生意気な奴隷
「生意気な奴隷ね!!」
名前を尋ねただけだというのにヒステリックな女だった。俺は椅子に腰掛けて溜息をついた。それにしてもこの椅子、装飾が多くて座り辛い。
「貴方は私の奴隷でしょ! 言うことを聞きなさい!」
またこれだ。俺は奴隷ではないし、仮に奴隷だとしても俺がこの小娘の言うことを聞かなくてはならない道理はない。
「なんで言うことを聞かないの!? 奴隷部屋には入らないし、勝手に私の部屋を物色するし、許してもないのにキッチンでつまみ食いしてるの!?」
「俺は奴隷ではないと言っているはずだ。いい加減理解したらどうだ? それにつまみ食いのことだが、俺は腹が減っていた。それなのにお前の許しなど必要か?」
「だーかーらー奴隷でしょ!!」
やれやれ。案外こいつは頭が悪いのかもしれない。さっきから話が平行線だ。なんでも相手を奴隷だと言えば片付くと思っている。そろそろ現実を受け入れてほしいものだ。
「それに食事も奴隷専用のがあるからそれを待ちなさいよ」
「そんな飯は期待できないな。俺は美味いものを食いたいんだ。それとキッチンにあった食事だがハッキリ言って畜生の飯だったぞ」
金持ちという輩は他者への思いやりに欠ける。説教をしたい気分だが、そういった行為は俺がやるべきではない。自ずと気がついていくべきなのだ。
俺は話題を変えた。
「ところでだ。どうして俺を手に入れたいと思った?」
「ふふんっ。それは貴方が強いからよ。警備員の一斉射撃も効かないなんて普通じゃないわ」
さっきまで顔を真っ赤にしていたくせに、もう元どおりになって仁王立ちで俺を見下ろしていた。
俺が強いというのは少し語弊があるだろう。この時代の人間が弱過ぎるのだ。まぁ、相対的に俺が強過ぎてしまうのは確かなのだが。
「来週大会があるのよ」
「何の?」
「エイガーの」
「何だ、それ? 知らん」
「奴隷は無知だから困るわ。エイガーは人を乗せて闘わせるロボットよ。エイガーを闘わせる大会は、今の時代になってから毎年やっていて歴史もあるものよ。大会初期は貴族自身が乗って闘っていたみたいだけど、エイガーは元々軍事用に作れたものだから死亡事故も多くて、ついには奴隷を用いるよつになったってこと」
なんというか時代錯誤もはなはだしい気もしなくもないが、頭が悪そうなこの時代の人間が思いつきそうなことだ。
だが、何故俺がそんな危ない大会に出なくてはならないのか。俺はこの小娘を論破して大会に出ないようにしようと試みた。
「奴隷が必要なのはわかった。そして俺に頼みたい理由もわかった。だが、俺は先程までエイガーが何かすら分からなかった男だ。それでもまだ乗せようと言うのか?」
「もちろんよ! だってエイガーは乗り手の身体能力と精神力によって強さが変わるようにされているのよ。私が見てきた中で最強無比の貴方以外に適材はいないわ!」
「俺にメリットは?」
「え?」
「俺がその大会に参加して何の得がある? まさか俺をタダ働きさせようとは考えてないな?」
どうやらそこまで考えていないようだった。まさか何もメリットはないのに俺がそんな危ないことをすると思ったのか。これだから労働者の権利を把握していない金持ちは、やれやれだ。
しばらく唸りながら考えていた小娘はついに口を開いた。
「分かったわ! 貴方の待遇を良くしてあげる」
「具体的には?」
「他の奴隷とは一段階上の扱いをしてあげるわ。食事も良いものをあげるし、ベッドも……」
「交渉決裂だな」
「なんでよ!?」
どうやら自分の立場というものを分かっていないようだ。自分と俺のどちらが偉いかを考えてほしいものだ。
だが、俺も意地悪な男ではない。少し答えをやろう。
「俺は、平民としての、戸籍が、欲しい」
俺は多くを望まないが、奴隷制や貴族制があるこの世界では身分が重要な位置にあることはもはや明白だ。
転生してきた俺は残念ながら身分証明書を持っていない。そのせいで奴隷と間違われてしまうという事態におちいった。だから二度とこうならないように戸籍と身分証明書が欲しかった。
この娘がどこまでできるのか分からないが、貴族というからには出来てもおかしくないだろう。
「分かったわ。そのくらい」
二つ返事だった。
俺は内心もっと良いものを要求したほうがよかったかもしれないと後悔したが、俺はそこそこの人格者なので納得することにした。