第10話 Y028部隊 (6)
アガルタより訪れたレジード大尉。
彼はまさしく皆が知る通りの正しく光あるアガルタを象徴するような人物だった。それが彼の本当の姿なのか、それともヒューバルトの様な影を知る人物なのか…。
彼と局長たちの正式な戦車部隊配属の挨拶を聞き終えた斑鳩たちは、懐疑的になりつつも護衛終了の報せを受け兵装の解除に取り掛かる。
その彼らの背後に、一人男が歩み寄るのだった。
局長とレジード両名による13A.R.K.の所属員たちに向けての戦車部隊配属を告げる正式表明も終わり――
キース統率の元、アガルタ正規式兵たちがA.R.K.所属員から各々必要事項の説明を受ける中、護衛の任の終了を受けた斑鳩たちは装甲車へと戻り、それぞれ兵装を解いていく。
「……貴殿が斑鳩隊長かね?」
その背後から、唐突に呼ぶ声。
後方からの声に振り返った斑鳩たちは、にわかに驚きの表情を浮かべる。
日の光を背に凛と立つのは、あの黒制服を纏うレジード大尉だった。
「ええ、そう……ですが」
「……ふむ。 ふむふむふむ!」
彼は驚きながらも敬礼の姿勢を執った斑鳩に対して一つ頷くと、体勢を変えつついろんな角度からじっくりと観察するよう視線を寄越す。
「あの……」
「ん? ああ、これは失礼! 噂のY028部隊……その隊長を務める男に興味があってね……しかし、なるほど、確かに纏うものが他の式兵たちとどこか違うものがある……な!」
「……噂?」
レジードの言葉にやや身構える斑鳩たち。
だが彼は構わず笑顔を浮かべながら、斑鳩の肩へと力強くその右手を置いた。
「ふむ。 あの純種を退け、特異種……マシラなるタタリギと遭遇しながらもそれを撃破し、生き延びた部隊……。 遠く離れたアガルタにも、貴殿らの活躍は音に聞こえている!」
「あ、ありがとうございます……」
何とも答え辛そうに礼を述べる彼に、レジードは「それに」と付け加えると、斑鳩の傍でやや緊張の面持ちを浮かべる一同にゆっくりと視線を巡らせ――そして、フードを目深に被ったアールを見つめると、大きく頷いてみせる。
「それに貴殿の部隊には、我らがアガルタより先んじて出向した式兵が所属しているとも聞く。 ……ふーむ、その制服……君がそうだな?!」
「……う」
ぎらりと熱を帯びた眼差し、とでも表現すればいいのだろうか。
アールは初めて向けれられる種の視線にびくり、と小さく身体を震わせると、フードをよりいっそう深く被りなおしながら、その熱視線から逃れるようスススと斑鳩の背に隠れてみせた。
「はっはっは! そう恥ずかしがるな! 仮にも私よりもここでは君の方が先輩なのだ。 それに十分な結果も出していると聞き及んでいる……堂々としていればいい!」
追いかけてくる熱い……いや、暑い視線から逃れるため、アールが斑鳩を挟みレジードの視線を遮るよう身をかわす様子を見ながら、ローレッタは大尉に僅かな警戒の眼差しを向け詩絵莉とギルに小声で声を掛ける。
(レジード大尉……あの様子だと、アルちゃん……D.E.E.D.の事、知らないのかな……?)
(……知っててああ演じてるなら、逆に大したものね)
(わからねえけど、とても知っているようには……見え……ねえよな……)
「――ん?」
ひとしきり斑鳩を挟んだ視線の鬼ごっこに興じていたレジードだったが、ふと眉をひそめ、目深に被るフードの下に見える彼女の制服に目を留めた。
「その制服、一見アガルタ様式のものかと見受けたが……私も見た事のないタイプだな。 ……ふむ、ええと――彼女の名前は?」
何かに勘付いた様子のレジードを前に、一瞬部隊の面々に緊張が奔る。
だが斑鳩はすぐに平静を装い、小さく頷いてみせた。
「彼女は、アール……しかし大尉はご存知ないのですか? 彼女が配属されて、優に3ヶ月は経ちますが」
名など隠しても仕方がない。
斑鳩はさも当然の様にそう応えると、レジードを真剣な眼差しで真っ直ぐ見つめる。
アガルタの指揮系統がどのように機能しているかは知る由もないが、物資支援と引き換えに半ば強引にこの13A.R.K.へと配属させられた彼女の事を彼――レジードはどう把握しているのか。
――もし、彼があの男と同じ類の者なら……何かしらの反応は見れるはず。
そう考える斑鳩の前で、彼はゆっくりと腕を組み、ぐるりと首を回し周囲の視線を確認したかと思うと――先程とは打って変わって低く落とした声で、落ち着いて答え始めた。
「彼女が一人、アガルタから派遣された式兵……ということ程度しか私は知らされていないのだ。 そもそもヒューバルト大尉が推し進めた計画とも聞く。 13A.R.K.へ向け"特別"な式兵を派遣するとね」
「……"特別"」
彼へ言葉を返す斑鳩の後ろ――アールはぴくりと反応する。
「彼女の配属を、ヒューバルト大尉が推し進めたと」
「うむ、そう聞いている。 優秀な人物だよ、指揮官としての実力もさることながら、様々なセクションに顔が利く男でね。 その分、噂話も尽きない面もあるにはあるがね。 ああいや、共に戦う同僚を悪く言うつもりはないのだが」
レジードは少し肩を竦めると、「あれでもう少し愛想があればとは思うがね!」と笑いながら続ける。
「今も彼はマシラの生態調査と、その発生原因を探るべく部隊を従え奔走していると聞く。 その制服……てっきり彼女が彼の部隊出身では、と思ったのだが」
ヒューバルトの部隊――
皆の脳裏にマルセルとの会話がよぎる。
『F30(フェブラリー・サーティ)』。本当に存在するのかどうかもわからない、謎の部隊。
アールは……いや、D.E.E.D.とF30はもしや同一の存在なのだろうかと一瞬湧いた考察を、斑鳩はすぐに否定した。
そもそも彼女の存在はアガルタに認知されている。
それはこれまでの状況からも、そしてD.E.E.D.に関してはおそらく部外者とも言える彼、レジードの態度を見ても明白だ。詳細は知らされていないが、ヒューバルトが抱える一人の式兵が13A.R.K.に出向した。その程度の認識ということだろう。
斑鳩は目を細め、アールを観察するレジードの碧色の瞳と、その表情やしぐさに違和感がないか探るものの……彼からは一切、何かを隠しているような態度や意図は僅かにも感じられない。
もちろん先ほど初めて相対したばかりの人物。今感じているものが正しい判断、とは言い難くはあるが。
しかし彼が見つめる"彼女"は掛け値なしに普通の存在ではない。
もしアールの……D.E.E.D.としての側面を知る者であれば、その目に、表情に、何かしらの感情が浮かんでもおかしくはない。
それらが全く見られないとするなら……あのヒューバルトは、彼のような表側の人間を統率する組織の上層部にも根回しを利かせる事が可能という事実に他ならないだろう。
「ヒューバルト大尉とは面識があります。 確かに彼女をここに連れてきたのは彼ですが……彼女、アールにも守秘義務があると配属の折、伺っています。 彼女の出自に関しては……」
――この場は濁すのが得策、か。
嘘はついていない。
斑鳩はヒューバルトを盾とする僅かな不快感を背に、それでも表情を崩さず神妙にそう口にする。
この出会ったばかりのレジードという男がどういう人物なのか。
自分たちY028部隊に対して、どういう相手であるのか。
それすら把握出来ていない現状、安直に受け答えを続けるべきではない。唐突のことで仲間の意思も、他ならぬアール自身の意思も聞かないままとあっては、なおさらだ。
そう判断した斑鳩は、もっともらしい理由と共にレジードに対して軽く頭を下げる。
「おっと! いや、彼女の事は私の管轄外に違いない……無礼な詮索だったな。 しかし他意はないのだ、わかってくれアール君」
「……は、はい」
「しかし私も彼が持つという部隊に興味があるのも事実。 互いに協力、連携を執る事が出来ればとは願うのだが、事実様々な噂も耳にする。 しかしまあ、あくまで噂は噂……君らも真に受けてはいないと思うが……いや、違うな。 そもそもアガルタの風通しの悪さが原因か? ……うーむ、いかんともしがたいな」
一人腕組みをしたまま困り顔で空へと視線を泳がす彼に、斑鳩は一歩前へと踏み出した。
「大尉のような方と意見を交わす機会は貴重……だからこそ失礼を承知で申し上げますが、確かにアガルタの事は我々末端からは一切見えないのも事実です。 必要がない、と言われればそれまでですが」
「耳が痛いな、斑鳩隊長……しかし一理ある。 が、それはアガルタを守るためでもある。 行き過ぎた秘密主義は私もよしとするところではないのだが」
斑鳩の言葉に苦笑するレジードだったが、すぐにその表情を引き締め首を横に振った。
すると、ひょこり、と斑鳩の影から顔を覗かせるローレッタは小さく手を挙げる。
「アガルタを守るため……って、まるでタタリギがアガルタの情報を欲しがってるみたいな言い方ですね?」
「ははは、敵がタタリギだけならならよいのだが、な」
大尉の言葉に、今度は詩絵莉が首を傾げる。
「……どういう意味です?」
「ふむ……」
レジードは僅かに眉をひそめる詩絵莉に片目を閉じると、再度周囲を見渡す。
「これはここだけの話に留めておいて欲しいのだが。 アガルタが今危惧している事項の一つが、いわゆる"雑草"、などと揶揄される無法者たちでね。 君らも聞いた事くらいあるだろう」
――雑草。
もちろん、ヤドリギであるならその言葉が意味するものは知っている。
A.M.R.T.の適合試験に合格しながらも、ヤドリギとしての活動を放棄し、A.R.K.にも所属せず、アガルタの庇護にすら属さず放蕩する者たちを指す、隠語。
皆の反応にレジードは小さく頷くと眉間にシワを寄せ、ため息を放つ。
「確かにアガルタには過去の時代の技術が継承されている。 言うまでもなく君らも使用しているドローン……木兎。 それを操るコンソール類もそうだ。 他にも様々な技術が日々開発、研究され続けている。 無論兵器類だけではない……浄水技術、栽培技術、電気工学技術……それらをその無法者たちから守るという意味も強い」
「……雑草と呼ばれる者たちの中には、汚れ仕事に手を染めている者もいると聞いたことがありますが……アガルタが憂慮する程の事なのですか」
僅かに眉をひそめ口元に手を添える斑鳩に、レジードは厳しい表情と共に頷く。
「公にこそされていないが、実際に"雑草"の一部連中がアガルタとA.R.K.を結ぶ輸送車を襲撃した事件も起こっている。 頻繁にというワケではないが……残念なことだ。 この時代においてヒト同士が奪い合うなど、愚の骨頂と言わざるを得ん」
レジードが口にした内容にギルと詩絵莉、ローレッタは困惑の表情を浮かべ思わず身を乗り出す。
「ま、マジかよ……内地はそんな物騒な事が起きてんのか……!?」
「"雑草"っていう元式兵たちの噂は聞いたコトある……ケド。 まさか、そんな事……」
「本当だとしたら、とんでもない話……仮にもヤドリギであるはずなのに……」
思わず驚き身を乗り出す一同に、レジードは口元に人差し指を添える。
「嘆かわしいことに、事実だ。 今後そういった被害が増えるようなら…事態を穏便に済ませるのも難しくなるやもしれない。 あくまで我々の敵はタタリギ。 ヒトと争うような事はしたくないのだが……」
「……何故我々にそんな話まで? いち式兵が知るべき内容ではないように思いますが」
同じく驚きの表情を浮かべる斑鳩に、レジードはその表情をふっと緩めた。
「ははは、こんな事を伝えたと上に知られれば大目玉だな! だが、斑鳩隊長だけではない……君らY028部隊には、やはり普通の式兵たちはどこか一線を画す"何か"を感じているのだ、私は。 これでも戦場働きは長い。 人に対しての観察眼というか、直感には自信があるほうでね」
そう言うと、レジードはもう一度ゆっくり部隊の面々の顔に視線を巡らせる。
「ただ死線を越えてきただけではない、覚悟を纏う"何か"、とでも言うか。 と、いう説明では説得力に欠けるかね?」
苦笑しながら続けるレジードの姿に、斑鳩は僅かに目を細める。
先程からの会話の中、彼はアールに対し他の仲間たちに向けるものと何ら変わらぬ視線と感情で接しているよう見える。アガルタの高官が、D.E.E.D.という存在を前にこれほどまでに白を切り通せるものだろうか。
「……大尉、確かに我々は貴方の見立て通り今や普通の部隊ではありません」
「だろうさ。 出迎えの護衛の数を見て最初は目を疑ったものだ。 何せ戦車4機、装甲車9台の出迎えに展開していたのは僅か4人だったからな!」
レジードは額に手を添えひとしきり笑い終えると、目を見合わせる斑鳩たちに「ふう」と一呼吸置き、打って変って真剣な眼差しをこちらへ向ける。
「だが、他ならぬあの局長がそれを許している。 ……何故か? 大規模掃討戦の影響による人員不足? いや、違う。 答えは単純だ、そう……君らは普通の部隊ではない。 13A.R.K.を背負うだけの実力と"何か"を持ち合わせている。 あの生還者が認める部隊、そして式兵たち……だからこそ、こうして腹を割っているというのが本音かもしれんな!」
斑鳩は苦笑――とまでいかないものの、複雑な表情を浮かべていた。
評価されるために戦ってきたのではない。
斑鳩にとって評価とは手段の一つでしかなかった。しかし思えばY028部隊は、組織において評価から無縁とされてきた異端とも言える者たちが身を寄せている。
詩絵莉は式隼としての突出した能力と仲間を守るというなによりの意志を汲み取られず、ローレッタは希代の式梟としての能力を持ちながらも仲間と環境に恵まれず……ギルもまた、式狼としての評価と収入を投げ捨て、斑鳩と共に歩む事を選んだ。
今、こうしている間にも装甲車の中で整備に汗を流してくれているフリッツでさえ、その特異な思考と行動力ゆえ、周囲から孤立していた存在だ。
アールに至っては、説明の必要すらないその最も足る存在と言える。
式神、D.E.E.D.と呼ばれる常識と倫理を越えた存在……過酷な命運のもとに在るにはあまりにも頼りなく見える――小柄の少女。だが斑鳩たちにとって彼女は今、かけがえのない仲間であり、恩人であり、そして……斑鳩自身、守りたいと心から思える大事な存在だ。
斑鳩はレジードの瞳に感じられる光に目を細める。
いや、レジードからだけではない。共に行動し、こんな有様の自分に向けられる、仲間の目に宿る光。
彼からの言葉が、周囲から得ているであろう"評価"が、はたして自分に相応しいのだろうか、と。
背にする仲間たちを意識的にだったのか、それとも無意識にだったのか――自らの奥底にたゆたう黒い願望のために引き入れ、扱ったことを自分自身完全に否定する事は出来ない。
――だが。
今、仲間が評価されている事が単純に喜ばしいと思えるのは、本当だった。
自らがではなく、単純に……そう、ごく単純に、本来の正当な評価を受けるべくして今受けている『仲間』に対して、斑鳩は喜びを覚えていた。
命を預けるに足る仲間たち、その彼らが受ける称賛が喜ばしいと思える……今は、この気持ちが本物である事をただ、願いたい。この感覚が心の上辺に浮かぶ枯葉でない事を祈りながら、斑鳩は誰に向けてでもなく小さく己に頷く。
そう複雑な感情を渦巻かせているとは露知らず、レジードは目の前の若き部隊隊長と後ろに控えるY028部隊の面々に改めて熱い視線を注いだ。
「とは言え、こうして対峙すればこそ分かる。 よい式兵に巡り合えた――今はただ、そう実感している。 ……おっと、つい長居してしまった。 話が長いと部下にもよく叱られるのだが、こればかりは性分だな! では一週間ほどだが、ここで世話になる間……宜しく頼むぞ!」
に、と口角を上げ差し出されたその右手を、斑鳩は静かに握り返した。
「……ええ。 後にささやかながら歓迎会もあると聞いています。 ……遅れましたが、レジード・ゴードウィン大尉。 宜しくお願い致します」
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◆◇◆
◆◇◆◇
「――で、だ。 どうだった、イカルガ?」
レジードの背中を見送り終え、ギルは斑鳩へと向き直る。
「……正直なところ、毒を抜かれた気分だ。 ああも隠すものなどない、といった態度を取られるとはな。 それに、アールの事を特別気に掛けている様子もない」
「同感ね。 あたしも違和感が二巡くらいしちゃった感覚」
やれやれと肩を竦め、詩絵莉は集めた正規式兵に向け何やら指示を行うレジードを遠く視界に入れた。
「やっぱり、いわゆるアガルタの表側の人物って事なのかしら? ……正直言うけど、あの大尉に裏があるとは思いたくないわ。 ああまであたしたちを真正面から評価してくれる人物なんて、珍しくない?」
言うとレジードと戦車を挟んだ反対側にいたキースへ視線を移す彼女を、ローレッタは困り顔で「まあまあ」となだめる。
「シェリーちゃん、もちろん私も嬉しかったけど……ほんとの事情を知らないからこそ、成績だけを見て評価をくれたとも言えると思うよ」
「……むぅ、分かってるわよ。 別にほら、局長や司令代行に不満がその……ある訳じゃないからさ、あたしも」
彼女からの言葉を受け、バツが悪そうに詩絵莉は僅かに頬を染めると視線を外す。
でも、詩絵莉の気持ちは理解出来る。ローレッタはギルと言葉を交わす斑鳩をその視界に入れる。
斑鳩 暁……実際、功績だけに目を向ければ華々しいものがある。
少人数ながら部隊をまとめ運用し、数々の死線を越えてきた実績は一桁部隊……いや、アガルタの正規式兵と比べても一切その実績に遜色は無いだろう。
……しかし、異端な存在には違いない。
大規模掃討戦において単独で長期間、遊撃部隊として活動する"謎の部隊"。認知度は以前とは比べ物にならないとはいえ、部隊の規模に釣り合わない兵装を纏い各地を流転するその姿は、一般的な部隊に属する者たち、内情を知らない者たちからすれば不気味とすら写る側面もある。
事実、本来斑鳩が部隊長として得るべき称賛の声は遠い。
斑鳩をはじめ、この部隊に属する仲間たちは評価を得るために戦っているわけではない。
しかし詩絵莉が漏らす不満は理解出来る。この部隊があり続けれるのは彼がいてこそであり、彼がいたからこそ、彼が"タイチョー"であったからこそ今があるのだ。
言葉には出さないが、皆それを誇りに思っているに違いない。
そして彼を知るならば、報われて欲しいとも心より思う。
だが、ローレッタは知っている。
――タイチョーには、昔の私と似た部分を感じる……そうあろうと、演じているところ。
ローレッタは瞳を細める。
部隊をまとめ、タタリギと相対する彼に見える強いその意志に影と落ちる、脆さ……。
誰からも優秀に映る"タイチョー"。けれど、等身大の彼は、きっと……。
しかし、それでも彼は私とは違う。一度の失敗に折れ、引き籠る事を選んだ私とは……きっと、違う。
一体彼の内側に渦巻く何が私たちをここまで連れてきたのだろうと、遠征中――斑鳩を見てローレッタは皆知れず考えを巡らせていた。アダプター1で突き付けられた明確な"死"を前に見た、膝を地に着けた彼の姿は……今も、このまぶたに焼き付いている。
木兎を通して視たのは、もっともその姿から遠いと信じていた、あの"タイチョー"の背。
けど、それでもいい。
何かを演じている辛さは、よく知っている。だから……ここ最近彼が見せる表情は、素直に仲間として好きだと思える。14A.R.K.突入前に交わした言葉からは、今までの"タイチョー"ではなく、"斑鳩 暁"からの声に聞こえた。
きっと、アールの存在が、その覚悟と誇りが彼を大きく変えたのかもしれない。
そう思えば、いや、だからこそ。今、彼女をして彼に起きている変化……あの黒い頭髪に交じるひと房の白髪に心が痛む。
だが彼女はこの2ヶ月の間、決してその気持ちを表に出そうとはしなかった。
いつも通り皆を元気付け、時に激を飛ばし、明るく振る舞う……。
昔はそう演じていたとばかり思っていたが、信じられる仲間と共に過ごすうちに気付けた、本来の自分。本来の木佐貫・ローレッタ・オニールであろうとしていた。それは演じているわけでは決してない。斑鳩を、アールを……皆を思えばこそ、そうありたいと思える自分の気持ちに他ならなかった。
ローレッタは少し照れながら頬を膨らます詩絵莉の隣、両腕を組むと大きくうんうんと頷いてみせる。
「でも、ホント絵に描いたよーな尊敬すべき大尉、って感じだったよね。 アルちゃんは、どおだった?」
彼女からの視線に、アールは少しだけ考え――深く被ったフードの下、ぽつり小さく呟く。
「あのヒトはヒューバルト大尉とは……たぶん、ちがうヒト。 上手くは、言えないけど……」
彼女はヒューバルト大尉が自分に向けた黒く沈んだ瞳を思い出す。
お前はヒトではない、そう言い放った彼の眼は……まさに、兵器を視ているものに違いなかったと、様々なヒトと出会い併せた瞳を思い返せばこそ、確信をもって言える。
斑鳩たちは、アールの表情に自然と頷いていた。
目の前――フードの隙間からから零れる彼女真っ白な頭髪。彼女の存在がある限り、果たしてアガルタの何を信じればいいのか。そう思っていた斑鳩たちだったが、レジードの様な男がいる事に若干の救いをも感じる。
「ま、なんにせよだぜ。 本当に戦車がこうして配備されたわけだ……A.R.K.の守りも強固になんだろ。 レジード大尉も裏表あるやつにゃ見えねえし、素直に喜んでいいんじゃねーか、イカルガ?」
「……なんかこう、雑な感想だねえギルやん……あ、でもそれでこそギルやんっぽいかも? 久々にあほの子っぽくて」
「キサヌキ、そりゃどーいう意味……」
ローレッタに脇腹をつつかれながら拳を鳴らすギルに笑うと、詩絵莉は斑鳩へと向き直る。
「ま、でもあたしもギルの意見に賛成だわ、今のところ……ね。 純種に続いてマシラみたいなヤバいタタリギまで出てきた。 ここの守りが強固になるなら、あたしたちも後ろを気にするコトなく戦える。 ね、暁」
詩絵莉が突き付ける軽く握った拳をその右手で受け止めると、斑鳩は振り返り戦車隊を見つめ大きく頷いた。
「ああ。 マルセル隊長から聞いたときは現実感の無さ……それに、アガルタに対する感情もあってどうしても懐疑的にならざるを得なかったが……レジード大尉の様な男が率いる部隊ならば、信頼出来る。 ……いや、信頼したい。 このA.R.K.の為にもな」
「……うん。 そうだね……」
斑鳩を見上げるアールは小さく頷くと、眩しそうに目の前に広がる光景を目にする。
レジードの前に展開するアガルタから訪れた正規式兵たち。きっと彼らは自分の事など知ることもない、まっとうな存在なのだろう。
けれど……アガルタから遠く離れたこの地を、この斑鳩たちの大事な場所である13A.R.K.を守ろうとする意志は……きっと、同じのはず。そう思うと、少しだけ頬が緩む。
その時だった。
護衛の任から装着したままだった斑鳩のインカムを、突然のコール音が揺らす。
彼は何事かと周囲を見渡すが、気付いた仲間たちは心当たりがない、と首を傾げる。斑鳩も今このインカムにわざわざコールする者に思い当たる節はない。
斑鳩は怪訝そうな表情を浮かべたまま左手で静かにコール音が続くインカムのスイッチを弾くと、すぐに男の声が聞こえてきた。
『あー、あー……Y028部隊 斑鳩隊長。 応答願います。 通信評価はいかがですか。 以上』
「こちらY028部隊、式狼・斑鳩。 感度評価5、良好。 失礼だが、そちらは? 以上」
インカムの向こうで、一瞬の間。
しかしすぐに咳払いが聞こえたかと思うと、男はまさかの名を告げる。
『フフ……そうですね、随分とご無沙汰になりました。 名乗り遅れました、こちら作戦指令室所属・式梟……クリフ。 クリフ・リーランドです。 俺の事を、覚えて……いますかね、斑鳩隊長?』
…………。
「……クリフ!!?」
インカムの先で名乗る男が口にしたその名に、斑鳩は思わず素っ頓狂な声を上げるのだった。
……――第10話 Y028部隊 (7) へと続く。