ゴミ山
俺が落ちた場所はゴミ山の上だった。やれやれ。神の奴も無礼なものだ。今度会ったら、礼儀というものを叩き込んでやろう。
しかし心なしか体が軽くなった気がする。てらてらと輝いてちょうど鏡代わりにいい金属板があったから俺は自分の姿を確認した。
大分年齢が若返っていた。オマケに少し顔を良くなっていた。やれやれ。神の奴め、余計なことを。
それにしても大きなゴミ山だな。何が捨てられているのだろう。
なにかの機械の部品だらけだ。
生ゴミらしきものはない。
きっと世に言う産業廃棄物だろう。
未来にもなってゴミ問題を解決してないとはいよいよ人間とは愚かなのだろう。
俺がキョロキョロしていると、向こうのほうから人がやってきた。
どこもかしこもゴミだらけのこの場所では人間の姿は良く目立つ。
「おーい」
先に声をかけたのは俺だった。
本音を言えば話しかけるのには勇気がいった。ほんの少し前の俺だったら間違いなく話しかけはしなかった。しかし俺は転生前に決めていたのだった。今度は別の生き方をすると。
声をかけたのに向こうからの返事はなかった。
せっかく俺が頑張って声をかけているのに失礼な奴だ。だが、俺はその程度で怒るような狭量な男ではない。
もう一度声をかけた。
「お、おーい」
今度は振り向いた。
そいつが近寄ってきた。
「どうしたんですか?」
「ここって日本か?」
相手は困った顔をした。
もしや日本を知らないのか。
「ニホンってなんですか? ここは第千八十五番ごみ捨て場ですよ」
日本が国名だとすら知らないのか。
ってか、第千八十五って、ごみ捨て場多くないか。
「失礼。今は何年だ?」
「え? 三百八十年ですけど」
「…………何暦だ? 西暦じゃないな」
「西暦なんてどんだけ昔の話をしているんですか。今はシュワ暦八十年ですよ」
シュワ暦か。そうか。思った以上に遠い未来のようだ。日本もなくなっているはずだ。
しかし愛国心などという宗教じみたもの俺にはないのだが、いざなくなったと分かると少し物寂しい思いがあるな。
俺が物思いに浸っていると、空気も読まずに、俺が話しかけた男が近寄ってきた。もう用済みなのにどうしたというのだろう。
男が近づくにつれ、男がガスマスクのようなものを付けていたのが分かるようになった。透明な材質でできていたから顔が近くに来るまで判別がつかなかった。
「あれ? もしかして……マスクをつけてないのに呼吸できるんですか?」
このマスク男は何を言っているのだろう。俺はこの馬鹿らしいことを尋ねてきた男にわざわざ返事をしてやった。
「当然だ」
「す……凄えぇぇぇぇぇぇ!!!」
この男は何を言っているのだろう。
「マスクなしで呼吸できるなんて凄え!!」
そうか。俺は凄いのか。
だが、ここで驕りたかぶってはいけない。
「マスクなしで呼吸なんて自慢することじゃない」
「何言っているんですか!? 普通だったらごみ捨て場の空気を吸ったら動けなくなって最悪死亡ですよ! もしかして体内にろ過装置でも付けているんですか?」
死亡とか、ろ過装置とか、なんか物騒だな。
「ははは。まるでこの辺りに毒ガスでもあるみたいじゃないか」
「え? ここの空気は猛毒ですよ。知らなかったのですか?」
知るわけないだろう。俺が初めて来たところはここなんだ。知識を仕入れる暇なんてなかったぞ。
しかし毒ガスを俺は今まで吸っていたのか。何にもないが、俺はもしかしたら凄い体質なのかもしれない。
深呼吸をしてみよう。
なんともない。
前で突っ立ている男が馬鹿面をしてこちらを見ている。どうした、珍しいものでもあったのか。
「お前はどこからここに来た?」
「あっ、はい。ここから西の方にある町から来ました」
「何しにだ?」
「仕事をしに、です」
なんだ、ごみ捨て場が職場なのか。つまり底辺職というわけか、興味が失せた。
しかしまだ利用価値がないというわけではない。この未来での状態がどうなっているのか知る必要があった。
「おい、お前。名前は何だ?」
「サドル・ミートミアといいます」
「ではお前にお願いがある。町まで道案内をしろ」
「でもあっしには仕事が……」
くだらんことを言う男だ。どうせ大した金にもならない癖に、俺のお願いも聞けないというのか。こんなにも頭を下げているのに。
「俺は、お前に、お願いをしている」
「でも……」
その後何度も押し問答があったが、結局は俺が勝った。まったく、さっさと言うことを聞いていればもっと早く済んだものを。俺の時間を返して欲しいものだ。
男は案内を開始した。そこでまた問題が起こった。男の脚は遅かった。俺が三歩進む間に一歩進むのが限界だった。
「遅い」
「アンタが速すぎるだけですよ」
そんなはずがない。俺は徒競走でも万年最下位だった男だ。
「これでもあっしは速足で知られているんですけどね」
どうやらこの世界では俺の脚が速いようだ。やれやれ。困ったものだ。このままではあまりの速さに目立ってしまうかもしれない。少し凡人よりに調整したほうがいいだろう。
やがて町が見えた。ザ・ハイテクといった風情だ。
ごみ捨て場からは、何もない空き地を挟んで、随分遠くにある。
ここから俺の新しい生活が始まるのだ。
昔の俺とはもう違う。新品な俺を世界に見せつけてやる。
「あっしはもういいです?」
感慨に耽っているのに邪魔な奴だな。
「失せろ」
男は少し俺を睨むような仕草をしてから、すごすごと自分が戻るべき場所へと体を向けた。
俺は町に入った。
町には建物があり、人がいた。こういうところは俺の時代と同じだった。車のようなものも走っていた。あちこちにある大きな扇風機みたいなものはきっと換気装置だろう。その証拠に街の中の人間はみんなマスクをつけていない。
キョロキョロと歩いていると誰かと肩がぶつかった。ぶつかった男はふわりと宙を浮くと、物凄い音を立てて地面と激突した。
「おい、てめえ、謝れよ」
振り向きもせずに歩いていると、後ろから声をかけられた。これは俺の時代にもいたようなチンピラで、肩がぶつかった程度で多額の慰謝料を取ろうとしているのだろう。
やれやれ、こういう手合いはこの時代にもいるのか。社会のクズの分際で調子に乗る輩が。
俺は無視をして走り出した。クズは追いつくことはできずに遠くから喚いていた。迷惑な奴だ。
しばらく走ると腹が減ってきた。しかし俺には金がない。いつもだったら会社から給料の前借りをしているのだが、今回はそうもできない。
さて、どうしたものか。
しばらく考えていた俺はいいことを思いついた。
金融機関を頼ろう。
そうと決まれば行動は早い。俺は地図を探した。そして見つけた。読めなかった。
地図らしきものはあったのだが、そこに書いてある文字が読めなかった。そういえば町に入ってからここに至るまで、通行人の話は理解できたが、看板の文字は読めなかった。
どうやらあの神め、俺を話だけは可能なように調整したらしい。お節介だが、その能力には助けられているから問責するのはよしてやろう。
ところで当面の問題だが、どうしようもない。
しょうがない。あまり情弱のようでやりたくなかったが、この際プライドを置いといて適当に聞き込んで回るか。
そういうことで、まずはそれらしい建物に進入した。
中にはきっちりとスーツを着こなした男たちが数人いた。
「何の用じゃい!」
人相の悪い男が口汚く話しかけてきた。
俺は昔見たドラマを思い出した。そのドラマに出てきた銀行マンとこの男のイメージは全然違うものだった。どうやらここは金融機関ではないらしい。
俺は目の前の男に金融機関への道程を尋ねることにした。
「銀行はどこにある?」
「ああん!?」
「銀行で金を借りたい。だから銀行の場所を教えろ」
スーツの男たちが俺のことをまじまじと見た。あまりにも短くまとめられた俺の質問に心でも奪われているだろうか。
「おい、お前、平民か?」
よく分からないが一応、頷いておいた。
するとスーツの男たちは馬鹿みたいな顔を歪めて馬鹿笑いを始めた。
「そんなんでよく金を貸してもらえると思ったな! 銀行は平民なんて相手しねえよ!」
「なら、どうすれば金を貰える?」
「お前よぉ〜、金なんて借りてどうするつもりだ?」
「食費に当てる」
馬鹿笑いの声量が大きくなった。何か可笑しなことがあったのだろうか。これだから馬鹿の相手は大変だ。
「お前、冗談が上手いな。ウチが金貸し屋だって知っててそういうことを言ってんだよな? いくら貸して欲しいんだ?」
よく分からないが、金を借りれるなら、ここでいいだろう。俺は指を三本立てた。
「三百ペケだな」
金の単位はペケというのか。しかし三百とはケチな奴だ。そんなんで何が買えるというのか。俺は無能な金貸しに増額の訂正をした。
「違う。三十万ペケだ」
周囲が静まり返った。
「てめえ……ふざけてんのか? そんな金ねえよ」
なんだ三十万程度もないのか。俺の時代だったらどこの金貸しもその程度は持っていただろうに。
「仕方ない。いくらまでなら出せる?」
「知らねえよ。いちいち数えてねえからよ」
「なら、あるかもしれない。否定する前にまずは金庫の中にある金を片っ端から出して数えればいいだろう。俺は常識的なことも分からない間抜けが大嫌いだ」
俺は部屋の奥にある、金庫らしい金属箱を指差しながら言ってやった。
痛いとこを突かれたことが、相当癪に障ったのだろう。男は怒りの唸り声を上げた。
やれやれ。これだから頭が悪い奴は嫌なんだ。
そんなことを思っていると、スーツの男は拳を上げた。あれは人を殴る前の動作だ。俺の経験則は瞬間で察知した。
拳はすぐに振り落とされた。俺は目をつぶりそうになった。しかし、そうはならなかった。
俺の不屈の精神のおかげなのが八割。残りの二割は、腕の振りがあまりにも遅かったからだ。
俺は呆気にとられすぎて避けるのを忘れてしまった。振り落とされた拳が顔面に当たった。全く痛くなかった。
どうやらこの時代の人間の運動能力は低いらしい。そして俺はこの時代からすると相当高い運動能力を備えているらしい。
「どうだぁ!! もう一発いくぞぉ!!」
目の前の男がまた拳を振り上げた。
やれやれ。効いてないことがわからないほど低脳なのか。
俺は、振り落とされる拳に合わせて、片腕を上げて防御してやった。
男は目を丸くした。
俺はすかさずにビンタしてやった。
断末魔のような奇声をあげて男は吹っ飛んでいった。男にぶつかった椅子やらテーブルやらが音を立てて倒れた。テーブルの上にあった書類が宙を舞った。
少しやり過ぎてしまったかもしれないが、俺に生意気な態度を取った罰だ。その時点で奴に人権はなかった。
「あんた、何もんだ?」
部屋の奥にあった扉が開き、中から顔が険しい男が現れた。もちろんそいつもスーツを着ていた。
「ふっ、名乗るものでもない」
「ウチの事務所を潰しに来たってわけじゃねーんだろ? 何しに来た?」
やれやれ。また、言わなくちゃならないのか。
「何度も言わせるな。金を借りにきた」
「金を借りにきた、か」
人相が悪いその男はここで一番偉いのだろう。他のスーツ男たちがかしこまっていた。
スーツを着た男の中から一人が前へ一歩進み出した。
「頭! この野郎三十万ペケも出せと言って聞かないんです」
「三十万!? ……ほう。そういうことか」
頭の男は俺のことをじろじろと観察してから口を開いた。
「お前の言いたいことは分かった。金を借りに来たっつー前置きはこの際無しにしようや。何が希望だ? いくら俺たちから引ったくろうと考えている?」
少しは話が通じると思ったが、失礼な奴だな。その物言いだとまるで俺が金を返さないみたいじゃないか。
「もうこれで何度目だ? 俺は金を借りに来ただけだ。さっさと三十万出せ。俺はお前らとの会話に疲れてきた」
「勘弁してくれねえか。ここにはそんな大金ねえよ。今日のところはこれで手打ちにしようや」
頭の男は金庫を開けると、硬貨がつまった袋を取り出して、全て俺の前に置いた。
「いくらだ?」
「機械は貸してやる。数えてみな」
珍妙な機械が差し出された。俺は少しイラついて強めに押し返した。ヤワな作りのようで機械は潰れてしまった。どうせ安物だったのだろう。
「俺は硬貨を数えられない。代わりにお前らが数えろ」
前の俺なら意地を張って知ったかぶりをしたかもしれない。しかし今は違う。この時代の硬貨なんて知らない。だから人に頼ることにした。
そんな俺の成長を前に、空気を読まない下っ端の男が声を荒げ始めた。
「ふざけんじゃねえぞ! 金を数えられねえはずがねえだろ!」
「丁度いい。お前が数えろ」
「は?」
顔を硬直させた下っ端に、下っ端の親分が頷くと、下っ端は渋々と数え始めた。
その後しばらく、俺は硬貨が数えられるのを見ていた。
黄色が一ペケ。
赤色が十ペケ。
青色が百ペケ。
俺は全て観察だけで覚えた。
しかし、男の数え方は遅かった。ちまちまと硬貨を出しては、電卓を進化させたような機器に入力していた。
気が長い俺も流石に痺れを切らして、口を出した。
「遅い。暗算でできないのか?」
「しょうがねえだろ。こんな大金機械なしでどうやって数えるんだよ!?」
「十枚ずつでまとめてから数えればいいだろう?」
「はっは! 機械を使った方が効率がいいに決まってんだろ!」
「なら、俺にやらせてみろ」
ひい、ふう、みい……。
「全部で五千八百ペケだな。ご苦労。俺が数えた方が早かった」
俺の数える速度があまりにも早過ぎたため、スーツの男たちは全員唖然としていた。
どうやらこの世界の住民は頭の方も劣っているようだ。俺は少し憐れみの気持ちも込めて頭を少し下げた。
頭を上げた時、硬貨を数えるのが遅い男が顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいた。
その肩を叩いて前に踏み出した頭の男は、俺が入ってきたドアを指差しながら言った。
「出口はそこだよ。今日のところはこれでおしまいだ。だが、次はそうにもいかない。もしまた金をせびりにするようなら、ウチの組の本部に通達するよ」
金をせびるも何も、ただ借りに来ただけなのだが、面倒臭いからこの話を切り上げよう。
俺は食事を求めて外に出た。