第5話 エピローグ
「意地と、誇り……」
彼女は医療棟の廊下を先に行く四人の背中を見つめながら考える。
――アガルタでは、ただ……ここへ来て、実戦の訓練をしろ、としか言われなかった。
私は兵器のようなものだと。
性能のテストを行う時が来た、と。
ヒューバルト大尉も同じ事を言っていた。
冷静に、単純に。そして確実に、タタリギを殺してみせろ、と。
実戦の中でその性能を試してくるのだ、と。
……タタリギと戦うのは、嫌いではない。
それが自分――名前も解からぬわたしの存在理由だから。
上手く戦うと、みんな褒めてくれた。優しくしてくれたから……。
でも、ここは……斑鳩たちは、アガルタのヒトたちとはちがう。
……ちがう?なにが違うのかな……。
皆、アガルタのヒトとは違う……どう言えばいいのかわからないけど、彼らは……生きようとしている。
本当に、この世界を…生きようとしている感じがする。
クリフもそう。
生きる為に、誰かを生かすために、自分の命を差し出そうとまでしていた。
それが彼らの、意地と誇りなんだそうだ。
――私も、そうありたい。兵器ではなくて、ヤドリギとして。……ヒトとして。
ここに来るまではそんな事考えもしなかったな。
今まで通り、普通に戦って、普通に勝って……そして、また普通に戦う。
そんな日々が始まるだけかと思ってた。
でも、ここはそうじゃない……タタリギと戦って、死ぬ人がいて。
…多分ここの誰も彼ものすぐ隣に、"死"があるんだろうな。
だから……そのすぐ傍にある死と、みんな……必死に、戦っている。
その死から……みんなを守りたい。
……そうなんだね?
斑鳩……それが、お墓で言ってた……戦うこと、なんだね……?
「……おーい、アール」
ぼうっと歩く彼女に、斑鳩が遠くから手を振る。
それを見て、アールは「うん」と手を振り返すと小走りで斑鳩――仲間の元へと駆けよる。
「……暁、この後はどうするんだっけ?」
「ログの提出や装備品のチェックは教授と整備班の連中が総出で行ってくれてるそうだ。アールの壊れた撃牙の事もちゃんと添えてある。今回は……甘えておこう。俺達は報告をミルワード司令代行に済ませたら……一応、任務終了だな」
「……クリフや、Y035部隊の連中のこともある。ぱぁっといつもなら打ち上げ、ってところだがな……流石にな」
ギルは頭をぽりぽりと掻くと、腕組みをしてみせる。
「……個人的には今回大活躍したアルちゃんを称えてあげたいんだけど……」
「そうだな。アールのあの装甲板の破壊は凄まじかった。……あれがあったがこそ、迅速に乙型の排除に繋がったしな」
斑鳩もローレッタの言葉に頷き、追いついたアールの背中をぽん、と叩く。
「……わたし、ちゃんとやれてた?」
「やれてたってモンじゃないわよ、あんなの初めて見た!……これは斑鳩もギルも、形無しね」
詩絵莉は笑ながらアールと肩を組むと、斑鳩とギルを「ふふん」と強気な表情で挑発する。
ギルは腕組みをしたまま、ふん、と息を吐くとアールにその顔を近づける。
「俺も負けてられねえな……アールあの撃牙連打。俺にも教えてくれよ」
「い、いいけど……ちかい……」
「……こらギルやん!セクハラ禁止!!」
「ば、バカ野郎、そんなんじゃねえよ……!」
厳しい任務から解き放たれた反動か。
それとも、Y035部隊の最後を目撃した彼らの心に刺さったその事実から、少しでも癒されようとする為か。
互いに明るく振る舞おうと努めるその姿は、悲しくもあり、また頼もしくもあった。
「……だがよ、イカルガ」
ふと冷静な面持ちになり、先を歩く斑鳩にギルは歩み寄り声を掛ける。
「……アールの力は本物だ。今後、本当に期待できるんじゃねえのか」
「ああ。それは間違いない。本当に心強い仲間が出来たと、ヴィルドレッド局長にもそう報告するつもりだ、しかし――」
詩絵莉からも少し耳にしたが、彼女。アールはやはり、普通の式兵とは何かが違う。
当然式神という新しい式種。
まだ自分たちが知らない、分からない部分も多いのだろう。
しかしあのタタリギを"感じていた"と表現するしかない様子……どう捉えるべきなのか。
彼女に直接聞くも、曖昧な返答しか持ち合わせていない様だった。
彼は「……いや」と首を横に振ると、詩絵莉とローレッタにもみくちゃにされているアールを笑ながら見る。
「……今はこの頼もしい仲間を歓迎しよう、ギル。……南東区域侵攻には間違いなく彼女の力が必要だ。難しい事は置いといて……俺達は俺達の責を果たす。それが第一だな」
「へっ。イカルガもずいぶん物分かりがよくなったじゃねえか」
ギルは強くばしん、と斑鳩の背中を叩く。
「むー……まぁた、狼同士でイチャイチャと……アール、どう思う!?」
「うーん……?…フケン、ゼン?」
「アルちゃん正解!不健全ー!」
後ろで笑う彼女たちの声を聞きながら斑鳩は考える。
アールの力はまだ未知の部分が多いのは確かだが、今回狼として、式兵として破格の性能を提示した。
……ひょっとしたら、本当に。まだ俺が見る事のない、先を見せてくれるかもしれない。
――俺達が進む任務の先にあるものは、果たして……。
そしてまた、アールは思う。
彼らと、そして彼らが守りたいもの。
それを守る為に、わたしはここで戦ってみよう。
……斑鳩たちの事は好きだ。
……まだ出会って日は浅いけど、みんな本音でわたしと向かい合ってくれる。
アガルタではここにある、当たり前のもの。そのどれもがなかったよう、感じる。
彼らの事を大事に思いたい。
それがヒトとしての……大事なコト、のような気が……今はちゃんと、する。
……――もし、彼らがY035部隊が遭遇したような、どうしようもうない窮地に追い込まれたなら。
その時は、わたしは……"本来の役目"を果たそう。
たとえ、行きつく先が"それ"だったとしても、わたしはわたしの大事なものの為に、そうしよう。
クリフたち、Y035部隊が教えてくれた。
自らの大事なものの為に、命を賭してでも、戦う……。
それが、自分一人ではなく。誰かと、誰かを守る為に戦うということ。
それが、斑鳩たちと一緒に戦うということ。
それが、意地と、誇り――。
彼女はその髪色と同じ真っ白な記憶に、その手に、目に、心に得たものを刻む。
一つ一つ、確かめる様に。一つ一つ、大事に抱える様に――。
彼女は彼らと共に進もうと、同じものを見たい、と。
墓地の前で語った斑鳩の言葉にあった覚悟を今、心で誓うのだった。
…………―――――――――第5話 来たる、乙型壱種 ――終――