第一章『ネトゲ×邂逅』①
「はぁ、帰ってラプソやりたい」
昼休み。春暖の候が如実にも感じられる春爛漫の季節。
場所は私立南條高校の四階にして一年A組の教室。
目の前には中学からの悪友、内越悠間が椅子を跨いで反対に座り、値踏みするような目付きでしげしげと俺を見ていた。
「はぁ、帰ってラプソやりたい」
「いや二回言わなくても聞こえてるからね」
眉根を寄せ呆れたような面持ちで的確な突っ込みを入れられた。
大仰な身振りで背中を逸らし、椅子をガタンガタン揺らしている。
「そんなにやりたいならさあ、バックレればいーじゃん。どうせ午後からは委員会とか決めるだけなんだし」
「そんな不良みたいな真似この俺がするわけないだろ」
「遅刻の常習犯に言われても説得力に欠けるだけだって」
「高校ではまだ一度しかしてねえよ。しかも特大ブーメランだぞ、それ」
「違いない」
俺は肩を竦めるポーズを取りまたしても脱力したようにだらんと椅子に身体を預ける。今日は風がなくて暑いな。何だか眠くなってくる。
俺は頬杖をつき窓の外に目を向けながら、
「悠間」
「なに?」
「俺、ラプソ引退するわ」
俺の一世一代の告白に、中学からの顔馴染みは特に驚いた様子もなく平静そのもので、
「さっきラプソやりたいって言ってた奴の台詞とはとても思えないねえ」
またしても的確な突っ込みだ。こいつの突っ込みにはいつも正論が含まれている。
「それで、その結論に至った心は?」
「いやお前、二週間前にもこれと同じ話したぞ」
「あれ? そだっけ?」
ポリポリと頭頂部を掻く仕草。完全に忘れてやがるなこいつ。
「理由は色々あっけど、一番の理由はリア充になりたいからだな、やっぱり」
「そういえばそんなこと言ってたような……言ってたっけ?」
「言ったわボケ。それに、あん時のお前は必死だったんだぜ? 辞めるなんて言うなよ! お前が辞めちまったら、僕は……僕はっ! ……てな感じに。こう涙ぐみながら」
「え、マジかよそれ。……ごめん。やっぱり思い出せないや。これじゃ僕、お前の親友として失格だよな」
「あ、悪い。それ嘘」
「嘘っ!? 今嘘って言った!?」
本場の外国人ばりに両手を広げオーバーな反応を見せる悠間。一日に一回はこんなやりとりしてる気がする。ノリがいいのか悪いのか、いい加減俺の嘘に騙されんなよな。
冗談の通じない友人を馬を宥める要領でどうどうと宥めすかしてから、次いで俺は天を仰ぐ。まるで神にでもなったように。
「この世に生を享けてから早十五年! この歳にもなって彼女どころか女子の知り合いすらいないのは誠に遺憾、いかんともしがたい。由々しき事態にもほどがあるっ!」
「それ僕のことも遠回しにディスってない? まぁ三次元になんて毛ほども興味ないから別にいいんだけどね。僕にはミレアちゃんがいればそれで十分だよ」
ミレアというのはランキングにこそ載っていないもののフレンド内のアイドル的存在、とっても可愛い女の子だ。少なからずキャラが被っているため俺の商売敵でもある。
「どうせネカマだろうから肩入れしすぎない方がいいぞ。のちの精神的ショックも少ない」
「なんてこと言うのさっ!?」
ミレアに首ったけな悠間。小文字を多様したり☆や♪を乱用したりとなんとなく一世代前の女子高生を彷彿とさせる。そんなこともあり俺は勝手にネカマだと思ってる。現役ネカマプレイヤーの俺が言うんだから間違いない。何なら百万賭けたっていいぜ。ラプソでだけどな。
因みに、話を聞いていたら分かると思うが悠間もラプソをやっていて、キャラ名は【ジャスティス】。ネトゲ歴が二年半と俺より少し浅いくらい。
「それでさ、メルトにも打ち明けることにしたんだよ」
「引退するって?」
「ああ」
とりあえずOFF会の件は悠間には伏せておくことにする。悠間の口は思った以上に軽いことを俺は知ってる。そもそもの話、俺以外に話す相手もいないだろうけど。
――結局のところ、メルトからの提案に俺は『はい』と返事をしてしまった。
別に会って話すくらいなら俺だってやぶさかじゃない。ただまぁなんつうか俺の場合、事情が事情なだけにそんなあっさり返事をするべきじゃなかった。相手がネカマであることを知ってるならともかく、メルトは俺のことを未だに女だと思ってるからな。後悔先に立たずと自分に言い聞かせるくらいしか今の俺には出来ねえのさ。
だとしても、と割り切る方向に俺は考えをシフトする。
OFF会をするなんて後にも先にもこの一回きりだろうし、ならばいっそ現実で会って俺が本当は男であるという事実、ラプソを引退する思いの丈をメルトに思いっきりぶつけてやろうと思ったわけだ。つまりは開き直りな、うん。
これがもう二日前の話になる。二日前といったら南條高校の入学式が執り行われた日だ。日が経つのって思いの外早かったんだな。二十歳を超えた大人の気分。
「まぁ当然だよね。メルトと一番付き合い長いんだし。それよりも僕はショックで立ち直れなくならないか心配だよ」
「いくらメルトでもそこまでは……ないとも言い切れないか、メルトだし」
「だよねえ」
二人して神妙な面持ちで頷き合う。阿吽の呼吸とは正にこのこと。
「ところで華都は飯どうすんの? 自前? 食堂?」
「絶食」
「ああ、いつものパターンね。また僕の弁当でいい?」
「おう、いつも悪いな」
「まぁいいさ。なんたって僕と華都の仲でもあるしね。あーんすることにも抵抗はないよ」
「人様が聞いたら誤解するような発言はよせっ!」
いや冷静に考えてみてもリアルに同じ釜の飯を食う仲だからほんと今更か。
自席から持ってきた通学鞄を開け悠間が弁当箱を取り出そうとする。
別に俺は昼飯代を貰えてないわけじゃない。
ただ貰った金は金策に歩くという名目で自室にあるリア充用貯金箱に毎度納めてるんだ。いきなり女友達ができたり彼女ができた時に軍資金がなくて困らなくてもいいようにな。俺の腹の具合と未来の彼女を天秤に掛けたら圧倒的な差で彼女の方に傾くのはそれこそ火を見るよりも明らかだろう。
俺が思案に暮れていると「あれ、ない」と周章狼狽する悠間。鞄の中の荷物を片っ端から机に並べるもそこに弁当と思しき箱は見当たらない。
代わりに俺は無造作に置かれた一万と書かれたカードを手に取った。ひっくり返すと右上には小さくアルファベットと数字で構成された十六桁の文字。即刻理解する。
まーた課金しやがったのか。このブルジョアめ。
「ごめん華都。弁当家に置いてきちゃったみたいだ」
「教科書やノートは忘れても弁当は欠かさず持ってくるお前にしては珍しいな」
「うぅ、きっとここ最近の寝不足が祟ったのかも。プレミだよプレミ。食べたらそっこー帰るつもりだったのにさぁ」
お前がバックレるつもりだったんかい。
「つーわけで、華都おつかい頼まれてくんない? 購買部まで」
「はあ? なんで俺がそんな面倒なことしなくちゃなんねえんだ」
「まぁそう言わずにさ。お釣りで好きなだけパン買ってもいいから」
「ったくしょうがねえな。ほら金出せ、買ってきてやるから」
間髪を容れず悠間に向かって手のひらを差し出す。そんな俺を見取り手のひらくるくるだなぁと呟く悠間のことは気にも留めず席を立ち屈伸運動を始める。文字通り現金な奴という自覚くらいはある。ラプソやってるといやでも合理主義な性格になるからな。
悠間は顔色一つ変えることなく財布から千円を抜き取り俺に手渡した。受け取った千円を俺はポケットに捻り込む。
まったく、金に糸目を付けない悠間はいずれ身を滅ぼすぞ。かく言う俺も中学時代はばんばんラプソにつぎ込んでたから人のことは言えない。
「そういや悠間。いつもの決め台詞忘れてるぞ」
「えっ? 決め台詞?」
「ほらいつもなら、釣りはいらないぜって俺に流し目くれたろ」
「ん、おっとそういえばそうだったね。……フッ。釣りはいらねぇから、取っときな」
「マジで? サンキュー。やっぱり持つべきものは友達だな!」
「いいってことよ、ってそんなの一言も言ったことないよ!?」
「ハッハッハ、冗談だよじょーだん。真に受けんなよな」
「とても冗談を言ってるようには見えなかったけど……」
胡乱な目付きを向ける悠間が食傷気味に独りごつ。脚色までしてノリノリだったくせに、よく言うぜ。
いずれにせよ、これで今日の昼は安泰だ。正しく悠間様様だな。
ページ数が多いため、きりのいいところで区切っています。
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次回一週間以内に投稿予定。






