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第5話 来たる、乙型壱種 (終)

「……う、うう……」




 ――眩しい……ここ、は……。



 ぎし、と耳障りなきしむ音。使い古されたベッドのスプリングが悲鳴を上げる。

 起き上がろうとするも、全身に激しい激痛が走りそれもままならない。

 やっと開いた眼で、天井の明かりから自らに視線を落とすと、包帯とチューブに繋がれた姿が映る。


 そこで(ようや)く彼、クリフ・リーランド……Y035部隊の式梟(シキキョウ)は状況に気付いた。



 ――馬鹿な……い……生きているのか……俺は……



 記憶が混濁する。


 最後に視た光景――それは、自らが操るN32式兵装甲車をあの乙型に体当たりさせた後――車体に砲撃を食らったところまで……いや、違う……

 誰かが、俺を呼んだ気がする……ああ、だめだ……わからない。どうして助かったのか。



 ……それともこれは夢なのか?



「……クリフ!!目が覚めたの?!」


 混乱した意識を掻き分けるように、高い女性の声が彼の脳に響く。

 そこには、病室と思しきこの場所の扉から駆け寄る一人の小柄な女性が見えた。


「……き……木佐貫……ローレッタ……」

「ああ、無理にしゃべらなくていいよ!……よ、よかったあぁ……」


 そうだ……彼女はあのY028部隊の式梟……木佐貫・ローレッタ・オニール……

 自分とは違い、恐ろしい才をその身に宿す、稀代の梟……


「お……教えてくれ……なにが、あっ……たんだ……お……俺は……」


 そう言いながら、クリフは苦しそうに身を起こそうとする。

 左手に手に掛けたベッド脇の小さな机の上にある薬袋や代えの包帯が、その衝撃でばらばらと床へ落ちた。


「ああ、だめだよ!……アルちゃんも手伝って、床の拾ってくれる?」

「わかった、ローレッタ」


 彼女の陰に居た白髪の少女――アールはフードを後ろへとまくりながらしゃがみこみ、ひとつひとつ落ちた薬や包帯を拾う。


「……そ……そいつは……?」


 見慣れぬ容姿の彼女を、ローレッタに手を添えられながら再びベッドへと寝かされつつクリフは口にする。

 ――確か、Y028部隊は四人構成だったはず……。痛みでやや晴れた意識で、彼は疑問を浮かべる。


「ああ、えっと……紹介するよ。うちの部隊に前作戦から新しく配属された……ええと、アールだよ」

「ん……」


 彼女――アールは手に抱えたものを器用に小さなテーブルの上に並べ直しながら、クリフにちらりと視線を投げた。


「……変わった、姿だな……てっきり、天使か、死神かでも見えてるのかと……思ったよ……」

「……どっちでもないと、思う」


 呟くと、再びおっくうそうにフードを目深に被るアール。

 彼女のその容姿に目を見開くが、それも束の間。クリフは再びローレッタに問いかける。


「……こ、ここは……医療……室、だよな……初めてきたが……箱舟、なのか……ここは……」

「……うん、そうだよ」


 ローレッタは彼に繋がれた点滴のチューブを直しながら、小さく頷いた。

 クリフは、その姿をぼうっと見つめる。


「……回収班は無事だよ。貴方たち、035部隊のおかげ」

「……そうか……ほ……他の……狼達は……彼らは……」


 彼の言葉に、ローレッタは一瞬何かを言おうとして、言葉に詰まる。


「……無事じゃない、のは……俺が一番、分かっている……だが、"()()()()"は、居なかったか……?」



 ――堕ちた奴。


 その意味は、彼らヤドリギにとって最も過酷で、残酷な散り様を意味していた。


 タタリギは、窮地に追い詰められた際、深度経過――深過(しんか)に依って急激によりその禍々(まがまが)しい力を増す。

 いわば、より"タタリギ"へと進化――深過を遂げる。

 そして、そのタタリギの力で以て対抗する彼ら、ヤドリギもまた。"()()"なる可能性を孕んでいた。


 窮地――瀕死とも言える状態にヤドリギが追い詰められ、心もまた折れた時。


 彼らの中に在るA.M.R.T.(アムリタ)の奥に眠るタタリギの因子が急激に活性化する場合がある。

 それはつまり自らの意志に反して深過を始め、そうして行きつく果てが、ヤドリギがタタリギへと果てた姿……(ヘイ)型タタリギとなるのだ。


 元々彼らヤドリギは、一部例外はあるとは言え"タタリギ"による寄生を通常、戦闘中においては受け付ける事はない。

 それは言わばA.M.R.T.により"一時感染"している様なもので、戦闘中に直接タタリギと接触したり傷を負ったとしても、それが直接的な原因で丙型……感染し、タタリギへと堕ちる事は余程の事は無いとされている。


 しかし、"()()"なってしまっては、もう……ヒトへと再び戻る事は出来ないのだ。

 待つのは、同じヤドリギによる、討伐――。



「……だい、じょうぶ……だったよ。だってほら、クリフ。貴方だって……重症なのに、こうしてちゃんとヒトでいるでしょ」


 ローレッタは誰が見ても無理をしている、と感じ取れる笑顔を浮かべる。


「……本来なら……俺が皆の……深過を……。止めれたのは……ひとり、だけだ……」


 そう言うと、ローレッタの表情から事実を感じ取ったのか。クリフはぐうっ、と唇を強く噛む。

 片方――健在する右目からは、つう、と一筋の涙がこぼれ落ちる。


「……本当に大丈夫だったんだよ。……クリフは……凄いよ。私が同じ状況なら……同じ事が、出来たかどうか」


 彼女は、ふ、と自虐的に笑うと近くにあった粗末な椅子を引き寄せると、腰かけた。


「……私達、梟の最後の仕事――深過が始まった仲間を、そうなる前に……こ……眠らせる、こと。私は……」

「……」


 ()()、という言葉を飲み込み。ぐっと俯く彼女を、アールは傍らで見つめていた。


 深度経過が認められた式兵を、部隊長が健在の場合はその部隊長の承認を得て、梟が――殺す。

 首に巻かれたそのバイタルチョーカーに仕込まれた毒針を起動させ、丙型へと果てる前に、絶命に至らしめる。


 それが、彼女たち梟に課せられた最も重い責務だった。


 それは戦線から最も遠く安全な場所に居る、というその事実と引き換えにしても……タタリギに仲間を堕とさない為としても、何よりも重すぎる責務。


 当然頻繁に起こる様な事態ではない。

 だが、梟なら誰しも突然その決断を迫られる時が来る可能性は…ある。


 頬に伝う涙を右手で、ぐっ、と拭う彼は、その時初めて気付いた。

 左目……今は包帯か、眼帯か。治療の為巻かれたそれで直接触れる事は出来ない、が。

 その布の下にある左目の感覚が一切、実感出来ない。


「……これは……俺、左目……」

「……斑鳩とギルが言ってた。……クリフ、貴方を発見したときの状況……()()()()()()()()()()()()()()って」


 クリフは改めて自分の身体を、軋む首を動かし観る。

 身体は健在の様に感じていたが、違う。先ほど無意識に突き出した左手の感覚も、肘から先……感じる事が出来ない。

 右足はブロックに足を入れてるような、巨大なギプスが纏われているものの、足先の感覚も、無い。


「……車内で俺は……潰されかけて、いたのか……」


 他にも全身の打撲や切り傷をその痛みから感じると、ふうっ、と息を強く吐き出し、首を枕に預けた。


「……クリフ。今は休んで。……Y035部隊は、全滅したわけじゃない。回収班の護衛に付いた二人は今、今回の乙型発見から開戦に至るまでの聴取を作戦室で受けてる……貴方が生きているのを知ったとき、彼らは泣きながら言ったよ」


 ローレッタは、彼の間隔が無い左手をぐっと握り、眼を見据える。


「……"隊長や狼達……そしてクリフの覚悟と誇りが、部隊の仕事を果たしたんだ"……って」

「……ッ!」


 彼はその言葉に再び、ぎり、と先ほどより強く唇を噛み、涙を流す。


「お……俺達の部隊は……果たした、んだよな……俺は、隊長は、間違って……なかったんだよな……」


 事実、彼らの活躍により回収班は無事に第13A.R.K.へと帰還を果たした。

 それは間違いなく彼らがあの乙型に食らいついて居たが故。

 回収班が安全距離に離脱出来たのも、斑鳩達が到着するまで中継局に乙型を近寄らせなかったのも、彼らの成果だ。


「……クリフ。ひとつ、きかせて」


 そこまでじっと黙り二人の会話に耳を傾けていたアールが、クリフが横たわるベッドに一歩近づくと、彼を見下ろしながらその口を開く。


「……どうして、にげなかったの?……あなたたちじゃ、あの乙型には勝てないって……()()()()()()()なのに」


 その台詞に、クリフは一瞬驚いた様に残る右目を見開き、彼女を見上げた。

 ローレッタは慌てて彼女を止める。


「ちょ……アルちゃん!!……ご、ごめんクリフ、彼女はその……」

「ごめん、ローレッタ……どうしもて聞かせて、ほしい」


 あたふたと止める彼女をものともせず、アールはクリフを見つめたまま。


「……クリフ達が()()なるまで戦った理由……わたしには、よくわからない……中継局だって、壊されたら、またつくれば、いい……かなわない、なら。にげればいい……どうして、()()なるまで戦えたの?」


 問われたクリフはその言葉に、満足に動かせない身体をよじり、瞳に強い意志を灯しながら彼女を睨む。


「……それが俺達、Y035部隊の……"誇りと意地"だから、だ……!」


 その自ら発した言葉……彼の脳裏に今は亡き、ドーヴィン隊長の顔が(よぎ)る。

 その背中には、いつも食堂で笑ながら彼がばんばん、と強く叩いていた痛みを今、感じる。


「……ほこり……」

「……そうだ……アールとか、言ったか……そ、そうだ……お前の()()()()、だ……ぐうっ!」


 彼は右手で力強くボロボロの上半身を支え、今度はしっかりとベッドから起き上がる。

 隊長に叩かれた背中が、彼をそうさせる。


「た、確かに俺達は……お前たちのような、Y028部隊のような、強さはない……逃げたかった、気持ちも俺には、ある……!」

「クリフ……」


 ローレッタは止めようと手を伸ばそうとしたが、それをすぐに、止める。


「……だが、だが!……お……俺達は……どんな事があろうとも、回収班……そして……その背中にある、この第13A.R.K.を、守る為に、戦っているんだ……」


 彼は痛みに耐えるように、はぁ、はぁ、と息を吐く。

 アールはそんな彼をじいっと見つめていた。


「それは、お前たちの任務と……()()()()()んだ……!……奴から逃げたら、誰が回収班を守る……?俺達は、何が相手でも……いつも通り!……はぁ、はぁ、仕事を果たしたんだ……っ!それが、俺達の意地であり、はぁ、はぁ……誇りだ……だから、戦える、戦えたんだ……!」


 絶え絶えに語る彼を、静かに観ながら、アールは呟く。


()()と、()()()……」

「……そうだ、アール。それが俺達が戦う、そして戦える理由だ。それが、俺達に脅威を成すなら……いかなる相手だとしても、だ」


 唐突に投げかけられた言葉。病室の入り口には、斑鳩、ギル、詩絵莉が立っていた。


「……タイチョー」


 振り返るローレッタ、アール。そして肩で息をしながら、クリフもまた、彼――斑鳩に視線を向けた。


「……"誇り"とは自ら雄弁に語るものじゃない……それを当人に語らせては駄目だ、アール」


 斑鳩は、アールの隣へと歩み寄る。


()()と、()()


 彼女は今度はしっかりと頷きながら、クリフを観る。


「……彼ら、クリフ達……Y035部隊を見て……何を思った。アール」

「……わからない。今まで、こんな気持ち、あんまりなったことない……でも」


 ちらりと斑鳩に目をやり、再びクリフに視線を戻す。


「……クリフたちは……すごく……すごく大事なもののために……戦った。だから逃げなかったし、()()()()と分かってても、戦えた……それは、()()()()()()こと、なんだね……クリフたちに、とって」

「……そうだ。今お前が感じ取った彼らの行い、そして結果。……それが彼らの"意地と誇り"だ。それに俺達は敬意を払わなければならない。わかるか?」

「……うん、すこし、分かった。……意地と、誇り。斑鳩たちにもそれがある……彼らに対しても。だからあの時、クリフたちを助けるより先に、乙型に向かったんだね」

「……そうだ。"誇り"とは誰が勝手に感じるものなんだ。内にそれを秘める彼らから、自然にな。……そうあるべきだと俺は思う」

「……うん」


 彼女は何度も深く頷く。クリフに残された右目に宿る"それ"を感じながら。

 その言葉に、斑鳩とクリフは頷く。


「……斑鳩。お前とこうして面と向かって話すのは……初めてに近い、が……礼を、言わせてくれ……」

「……よしてくれ。お前たちY035部隊の判断と覚悟は……まさに、本物のヤドリギだったよ。……こちらこそ到着が遅れて、すまなかった」


 クリフは斑鳩から差し出された右手を、右手でぐっ、と握り返す。


「……俺は……俺は、もう梟としては……復帰出来んかもしれん……この、ザマだ……そしてY035部隊も、解散だろう……」


 その手を放すと体力を使い果たした、とばかりにベッドにその身を沈めるクリフ。

 彼の脇にギルがいつの間にか寄り、声を掛ける。


「……そんなこたぁねえよ。俺と斑鳩はお前がもう、"堕ちてる"と思って撃牙を向けてたんだぜ。……だがな、その重症にも拘わらず、乙型の戦闘が終わるまでお前はヤドリギで居たんだぞ」

「そうよ」


 詩絵莉もギルの大きな体の脇からひょい、と身を乗り出してクリフに頷いてみせる。


「……大した意志だわ。もちろん、ロールがその可能性に掛けてすぐにバイタルチェックとデータを迅速に取って、応急手当てしながら解析したおかげでもあるんだけどね!」

「わ、私は当然の事をしただけだよ……」


 ローレッタはあたふたと手を振る。


「……つまりよ、あんたが持つその意地と誇り……それは回収班だけじゃなくて、あんた自身……そしてY035部隊の未来も守ったのよ……ヤドリギとしてね」

「Y035部隊の、未来……」


 斑鳩は大きく頷き、彼の肩に手を添える。


「まだ若い隊員が二人、お前の回復を待ってるんだ、クリフ。傷を癒して、Y035部隊を復活させてくれ。俺達も出来る事があれば協力しよう。ドーヴィン部隊長の意志を体現したような……お前のような男がいる部隊なら、俺達も回収班を任せて前線に集中出来る……だろう?」

「斑鳩……お前は、噂通りのヤツ、だな……」


 クリフは困ったようにその表情を崩すと、天井の明かりを見つめた。


「……そう……だな……この身で、やれるかわからんが……俺は、ドーヴィン隊長に……最後までY035部隊で居ると、誓った……」

「クリフ……」


 ローレッタが目を閉じる彼の肩に手を添える。

 彼は彼女の体温を掌から感じると、散っていった部隊長、そして式狼達に思いを馳せる。



 ――俺が生き残った、生き残ってしまった理由は――隊長……そう、なんですか?……まだ俺にやれる仕事は、残っているのでしょうか。



 虚空に彼は心の中で問うが、その答えはすぐには見えてこない。


「……ありがとう、Y028部隊。今は……少し休ませて、くれ。……いずれ、その時が()()なら……」

「……ああ、クリフ」


 斑鳩とクリフは互いに視線を交わすとそれぞれ想いを胸に、強く頷く。


「……じゃあまた、お見舞いに来るよ。……私も頑張る、クリフみたいにね」

「ま、当分は治療に専念しろよ。焦ってもしかたねえ、その傷だからな」


 ローレッタとギルはそれぞれ声を掛けると、病室を後にする。

 斑鳩、詩絵莉も手を軽く振ると振り返り、二人に続く。


 その後ろを追いかけるように行くアールだったが、ふと足を止めてクリフを振り返った。


「……クリフ」


 呼びかけられた事に一瞬驚いた彼は、「……なんだ?」とすぐに聞き返した。


「……ありがとう。戦う理由……また、すこしだけど……ちゃんとわかった。わたしも、クリフみたいな意地と誇り。……持ってみたい」


 それだけ言うと、ぺこ、と頭を下げて彼女は駆け出して行く。

 扉に消える小柄な彼女の後姿を見て、彼は少し笑う。


「……まるで子供みたいなやつだ……何者なんだ……?おかしな連中の集まりだとは聞いていたが、本当だな……」


 そう呟くと、彼は目を閉じ――全身の痛みに一つ一つに、Y035部隊を感じながら。

 今一度、自らが生かされた理由と、そして散っていった彼らとこの先も共にあろうと決意を胸に誓い。


 アールと入れ違いで部屋に入ってくる、同じく生き残った残り二人のY035部隊にそれを伝えよう、と――。






 …………――――――――第5話 エピローグ へと続く。

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