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ヤドリギ <此の黒い枝葉の先、其処で奏でる少女の鼓動>  作者: いといろ
第2章 アダプター1へ向けて
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第6話 プロローグ

乙型との戦闘を終え、Y035部隊の顛末を見届け――。

その覚悟と誇りを確かに見た、Y028部隊……そして"式神"アール。


次の通達までの僅かな時間。彼らは細やかながら。

様々な思いを胸に、杯を掲げるのだった。

「……それではまず、誇り高きY035部隊に……黙祷を」





 斑鳩は左手に携えたマグカップを祈る様に目を閉じ額の前に掲げる。

 それにギル、詩絵莉。その隣に立つローレッタとアール……さらにもう一人。明るい茶色の髪を三つ編みに結った少女が控えめに続く。


 六人はそれぞれの想いを、手にしたマグカップへ静かに注ぐ。


「では、改めて。アルちゃんの正式な部隊入りと……Y028部隊の前作戦の達成と無事を祝って」


 続いて、マグカップを右手に持ち替えたローレッタが、それを高く掲げる。

 同じく、他の面々もそれに続くように右手でマグカップを続くように掲げた。



「六人だと……流石にちょっと狭えな……」


 万能ナッツを主原料とした種子系のリキュールが薄く注がれたマグカップに口を着けると、ギルは傍らに立つ三つ編みの少女に「唐突にすまねえな」と小声で謝る。


「いいよ、パイを焼く準備はしていたし……お兄ちゃんが部隊の人たちを連れてくるなんて珍しいしから、楽しいよ」

「……ならいいんだけどよ。でもあれだ、キサヌキには十分注意するんだぞ……見た目はああでも、中身はある意味"()()()()"だからな……」

「な、なにおー!?今なんて言ったギルやん!?」


 詰め寄るローレッタの前に立ちはだかるギル。その後ろでリアと愛称で呼ばれた少女は、くすくすと小さく笑いを漏らしていた。



 彼女はコーデリア・ガターリッジ。


 16歳という年齢にしてはやや小柄な体格、大きな青い大きな瞳に、整った顔立ち。明るい茶色の頭髪を後ろで二つの三つ編みにしているその華奢でどこか上品そうな容姿は、実際年齢がやや離れているとはいえ、ギルの実の妹と知った者をいつも驚かせる。



 先の乙型との戦闘、そしてY035部隊の顛末――。



 それらを見届けた斑鳩達Y028部隊の面々は、一旦別命があるまで待機との通達を受け、簡単な書類などの事後処理を済ませると食堂ではなく、彼らが住まう居住用コンテナが積み上げられた区画――通称"積み木"へと戻ってきたのだった。


 前回の任務を経て、正式にY028部隊の一員となったアール……その彼女のささやかな歓迎会と今回の作戦に対する打ち上げを兼ねてと、当初は食堂で予定はしていたのだが……流石に多数の犠牲を結果的に出す事となった、かの作戦。

 その打ち上げを大々的に食堂で、というのも周囲からの目が(はばか)られる。そんな中、ギルは皆を妹と住まう自分のコンテナに招き入れたのだった。


「そう言えば(アキラ)。司令代行から、何か書類貰ってなかったっけ……あれなに?」


 斑鳩がこの集まりの為にと持ち寄った、ここ第13A.R.K.では粗品ではあるが高級品と言えるリキュールに、詩絵莉は心なしか上機嫌そうにそれをちびり、と口に含み、隣に座る斑鳩に身体を向ける。


「ああ……いや、まだ目は通してないんだが……どうにもアールについての事、らしいが」

「……わたし?」


 そう言うと、腰かけたソファーの前にあるテーブルに置いた封筒を開けながらアールに斑鳩は頷いてみせる。


「あ、そっか……アールの居住場所の……ま、アダプター1へ拠点が設営されたら暫くはそっちに寝泊まりするのかもしれないけど……箱舟に帰って来た時に必要だもんね」

「……こういうところに、住むのかな?」


 アールは片手に持つマグカップを持ったまま、部屋をゆっくりと見渡した。

 ギルと、妹のコーデリアが暮らすこのコンテナ。簡素なベッドが2つに、キッチンスペース。収納棚がいくつかと、中央にはソファーとテーブルが一つ。

 壁には二人のうちどちらかの趣味だろうか。様々なサイズの紙切れに、何やら文章と風景画が描かれているものがいくつも張られていた。


「……これは?」


 アールは立ち上がると壁の前に立ち、大小さまざま、張られた紙をじっと見つめる。


「あ、それはね……」


 その様子を見たコーデリアが、やりあうギルとローレッタの間を器用にすり抜けてアールの傍に立つ。


「趣味なの。その……風景描いたり、あと……歌っていうか……その風景を見て、歌詞を考えるの」

「うた……」


 アールははにかむ彼女に目を一瞬やると、再び張られたそれらに視線を戻す。


 荒廃した大地、遠い空、雨音が聞こえてきそうな、幾重の水滴に打たれる水たまり。他にも居住区……この積み木と思しき風景に、行きかう人々。

 色は一切なく白黒……黒炭か何かで描かれたそれらは芸術に造詣がないアールの目から見てもおそらく、かなりの出来に見える。

 その風景絵の脇に張られているのは一枚一枚、情景を綴った詩……歌詞だろうか。


「すごい……わたしはこういうのやった事ないから、詳しい事はわからないけど……でも……楽しそう、だね」

「あはは、ありがとう、アールさん!……あまり人物画は得意じゃないんだけど……今度アールさんを描いてみたいなぁ」


 え、わたし?とアールはコーデリアを瞳を丸くして驚いた様に見る。


「うんうん、だって……本当にアールさんって綺麗。その髪の毛も、その眼も……あ、でも色着ける画材、持って無いからなあ」

「……むむむ……ありがとう?」


 うーん!と腕組みをして考えるコーデリアに、アールはどう反応していいかわからなかったが、なにやらむず痒い気持ちに襲われ思わずフードを深くかぶりなおした。


「そうなんだよ、アルちゃんは本当に……えへ、えへ……かわいいよね……あ、勿論 リアちゃんもシェリーちゃんも、だよ?」

「ほんっとうに節操がない奴だな……」


 手をわきわきと動かしながら二人に近付くローレッタに、ギルは大きくため息を付きながら腰に手を当てる。


 そんな彼らの様子を見ながら、詩絵莉はくい、と再びリキュールを口に含むと味わう様に口の中で転がしつつ、ふふ、と笑いながら斑鳩に視線を送る。彼は取り出した書類の数枚を真剣な面持ちで読み進めていた。


「……なるほど、よくわかった」


 一通りそれらに目を通すと、斑鳩は「ちょっといいか」とアールに声を掛ける。斑鳩の手招きを見た彼女はトトト、と小走りに依ると彼の隣に腰を掛ける。


「で、書類には何て?暁」

「ああ、アールの居住場所関係の話みたいなんだが」

「……うん?」


 そういうと彼は整えた資料をぱらり、ぱらり、とめくりながら。


「医療部預かり、という形になる予定だったみたいなんだが……結局、居住場所の提供は難しいとのことだ。アールの私物の量もそれなりにあるのですぐにスペースを確保出来ない、と」

「ええ~、教授なんとかしなさいよねえ、そこは……」


 詩絵莉は相槌を打ちながら斑鳩が読み終えた資料を手に取り、マグカップを口にくわえたままそれらを両手でめくる。


「新しく居住用に使えるコンテナも今はすぐに用意出来ないらしい。……なのでコンテナが空くまでの間、()()()()()()()()()()()()()()、ということらしい」

『……』


 その言葉に、一同に沈黙が流れる。


「……どうしよう?」


 アールはその様子に困ったように首を少し傾げながら、面々の顔を順々に眺める。


「……詩絵莉、頼めるか?」

「ぷぁ……っ、あ、あたし!?」


 唐突に斑鳩に言葉を振られた詩絵莉は、咥えていたマグカップをつるりと滑り落としながらすっとんきょうな声を上げた。

 落したそれを申し訳なさそうに拾いながら彼女は、ばつが悪そうに応える。


「う……うちはぁーその……本とか沢山あるし……散らかってるし……その……寝る場所も二人分は難しいかなあ……」


 詩絵莉は珍しく言葉に詰まりながら身振り手振りでそう説明し、「アールを泊めたくないとか、そういうのはないのよ!」と慌てて付け加えた。


「……確かにシェリーちゃんの家って私もちらっと覗かせて貰った事はあるけど、入れて貰った事まだないよね?」


 不自然に手をぱたぱたとアールに向けて振る詩絵莉に、ローレッタも首を傾げながら続ける。


「私のところは、寝れなくはないと思う、けど……」

「いや、寝れないでしょうロールのところこそ。……あれから少しは部屋片付けたんでしょうね?」

「たはは……いや、結局あのままで……まずいかな?」


 ローレッタの部屋を訪れた事がある詩絵莉は知っていたが、彼女の部屋は相当に散らかっていた。

 所せましと乱雑に置かれた、よくわからない機械の残骸、様々なジャンルの大量な古雑誌。どれも勉強の為と様々な物を集めるクセがあるローレッタの部屋は、詩絵莉が知る限りとても彼女以外が寝れる環境ではなかった。


「まあ……うちはこの通り、リアと二人暮らしだからな……」


 ギルは頭をぽりぽりとかきながらコーデリアに目をやる。

 彼の言う通り、さして広くないこのコンテナハウスは、こと生活空間だけ取ってみると6人だとやや窮屈に感じる程度の広さだ。


 ギルの様にヤドリギの中で身内と暮らす者は少ない。本来は一人用といった用途で割り振られている。

 家族で暮らす者は、コンテナをその人数に応じたぶん与えられており、それらを連結して棲んでいるという具合だ。


「私はかまわないのだけど……お兄ちゃん、大きいしね……」


 そういうとコーデリアはどうしたものか、と考える仕草。

 彼らの話を浅く頷きながら聞いていたアールは、ひたと斑鳩へと視線を移す。


「……斑鳩のところは?せまい?」

「ん?いや……俺のところは……そうだな、あまり家具とかも無いからな……もう一人寝るくらいのスペースは十二分にあるが」


 アールは斑鳩のその言葉を聞くと大きく頷いた。


「よかった。じゃあ、斑鳩のところにする」


 その言葉に、一瞬場が再び静まり返り。


『そっ……それはだめだめだめ!!』


 次の瞬間、声を荒げながら詩絵莉とローレッタの二人がアールに勢い良く詰め寄った。

 アールは肩を掴まれながら、きょとん、とした表情で目を丸くする。


「アルちゃん!年頃の女の子がなんてことを!そんな事お姉ちゃんは許しませんよ!!」

「アール、いい!?確かにギルと違って人畜無害そうな顔してるケド、暁だってその、男だからね!?」


 二人に驚くほどの権幕で詰め寄られたアールは揺さぶられながら目をぱちくりさせる。

 その様子を見て、斑鳩は「お前らなぁ……」と頭を抱える。ギルはそんな彼を見ながら思わず笑いを噴き出していた。


「い、斑鳩のところはだめなの……?」

「だっ……だめだめ!流石に男女一つ屋根の下はその……うん、宜しくない!ね、ロール!」

「うんうん、それにタイチョーってホント私生活いい加減だからね!アルちゃんに変な影響あっても困るし……!」

「……おい、お前ら俺をそんな目で見てたのか」


 ある種のショックを受ける斑鳩に、ギルが笑いながら声を掛ける。


「まあイカルガ、そりゃそうだぜ。それに()が立つのは早いぞ?あのY028部隊の隊長が隊員の女と一緒に暮らしてる、なんて噂……他の連中からしたら恰好の話題だ、なあリア」

「そ、そうかもね……」


 ギルからそう投げ掛けられると斑鳩はうーん……と腕組みをし顔を仰ぎ虚空を見つめる。

 そういう噂好きな連中もヤドリギには居る。そうなると、いたずらにアールへの関心を引いてしまう事になるだろう。彼女の容姿もそうだが、その式神という正体、ヴィルドレッド局長の意向を無視してひけらかすものでもない。



 ……――そうなると、確かに厄介だ。



 そんな中、コーデリアがおずおずと手を挙げた。


「どうした、リア?」


 それを見て聞くギルに、彼女は大きく頷く。


「アールさん、お兄ちゃんから少しだけあなたのお話、少しだけ聞いたのだけど……遠くからこの箱舟にやってきたんだよね?」

「……う?うん」


 詩絵莉とローレッタの隙間からアールは、コーデリアに頷いて見せた。


「うん、じゃあイカルガさん、お兄ちゃん。やっぱりアールさんは私と一緒に寝泊まりすればいいと思う。ヤドリギの人たち以外から見たこの箱舟の事とか、暮らしの事とか。教えてあげれたらきっと役に立つと思うし」


 そう言うと彼女は任せてと言わんばかりに胸をばん、と叩いてみせる。そんなコーデリアにアールを含めた5人は頭の上に疑問符を浮かべる。


「それは確かにいいかもだけど……ここに三人で寝泊まりするのは結構大変じゃない?」


 詩絵莉はアールの両肩に手を置いたまま振り返り、コーデリアに問う。

 他の四人も同じくうんうんと頷いてみせるがそんな彼らを見て、彼女はにっこりと笑った。


「うん、だからお兄ちゃんが、イカルガさんの所に泊まればいいんじゃないかなーって」

『……()()()()


 詩絵莉とローレッタは思わず目を合わせて頷きながら、言葉を重ねる。


「確かにそれなら特に問題は無いわね」

「タイチョーのところは部屋も広いし、でっかいギルやんが転がっててもスペース的にも倫理的にも問題ないよ」

「ちょ、ちょっと待てぇ!」


 ギルは思わず叫ぶとコーデリアに詰め寄った。


「リアは兄ちゃんが居なくても大丈夫っていうのか?!」

「や……やめてよ子供じゃないんだから、もう!それに寝泊まりするだけでしょう!お兄ちゃんこそ大げさな!」

「うぐっ……」


 その様子を見ながら、ローレッタはおかしくて仕方がない、といった風ににやにやと笑いながらギルの腰に拳をぐりぐりと押し付ける。


「ギルやんも~、リアちゃん離れ~、しなさいということだよ~」

「おまっ……!……いや、まあ俺はいいけどよ、問題は斑鳩とアールだろ!アール、流石に今日初めて会った人間と寝泊まり、っていうのもあれだよな!?」


 ぐわっ!とギルはアールに詰め寄ると、何やら必死といった権幕で捲し立てた。

 詰め寄るギルに、「ち……ちかい……」と思わず仰け反りながらアールは口を開く。


「リ……リアがいいって言うなら……わたしは、絵とかのお話も聞いてみたい、し……」


 そう言うとアールはコーデリアと、壁に飾られた彼女の作品に交互に視線を向ける。



 ――それに、斑鳩たちが守ろうとしているもの……もっと知りたい。



 アールは心の中で、そう呟く。



「うん、歳も私とアールさん近そうだし……私も色々お話したいから、歓迎だよ!」


 そんな彼女を見て、コーデリアもにっこりと屈託のない笑顔を浮かべると、両手を合わせ喜ぶ。

 斑鳩は彼女らのやりとりを見ながら、ふと表情を緩めた。


「俺も構わないぞ、ギル。アールもこの箱庭の事を色んな角度から見れるいい機会だ。それに男同士ならそう気兼ねする事もないだろ。何も完全に分かれて暮らすわけじゃない……アダプター1への拠点設営が終わるまでの数日、寝泊まりするだけだ」

「わ……わあったよ、まあ……お前らがそう言うなら……」


 斑鳩からも窘められ、ギルは大きくため息を付きながら腕を組む。


「決まりね。まあでも、寝る前までは毎日、私たちも付き合うしさ!」


 詩絵莉は頷くとテーブルの上に置かれたビンからもう一杯、と面々のマグカップにリキュールを注ぐ。

 コーデリアは、自身特製の万能ナッツと貴重なドライフルーツを使ったパイが乗る金属製の大皿を抱える様にして持ってきた。


「アールさんの寝場所も決まったことだし…さあ、焼けたよ、食べて食べて!」

「リアお手製のパイ……!任務開けはやっぱりこれでお祝いしないとね!」


 慣れた手付きでそれぞれの皿にそれを取り分けるコーデリアを、ローレッタは目を輝かせながら手伝いに入る。

 その様子をじいっとアールは不思議そうに見つめると、椅子から身をやや乗り出して鼻をすんすん、と鳴らした。


「……これ、()()()()()?」


 隣に座る斑鳩をちょんちょん、右手でつつき小声で問う。

 斑鳩は一瞬何の事か、といった表情で彼女を見たが、食堂でのやり取りをすぐに思い出すと「ああ、コーデリアのパイはギルのお墨付きだ」と笑顔で答えた。


「おおよアール、しっかり食えよ!なにしろこういう時じゃねえと中々出せねえ料理だからな!」

「……うん、いい()()()。コーデリアは、料理も得意なんだね」

「あたし達の任務開けには、リアがこのパイを焼いてくれるのよ。食堂にあるパイの倍は美味しいから、食べてみて!」


 取り分けられ、目の前に差し出された特製のパイをアールはフォークを片手に「わあ」と感嘆の声を漏らす。香ばしく焼目が付いた表面から漂う何とも言えない甘い香りが彼女の鼻をくすぐった。


「……このくらいの量なら大丈夫かな、うん」


 皆が配られたパイを手にし楽し気に話をする中、ごくごく小声でそう呟くその声を斑鳩は確かに聴いていた。


 ――これくらいの量なら……?


 一瞬疑問が浮かびあがるが、取り分けられたパイを上気した表情でフォークでつつく彼女を見ると、大した意味でもないのだろうか、と彼も同じくテーブルに置かれたフォークを手に持つ。


 そんな斑鳩をよそに、アールはフォークで小さくパイをより分けるとそのうちの一片を口へと運ぶ。


「……!!」


 パイを運んだフォークを口に含んだまま、アールは目を丸くする。


 口の中に広がるはまさに未体験の味。

 それは今まで彼女がアガルタで口にした何よりも鮮明で、暖かい味だった。


 ほろほろと口の中で崩れはするが、しっとりとした触感にこんがりと焼かれたパイ生地の香ばしさとぱりっとした食感。

 ナッツのほのかな甘い香りの中に存在する、ドライフルーツの渋みが全体を上手くまとめている。


 それらが一体となって、アールの口から脳へと突き抜ける様に駆け巡った。


「……お、おいしい……!」

「どうだぁアール、旨いだろ!食堂なんかじゃ中々味わえない味だからな、これはよ!」


 思わず感動が口を突いて出た彼女を見て、ギルは自慢と共にアールの肩をばんばん、嬉しそうに叩く。


「や、でもこれほんとおいし……リア、また料理上手になったんじゃない?」

「ああ、これは本当に……見事な味だな、前に振る舞って貰った時も美味かったが……それ以上だな……!」


 詩絵莉と斑鳩も互いに頷きながら次々に口へとパイを運び込んでたいた。

 対してローレッタは無言のまま、なにやら「あふぁ~」と呼吸を漏らし恍惚の表情を浮かべながらゆっくりと口を動かしている。


「お兄ちゃんのお給料が上がって前よりいい物を売店とか、路上の売り子さんから少しずつ買えるようになったから……イカルガさん、いつも本当に兄がお世話になって……ありがとうございます」


 コーデリアは照れるように笑うと、斑鳩に頭を下げる。

 手に持つ皿に残るパイを名残惜しそうにつつきながら、斑鳩はコーデリアに視線をやる。


「いや、頭を下げたりしないでくれ、コーデリア。俺だけじゃない、ギルも、詩絵莉もローレッタも、そしてこれからはアールも……皆がそれぞれ自分の職務を全うした結果の報酬なんだからな」

「そそそ。あたしたちは()()()()ってやつだからさ……それにしても本当に今回のパイ、絶品ね……。暁、それ食べないなら貰うけど」

「いや、やらないぞ」


 もくもくと口を動かしながら斑鳩の皿を横目に映し、フォークで牽制する詩絵莉。

 コーデリアはくすくすと笑うと、彼ら――Y028部隊の面々を改めて見渡す。


 アールはギルに、パイの味を具体的にどう美味しいかをしつこく聞かれて困っている。そんな彼のお尻を叩きながらローレッタはギルからアールを取り返さんと奮闘してる様だ。


 ……こうして見ていると、とても彼らが死地から帰ってきた風には、とても見えない。



 先の作戦の話は兄から少しだけだが、その顛末を聞かされた。

 兄たち――Y028部隊も、辛い思いをしたことだろう。だが、今はこうして笑いあっている。


 ここ……第13A.R.K.では、前線で戦うヤドリギが死ぬのは……そう珍しい事ではない。


 誰だって当然、死にたくはない。

 だがそれはいつだって突然なのだ。決断や覚悟を手に持たない時にでさえ、やってくるのだろう。


 彼らだって"()()"なのだ。

 ……だからこそ、だからこそ今こうして笑っているのかもしれない。

 来たるべき時に果たせるよう、それが彼らの気概なのだろう。コーデリアはいつも任務が開けた彼らの姿に、いつもそれを想う。



 ――お兄ちゃんたちは、やっぱりすごいな……。



「……また次も無事に、こうやってまた皆でこのパイを食べれる様に……祈ってます、イカルガさん」


 コーデリアはぎゅ、とパイを切り分けるナイフを握りしめて、斑鳩を見つめる。


「大丈夫だよ!リアのこのパイは幸運のパイだからね!しかもどんどん美味しくなってる……これは恐ろしい事ですよ、ギルやん」

「ああ、だろう?こんな旨いモンが俺達を待ってるんだ、簡単にくたばるわけにはいかねえよ。なあ斑鳩?」


 にやり、と笑うギルに斑鳩も静かに頷き、最後の一片を口へと運んだ。


「……まったくだ。次の任務も無事にこなして……またこのパイを頂こう。これからはアールも一緒に、な」


 アールはゆっくりと食べ進めているのか、フォークで小さく切り分けたパイを未だ半分ほどしか食べていなかった様だが、それらを口にゆっくりと運びながら何度も頷く。


「……うん。コーデリアのパイは……本当に、()()()()()。わたしも、皆と一緒にまた……食べたい」


 その言葉に皆は、深く頷いた。


「普段はリアちゃんが食堂にこれを届けてくれて、そこで食べてたんだけど……こうやって、ここでみんなで食べるのもいいね。リアちゃんを愛でながら食べるパイは……えへ、えへ……普段より格別に美味しいです……」

「おーいイカルガ、やっぱりコイツつまみ出していいか!」





 ――こうして、喧騒の中……彼らの束の間の安寧の時間が過ぎて行く。



 これから幕を開けるであろうアダプター1を仮拠点とした、南東区域攻略作戦――

 それに様々な想いを、心の隅で馳せながら。


 深過を遂げた乙型との戦闘、そして覚悟と誇りを見せながらも、苛烈に散ったY035部隊の様を思えばこそ、往々にして彼らの感情を不安が大きく占めることだろう。


 それらを払拭するかの如く、彼らは今夜を楽しむ。


 次の果たすべき任務に向けて。



 ――来たるべき、運命に向けて。




 ……ゆっくりと――だが確実に、その歯車は回り始めるのだった。






 …………――――――――第6話 プロローグ(終)

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