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第10話 Y028部隊 (20) Part-3

リッケルトへ深過共鳴した先で、アールはかつて同じD.E.E.D.として育ったエルと出会う。

"生まれる為に、アールが必要"。そう意味不明な目的を謳うと、エルはアールを拘束する。

自分の中の大事なもの――ヒトとしての部分を奪われ、徐々に意識が暗闇へと堕ちようとした、その時。


衝撃と共に、拘束は解かれた。

そしてその場に現れたのは――斑鳩 暁。


あり得るはずの無いその光景に驚き、アールは言葉を失う。

だが、突如現れた斑鳩にエルは――。

「イカルガ……斑鳩、暁……!」

「……」




 名を呼ばれた斑鳩は携え構える真っ白な撃牙をそのまま、ゆっくりとその視線をエルへと向ける。

 エルはその顔――アールを庇うように遮り立つ男の瞳を見るが否や、身に纏う憎悪をより色濃く滾らせるとど同時、表情を歪め割れんばかりに歯を強く噛み結んだ。


挿絵(By みてみん)


「その左目……! アールは、アールは私のモノなのに……ッ!! それを……成り損ないの分際で、お前は……ッ!!」


 残された左腕を震わせ激昂するエルを見据え、射貫くような紅い視線を送る斑鳩。

 傍ら、何とか身体を起こしたアールも目の前の状況に理解が追い付かないまま、大きく見開いた瞳を揺らしながらその横顔を見詰めていた。


(本当に、斑鳩がここにいる……深過共鳴(レゾナンス)……斑鳩が!?)


 先程までエルに拘束されていた影響だろうか。霞み、揺れる意識と視界の中、アールは目の前の光景が現実ものだと自らに言い聞かせるよう、その瞳をゆっくりと、大きく瞬かせる。唐突に現れた斑鳩――その横顔に灯る紅い光は、見間違いようもない……式神の"それ"だ。


(……斑鳩が倒れたあの14A.R.K.の後……)


 胸の前で震える真っ黒に染まったままの右手を固く結ぶと、アールは湧き上がる様々な感情に混乱するよう、紅く大きな瞳を揺らす。


 本来、タタリギに対して行う"深過共鳴(レゾナンス)"。


 それを、斑鳩へ行ったあの時……。

 彼を支配するよう広がるマシラからの深過浸食を食い止めるべく、彼の望みで、斑鳩をヤドリギたらしめるA.M.R.T.(アムリタ)……彼の中に根付くタタリギに干渉、共鳴し……それを、()()()()()


 一歩間違えれば、斑鳩の中のA.M.R.T.は彼自身を飲み込み――タタリギへと変えてしまっていたかもしれない。タタリギへ対する深過共鳴ではなく、ヒト……ヤドリギへ対しての、力の行使。あの時、斑鳩を救う方法がそれしかなかったとしても――上手くいく保証など、無かった。


 しかし結果、彼は生還する事を果たした。

 そしてその証として残ったのは、真っ黒な頭髪に交じったひと房の白髪。


 アールは想う――彼と向かいあう度、時間を共にする度。斑鳩を"変えてしまった"という後悔と――あの14A.R.K.での出来事が、彼の本心に触れたあの時間が現実のものだったという身勝手ながらも、確かな温もり。


 矛盾する二つの想い。

 彼との繋がりを思い出させてくれる、証もの。その二つがより、アールの中で肥大していく。


(髪も、わたしと同じ"式神の色"が広がっている……斑鳩……!)


 斑鳩の中に根付き宿るA.M.R.T.が――目の前、斑鳩の背中から感じる暖かさに交じる"よく知った冷たい気配"が、以前14A.R.K.で感じた彼のものとは、別物だと直感に訴える。


「その気配……以前14A.R.K.で俺の中に現れたのは、お前だな?」


 アールを背に庇う様、半歩左に身体をずらすと撃牙を構えたまま――斑鳩は黒と紅を湛えた両瞳を大きく見開き、口を開く。だがエルは斑鳩の言葉などまるで意に介する様子を見せず、華奢に映る真っ白な姿身を一つの感情に震わせていた。


(――ッ!)


 身を震わせるエルに、アールは満身創痍ながらも反射的に構えようとしたが、ぐらり、と再び揺れる視界と意識に足がもつれ、その場に膝から崩れる落ちる。


 エルから斑鳩に向けられるのは、これ以上無く純粋な敵意……いや、それはもっと単純で原始的なもの。この暗闇に溶け渦巻く黒い衝動を、より一層濃く煮詰めたような……圧を感じるほどの殺意。それは先ほど自分に向けられた様な、幾重にも折り重なった複雑な感情の渦ですらなく――。


「いかる――」


 咄嗟に、斑鳩の名を叫んだアールその声に。

 まるで弾かれるよう身を起こしたエルは、残る左腕を視界の先――濡れた紅い瞳に映る斑鳩をまさに握り潰すよう手のひらを握り締めた――次の瞬間。



 ――ギャィインッ……!!



「――くッ……!!」


 刹那、散る真っ白な火花と同時、斑鳩の身体が大きく右側へと暗闇を泳ぐ。


 エルが纏う気配の異様さに思わず声を上げたアールの声に、斑鳩が警戒をより強めた刹那。目の前の少女を敵として捉え警戒する視界の隅、暗闇の隔たり――死角と言えるその一部が揺らいだように思えた次の瞬間、収束し飛来した"何か"。


 あと数瞬撃牙を掲げるのが遅ければ直撃していたであろうその一撃は、構え重心を落していたはずの斑鳩の身体を楽々と弾いていた。


「お前ごときが……よくも、よくも、私のアールの……私の目をッ!!」


 音も無く空間から飛来する"何か"を撃牙で防ぐ音と、都度散り周囲を照らす白い火花。

 紅く染まった斑鳩の左眼を執拗に狙う、幾度となく空間から生み出されるエルからの攻撃を、斑鳩は手にした撃牙で受け、いなし続ける。


 散る火花に照らされながら、その背中にアールは思わず見惚れていた。


(斑鳩……すごい)


 一体何が斑鳩を襲っているのか。


 霞む視界では捉える事が出来ないが――それが"エルの一部"である事を、アールは理解していた。斑鳩が現れる前……十分に警戒していたにも関わらず、エルの"腕"は前触れもなく、距離さえ無視しこちらの視界を塞ぎ、拘束してみせた。


 だが不可避とも言えるエルの攻撃は今、霞んだこの目で追う事は出来なくとも――彼女が発する感情が次の一撃を匂わせている。それほど濃厚な敵意と、殺意。だが斑鳩はそれに臆する事無く冷静に、手にした白い撃牙を盾に致命打を避け続けている。


(でも、あの撃牙――()()()……)


 あれが本物の、普段彼が……ヤドリギたちが携えた撃牙であるはずがない。


 タタリギとの接触点を起点に物理的な境界線を限りなく薄めるよう意識を研ぎ澄まし、自らの内側に宿るタタリギに意識を委ね、存在を重ね共有させる……それが深過共鳴(レゾナンス)。当然、ただの金属塊である撃牙をこの場所へ持ち込む事など、出来ない。今纏っている衣服は自己のイメージ……ヤドリギとしてタタリギと戦う姿が投影されているに過ぎない。


 ならば、今斑鳩が手にしているあれは。

 彼自身がまさしく己を撃牙として認識している、という事なのだろうか。冷たく、それでいて真っ直ぐにタタリギを撃ち貫くあの鉄塊の様に――。


 それとも……。


(……あの撃牙は……()()()()()()……? だ……だとしたら……!)


「お前の様な成り損ないの、下らない生き物がよくも……!!」


 ひと際強く言葉を吐いたエルに呼応するよう、"力"を感じさせる気配。

 暗闇にひと際ほとばしる白い閃光――それを待っていたかの様に、斑鳩は見事な体裁きを見せ、執拗に右目を狙ったその一撃を払うと同時、一気に前へと距離を詰める!


 “仕掛ける"――。


 その瞬間は、幾度も隣で見てきた。

 最高速度を保ち直線的な動線を描く自分とも、荒々しい力と、それに甘えない技でねじ伏せるギルの立ち回りとも違う、静から動へ繋ぐ斑鳩独特の"(きざ)し"。伝えようとした言葉と伸ばした腕は、既に間に合わない。


 現実でのそれと変わらない、むしろ鋭さを増したまさに閃光の様な踏み込み。怒りに顔を歪ませたエルも瞬間、突如切り返し迫り来る斑鳩の姿にその表情を凍らせる。


「……あっ」


 思わず白い唇から零れた、小さな少女の声。

 だが斑鳩は一縷の迷いも見せず、漆黒に白い火花を散らしながら――エルの凍り付いた顔もろとも背後の暗闇すら撃ち抜くよう、撃牙を突き上げる!



 ――ッばぎいいんんっ!!!



「……ッ!?」


 タイミング、角度、共に完璧な一撃――。


 だが次の瞬間アールと、他でもない斑鳩が目にしたのは肉薄する真っ白な少女の妖艶な笑みと、空間に砕け散る真っ白な残骸――。


 瞬間、今度は斑鳩の表情が凍り付く。


 いつの間にか元通りとなった、エルの真っ白い右腕が……したたかにも、その失った右腕側から突き上げた斑鳩の渾身の一撃を悠々と受け止めるに留まらず、繰り出された撃牙そのものを掴み、易々と握り砕いていたのだ。


「……ちっ!」


 口惜しそうに舌打ちながら、斑鳩は思わず踏み込んだ軸足をそのまま跳ね上げようとしたが――刹那、再びぞくりと全身を駆け抜ける寒気と同時、咄嗟に足元に溜まる闇を蹴り抜き大きく間合いを離す。その最中、間合いを離すついでとばかりに空間にゆっくりと散る白く輝く撃牙の欠片を一つ手に取ると、器用にもエルに向け放つが――。


「ふふっ……」


 だがエルは避けるまでも無い、と侮蔑を含んだ笑みで間合いを離す斑鳩を見送っていた。

 まさに苦し紛れだったであろう斑鳩が放ったそれは、エルに命中する事なく、彼女の渦巻いた髪の毛の隙間――背後へと消える。


 先程までの怒り狂った表情ではなく、今は不敵に嗤うエル。

 間合いを離した斑鳩は、思わず口元を歪めていた。


「勘がいいわね、斑鳩 暁」

「……」


 右手に砕いた白い撃牙の破片をさらに握り潰しながら――エルは皮肉たっぷり、と少しだけ首を傾げる。その様に斑鳩は自らを襲った直感が正しかったのだと、僅かに唇を噛む。


 蹴りを繰り出そうとした瞬間、対峙したエルが魅せた僅かな機微。

 それはほんの僅かな体幹の移動に過ぎなかった。だがそれでも。いや、だからこそ。その所作はヤドリギ――中でも式狼が習得する近接戦闘術特有の気配を強く纏っていたのだ。


 それに気付けたのは――と、斑鳩は、一瞬背後で腰を落としたまま苦しそうなアールの姿を視界に入れる。


(あれは、今のあの"兆し"は最短、最速を奔り急所を狙う……間違いなく、アールと同種のものだ。 あのまま蹴りを放っていたら、間違いなく……)


 アールの……式神としての戦闘技術を、その技を観ていたからこそ。

 目の前、あの刹那放たれたエルの気配がそれと同等のものだと気付けたのだ。まさしく、襲い来るタタリギへと堕ちたヤドリギ……つまり、丙型タタリギを組み伏せ、右腕に備えた撃牙で以って穿ち、斃すための体裁き。


 斑鳩は自らを落ち着かせるよう、無意識に無くした撃牙があった右腕をさする。


 現実のものではいとしても、自らが信頼する武器を纏い繰り出した渾身の一撃をいとも簡単に防ぎ、砕くその力。ヒトならざる者だとありありと感じさせる存在感と、荒ぶり猛る計り知れない殺意。しかし同時に魅せられた、ヒトの技……戦闘技術を冷静に繰る姿を如実に想像させるその温度差に、斑鳩は意識の身体ながら奥歯を強く噛み結んだ。


(やはり、こいつはアールと同じ"式神"……だと言うのか。 だが何故だ。 ヤツから感じられる気配はアールと比べても全く異質のものだ。 純種に感じるよりももっと……もっと、原初的な、何か……!)


「甘く見て欲しくないわ、斑鳩 暁。 何年も、何十年も……D.E.E.D.として存在する事を強制されてきた"私たち"からすれば、お前たち出来損ないの動きなんて所詮、"ごっこ遊び"なのよ」

「……見た目と違って随分と先輩という訳だ」


 意外にも余裕があるように感じられる斑鳩が返した言葉に、エルは一瞬ぴくりと眉を跳ねさせるが、すぐに瞳を細め、口元に笑みを浮かべる。


「それにしても――随分と面白い真似をしたものね……出来損ないの癖に」


 エルは空間に散りながら消えつつある白い撃牙の残骸、その中から形を保っている欠片をひとつ細い指でつまみ取る。


「この世界は物質世界とは完全に切り離された領域……意思の元に形を保てるのは、命のみよ。 ――なら、たった今砕けたこれは……()()()()()?」


 片膝を着いた斑鳩へと視線を這わすと同時、ぱきん、と澄んだ音を奏で指先につまむ白い欠片を砕く。

 アールはその視線の先、エルの間合いから飛び退いたままの斑鳩の表情――いや、斑鳩の姿そのものに、はっと息を飲んだ。


「……っ斑鳩!」


 手足の末端が消えかけた照明の様に明滅するその姿。

 痛みを伴うのか、それとも意識を、その存在をこの場所へ繋ぐため堪えているのか……乱れた呼吸を繰り返すよう不規則に明滅を繰り返す斑鳩の表情は、今や苦悶に満ちていた。


「理解出来たかしら、斑鳩 暁。 あれは撃牙なんかじゃない……砕けたのは()()()()()()()()()なのよ」


 斑鳩は膝を着いたまま、エルの紅い瞳を睨みつける。

 先程まで軽かった身体に広がる倦怠感と、全身を切り刻むような冷たい痛み――。

 それでも悟られぬようにと強気に寄越す視線を見下すよう、エルは口元を嗤いに歪めながら一歩前へと間を詰めると一転‥…紅く不吉に染まった瞳を細める。


 そして表情を氷のように冷たい殺意に染めると同時――右手をゆっくりと暗闇の空へとかざした。


「斑鳩 暁……()()()()()()()()()()。 全て諦めたお前に出来る事など、何一つないわ。 お前は今考えているはずよ……私という存在に果たして勝てるのか、どうか。 ――もっとも、その答えはもう出てると思うけれどね?」


 かざした右腕に収束する、死をありありと予見させる力の奔流。

 漆黒の渦――まるで現実世界で観る、タタリギの蔦根と瓜二つ。徐々に加速するよう集まるそれが、破壊を意図した形を造り上げていく。


「本当ならお前なんて放っておいてもいいんだけど……お前は私の世界に土足で上がり込んでまで、私が生まれる邪魔をした……それに、その目」


(――生まれる……生まれる邪魔、だと……? 一体……)


 エルは今一度、膝を着きこちらを見上げる斑鳩の紅く染まった右目に視線を落とすと忌々しいとばかりに口元を歪めた。


「――ようやく辿り着けたわね、斑鳩 暁。 諦めの終着点は……今、この瞬間よ!」

「エ、エル……やめ、て……!」


 先程のエルから受けた"攻撃"の影響か――

 未だに視界は霞み、四肢の末端に力が入らない。それでもアールは震える足で暗闇を踏み付け、何とか斑鳩の背へとその手を伸ばす。


「……全てを諦めた、か」

「……!」


 瞬間、アールは驚きに瞳を思わず見開いた。

 頼りなくも明滅する斑鳩の身体は、それでも暖かく、そして何より――この状況においてもなお、強い意志を感じさせていた。


(斑鳩……)


「認めるよ、あの時対峙したのは俺であり、お前だった。 お前が語ったのは確かに俺の本心だったかもしれない……だがな」


 斑鳩は、背に触れるアールの右手の感覚に静かに瞳を閉じる。


「――今は違う。 アールがそうしたように……いや、他の誰もがそうする様に。 俺は俺である為に……最後までお前たちに抗ってみせる。 それが、ヤドリギだ。 それが……俺が皆と同じY028部隊の一員だという証明なんだ」


 再び、より強い意志を宿し開かれた紅い瞳にエルは心底うんざりした様、眉間にしわを刻む。


「口先だけは立派ね……アールの力を掠め取らなければここに来る事さえ出来なかったお前が、何を偉そうに。 でも、これで終わりよ。 すぐにその空っぽの頭を砕いて……」

「……ああ、出来るならな」


 に、と――

 確かに一瞬だが、斑鳩の口元が笑ったように見えた次の瞬間。


「――ぐッ!?」


 息を詰まらせるよう表情を歪め苦痛を口にしたのは、エル。

 掲げた右腕ごと背後から首を締め上げられ、収束していた力の奔流が周囲の闇に溶けるよう霧散する。エルは驚きながら残った左腕を首元、なおも締め上げるその腕を掴む。


 その細い首を背後に組み付き締め上げるのは――!


「リッ……リッケルト……!?」


 アールは朧げながらも、視界に写る信じられない光景に思わず驚愕の声を上げる。

 エルの背後に組み付き首と右腕を同時にロックするよう締め上げていたのは、先程まで確かに"首輪"に繋がれていた彼女――リッケルトだった……!






 ……――第10話 Y028部隊 (20) Part-3へと続く。

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