第5話 来たる、乙型壱種 (閑話:Y035部隊「式梟クリフ」)
斑鳩達がアダプター1へ到着する直前――。
Y035部隊、式梟クリフ・リーランド。
……彼は乙型を前に、刹那。部隊を想う――。
嗚呼。どうしてだろう。
俺達……Y035部隊に命じられたのは、いつも通りの回収班護衛の任だった筈だ。
拠点跡――のちにアダプター1と呼称される、ここでの残された物資の回収、そして丙・丁型へと果てた者達の亡骸の収容。それを行う彼ら回収班の護衛。
いつも通りつつがなく終え、仲間達と語りながら帰路に着き、いつも通り13A.R.K.へと帰還する。
……部隊の面子はヤドリギの中でも新入りや、退役間近の隊員で構成されるY035部隊。
そこへ俺は、梟として2年前に着任した。
A.M.R.T.の適正こそ得たものの、式梟としてはさして能力が高くない俺を、彼らは……そして隊長、ドーヴィンは暖かく迎えてくれた。…嬉しかった。
回収班の護衛としての仕事は、時たま回収目的地に潜むタタリギとの散発的な戦闘こそ発生していたものの…他の前線で戦う連中と比べたら、甘い任務だ、と言われる事もままあった。
その事にやきもきする俺を見つけては、都度、ドーヴィン隊長は食堂で好物の万能ナッツの素焼きをつつきつつ、俺に言うんだ。
「……まあ、そうかもしれんけどなあ。…だが回収班を守る俺達Y035部隊がいるからこそ、貴重な物資であったり、無念にも果てた仲間の遺体を収容出来ているんだぞ。もっと自信を持てよ、クリフ」
「そ……そういうもんですかね……」
「他の連中と同じく俺達は命を掛けて戦っているはずだ。そうだろ?回収班の彼らを守る、それはそんなに軽い戦いじゃないぞ?」
「は、はあ……まあ、確かに……」
「考えてもみろ。俺達はヤドリギでない彼らを、言わば戦場で…最も近い距離で守らなければならないんだ。……どんな事があっても、式兵でない彼らを守る責務が俺達にはある。……それこそがY035部隊に属する"ヤドリギ"としての誇りと意地、だな……いやあ、改めて言葉にするとこっぱずかしいなあ、おい!」
そういうとドーヴィンはいつも通り、わはは、と大げさに笑いながら俺の背中をばんばん、と強く叩いてみせるんだ。
――クリフは刹那に想う。
猛攻に晒されながらも、次々と部隊の仲間はその牙を突き立てんと、あの乙型へ喰らいつく。
そして、一つ、また一つと消えゆくバイタルデータを見届けながら。
それでも回収班を守らねばならない。そうだ――それが、それこそが、隊長の誇る、俺達の存在意義だろう。
丁型だろうが、丙型だろうが……そして、相手が敵うはずもない……乙型であろうとも、だ。
懸命に牽制を行い、そして皆の目であろうと奮闘した彼の木兎も乙型が掃射した機銃によってとうに撃墜されてしまった。
――彼は自らのその瞳で見る。
N32式兵装甲車の前方確認用の狭い小窓から見える、ビル残骸の陰からゆっくりとその姿……絶望を纏い迫りくる、あの乙型を。
その周りに喰らいつく狼達の姿は既に……無かった。
そして後方を確認するバックミラーに映るは、直撃した瓦礫による故障から今しがた修理を完了させ、走り往く回収班のN31。
クリフが載るN32と、去り往こうとする回収班のN31を視界に捉えた異形の戦車――乙型壱種は、獲物を品定めするかの様にその砲身を緩やかに左右に不気味に揺らす。
「……た……隊長……お、俺は最後まで、Y035部隊の式兵だ……ッ!」
彼はN32のエンジンを起動させると、エンジン音に呼応する様に、獣じみた咆哮を上げながら。
自ら乙型壱種へ、アクセルを踏み込み。その舵を切った。
――ああ、そうだ、これがいつも通りだ。いつも通りの俺達、Y035部隊の――……
…――――第5話 来たる、乙型壱種 (閑話:Y035部隊「式梟クリフ」)