第4話 "R"との邂逅 (3)
白い髪。紅い瞳。
彼女の出で立ちに驚きを隠せない一同。
しかし本当に驚くべきは、彼女の能力、そのものにこそあった――。
※この物語は連載中の【ヤドリギ】第4話(3)になります。
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「……なに?」
皆の様子をキョロキョロと首を動かしながら彼女は気怠そうに一声。
どうやら自分の容姿について皆が驚いている、という事に気付いてない様子で一声疑問を口にする。
「……すまない、正直ちょっと……驚いたというか……その髪……?」
「……ああ、これ」
斑鳩はその声にハッ、と我に返り思わず容姿に対する印象が口を突いて出た。
対して彼女は特段、気にする様子もなく髪の毛を右手でひとつまみ。目の前に持ってくるとそれをつまんだまま人差し指と親指の指先でくるくると弄ぶ。
「そっか、この髪にみんな驚いてるの……あっちでは誰も気にしてなかったから、意外」
「……ア、アガルタの子ってみんな貴女みたいな感じなの……?」
一歩踏み出して詩絵莉は斑鳩の陰から顔を覗かせ、彼女におずおずと問う。彼女は詩絵莉をジッと見つめ、そののち天井見上げると何やら考える様にぼうっと眺め――
「……うーん、たぶん違うかな……あ、違った……えっと。守秘義務?あるんだった。ごめん。あんまりアガルタの話……出来ない」
たどたどしくそう告げる彼女に、詩絵莉は「だ、だ、だよね!?」と思わず曖昧な答えを返す。
――な、なんだろうこの子!そう頭の中で疑問符が巡る詩絵莉を脇に、ギルも驚いた様に声をあげる。
「いやしかし、何というか……俺もその髪っつうか……あんたみたいなナリの人間は見た事ねえなあ……」
「そうなのかな。今まであまり気にしたコトが無かったけど……ええと、そう。不気味だから?大尉はここに着いたらすぐ、これかぶっておけって」
ギルに顔を向けながら、手にした先ほどまで纏っていた布をぽんぽん、と開いた片手で叩く。
そう言われた彼は「わ、悪い……不気味だとか、そういう意味ではなくてだな……」と困惑した様子で頭をぽりぽりと掻いた。
「いや、不気味とかじゃないよ!!正直なんていうか……綺麗!その髪も、眼も!確かにあまり見ないけど、すごく綺麗だよ!」
しどろもどろになるギルを差し置いて、再びローレッタが両手を握りしめながらやや興奮気味に言葉を挟む。
「はいはいロール、司令も見てるの忘れないようにね」と詩絵莉は彼女の両肩に後ろから手を添えながら抑える。
そんな様子を見ていた斑鳩は、改めて彼女に声を掛ける。
「まあ、見て貰った通りの面子だよ、うちの隊員は。気兼ねなく付き合ってくれたら嬉しい。これから宜しく頼む……ええと?」
「あ、そう……名前。ええと。"R"で。うん、大丈夫」
「……あある?」
聞き返す斑鳩に対し、"R"と名乗った少女は今度は人差し指で空中に『R』と描きながら、
「うーん、そう。えっと……『あ・ー・る』」
大きく口を開けて『あ』。一文字に口を閉じての表現は……おそらく「ー」だろうか。最後に口を尖らせて、『る』。
彼女はもう一度「アール」と今度は普通に声にだして、軽く頷いた。
「アールか、うん。わかった。宜しくな、アール」
その様子に苦笑しながら、斑鳩は右手を差し出す。
その手をじっと見つめた後、彼女は「ああ、さっき見たやつ……」と誰に言うでもなく呟くと、自らも右手を差し出し、斑鳩の手を握り返した。
――冷たい手だな……。
握り返された手は、あまり体温を感じさせなかった。だが、アールは握られたその手を不思議そうに斑鳩の顔と交互に見比べる。
「これは、どういう意味?はじめてやった、これ」
ぶんぶん、と斑鳩の手を握ったまま上下に動かす彼女。苦笑しながら彼は「宜しくって意味さ」と返し、後ろでその様子を見る他の隊員を振り返り頷く。気付いた詩絵莉は一歩前に進み、彼女の手を取った。
「宜しくね、アール。私は詩絵莉、泉妻 詩絵莉よ。貴方のファーストネームは?」
「ファーストネーム。うーん……あるのかな?今まで必要になることがなかったから。アールでいいよ、シエリ」
「え……あ、う、うん、そお……えっとうん……よ、宜しくね」
予想外の答えに戸惑う詩絵莉。――ファーストネーム……苗字が無い?……アガルタでは珍しい事じゃないのかしら……。
横でそのやり取りを聞いていた斑鳩も詩絵莉と目を合わせ驚いたような表情を浮かべる。
しかしそんな二人を後目に大した問題じゃない、と言わんばかりの彼女。詩絵莉と手を放すと続け様にローレッタとギルも彼女に握手を求め、それぞれに言葉を交わした。
「私はローレッタ、ローレッタ・オニールだよ、宜しくね!」
「分かった、ローレッタ、うん。」
「俺はギルバート・ガターリッジだ……名前は好きなように呼んでくれ。いいか、好きなように、だぞ」
「……?わかった、ギルバート。うん、好きなように呼ぶよ」
そう言いながらギルはローレッタにじとりと視線を向ける。「ちょっとギルバートくんそれどういう意味でしょ?ん?」とギルをつつく彼女とのやり取りを、アールはぼんやり見つめていた。
ヒューバルト大尉が去る前まで一言も、そして微動だにしなかった彼女に皆不安を抱えていたが意外にも気さくそうに話す彼女に気が抜けたか、ミルワードとヴィルドレッドの前も忘れてすっかり盛り上がってしまった。斑鳩はふと我に返るように、局長へとその体を向ける。
「申し訳ありません、局長」
「……いや、気にする事はない。さて……しかし締めるところは締めんといかんからな。ミルワード。部隊配属にあたり、ヒューバルト大尉から"新型"としての彼女の役割――式種の説明を」
局長はふだんと変わらぬ様子でそう答える、が……。
――気のせいか……?今、局長の表情が一瞬……驚き……?いや……違う……何だ?
目を向けた一瞬の事で斑鳩は自信が持てなかったが、確かに局長は今しがたその表情に何かを浮かべていた様に見えた。
局長の言葉にミルワードは「宜しいですか」と咳払い。
斑鳩は局長のそれが気になりつつも、他の四人と共にミルワードへと向き直る。
「彼女の今後の扱いですが……先ほど軽く伝えた通り。戦力として、それぞれ君達4人に劣るとも勝らない力を持っています」
「あ、それ私も気になってたんですけど……どういう意味です?全然見えてこないんですが」
詩絵莉は右手を胸の前にひょいと上げつつ質疑を返す。
その言葉に他の3人もつられる様に頷いた。
「……にわかには信じられないとは思いますが、彼女は既存の式種……式狼、式隼、式梟に続く……"第四番目"の新たな式種として君達の部隊へ編入します」
「……新たな式種!?」
「つ……つまり狼でも、隼でも梟でもないって事……!?」
ギルとローレッタは彼女の言葉に思わず声が突いて出た。
無理もない。式兵……つまりA.M.R.T.により生まれた式種は原則として三種類。
それは時代を経てA.M.R.T.自体の精製純度等から生まれる能力差、さらには当時あった副作用等の問題も解決され行く過程でスペックは当初より各段と上向いてはいるが、現世代においても発現する能力は三つ。
身体的強化、感覚的強化、加えて処理能力的な強化と分類され、それが"A.M.R.T."に他ならないからだ。
詩絵莉も驚きの声を漏らす中、斑鳩は一人静かにミルワードの言葉の先を待っていた。
「彼女の式種は……"式神"。……このデータを信じるならば……驚くことに現存三種の能力全てを高水準で満たす全く新しい式兵……それが、"新型"……四番目の式種、という事です」
『!!』
その言葉に、アール以外の四人全員に衝撃が奔る。
「……つまり君達の部隊において、その作戦内容に応じ彼女は様々な"役割"を担う事が出来る……タタリギの種別や性質により、狼、隼、梟……。まさにあの大尉が言葉にした通り、少数精鋭の構成に対する切り札的な位置付けと言えるでしょう」
「す、すげえな……お、おい。本当かよ、アール」
いぶかしげなギルの言葉にアールは軽く頷くと事も無げに「うん」と軽く頷いて見せる。
「しかしながら大尉が述べたとおり実戦経験はほぼ無し。……確かにアガルタより付随されたこの彼女のデータは驚嘆に値しますが……なにぶん、我々もその力をこの目で見た訳ではありません」
ミルワードは資料を片手でポン、と叩きながら「データもいわばシミュレーションです」と付け加える。
その仕草を見て、ここまで黙って彼女の話を聞いていた斑鳩がようやく口を開く。
「……つまり、謳い文句はどうあれ、実際に我々の部隊に同行させるしかない、と」
「そういう事だ、斑鳩隊長。最も大尉からの託でその彼女……アールの実力は折り紙付きとは聞いている。人類がついにこの劣勢を脱する事になる、反撃の切り札……新型式兵、式神。その花形とも言える存在だと」
「……そして実力が本物なら、前線においてまさに式種の枠を超える存在……か……」
局長の言葉に斑鳩はアールをちらりと横目で見ながら深くうなる。
現場での作戦を構築する彼にとっても、もし"式神"が本物ならば。それはまさにこれ以上ない存在だ。
それぞれの式兵と同等の動きが出来るならば、ミルワードの言う通りまさに斑鳩達の様な部隊に置いて、単純な戦力増強等ではない。その存在は非常に大きな意味合いを持つことだろう。
「しかし――だ、アール君。君にとっては失礼な物言いになるかもしれんが、我々はあくまでデータ上での君しか知らん。正直、いくらアガルタから、とは言えその実力には懐疑的だ、現時点ではな……」
「……かいぎてき?」
「ほんとかなー?って意味だよ!」
首を傾げるアールに、すかさずローレッタが小声でフォローを入れる。
その言葉に「あー……」と同じく小声で頷き応える彼女。
「我々がヒューバルト大尉の意向を受け入れ、斑鳩隊長の同部隊への配属意志が認められた以上、君は今日から我々の仲間であり、タタリギから人類を守らんとするヤドリギとしての同志だ。だからこそはっきり伝えておきたいが、実戦において君の実力が認められなかった場合は速やかに撤退し、戦線を離脱して貰う」
キッ、と彼女の目を見据え、誠意と威厳を孕んだ、厳しくも司令としての尊厳を感じさせる声でさらに続ける。
「お前達若い式兵……ヤドリギは、まさに人類の為に命を燃やす……だがな、燃え照らされ、その暖かさだけを我々は尊重しない……焚火にくべられるが雑木の如く、お前達を扱いたくはないのだよ。……まあ、この歳だ。一度もヤドリギであった事のない老人が言っても説得力は今一つかもしれんがな」
――ふ、と笑うヴィルドレッド局長に部屋の中すべての人間がそれぞれの面持ちで笑みを浮かべた。
「そんな事はありませんわ……ヴィルドレッド局長」
どこか憂いげに返すミルワード。
局長の言葉にそれぞれが自らの状況を重ね、思い馳せる――そんな中。
――アールだけが表情を変えず、その深く赤い瞳に局長の横顔をぼんやり写していた。
…………――――――――――――――――第4話 序章 ――R―― (4)へ続く。
※第4話は作中内容が大きくなるため、分割して投稿致します。
※続きとなる(4)を、宜しければお待ち下さると幸いです。