊長は、パーツを見ただけでそれが撃牙の芯と理解し、それだけでなく僕の螺旋撃牙を躊躇なく試してくれた。
それに加えて、まさに、アーリーン・チップチェイスの彼女……泉妻。彼らが持ち、戦う武器を手掛けたい。彼らを死なせない為にも。
「……任せてくれ。上手くまだ言えないけど……僕は僕にやれることを……もう一度、やってみるよ」
彼は二人に向けて強く、頷くのだった。
・
・・
・・・
「はあ、なんだか一気に疲れたわ……」
彼に見送られ、帰りの通路。詩絵莉は扉が閉まる音を聞くと、どっと襲ってきた疲れに肩を落とした。
「……暁は毎回、こぉーんな思いをして、あたしたちに声掛けてたのね……」
隣を歩く斑鳩に、詩絵莉はため息まじりに疲れた表情を向ける。
そんな彼女を見て、斑鳩は少し苦笑すると詩絵莉の背中を軽く叩いた。
「そんな事はないさ……あの時、やるべき事に向けてどうしても詩絵莉たちが必要だと思ってたからな……労力だと感じたことはない」
「そ、そんなもんかしらねえ……あーっ、でもこれで悩みの種は一個解決したワケだしね……はぁあ」
詩絵莉は伸びに交えて大きく吐息。
思いの外時間を取ってしまった。整備士の問題はカタが付いたが、まだ備品のチェックなどは終わっていない。
フリッツは一旦部屋を片付けたり、Y028部隊の整備士として志願申請などを行うと、後で格納庫で合流する、という事になっている。
それまでに、二人に仕事はまだ少し残っているのだ。
「備品のチェックリストは俺が目を通しておくから、詩絵莉は少し休んでていいぞ。……今回は俺はずいぶん楽をさせて貰ったから、な」
斑鳩は彼女を見ると、ク、と口角を僅かに上げる。
「……ありがたいけど、何か言いたそうね、暁……」
「いや……詩絵莉の新たな一面が見れたしなと思ってな……アーリーン……感銘を受けるに足る言葉だった、今度詳しく聞かせ……」
「んあぁあああもうううぅぅ!もう、その話はとりあえずやめてぇぇぇええ!!」
楽しそうに話す斑鳩の台詞。
やはり彼は自分とフリッツの会話をきちんと聞いていたのだろう。
彼女は自分の口にした言葉を思い出し赤面すると、頭を掻きむしりながら一人。
「詩絵莉!?」と名を呼び止める斑鳩を残して、通路を奔り往くのだった――。
……――第6話 アダプター1へ向けて (4)へと続く。