コールドスリープ
雉尾夢茂という名前だった気がした。ただその記憶が正しいという確証はなかった。
その壮年の男性は知り合いの伝手を頼りに、ある医者へ息子のコールドスリープを頼み込んだ。
コールドスリープ。人体を凍らせて肉体の劣化を防ぎ、止まった時の中で未来に移送する技術。本来は現在では治療できない人間を治療技術が確立された未来に送り届けるためのものだが、最近流行りの使い方は違った。
現在安楽死は法律で禁止されている。だからこそコールドスリープを施すことによって事実的殺害を可能とした。
技術の進歩によって冷凍した人体の保管には大して費用は掛からない。おかげで実質安楽死をさせるのに金はかからない上に、葬式代の削減、死にもしないから相続税も取られない貯金口座の設立といった良いところ尽くめだった。
医者はコールドスリープをしてくれとの頼みに二つ返事で承諾した。安い値段だった。
「やったな。これでやっと穀潰しから解放される!」
帰り際にドアの向こうから聞こえてきた声は患者の弟の声だろう。
イケメンではなかったが爽やかな男性だった。医者の眼の前に倒れている首が折れて危篤状態の患者とは大違いだった。
医者はささやかな幸せを迎えた一家の声を背後にコールドスリープの準備に取り掛かった。
それから数十年。その男は氷漬けのまま放って置かれた。そして他の患者たちと同じようにその時その時で、病院や受け持つ家族にたらい回しされて、ついに人体実験の被験体として使用されることになった。
事故として処分される実験失敗の患者が多い中、彼は幸運にも成功した。
砕けた首は治り、ひしゃげた肉体も整えられ、余分な脂肪も除かれて、持病は完治した。そして様々な超人的身体能力を加えられた。
しかし所詮は被験体。実験が全て済むと他の被験者とともに一斉処分された。
その頃になると法律の改正により、コールドスリープした人間を殺処分することが可能となっていた。
ところが彼はなんとも幸運だった。ずさんな管理のもと処分場に連れて行かれる最中、彼は氷漬けのまま装置とともにトラックから落下した。落ちた場所ごみ捨て場だった。
理論上電力が続く限り半永久に生きられる彼はそのままさらに数十年の時を装置で過ごした。
そして強力バッテリーが切れると、彼は覚醒した。
意外なことに人間が夢を見る時間は大して長くない。眠りが浅いときのみ人は夢を見る。
彼も例外ではなく、コールドスリープが醒めるにつれ夢を見始めた。
それは神が彼をこの時代に転生させるという夢だった。偶然というには出来すぎているほど彼の現状に適している夢だった。