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かま×なべ  作者: 涼御ヤミ
かま×なべ 1
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第一章『ネトゲ×邂逅』③

『……ということがあったわけよ』


 昼に帰宅し逸早くラプソにログインしていた悠間に俺は事の顛末(てんまつ)を説明した。

 時おり相槌を打つ悠間はラグビーでもするように激しく身体を動かしながら、


『華都にしてはやけにディテールの凝った話をするじゃないの』

『その言い方は信じてねえな?』

『いんや信じるよ。僕は実際にこの目で見たことはないけど、三年に神藤玲霞っていう超絶美人の先輩がいるって話を聞いたことがあるからね』

『相変わらず小耳に挟むのが早いな』

『僕の情報網を甘く見ない方がいいよ。と言っても、そのほとんどは中学時代同様机に伏せている時に入ってきた情報なんだけどさ』

『そりゃ信憑性(しんぴょうせい)の高い情報だな』


 ヒュンッ。ズガガガガン。ザシュンッ。

 響動めき立つ空間。というかMAP。

 なぜなら今は狩りの真っ最中だからだ。

 ここはワイバーン飛び交う竜の巣。

 経験値効率のいい高レベルにはもってこいの狩場で、その人気さゆえ普段滅多に空いちゃいないが悠間が確保してくれていた。俺はこのあと予定があるからとりあえずその時間まで。

 ステージMAP全体が丸く狩り効率はすこぶるいいが、その一方で安置は少ない。俺らクラスになるとチャットしながらの狩りも手慣れたもんなんだけどな。


『そういえば昼に渡したお金だけど』


 スカッ。

 悠間の言葉に手元が狂い、狩り損ねたワイバーンが一体悠間の元へ行く。


『当然華都は忘れたりして』光る拳でワイバーンの腹部をぶち抜き『ないよね?』

『当たり前だろ?』


 俺は杖先に魔方陣を展開すると、光の矢を上空から雨飛(うひ)させ同時に複数のワイバーンを貫いてみせた。今度は撃ち漏らさない。

 消滅する飛竜から札束と素材がドロップする。それを俺の横で尻尾を振る黒い犬のブラックベル(課金ペット)が走って取りに行く。

 流石(さすが)にそのまま自分の懐にしまうほど図太い神経は持ち合わせちゃいないっての。……まぁ忘れてたのは否定しねえけど。


『あ』


 唐突に悠間が声を上げる。


『どうした?』

『もうMP回復薬がきれそうだよ。華都は?』

『あー……俺もそんなに残ってないな。HP薬ならあるぞ?』

『HP薬なら僕も溢れてるって。というか全然使ってないし。いつも完璧なタイミングで華都が回復してくれるしね』

『それほどでもある』


 確かに俺は回復専門の聖魔だが――魔法使いから派生した鳳凰(ほうおう)が正式名称だ――今は回復のみならず攻撃にも特化している。伊達(だて)に三次職に就いちゃいねえさ。


『んじゃ狩り場は放棄して街に戻るか』

『そーだね。ああ、ちょっと待って』


 だしぬけに悠間がその場で動きを止める。その間、俺は周囲を浮遊するワイバーンを寸分違わぬ正確さで打ち落とした。()いで大量に向かってくるワイバーンのヘイトを稼ぎ貫通技で一気にぶち抜く。経験値もうまい。


『あと一分もしないうちにミレアちゃん一行が来るからそれまで待ってよ』


 待つこと一分、その言葉の通りミレアとその取り巻きの男二人がゲートを潜り現れた。

 このミレアという女は、チェックとストライプの組み合わさった青を基調としたトップスに、フリル系パニエというアイドルが着るような衣装に着飾っていた。場違い感が否めない。それから手にはリボン付きのマイクが握られていた。これがミレアの武器だ。歌で世界を平和にでもするつもりか?


『やっほー☆ ジャスティス君とカノンちゃん♪ 狩り場譲ってくれてぁりがとネw』


 見たところ今日も平常運転のようだ。無駄にテンションが高い。

 俺の隣ではアイドルを前にしたオタクのように元気に挨拶する悠間。無論今はジャスティスであって悠間じゃない。俺の前とは違い素を(さら)け出したりはしない。そしてそれは俺自身にも当て嵌まる。


『こんにちはミレア。前よりレベル上がってるみたいね』

『ぉかげさまでねーw ぃまから夜まで狩り頑張るよん☆』


 ミレアの周りでは金魚のフンみたいにくっ付く腰巾着が迫りくる敵を仕留めていた。

 その(かたわ)らで、悠間もまた同じように近付くモンスターをばったばったとなぎ倒していた。どう見ても同じ穴の(むじな)だ。五十歩百歩と言っても過言じゃない。


『それじゃ私達はもう行くから、あとはごゆっくりね』


 これ以上ここに長居する必要はないと俺はスキル《ホワイトゲート》を唱え、目の前に銀白色の門を作り出す。大きさ的には今は数が減りつつある電話ボックスくらい。


『あ? もう行くのか? じゃあなミレアちゃん! 俺様今度また会いに行くから!』

『ぅん! まったね~~~~♪』


 にっこり笑顔のミレアに、両手をブンブンと振り別れの意を表明する悠間。

 心の中じゃうっせぇなこいつと思われてるぞ、絶対。

 ミレアに別れを告げ、悠間と共に門を潜る。

 門の先には未知なる世界が――なーんてことはなく、眼下に広がっていたのは名家が建ち並ぶ街並み。白の街『オードブル』だ。

 名前の通り白を基調とした家屋や街路が中心で、ハロウィンのような格好をした俺達は間違いなく場違い。しかし指を鳴らすとあら不思議、一瞬にして私服姿にコンバートした。

 この服装チェンジの仕様物凄く便利なんだよなぁ。半年前に実装されたばかりなのが惜しい。もっと早く考え付いてくれよな運営。

 実際には指パッチンじゃなくてクリック一つで済むのだが、まぁそれはさておき、俺達は人の来なさそうな空地へと場所を移した。集合時間までもう少し時間もある。


『メルトは今日も来てないみたいだね』


 三つ重なった土管に腰掛けながら悠間が何の気なしに呟いた。

 そうなのだ。OFF会を持ち掛けられて以降、まるで鳴りを潜めるかのようにメルトがログインした様子はない。まさか現実(リアル)で会うまでログインしないつもりなのか?


『そういや華都、引退するって言うんならこの前貰った魔王神の杖はどうすんの?』


 まさかリアルマネーにでもするつもりなのかという問いに、まさかと俺はあっけらかんに答える。


『これはメルトから貰った大切な装備だぞ。いくら引退するからって、それを俺が人に渡したり売っぱらったりするわけないだろ。少しは考えて物を言え』

『ごめんごめん。確かにそーだよね。僕も悪気があって()いたわけじゃないんだ。ただ少し気になったというかさ』

『悠間らしいな。ま、先の通り売ったりあげたりなんて真似はしない。ただ強化はする』

『へ? 強化すんの? 使うオーブは?』

『無論闇玉』

『……華都は大切っていう言葉の意味を確実に()き違えてるよね』


 目を糸のように細め苦笑する悠間だが、もう決めたことだからな。今更止めたりはしない。

 一応説明しておくと、何も手を付けていない装備のことを未強化品と言って(公式が名付けたわけじゃない)、どの装備も一律に三回まで強化が可能となっている。

 その未強化品を強化するために必要なのが強化用オーブと呼ばれるアイテムだ。こいつには成功率が存在し、無事成功するとその成功率に見合った能力が向上するという仕組み。

 但し今から俺が使おうとしてるのは失敗したら即闇に(ほうむ)られる闇の強化用オーブ。通称闇玉(反対は光玉)。それも成功率十%で、九十%の確立で闇と化す危険極まりない代物だ。闇と化すとは文字通り消滅を意味する。二度と戻ってくることのないワンチャンス。

 基本リスクの方が高すぎて消えても痛くない装備でやるのがセオリーだが、たまにこういうのに挑戦するバカもいるというわけだ。この場合俺のことだけどな。

 そのことを目の前にいる悠間に伝えると、


『えっ、冗談だろ? 魔王神の杖を闇十で三回も強化って、どう考えても正気の沙汰(さた)じゃないって! 頭おかしいよ華都。まぁでも、そこに痺れるし憧れるんだけどね!』


 憧れんでいい。つうか頭おかしいとか喧嘩売ってんのかテメー。

 俺は慣れた手付きでマウスを手繰(たぐ)るとアイテム欄から闇玉を選択した。

 ただもし全部成功した(あかつき)には昼に渡した千円上げてもいいよという悠間の声が聞こえてくる。

 俄然(がぜん)やる気になってきたぜ……!

 俺のマウスを持つ手が震える。俺自身柄にもなく緊張しているようだ。そりゃもし闇ったら一瞬にして三百Mがおしゃかだからな。緊張しないわけがない。

 ごくり唾を飲み込みながら闇玉をスライドし魔王神へ。ドラッグ&ドロップの要領。……離す。

 その瞬間、俺の頭上に無色透明のオーブが浮かび上がり金色になる演出が入った。

 やったねたえちゃん! 強化成功だよ! おいやめろ。


『おいおい、マジで成功しちゃったよ……』


 どうやら本当に成功するとは思ってなかったようで、たまたま応募した納豆一ヶ月分が当たってしまった時のような複雑な表情を浮かべる悠間。

 ラプソの凄いところの一つ、表情の変化が細かくできる。まぁ、うん、そんだけ。

 とにかく一回目は成功した。この時点で三百Mから一Gは堅い。因みに三百Mってのは現実でいうところの三億のことで、一Gは十億リアだ。リアってのはラプソ内での通貨な。


『よし、そんじゃあテンポよくいこう。二度目の挑戦っておわっ!?』


 ドラドロしようとした矢先、土管からバッと飛び降りた悠間がいきなり抱き付いてきた。おいこら、いくらラプソの世界だからって気持ち悪いぞ。性別的にもセクハラもいいとこだ。


『ここで止めときなって! 絶対に後悔するから!』

『何言ってんだ。ここまできたら勝負する他ないだろ』

『だからその短絡的な思考が駄目なんだって。これ以上やらないに越したことはないよ』


 悠間の奴、今回に限ってやけに食い下がるな。何かやられると不都合なことでもあんのか?


『失敗したら元の木阿弥(もくあみ)、いや元も子もないというのが正しい! だからおとなしく購入希望者を探そう。僕の知り合いに欲しい人がいると思うからさ。その代わりと言ってはなんだけど、仲介手数料と祝い金は弾んでくれよな』


 ぐへへへと締まりのない顔付き。初めからそれが狙いか。こいつも大概(たいがい)現金だな。俺も悠間のことは言えないが。

 つーか売らないっつったろ。

 すり寄る悠間を足蹴りにした俺はこいつの言うことを無視してオーブ発動。その様子を見取った悠間が一瞬にしてくずおれるが――安心しろ。これまたものの見事に成功だ。


『えっ? うそ、また成功!? あなたが神か……』

『神じゃねえけど、流石の俺でも驚きを隠せないな。マジですげえぜこりゃ』


 この瞬間、相場も一GからニGに跳ね上がったに相違ない。


『この流れを断ち切らないためにも、三回目……やるぞ』


 ここまできたら止めるという選択肢は俺にはない。意気軒昂(いきけんこう)と奮い立つ俺がオーブを使おうとするも悠間にこれといった動きはない。


『今度は止めないのか?』

『まぁね。ここまできたら止める方が野暮ってもんさ。むしろ興奮冷めやらぬままいっちゃってくれよ』

『そいつは正論だな』


 悠間に後押しされたからじゃないが、俺はカチッとマウスをクリック。例によってオーブが宙に舞い、さぁどっちに変化する。

 無色透明のオーブは光る演出から一転、金色に眩しい輝きを放つ。

 つまりは――成功だ。


『《すっげええええええええええええええええええええええええ》』


 突如ワールド全体に悠間の声が響き渡る。

 一部始終を見届けていた悠間が全体用課金アイテム『スピーカー』を使ったらしい。

 んなことでいちいち叫ぶなよ。大げさな奴。いや、今回ばかりは叫ぶくらい大目に見てやるか。

 ややあって、


『《騒々しいでござるよジャスティス殿》』

『《ジャスにゃんはいっつも元気にゃあねえ》』

『《ぇっ、なになに? ジャスティス君どぉしたの??》』


 上から順に俺達のフレンド、忍者の凛之助、猫口調の猫まんまさん、先ほど別れたばかりのミレア(つうか狩りの最中だろお前)だ。みんな個性豊かなキャラクター。

 悠間も悠間でラプソではお調子者としていじられキャラを確立している。それがいいか悪いかと問われれば、まぁ無個性なんかよりよっぽどいいだろうな。


『こんなすぐ叫び返すってことは、揃いも揃ってみんな暇してんのかな』


 けらけらと笑う悠間に、俺は懐からブーメランを取り出し投げる。


『あいたっ!』


 顔面にクリーンヒットしノックバックする悠間。街中だからダメージはない。


『急に何てことすんだよ!』

『またブーメラン全開な発言してたからつい』

『だからって投げる必要ないよねっ!?』


 全く華都は……とぶつくさ言いつつ、すぐにけろりとした顔で俺に近付く。


『ねえねえ、取ったりしないから僕に強化した杖見せてよ』


 俺は少しだけ考えるフリをしてから、装備欄を開き魔王神の杖を見せる。するとまたしても悠間が感嘆の声を漏らした。


『うっわ。今現在実装されてるの含め、間違いなく魔法使い最強武器だよこれ。神器にも匹敵するポテンシャル秘めてるし。金額的には三G以上するだろうけど、逆にその金額持ってる人を探す方が難しいかもね』

『だろうな。ま、端から売る気なんざないが、一応メルトがインしたら報告しとくか』

『闇玉使ったことを(とが)められなきゃいいけどねー』

『メルトはそんなに心の狭いやつじゃない』

『まぁ僕もそう思うよ。メルトは……ん? 華都、ここに表示されてる覚醒って何?』

『覚醒? なんだそりゃ』


 説明文の下の方、そこには☆のマークの後に悠間の言う《覚醒》の文字が付け加えれられていた。三年半もラプソやってんのに見たことないぞこんなの。

 二人して首を傾げ、最後はまぁいいやと魔法の言葉。堂々巡りに終止符を打つ。

 いくら考えたって分からんものは分からん。それでも分かるって言い張る奴がいたら知ったかぶりもいいとこだ。

 俺は武器を袋にしまいその場から(きびす)を返す。


『どこ行くの?』

『師匠んとこ』

『師匠? …...なるほどねえ』


 何も言ってないのに勝手に納得された。

 おそらく引退の件を伝えにいくと察したんだろうが、(あなが)ち間違っちゃいないな。


『僕もちょうどアルパカルパ沸いたから来ないかにゃって猫さんに誘われたから行ってくるよ』

『おう』


 片手を上げると、一瞬にして悠間が俺の視界から掻き消える。きっと移動用オーブでも使ったんだろう。

 さて、俺も師匠んとこに行くとするか。

 師匠――ラプソ内での俺の師匠にあたり、プレイヤー名は【秋ぇる】。俺と同じ魔法使い派生の鳳凰(ほうおう)で、色々な意味で俺よりもレベルが高い。

 秋ぇるさんが俺の師匠になるキッカケとなったエピソードがある。

 あれはまだメルトと俺が初心者だった頃、ラプソを始めて日も浅く、レベリングのために一時間近い時間をかけてようやく人気の狩場を見つけた時のことだ。

 狩りを始めて早々に、高LVのプレイヤーがいきなり乱入、横殴りをしてきやがった。

 まだまだLVの低い俺達、メルトは接近戦が主力の戦士だが、まだまだ技術(スキル)も少なく広範囲系の持ち技が皆無(かいむ)。そして俺は魔法使いのサポート専門だから、決め手になるようなものが何一つとしてなかった。お互い立ち回りも(つたな)く初心者のそれに当たり、当然高LVのプレイヤーに敵うはずもなく、なす(すべ)もなく狩りを妨害されるばかり。

 そうして困り果てていた時だ。俺達の前に天使、いや女神のようなお方が現れたのは。


『どこかお困りのご様子みたいね、あなた達』


 二人して横止めてと叫んでいたのを見兼ねてか、たまたま通り掛かったであろう足を止めて、そんな言葉を投げ掛けてくれた。あの時のことは今でも覚えてる。そして横被害を受けていることを手短に説明すると、


『ふんふん。なるほどね。この一件、私がなんとかしてみましょう』


 言うが早いか、一瞬で横殴りするプレイヤーの背後に迫ると、まるで行動を先読みしているかのように横殴りプレイヤーよりも先に沸いて出るモンスターを一撃で沈めていく。

 威力は膨大、攻撃魔法範囲も広く一瞬にして蹴散(けち)らされるモンスター。狩る標的を失った横プレイヤーは最後に暴言を吐いてこの場を去っていった。この瞬間、執拗(しつよう)な横プレイヤーに完全勝利したのだ。全くカッコよすぎるぜ秋ぇるさん! その時だ。俺がこの人の弟子になろうと思ったのは。

 秋ぇるさんに近付き感謝していることを伝えると、「お安い御用よ」と言ってその後会話も弾みグループまで組んでもらい、さらにはレベル上げの手伝いもしてくれるなど色々とお世話もしてくれて――これは後で分かったことだが、師匠はその時点でレベルランキング十位以内に名前を連ねるほどの凄腕プレイヤーだったんだ。まぁ今でもそうってのが凄いんだけどな。

 それほどまでに有名な人が俺とメルトに親身になって接してくれて、二次転職後、治癒術師(ヒーラー)の効率的な狩りの方法や立ち回りを俺に指南してくれた。

 そして今では無事師弟関係を築き上げ、この人は信頼出来ると確信し現実(リアル)のことで幾度となく相談を持ち掛けていた。本当は男であることをメルトに打ち明けようとしているのですが……と、それはタイムリーすぎる内容ばかり。

 ちょうど今日はそのことで、俺は師匠とネトゲ内で出会う約束を取り付けていた。


 場所は天空都市『アルカイブ』の南に位置する空中庭園。

 集合時間は、午後三時。


 移動手段として《ホワイトゲート》のスキルを持ち合わせちゃいるが、決して万能というわけじゃない。あれは狩りMAPから街に移動することしか出来ず場所を指定するのは適わない。それでも便利スキルであることには変わりないが。

 悠間に(なら)い俺はアイテム欄から移動用オーブを選択し激しくマウスを指弾した。

 すると神々しい光が俺の身体を包み込み、(かす)れるような音とともに白の街から俺の姿が消失した。

 瞬きを三回くらい挟んだところで、まるで真夏の海のような青色が俺の視界に飛び込んできた。

 抜けるような空に、ふかふかなわたあめ雲。

 先ほどとは打って変わって心安らぐようなBGMに聞き入っていると、見覚えのある名前で話し掛けてくる女性が一人。


『こんにちはカノン。お元気だったかしら』

『どうも師匠。どうにかこうにか元気ではあります』

『フフ、それはよかったわ』


 高級感溢れる背もたれ付き鉄椅子に腰掛け、格調高い白のラウンドテーブルに肘をつき優雅に(たたず)む女性、秋ぇるさんがそこにいた。

 フリルブラウスにフレアスカートというまるで本物のお嬢様みたいな私服アバターに身を包んだ師匠は、雅趣(がしゅ)にも俺に会釈した。今日も一段とお美しい。


『早速だけどカノン、メルトのこと知らない? 最近あまり見ないようだけれど』

『知らない、というと嘘になるかもしれませんね。それが本当の理由かどうかは分かりませんが』

『どういうこと?』

『詳しいことは今から話しますけど……驚かないでくださいね?』


 前口上も終わり、現実(リアル)での俺は一度大きく息を吸い込み、ゆっくりと(つむ)ぐべき文字を入力していく。そして、


『メルトと……現実(リアル)で会う事になりました』


 未だ打ち込むことさえ躊躇(ためら)われるその内容を、しかし俺は正確に打ち込んだ。エンターキーを押した人差し指はまるで感覚を失ったように麻痺して、束の間の沈黙が訪れたのち、『……そう』と師匠の反応は、こう言ってはなんだが意外とそっけないものだった。


『いつ会う約束を取り付けたの?』

『えっと、大体三日くらい前に。現実(リアル)で会うのは今週の日曜の予定です』

『今週の日曜日、ね。……現実でということは、既にメルトにはあの事を打ち明けたの?』


 打ち明けた――この場において謎めく発言をする師匠は続けて、


『あなた自身が男であるという事実を』


 ……まぁ、そのことしかないよな。

 ラプソ内での俺の事情(ネカマ)を知る者は、悠間を除いてはこの人だけだ。というか俺がネカマであることを初めて見破った人でもある。まぁその話はまた追々語るとして。


『いえ、明かしてはいません。むしろ約束の日まで明かすつもりもありません。だって……』


 と、そこで俺は打ち込む手を止め、目を閉じた。目を閉じている時の方が、何分考えがまとまりやすいからな。俺だけかもしれないけど。

 一心拍の間が空いて、やおら目を開けた俺は、ようやくキーボードの上で指を滑らせた。入力する時の音は、けたたましく鳴るモーター音に掻き消されていく。


『ネトゲでそれを打ち明けるのは、なんていうか卑怯だと思うから。ただ逃げ腰になってるだけだと思うから。だからこそ俺はメルトに直接会って謝ろうと思います。三年半以上騙し続けてきたことが簡単に許されるなんて思ってはいませんが、それでも、俺は結果を真摯(しんし)に受け止め、謝り続けるつもりです』


 打ち込んだ。打ち込み終わった。

 メルトに対する、俺の想い。その全てを。

 今までの俺は流されるままに行動してきた節がある。メルトに現実(リアル)で会ってほしいと言われてから、少しばかり心ここにあらずという有り様だったし、本当は何がしたいのか、かなり曖昧(あいまい)ですらあった。だけど今日、師匠に本心を伝えることで、俺に(まと)わり付いていた(きり)はどうやら完全に晴れたみたいだ。


『……良かった』


 師匠の顔から笑みが零れる。正しくそれは眩い太陽そのもの。


『きっとカノンのことだから、これからどうしようってほとほと困っているんじゃないかって、ずっと心配していたの。でも、どうやらそれは私の杞憂(きゆう)だったみたいね。少し過保護すぎたのかしら』

『いえそんな。確かに最初はものすっごく悩んでましたけど、師匠に話せたからこそ、気が楽になったんです。本当にありがとうございました』

『いえいえ、どういたしまして』


 少しでもお役に立てたのなら光栄だわ、と師匠は手元の紅茶を(たしな)み、


『それから、これは私個人からの助言のようなものなのだけれど。今後、何があっても逃げては駄目。メルトと現実(リアル)で会うことで、身の回りで様々な変化があると思うけど、決して目を背けないようにして。辛い現実を受け入れるの。……うん。私からは、これくらいかな。こう言っておいて無責任なようだけれど、あまり気負い過ぎないようにね』

『はい。ほんと、何だろう。あまりうまく言えないですけど、物凄く感動しました』


 実際、現実(リアル)の俺は少し泣きそうだ。真面目に俺の心を打ったぜ今のは。


『もうっカノンったらいちいち大げさなんだから。……さてと、少し短いけれど私はこれで落ちるわ』

『はい。わざわざ手間を取らせてすみませんでした。それから、今日は話を聞いてくれた上に助言までしてくれて、本当に感謝しています』

『いえいえ。……だけど、最後にこれだけは言わせてね』


 ログアウトする直前、何台ものスポットライトを一斉に向けられたかのように煌々(こうこう)とした光に包まれた師匠は、カノンではなく、まるでディスプレイの前の俺に直接言い聞かせるように、


『むしろこれからが大変だと思うから、それでも挫けず頑張って』


 と。




          ♀ × ♂        




 後日談に近い報告をしよう。


 今回学校で起きた暴力事件の主犯格である少女だが、名前を神宮寺(じんぐうじ)(るな)といって、実は俺や悠間と同じ新入生、加えて俺と同じクラスだということが判明した。

 自己紹介の時に空席があるなと俺自身気に留めちゃいたが、まさかピンポイントでその席だとは思わなかった。偶然にしたって中々にたちが悪い。

 入学式にすら参加しなかったり高校に進学して早々不登校になったり三年の教室に殴り込みを仕掛けたりとトンデモエピソードの尽きない神宮寺月。

 普通にリア充を目指す俺としてはまず関わりたくないタイプの人間だ。にも関わらず直接的な関わりを持っちまったのは不幸としか言いようがない。いくら可愛いからって性格に難があったら意味ないっての。

 さて次はもう一人の当事者である神藤先輩についてだが、この人に至っても神宮寺と引けをとらないエピソードを持ち合わせているようで、せっかくの機会だ。それについても語ろうと思う。

 まずフルネームは神藤(しんどう)玲霞(れいか)

 三年前の特待生であると同時になんと前期生徒会長らしい。

 そんな名前の通り神童とも置換できる輝かしい経歴を持つ先輩は、三年前と聞いてピンときたかもしれないが、どういうわけか今年留年しているらしい。理由としては単純で、生徒会を引退してからというもの後期のほとんどを無断欠席して、そのせいで出席日数が足りず留年を余儀(よぎ)なくされたのだという。

 至極真面目で優等生である神藤先輩の身に一体何が起きたというのか。未だ理由は不明なまま、つまり俺なんかが知る(よし)もない。

 今回のことは、偶然にも弁当を忘れた悠間に頼まれ、購買部を目指し、結果足を止め乱闘に巻き込まれ被害の当事者となってしまった俺の運が乏しかったという説明だけで片が付く。

 総じて不幸体質というほどのものでもないが、未だに幸運と巡り合わせていないのもまた事実なわけだし。まぁ臨時収入として千円が手に入ったのが今の俺には一番の朗報だ。今週の日曜に行くネカフェの足しにでもしよう。



 そしてそれから幾日かが経過し、その間にメルトはラプソに一度もログインしないもんだから俺もそれに(なら)うようにプレイする回数を控えて何事もなく時間だけが過ぎ去り――




 日曜日が訪れた。



誤字脱字、感想などあればお気軽にどうぞ。

次回、ようやく大きな進展を見せます。

次回七日~十日以内に投稿予定。

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