第11話 別つ道の先へ (5) Part-2
ギルバート、詩絵莉、ローレッタの三人は深過傾向が深まった危険因子として、
斑鳩も以前その身を置いたあの古病棟の一角の部屋へと軟禁さいれていた。
現状と思いを確かめる、ギルと詩絵莉。
交わす言葉が熱を帯びたその時、式梟特有、戦闘の反動で眠っていたローレッタが目を覚ます。
詩絵莉は思わず、起き上がる彼女へ添えた手に力を込めるのだった。
「! ロール……! も、もう起きて大丈夫なの?」
ベッドを軋ませる音と共にゆっくりと起き上がるローレッタに、詩絵莉は驚き瞳を丸くする。
彼女は身を起こすと少し気だるげに目元を擦りながら、詩絵莉とギルの顔を交互に視界へと映しながら小さく頷いて見せた。
「うん……だいじょぶ。 むしろ目覚めは普段よりはいいかも。 それよりごめんね、こんな状況で私だけ休ませて貰って……」
そう申し訳なさそうに口にした彼女に対しどこか安堵したような眼差しを向けながら、ギルは鼻で笑ってみせた。
「おいおい今更何気を使ってんだ、梟なら普通の事だろ? それに寝てたっつっても2時間くらいのモンなんだからよ」
「……2時間!?」
何気なく返されたギルからの台詞にローレッタは一瞬間を置くと、思わず裏返った声で驚くと同時、起き抜けだった半開きだった瞳を大きく見開きギルを見上げる。
「あ……ああ。 あいにく時計はねえが、まあその程度だと思うぜ……どうかしたのかよ?」
まじまじと顔をのぞき込むギルに対して、それでもローレッタは上の空といった様子で「やっぱり……でも……」と呟き視線を落とす。その様子を心配するように詩絵莉もまた、彼女の顔を横からのぞき込む。
「ロール、ホントに大丈夫? めまい酷いとか、吐き気とか……平気?」
今だ何やら呟きながら考え込む彼女の手を握り返し、そう問った詩絵莉にローレッタは我に返ると同時、少しだけ疲れた笑顔を浮かべた。
「……ありがとシェリーちゃん、私はだいじょぶ。 そだ、二人こそ怪我は平気?」
二人は「問題ない」と頷くと、それぞれ感じた安堵にため息をつく。
程なくして、ギルは先ほどまで詩絵莉と囲んでいたパンや万能ナッツの素焼きが並べられらた盆とマグカップに向け、ローレッタを視界に入れたまま促すように首を傾けた。
「その……なんだ。 水しかねえけど……飲むか? 一応、食いモンもあるぜ。 ま、あんま美味いモンでもねえけどな」
その仕草につられる様にパンとマグカップ、そしてギルの顔交互を見つめたローレッタはくすりと肩を揺らし笑うと、両手を太ももの上に握ったまま猫のように背筋を伸ばす。
「――私に気を使ってくれるなんて珍しいねえ、ギルやん。 でもうん……頂いちゃおうかな。 カロリー摂取もヤドリギのお仕事……だもんね」
先ほどまでと打って変わって明るい笑顔を咲かすローレッタに、ギルと詩絵莉も僅かながら表情が緩む。
言いながら床へと両足を下ろす彼女を制すと、詩絵莉は立ち上がり盆をベッドの脇の小さな机の上へと運ぶ。
詩絵莉から手渡されたマグカップに年季の入ったポットから常温に近い澄んだ水を注がれると、ローレッタは少しずつ、味を確かめるようにそれを口に含んでいく。
その様子を見詰めながら、詩絵莉は一つ大きく息を吐いていた。
「……ロール、ごめん。 あたしも分かってはいるんだ……ギルが言わんとしてる事。 でも――嫌なんだ、あたし。 あたしたちのうち、誰が欠けるのも――あたしは我慢、出来ないんだ」
ポットを抱えたまま――自らのつま先一点を見詰めながら吐き出すようそう口にした彼女の言葉に、ローレッタは静かに首を横に振る。
「――私だってそうだよ、シェリーちゃん。 ……ね、ギルやんも」
「そりゃまあ……いや、その――なんだ。 んな事ぁ確認するまでもねえだろ……」
ふとこちらを見上げてきた彼女にギルは何ともバツが悪そうに後ろ頭を掻くと、視線を外しながら答える。
照れ隠しの様に見える彼の態度が、その実そうでない事をローレッタは直ぐに悟っていた。
見渡すこの狭い部屋は、ギルが斑鳩を送ろうと決意し共に時間を過ごした場所。
理由も大儀もあれど、正気である仲間へ向け撃牙を構える。他でも無く自らそれを志願した自分が、仲間を想う言葉を軽々しく口にするわけにはいかない……いや、それとも違うのかもしれない。
言葉に表す事など出来ないほどの関係と認めているからこそ……そしてあの時、あの役目を私にも詩絵莉にも、他の誰にも頑として担う事を許さなかったほど、彼は仲間を大事に想っている。
だからこそギルは今、台詞を濁したのだ、と。
「色々考えちゃうけれど……今は食べて、休んでおこう。 これから何が起きても対応出来るように疲れ、取っとかないと。 私は……そうしているのが一番だと思う」
「――でも!」
盆から手に取ったパンにゆっくりと口を付けながらそう頷いたローレッタに、詩絵莉は身体を思わず前へと送っていた。
「深過傾向が認められた式兵の拘束、観測時間は基本的に8時間って義務付けられてる……つまりあたしたちは、事が全部終わるまでここから出れないって事でしょ」
そのまま早口で、どこか縋るようにポットの柄を持つ手に力を込める詩絵莉に、ローレッタは「うん」と一言だけ小さく頷き――彼女を視界に入れる事なく、手にしたかじりかけのパンへと視線を落としたままま、何かを確信するようもう一度大きく頷いてみせた。
「きっと、局長には……ううん、局長たちには何か考えがあるんだと思う」
「……何か知ってるような口ぶりだな。 レジード大尉の部隊に拘束されろっつうアレの他に指示があったのか?」
ふーむ、と腕組みをしながら首を傾げそう問うギルに、ローレッタは俯いたまま左右へ小さく首を振る。
「あの時は時間が無かったんだと思う、指示はそれだけだった……けど、分かった事があるよ」
言いながら、どこか意を決したような様子を見せローレッタは顔を上げると二人の顔に大きな瞳を交互に向ける。ギルと詩絵莉は彼女の様子に思わず何の事かと視線を交わすと、改めて彼女へと向き直った。
「二人はどうして、わざわざ私たちをレジード大尉の部隊に確保させたのか……不思議に思わない?」
そう口にしたローレッタの言葉に、二人は互いに顔を見合わせ――訪れるしばしの沈黙。
「……んん? それ不思議がるところだったのか……いや待てよ、理由があるからそう指示されたっつう事だよな。 ……だとしたら何でだ?」
口を開いたギルは一体どうしてだと怪訝そうに眉をひそめた後、言葉に詰まる。
自分たちをレジード大尉の部隊、あのトゥエルフシルトに拘束させた理由。特別疑問にすら思っていなかったローレッタからの問い掛けに、詩絵莉も目を細めながら右手を口元に添え首を傾げていた。
「現状局長たちが事態を管轄してるんだし、誰があたしたちを確保したとしても行きつく先はこの部屋……言われてみれば不思議ね。 あの時あたしたちの一番近くに居たのは、ヒューバルトの部隊だったハズよね」
「ああ。 連中の何人かはイカルガとアールを運ぶ医療班に着いてったけどな。 丸腰の俺らを拘束するくらいの人員は余っていたと思うぜ」
言いながら天井を見上げ腕組みするギルに、詩絵莉は「うん」と小さく頷く。
目の前に居たヒューバルトらの部隊。あの時――ヴィルドレッドと話が付いていたのならば、斑鳩たちへ同行させた様に彼らF30(フェブラリーサーティ)を使うことに問題は無かったはず。それを何故、襲撃を凌いだとは言え混乱が続くA.R.K.内、敢えて時間とリソースを割いてまでレジードの部隊を指名し拘束させたのか。
ローレッタは二人の反応にゆっくりと頷くと手にしたマグカップに残った水を煽り、表情を引き締める。
「今回、ヒューバルトはアルちゃんだけじゃない、タイチョーも確保するために動いてる。 ……その理由は私たちなら分かる、よね」
アールだけでなく斑鳩が拘束対象になった理由……。
改めて考えるまでも無いと、二人はそれぞれ神妙な面持ちで僅かに頷く。
「……まあな。 あいつも普通の状態じゃねえ……連中が興味を持つ理由は分からんでもないぜ」
「うん……暁の――暁は明らかに式神……アールの影響を受けている。 それも目に見える形で……。 連中なら放っておかない、それは……理解出来るわ」
二人の話を耳にしながら、ローレッタは何度も頷く。
「アガルタへの報告書に明記はされていないけれど、タイチョーは14A.R.K.でアルちゃんに助けて貰った後……変わってしまった。 もうタイチョーは普通の式兵じゃない。 ううん、あの峯雲先生だってタイチョーが今どういう状況なのか……明言出来ないでいる」
「……」
俯きながら語るローレッタの台詞に詩絵莉は視線を外すと、強く唇を噛んだ。
式神を象徴する、暁に発現したあの白髪……。
先の戦闘を終えた後、遠巻きに担架で運ばれる斑鳩の白髪化はさらに進行していた。それは再び、アールと深い何か――14A.R.K.であったような、人知を超えた接触があったのだろう。きっとそれこそが二人を繋ぎ、あのタタリギを斃した……そう、確信出来る。
……その事を想うと、胸の奥が少しだけ――痛い。
けれど今は、と、顔を上げローレッタへと再び向き直る。そんな詩絵莉の仕草にギルは気付いてか、極々小さなため息をついていた。
「ヒトなのか、それとも式兵なのか――それとも、タタリギに近い存在なのか。 それすらも私たちは理解出来てない」
「……んだな。 だがよキサヌキ、流石に俺らも確認しなくても分かってるぜ、ンな事はよ。 ……何が言いてえってんだ?」
ギルの台詞にローレッタは言葉を貯めるように大きく一度だけ深呼吸をすると、意を決したように俯いていた顔を上げ、二人をへ大きな瞳を向ける。
「ギルやんも、シェリーちゃんも、気付いてない? 平時は分かりにくいかもしれないけど……私たちそれぞれの式兵としての能力が……より、強く発現している事に」
顔を上げ視線を送る彼女に、二人は厳しい表情を浮かべたまま、先の戦いを思い返す。
「さっきの戦い、タイチョーはもとよりギルやんの反応速度、シェリーちゃんの狙撃精度……どれをとっても、以前の私たちじゃない。 ……もちろん、私もね」
――冷静に思い返し、考えてみれば。
数か月前、一度純種とは交戦している。だが今回この13A.R.K.に顕現したあのタタリギはあの純種と近い……いや、ある種それ以上の戦力を有していたように思える。対多数への対応力、装甲の強靭さ、砲撃を代表する火力。
対して、確かにY028部隊の戦力は以前より充実している事も事実だ。
螺旋撃牙に飛牙、特殊な技巧が凝らされたドローン……木兔数機。
当然それは兵装面だけの話ではない。
純種との交戦以降数か月――Y028部隊は様々な戦いを潜り抜けてきた。
部隊単独で数々のタタリギの屍と、いくつもの夜を超えてきたのだ。けれど、今回の相手はあの純種——いや、それ以上の存在だった可能性は否定出来ない。
そんな桁外れとも言える戦力を有するタタリギに対し、真正面からたった数人、十名にも見たいない一部隊が戦い、追い詰めた。
確かに強くなったという実感はある。だが考えれば……実際に先の戦闘を目撃していない者からすれば、相手は遭遇例も近年無かったヤドリギたちの間でも畏怖の象徴として語られる純種、それを相手に片手で数えれる人数で互角に戦ったなどまさに荒唐無稽の与太話だ。
「あれだけの戦いで、初投入の特殊兵装ドローンを含めて木兔四機をあれだけ動かしたのに――私、もう目が覚めてる。 ……明らかに回復速度が異常だよ。 本当なら半日――ううん、丸一日以上起きれなくてもおかしくないのに、目が覚めてすぐご飯も食べれて、めまい吐き気も殆どないの」
詩絵莉はもう一度「むむむ」と唸ると口を開いた。
「……あたしたちはこの2ヵ月、A.R.K.の外でも戦い詰めの生活だった。 単純に基礎能力がアップしてる、って線は?」
「ううん――違うよ。 なんて、言うのかな……上手く言えないんだけど……」
上手く言えない――それは詩絵莉も同じだった。
言ってはみたものの、単純に基礎能力がレベルアップしている、などと言う話ではない事は分かっている。戦闘経験を重ねれば当然、戦力は向上するだろう。局面に対する反応や判断力も磨かれるだろうし、部隊間の連携も強固なものになるだろう。
しかし――果たして先の戦いが、そうしたものだけで乗り越えれただろうか?
……だが何か特別な力が働き勝利しました、などと簡単に納得する事は出来ない。
斑鳩はともかく、自分らはアールから特別な干渉は受けていない……それは確信出来るからだ。
「……そう言えばシエリ。 先の戦闘で俺らが前衛張ってる時に、連携の隙間を狙撃で埋めてくれてただろ?」
「――え?」
それまで腕組みをしたまま黙り込み天井を睨みつけていたギルが口にした唐突な言葉に、詩絵莉は一瞬きょとん、と何の事かと疑問を表情に浮かべるが、すぐに何度か頷く。
「あ、ああ――うん……それが? 別に今更、むしろそれこそがあたしの仕事じゃない」
今更何の話だと疑問に首を傾げる彼女に、ギルは再び何かを思い出すように天井を見上げる。
「なんっつうのかな……お前がいつどこに弾を放るか、なんて今まで意識せずに戦ってたんだよ。 あ、いや、当然お前の腕は俺だって信用してるぜ。 普段から素直にすげえと思ってるよ。 ……けどよ、さっきの戦いはちっと印象が違ったんだよな」
「――違うっていうと……何よ、はっきりしないわね」
怪訝そうな眼差しで見上げてくる詩絵莉に、ギルは「うーん……」と唸り頭をかきながら目を閉じる。
「どう言やいいのか俺だってわかんねーんだけどな……次にどこへお前が弾を差し込むかが、その……なんだ。 弾道って言えばいいのか? それが予め見えてた――いや、違うな……上手く言えねえが、感覚の外で理解出来てた、っつうかな……」
しばし流れる沈黙。
だがギルの言葉を聞きながら何かに気付いたよう口元に手を添えた詩絵莉の視線が宙を泳ぐ。
「……待って。 そう、言われてみたら――」
そして――何とも言えない困惑した表情を浮かべたまま、詩絵莉は再度ギルを見上げ口を開く。
「……あたしも三人が次にどう攻撃するか、どう回避するか……見えてたような気がする……や、どう見えてたかって言われるとギルと一緒で説明に困るんだケドさ……」
確信は無い。けれど、思い返せば……確かに先の戦い、何かが普段と違っていたようにも思える。
詩絵莉の言葉を最後に、互いに考え込むように俯き、あるいは宙を見上げたまま押し黙る二人——その沈黙を破ったのは、ローレッタだった。
「――深過共鳴」
『……え?』
マグカップを傾け、僅かに残った水を口に含むローレッタに、驚いた二人の視線が向けられる。彼女は大きく一度頷いた後、天井を見上げ……もう一度、今の状況を結論付けるように、同じ言葉を口にした。
「タイチョーと同じように、私たちにも式神……アルちゃんからの干渉――深過共鳴って呼ばれるあの現象が……起きてる。 そう、考えるしかないと思う」
"深過共鳴"。
タタリギと共鳴し、感覚を自分のものとし共有する式神が持つ力の一片。
斑鳩だけではなく、それが自分たちにも起きている――そうローレッタが口にした台詞に、ギルと詩絵莉は目を見開き思わず互いに視線を交差させていた。
……――第11話 別つ道の先へ (5) Part-3 へと続く。




