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第5話 来たる、乙型壱種 (4)

Y035部隊が散り往く中――遂に斑鳩達は、タタリギとの邂逅を果たす。

乙型壱種との戦闘が今、幕を開けようとしていた――。

『!!……タイチョー!……回収班の車両を確認!!』

「……見えたか!!」





 激しく揺れる車内にローレッタの声が響く。

 彼女が先行して展開、飛行させる木兎の一機がついに回収班の車両を捉えたのだ。


「彼らは無事か?」

『……外装の損傷は激しいけど……今、1号ちゃんを寄せてる……Y035部隊のハンドサイン……うん、大丈夫みたい!どうする、このまま撤退させてもいい?』

「……さっき本部から少数だが護衛隊がまもなく出立すると連絡があったな。……彼らの事は後発の連中に任せよう」


 斑鳩はそう冷静に答えた。その声に、ローレッタも『了解!』と威勢よく応える。


『……!(アキラ)、目視でも回収班の車両を確認!!……併せて見えて来たわ、アダプター1……!』


 ローレッタの横で彼女を抱えるようにしたままハンドルを握る詩絵莉からの報告があがる。


「と……とりあえず回収班の連中は無事か……!Y035部隊の連中、やるじゃねえか……!なあイカルガ!」

「……ああ、だが通信が行えない現状、彼らの部隊が今どういう状況にあるかわからないからな……」


 嬉しそうに斑鳩の背中をぽんと叩いて見せるギル。

 しかし斑鳩はやはり厳しい表情で呟くと、何気なくちらりとアールに目線をやる。

 撃牙に左手を添えつつ椅子に静かに座る彼女だが、先ほどの見せた決意の瞳はその輝きを失ってはいなかった。

 静かでいながら、いつでも、といった風体を感じさせる。



 ――その時だった。



 ……ガァアァアン……ン……ンン……ガッシャァ……ンンン……



 回収班の車、N31とすれ違ったまさにその瞬間。


 進行方向、アダプター1より凄まじい爆音が遠巻きに斑鳩達を襲った。

 現在斑鳩達が載るN33は、丘陵を下ればもうアダプター1の領内北端に踏み入れるだろいうという場所を走行していたが……それでも市街地、(くだん)の乙型が到着したと思しき場所までは数分は掛かる程に距離がある。


 その距離をしても、はっきりと周囲の空気を震わす轟音。――そして金属が何かにぶつかる様な不快な異音。


「今のは……!?」

『……ロール、あれは!?』

『……今、2号ちゃんが市街地領内に入った!確認するから待って……』


 しかし、彼女の木兎が確認するまでもなく。詩絵莉の瞳には立ち上る黒煙がはっきりと見えていた。


「今の派手な音は何だ……ッ?!おい、何か見えねぇのか、キサヌキ、シエリ!!」


 後部エリアからは前方の景色を観る事は出来ない。ギルは不安と焦りから声を荒げる。


『……黒煙が上がってる!……ひょっとして、Y035が……!?』


 詩絵莉は崩れ落ちたビルとビルの間から立ち上る、黒い煙をその視界に捉える。

 それとほぼ同時――ローレッタは木兎からの映像が映るヘッドマウントディスプレイを手で押さえると、悲痛な声を上げた。


『あぁっ……そ、んな……』


 彼女が先行する木兎の一機で捉えたのは――大破し、コンクリートの残骸に埋もれる様に横たわる、N32……。

 Y035部隊、先ほど通信を行っていた彼、クリフがその身を置く装甲車だった。


「詩絵……シェリーちゃん、ゆっくり車、止めて。距離はもうここで十分……だよ」


 彼女は詩絵莉の腕にそっと自らの手を添える。

 ローレッタから感じ取れた異様な雰囲気に、彼女はすぐさまブレーキを掛けN33を停車させた。


「……ローレッタ、何が見える」


 停車した車内は驚くほど静かだった。

 斑鳩は車両前方、詩絵莉とローレッタが座する先へと続く小さなハッチに上半身を入れる。


「……大破した、N32式兵装甲車を発見。……梟は依然回線開かず……生存は不明」

「……!」


 その言葉に、ギルは悲痛な表情を浮かべ唇を噛み締め……アールも表情に悲痛な面持ちを浮かべる。


『同場所に、乙型壱種を確認……現在映像が得れる限界の距離で観測中……上空からのブレーキ痕と、状況から推測するに……N32は回収班を逃す為、追随しようとした乙型に対して……その車体ごと……乙型に()()を試みた……様に見える……』


 彼女はゆっくりと呼吸を整えながら、少しだけ震える声で状況を説明する。

 特攻……ローレッタが冷静に告げる現場で起きたであろうその光景を思い浮かべた面々。車両に悲痛な空気が流れた。


「……乙型の現状……は?」


 恐る恐る詩絵莉がハンドルに顔を埋めるように問う。


「……今は……沈黙してる。周囲を警戒してるのかな……砲塔を緩やかに旋回させてる、よ……」

「沈黙、って事は……ああ?……Y035部隊の狼の連中は()()なったんだ……?」


 開け放たれたハッチから聞こえるローレッタの言葉に、ギルは苦渋の表情を浮かべた。


「……乙型の周辺には見当たらない、でも……!生存者が居るかもしれない……!N32は大破してる、けど、損傷……砲弾を受けた様な後は車体中央……車体前方は瓦礫に埋まってる……クリフもまだ……()()()()()()()……」


 何とか希望を見出そうとするローレッタの悲痛な声に、詩絵莉も頷きながらその言葉尻を捕まえる。


「……そ、そうよ。どこかに身を潜めてる可能性だってあるわ。ロール……急いで周辺を捜索して、負傷してる可能性も……」

「……詩絵莉……その指示は、必要ない」


 斑鳩は、厳しい口調で彼女の言葉を遮った。


「あ……暁……?」

「……彼らは、Y035部隊は……任務を果たした。回収班の護衛……そして、無事離脱させるという任務をな」


 自分に言い聞かせると言わんばかりに、彼は(うつむ)ぎながら答える。

 振り返る詩絵莉からはその表情が見えないが、普段と同じく冷静に努めようとする彼の口調は、すこし、震えて聞こえた。


「で、でもタイチョー……」

「……ローレッタ……!……彼らは見事に()()()()()()。そして俺達がここに居る理由はなんだ……?彼らY035部隊を救助する為か?」

「……ッ!」


 斑鳩の言葉に、彼女はギュッ、と瞳を閉じる。


「……俺達がここへ来たのは、あの乙型の撃破、そして前回設営した中継局ならびにこのアダプター1の確保、防衛だ。……いいか、ローレッタ。俺達は俺達の仕事を迅速に果たす。……彼らの様に、()()()()()


 大型のバイザーに覆われた彼女の表情は口元しか伺い知れない。だが、つう、と彼女の頬を一筋涙が伝う様を、詩絵莉は悲痛な表情で見つめていた。


「……了解……です。木兎は現在乙型を補足した2号を残し、1号、3号の二機を一度帰投。出撃する各式のバックアップに当たります」


 言うが否や。彼女はその想いをぶつけるようにコンソールへと処理を打ち込み始める。


「ロール……」


 詩絵莉は、そんな彼女の様子を目に焼き付ける。


 斑鳩のいう事は最もだ。


 Y028部隊は、乙型壱種の殲滅とこのアダプター1の防衛。それが任務なのだ。

 Y035部隊の現状を確認する為に、彼らの捜索や救助に重点を置くという事は……あの乙型に対してのリソースを確実に割く事に繋がるだろう。それはY028部隊……少数部隊の自分達にとっては致命的とも言える。


 ……そもそもこのY028部隊は、全員が一丸となり始めて評価されるパフォーマンスを発揮する部隊。

 Y035部隊の捜索にローレッタ、そして彼女が操る木兎を割き、さらに対象を発見した際は確保する人員を割き。

 いくらアールが加わったとはいえ、乙型を相手にそれは危険な行為と成り得るだろう。



 今、自分達がやるべき仕事は、迅速な脅威対象である乙型の排除なのだ――。



 詩絵莉も、ローレッタも。そして後部ではギルとアールも、斑鳩の辛い選択に対してそれ以上口を挟もうとはしなかった。

 だが内々に、それぞれ闘志を燃やす。乙型を滅さんと、心に誓う。


「……イカルガ」


 ギルは前方のハッチからその身を抜き、後方エリアへ戻ってきた彼をまっすぐ見据える。


「……やってやろうぜ。……Y035部隊の覚悟は無駄にはしねえぞ」

「ああ、行くぞ、ギル。……アール、俺達狼が先行する。お前は詩絵莉と歩を合わせ追従してくれ。指示は追って出す」

「……わかった、斑鳩」


 斑鳩はギルに一つ頷いて見せた後、アールにそう伝えると、彼女と目を合わせる。

 アールは、彼――斑鳩の表情をじっと見つめると、何かを感じたのか。深く頷き返した。


「……暁、ギル」


 詩絵莉も後部へと戻ってくる。

 彼女は狼二人の名前を口にしながら、壁に固定してあったケースを外し慎重にデイケーダーを二発、取り出す。

 それを手にしたまま振り返ると、彼らの眼を交互にひたと見据えた。


「……必ずあれに、こいつを()()()()()みせるわ。……前線は、任せたわよ」


 力強くそう言い放つと、彼らの声を待たずに、後部ハッチを開くスイッチを力強く押し込んだ。

 ゴウン、と開く扉。外のやや冷たい風が車内へと吹き込む。


「……よし、出撃だ。ローレッタ、状況開始。部隊員のバイタルデータのリンクを確認してくれ!」

『……了解だよ、タイチョー』


 斑鳩にギル、続いてアールは開かれたハッチからタラップに足を掛け地面へと降り立つ。


『ギル、バイタル確認、及び通信接続確認』

「ああ、大丈夫だ。……宜しく頼むぜ」


『シェリーちゃん。バイタル確認、及び通信接続確認』

「……ええ、感度良好。ロール……バックアップ、頼んだわよ」


『アルちゃん、バイタル……ん?あ、いや、うん、バイタル確認、及び通信接続確認』

「……アルちゃん……うん、ローレッタ。……ありがとう、よく、聞こえるよ」


『タイチョー……バイタル確認。……さっきはごめん。勝手な事、しようとしちゃった』

「……いや、気にするなローレッタ。……だが今は果たすべき事を果たす。いいな」


 ローレッタは斑鳩の言葉に、暗いコンソールルームで深く頷いた。


 今まで数度、アールが居なかった4人で乙型の撃破には成功している。それなりの自信は彼女にはあった。

 だが、あの乙型壱種――今まで相手にした事があるそれとはおそらく"深度"が深い。

 タタリギ特有の、血管の様なツタか、根か。

 遠目からでもそれらを駆使し、瓦礫片や、おそらく旧世代の部隊が使用していたと思しき兵器の残骸を纏っている様に見える。


 斑鳩はN33式兵装甲車の前に揃った面々――ギル、詩絵莉。そしてアールを一瞥(いちべつ)する。


「……まず俺とギルが先行する!!詩絵莉はアールと共に距離を保ちながら追従し、ポイントに到着し次第引き金を弾け!」

「ああ、任せとけ!!」

「……わかったわ、任せて」

「……アール。お前の出番は少し後だ。……ローレッタ!俺とギル、詩絵莉とアールに一機ずつ木兎を追従させろ。残り一機は高度を保ち上からの眼を確保してくれ。アールは射撃音による丁・丙型の出現がもしあればこれを撃破。状況とローレッタの索敵で詩絵莉の安全が確保出来次第、お前も前線に展開させる!」

『……梟、了解……!操作領域は、斑鳩ギル3、詩絵莉アール5、高度広域確保2で動く!』

「……わかった、斑鳩。まかせて」


 各自に指示を出すと、斑鳩は大きく深呼吸をし――様々な思いを打ち払う様に吠えた。


「……()()()!!!」

『了解!!』


 初速から最高速度だ、と言わんばかりに牙をその右手に込めた狼二匹が駆け出す。

 隼、詩絵莉。式神、アールの両名もそれに遅れるものかと続く様にその足を前へと蹴り出す。


 凄まじい速度で駆け出した彼らに呼応したのか。

 ローレッタからすぐにインカムを通して乙型に動きがあった事が伝えられた。


『……タイチョー!敵乙型、()()!……進路北北西、大破したN32を背にこちらに速度を上げて急速進行開始!……もう確実にこちらへ気付いてる……あの距離で……!会敵までこのままだと、あと1分未満!気を付けて!!』


「……今までにねえくらい、()()のいい野郎だぜ……イカルガ!まずはどう動く!!」

「いつも通りだ、まずは牽制しながら芯核の場所に当たりを付ける!ギル、(はや)るなよ!」

「応!!……なあに、昔と同じ(てつ)は踏みゃしねえよ……!!」

「ああ、だが委縮はするな!いつも通り俺がお前に併せる、いいな!……詩絵莉!」


 斑鳩とギルは並走しながら互いに軽く拳を合わせる。


『……あんまりイチャイチャしてんじゃないわよ、狼同士で!……解かってるわよ、援護は任せなさいな。機銃は私が受け持つわ!今回からアールが居る。支援狙撃も遠慮しないから、あんた達も今までみたいにのほほんと立ち回ンじゃないわよ!!』

『斑鳩……わたしは詩絵莉をまず守る……それでいい、んだよね?』


「ああ!」と彼は二人からの通信に応えると、彼は遭遇に備えギルと頷きながら並走しつつ……やや二人は距離を取る。


「丁・丙型の存在は現状から考慮すると可能性は低いが念の為だ、頼むぞ!」

『……うん、だいじょうぶ。斑鳩とギルの戦い、まずはみせて』


 アールはそう応えると、詩絵莉の後ろ、警戒を敷きながらぴたりと追従しつつ、小さく頷く。


『こちら式梟より各式へ!乙型の映像一時解析完了……上部機銃2、無人稼働と思しき植物に埋まる銃座1確認……左部に追加装甲板を纏わせてる!』


 ローレッタは木兎が捉えた画像から確認、判断出来る乙型の装備等を次々に彼らに伝える。


 彼女が確認すると、特に乙型壱種は左側側面に瓦礫からか、それとも別の戦車や装甲車の残骸から得たのか。大きな鉄の板を幾重にもその根ともツタともしれぬモノでまるで盾だと言わんばかりに、戦車左部に張り付けていた。


「追加装甲か、()()()()だな……ローレッタ、敵との距離は!」

『……既に同区画内!タイチョーとギル、前方のビル残骸を抜けた先のやや開けた広場が会敵場所になるよ……!』

「了解だ、行くぞ!ギル!!」

「……おおよ!!!」


 勢いそのまま。斑鳩とギルは一気にローレッタが言う建物の残骸脇を抜けて、広場へと躍り出た。


 そして遂に。

 忌まわしき脅威との遭遇。

 旧世代の兵器、戦車を我が身とし寄生し()る、乙型壱種。そのタタリギと遭遇を果たした――!


(きざ)し!砲撃!!!』


 彼らが建物の陰より躍り出るまさに直前、ローレッタが吠える様に叫ぶ。

 その声をインカム越しに聴くが否や、二人は同時に滑り込むように身を低く落とし、装填してあった撃牙を()()()()()()()()()


 ッガァァァアアン!!


 本来なら走り込んだ先であろうその場所へ、タタリギは意志を持つかの様に予測し、砲撃を放った。

 だが狼の二人はその牙を地面へ(いかり)とばかりに撃牙を突き立て、その身を急停止させそれをやり過ごしたのだ。


 ローレッタは木兎で、走り接近する二人の存在を感知するようにビル影越しに砲塔を向ける乙型の動きを見事に捉えていた。

 その砲撃を撃たせる為に、彼らはあえて正面へとその身を晒し、誘ったのだ。


 一度砲撃を放った乙型は装填を要する。その為、初手として"撃たせる"のが理屈としては理に適っている……が。

 それは彼女の梟としての観察力。そして斑鳩、ギルの狼としての反応力。

 お互いがそれを知り尽くし信頼が無ければ出来ない方法。もし失敗してしまったら、只では済まないだろう。


 その代償と引き換えに彼らは"装填時間"という報酬を得て、砲身を掻い潜り、乙型の懐へ飛び込むのだ。

 当然と言わんばかりに()()を行いながら。


 狙いを外し、放たれた砲弾が遠い地面へと着弾し轟音と共に地面に穴を穿つ。

 その時既に、斑鳩とギルは碇替わりとした撃牙を引き抜き、乙型を目の前に左右へ素早く展開しながら撃牙を再び装填する。


「……ローレッタ!」

『兆し、右機銃!!』


 彼女の再び張り上げる声に、左に展開した斑鳩は大きく飛び込むように横へ飛ぶ。


 それを捉えんと戦車上部に異様な角度で張り付くように存在する機銃が軽快な音を立てて弾丸を吐き出した。しかし、距離さえ取れば集弾精度の低い機銃の掃射、さらにローレッタのオペレートがあれば。狼である彼、斑鳩が避けるのは難しい事ではない。


 彼はまさに跳ねる獣のように一足飛びを繰り返し、最後に足元から滑り込むように身近な瓦礫へと一気に身を滑り込ます。

 その彼に気を取られている、と言わんばかりに乙型は履帯を駆動させ、砲身を向けようとする――が。


「ぉぉぉおおっラァアアアッッ!!!!」


 先程左右に展開した後、先に瓦礫の陰へと一瞬身を隠していたギルが気迫を纏い、乙型の左部へと一気に間合いを詰めると、装甲版を纏った場所を器用に縫う様にして撃牙を突き立てた!


 ッズガンッ!!!


 重い音を響かせ、彼の撃牙の杭は深々と乙型左部へと突き刺さる。乙型はその一撃に対し、身をよじるように履帯を回転させその場で加速を試みる。

 だがギルは即座にそれを引き抜くと、すぐさま左手で力強く装填を果たし、追いすがる様に二撃目を狙う――が。


『兆し、後部――!』


 メキメキメキ、と嫌な音を立て――異様な植物群が群がる様に群生する乙型の後部より、機銃が出現した……!

 ギルに一瞬、背中に冷たいものが(はし)る。斑鳩も瞬間、身を隠した瓦礫からその光景を見ていた。

 ――ギル!!……彼もまた、背中に冷たいものを感じ、動こうとしたその時――


 同じ轍は踏まないと誓っていたのは、他でもない、ギル自身。


「――()()()()()()()()、バカ野郎!!!」


 吠えるや否や、間合いを取るどころか凄まじい瞬発力で一気に飛び(すが)り、装填を果たしていた撃牙を、迷いなくその機銃に突き出しざま、その引き金を力の限り握り抜いた!


 ッガアァン!!!


 出現した機銃を彼は見事にその撃牙で真正面から貫き潰す。

 ――よっしゃあ!!彼は心の中で叫ぶと満足そうに口角を上げ、左手をグッと握り込んだ――その時。


『兆し、上部機銃!!』

「……は!!?」


 ローレッタの荒げる声に、ギルは視点を上に上げると……そこには新たに出現した機銃が、彼を見下ろしていた。

 ――銃口とギル。()()()()()。そう表現する他ないその瞬間。


 ギィィンッ!!


 耳障りな音と共に、銃口の横っ面を弾くように。

 詩絵莉が放った弾丸が、機銃を撃ち逸らす!


 ギィンン!ガァンン!!!


 続いて二射目、三射目。立て続けに放たれた弾丸に銃身はねじ曲がり、ギルの前で折れ砕け乙型の上部に鉄屑を晒す。


「シ、シエリ!助かったぜ!!」


 ギルはその様子を特等席で目視を終えると着地し、即座にに撃牙を装填しながら乙型の左へと飛んだ。


『……ま、今のは()()()()って事にしておいてやるわ』

『シェリーちゃん、ナイスフォロー……!』

『アールが背中を守ってくれてるお陰よ、心置きなく弾を(ほう)れるからね……!』

『……うん、詩絵莉。がんばって。』


 ――アールのお陰か?説教されずに済んだな……いや、ありがてえ。アール、今度飯でも奢らせてくれ。


 ギルは内心、ややホッとしながらも、すぐに気を引き締める。

 彼女の援護があって難は逃れたが、それにしても一体こいつはあの植物群の中にあと幾つ武器を隔しているのか。あれではおいそれと飛びつく事もままならない。



 斑鳩は同じく考えを巡らせていた。


 正面から見るぶんには平均的な"乙型壱種"に見えるが、実際こうして目の当たりにしてみると……。


 "深度"が深い――つまり、タタリギの"定着率"が高い素体の様だ。

 あの後部を覆う様取り付いた異様な植物群。取り込んだ武器等を稼働させるいわば"手"に相当する役割をなんなくこなし、武器の取り出し等も行っている。


 それだけではなく、初手の砲撃だ。実際に人が操っているのではないか、そう思わせる程自然な動き。


 ……だからこそ、観測からその予兆が視て取れ、梟からの的確な予測に繋がるのだが。

 深度が深まったタタリギは、より人のそれに近い様な思慮深い行動が見られるのだ。

 それは考え方によってはまさに対人戦の装い……当然冷静な判断を下すそれは厳しい部分でもある。だが同時に、人としての範疇内に収まる、という点ではある意味"わかりやすい"とも言える。


 そして、兵器寄生型のタタリギは特にこれに当てはまる部分が大きい。


 例えば壱種――戦車ならば、脅威となるのは中~遠距離における砲身から放たれる砲弾。それを掻い潜れば、機銃等による中~近距離での掃射。本来、人が繰る兵器が元であれば()()、その攻撃方法は予想出来る。


 その最もたるがこの乙型だ。故に、単騎では脅威度がそれほどでもないと判断される相手でもある。


 だが今回の相手はそれらよりもう一歩踏み込んだ深度を伺わせる。

 あの車体に纏わりつく触手の様な異様な蔦。追加装甲を絡め持ち、複数の機銃を操るその姿。

 それは明らかに今まで数度遭遇してきた乙型の中でも、確実に危険な相手だ。


 ――そうだ。あれはより、"()()()()()()()()()"だ。


 心の中でそう呟く。


 ……だが斑鳩はその動きから結論付ける。

 確かに脅威を誇る相手だが、苦戦を強いられる相手では、ない。

 このまま斑鳩とギル、詩絵莉だけでも時間を掛ければあるいは損害をさして出さずして沈黙せしめる事も可能かもしれない。


 だが、現状はそれを許さないだろう。


 戦闘が長引けば、あるいは設置した中継局にも被害が及ぶ可能性だってあるかもしれない。

 そして何より、Y035部隊――彼らの安否の事もある。……悠長に、いたずらに戦闘を長引かせるのは得策ではない。


「……ローレッタ!隼と式神の周囲に敵影はあるか!」


 斑鳩は再度、牽制しつつ隙あらば、と乙型に食い下がるギルを援護するよう、機銃を自らに仕向ける為姿を晒し牽制を試みつつ、ローレッタへと吠えた。


『……第一射から現在に至るまで敵影無し、高度3号ちゃんによる映像にも不審な影はないよ!』

『こちら隼!……暁!こっちは絶好の場所を確保した、周辺に障害物もない……ここなら私の護衛は、()()()()()()()()!』


 ローレッタからの応答に、排莢、そして弾込めを行う音を載せながら詩絵莉が現状を告げる。


 ――流石詩絵莉だ。彼女の状況判断能力はやはり素晴らしい。

 斑鳩は機銃から放たれる弾丸をコンクリートの壁でやり過ごすと、少し口元が緩む。


『タイチョー、シェリーちゃんなら私に!アルちゃん、行けるよ!』

「ああ、頼めるか、アール!あのいかにもな装甲板を撃ち剥がす、手を貸してくれ!」


 アールは続け様銃撃を放つ詩絵莉の横で大きく頷く。


『わかった、斑鳩。待ってて……すぐにそっちに行く』


 彼女は「だいじょうぶ?」と言葉を孕んだ視線を一瞬、詩絵莉へと投げかける。

 詩絵莉は変わらず乙型へとその視線の焦点を合わせたまま、それでもその視線に気付いてか。


「ありがとアール……あんた優しいね。……あいつらの事も、任せたわ……よッ!」


 言葉尻と同時に弾く、往きなさい、と言わんばかりのその引き金に。

 アールは頷くと同時に凄まじい力で地面を蹴る。


 詩絵莉が放った銃弾にあるいは追い付き、並走するかの如く凄まじい(はや)さ。


 ――彼女は往く。その力を今、斑鳩達へと示す為に。








 ……――第5話 来たる、乙型壱種(5)へ続く。

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