神の視点のプロローグ
本作は約七年前に小説家になろうに投稿した作品をリメイクし、さらに改稿加えよりよくしたものとなります。
MF文庫J二次選考落選。
ファンタジア大賞一次選考通過。
自然から生み出された幽玄にも似た大樹の内部。
まるで苗床のような若菜が芽を吹く空間は、どこか胎内にいるかのような温もりを宿し、憩いの地としての役割を十二分に果たしていた。
四方で絡み合う蔦が暗幕として下まで棚引き、目に優しく映る苔が行燈のような淡い光を灯し、暗に螺旋階段の形状を生成している。
――そこは六つの国からなる《ラプソディ・ワールド》の中心に峙つ世界樹の階梯。
広くもないが決して狭いとも言い難いその区間には等間隔に四人の人間が佇んでいた。
「……お前ら、準備はいいか?」
ところどころ先鋭された見るからに厳めしい鎧を纏った男、メルトが座り込んだまま一同を見回し確認を取る。
「大丈夫」こくん。と肯定の意を頷きで示すカノン。
少女の身形は白と黒で構成された至ってシンプルなタイプの修道服で、柔和な眼差しを絶え間なくメルトに向けていた。
その傍らでまるで闇と同化したように鳴りを潜める細身の男が一人。
「拙者は問題ないでござるよ」
忍、と一言呟いて、胸の前で腕を組む東雲凛之助の恰好はまるで現代に蘇りし忍者そのものだと言えた。暗闇に溶け込んでしまってはとても視認出来そうにない。
「俺様もいつでも行けるぜ、メルト」
これまたにかっと豪快に破顔してみせ、歯並びのいい白を見せる背丈の高い男、ジャスティスが自慢の筋肉を披露しながらのたまった。
恰好としては竜の鱗からなる袖なし上衣に足先まである下衣の武道着を身に着け、心なしか小刻みに身体を震わせている。鳥肌が立っているのはつまりはそういうことか。
「……大丈夫なようだな」
多彩な顔ぶれを認め、メルトは目を閉じたまま、やおらその場から立ち上がる。
それに伴い他の三人もメルトに連動するかのように後へと続く。
「よし、行くぞ!」
先頭に立つメルトの掛け声に合わせて、足並み揃えて草根に一歩を繰り出した。
――足を踏み込んだ瞬間、皆一様に妙な静けさを感じ取っていた。
鬱蒼と生い茂る木々の合間を縫った先の開けた空間。
空閑地の天辺は、大樹から派生したであろう枝がしなりを帯びて絡み合い、煤けたような色合いをした内面を茶褐色に埋め尽くしていた。
加えてそこは消燈でもしたように仄暗く、先ほどまで居た神秘的な空間とは一変して、重苦しい雰囲気を醸し出してはなんとなく気味が悪い。
「しっかし寒いよな、ここ」
先刻から寒々と身体を震わせていたジャスティスが、曝した両腕を擦りながら猫のように体躯を丸め独りごちた。いくら鋼のように鍛え上げた肉体といえど凍える冷気の前では形無しのようだ。
ジャスティスの言う通り、まるでそこは極寒の大地にいるようだった。
寒冷前線の真っ只中に立たされてもここまで冷気の猛々(たけだけ)しいものではないだろう。肌寒いというレベルは当に超え、身も凍るようなそぞろ寒さがそこにはあった。
「う~、マジでさみぃ。このままじゃリアルに凍死しちまいそうだぜ。こりゃもうアレだ。俺様の色々なところがカッチカチだ。いやどこがってのは、言わずもがなだろ?」
踏鞴を踏むが如く足踏みを始めるジャスティスに、皆が一斉に口を開く。
「ジャスティスよ。あまり言いたくはないが、この場での露骨な下ネタは流石に控えた方がいいだろう。私情を挟むわけではなく、あくまで倫理観に則っての話だ」
「うわぁ……最悪。私、これにはちょっと引いちゃうかも。いや既にドン引いてるけど」
「呉越同舟、おなごがいるにも拘らず下卑た苦言を呈すでござるか。固より俗物な輩と認知しておったが、今まで以上に見損なったでござるよ」
「お、お前ら、そんな目で俺様を見ていやがったのか……」
三者三様に容赦ない罵声を浴びせかける一同。
さしものジャスティスも情け無用のシュプレヒコールに加え侮蔑の眼差しを集中して向けられてはのっぴきならないのか――キレた。
「オメーらは俺様にけんけもろろろすぎんだよ! 嘘でもいいから少しは労りやがれ!」
「それを言うならけんもほろろだ。かてて加えて使い所も微妙に間違っているぞ」
「だーっ! うるせーっ!」
癇癪を起こす子供みたいにくそうくそうと地団駄を踏むジャスティスではあるが、常にポジティブを心掛けているお陰か無理矢理にでも落ち目を払拭。何とも下品に股間を指差し、
「俺様の息子がカチンコチンコ!!」
――そしてこの一言である。
「……しかしながら、先程から魔物の姿が視認できないのはどういった了簡だろうか。俺の感知能力をもってしても敵の居所が掴めん」
「私の方も探ってはいるけど、一向にヒットしないよ。一体どこにいるんだろ」
「ふむ、やはりここは専門的分野に特化した凛之助の助けを仰ぐか」
「言われずともお主の事は既に先見しておる。これでも拙者は救恤を生業に致し候」
「そうか、流石は凛之助だな」
「ほんと心強いよね!」
「なに、この程度造作もないでござる」
「……」
全員からものの見事にスルーされた何とも不憫なジャスティスのことはさておいて、緊張感みなぎるメルトとカノンが見守る中、右手の人差し指と中指以外を折り曲げて口の前で構える凛之助は、
「東雲流忍術――《生命探知》」
発声すると同時に、凛之助の指先からとても眩い光芒が放たれた。
それは傍目に光明で一直線に上まで伸びると瞬く間に天辺に到達。まるで打ち上げ花火のように数秒間淡い光を散らし、そのまま雲散霧消した。
そして黙って目を瞑る凛之助はスッと正面を指差すと、
「あの場所にて鎮座ましましておるでござる」
「あの場? ……なるほど、結界か。少々厄介だな。……ジャスティス!」
メルトからの名指しを受け「何だ?」と見返り、
「お前の拳が勇躍する時がきたぞ」
「ハッ、ようやく俺様の出番ってか。ったく待ち兼ねたぜ!」
「こればかりは個々の力量でもあるが、なかんずくお前が適役だと判断した。任務内容はあくまで端的」
グッと握りこぶしを作るとメルトは薄く笑ってみせ、
「ブン殴ってこい!」
「メルトにしては分かりやすい表現をどうも!」
メルトからの指示を受けるや、足で地面を抉り、並外れた瞬発力をもってして凛之助が指差した方向へ跳んだ。そして、
「――今だッ!」
後方にて仁王立ち構えるメルトの声を耳にし、その頃合いを見計らっていたかのように右腕を手前に引いたのち、思い切った咆哮を上げるジャスティス。
「うぉらああああああああああァァ――――っ!」
前のめりになりながら拳を突き出した先、そこには今まで目視することの出来なかった燦然とした輝きを放つ氷壁が立ちはだかっていた。
ジャスティスの拳による物理的衝撃により、かくして幾重にも重なる氷壁に亀裂が入る。が、当然その程度のクレバスを残したくらいでは粉砕するには至らない。
「チィッ! やっぱり今のままじゃどうにもなんねえか……。しゃあねェ、例のアレを使う以外に壁を破壊する手段はなさそうだな。――武力解放。モード『鋼王』!」
ジャスティスが怒声を上げた瞬間、両肩から指先にかけて神々しい光が包み込んだ。目も眩むような輝きにジャスティス自身目を眇め、
「派手に散りなッ! 《メテオブロー》!!」
刹那、あれほどまで稠密としていた氷壁がガラスに激しい亀裂が入った時のような音を生じて、飴細工のように四方八方へと飛び散った。その破片がまるで元から地面に生えていたように突き刺さる。
「見事! 筆舌に尽くし難いさまは感服にする」
金剛力の限りをひけらかし、皆が集う位置にまで跳び退るジャスティスに、事態を静観していた凛之助が珍しく賞賛の辞を送る。
「首尾よく行動に移せたようで何より。さぁ、ようやく本体のお出ましだ」
メルトの言葉に、ほとんど一斉に氷壁が砕けた先を見遣る。
空気が淀み殺伐とした状況下に、一つの巨大なシルエットが浮かび上がった。
そいつは地面から宙へと浮かび上がり、にわかに影絵が表立ったところには、しきりに両翼をばたつかせて飛翔するドラゴンの姿があった。
体色は翡翠に染め巨大、容貌としてはおとぎ話に登場する大蛇のような雄大さに加え、まるで鋭利な刃物が連なるような翼を備えて、悠然たる態度でその場に佇んでいた。
と、
「――これが世界樹二十五層のBOSS『樹氷竜』か。初のご対面だが、この面子なら十分ほどで狩れんだろ……よし!」
ボス出現の余韻に浸る間もなくして、どこか間の抜けた、緊張感の欠片のない発言をする輩が一人。
声質からして男、しかしこのくだけた口調は今現在同じ空間内に存在するメルト、カノン、凛之助、ジャスティスの四人のものではなく、ならばまだ見ぬ第三者の存在しか残されてはいないが、実際のところその解釈で合っている。但し、唯一異なる点があるとすれば、メルト達が存在する世界にそもそもこの男は存在していないということだ。ならばそれはどこか? それこそ単純にして明快。
――声の主、名前を穂積華都という男が生きるのは三次元ないし現実世界。
そしてメルト達の住む世界はというと、華都から見てディスプレイの中、つまるところ二次元と呼称されるパソコンを媒体としたインターネットの世界に相違ない。
言ってしまえば、華都は他のユーザーと同じ時間を共有することが可能なオンラインゲームに参加するプレイヤーの一人であり、華都が扱うキャラクターはこの中のどれかということになるのだが、男キャラ……ではなく、なんと華都はこの中で唯一の女キャラである【カノン】を操作していた。
現実の男がネットで女を演じる――人はそのことを『ネットおかま』略して『ネカマ』と呼んでいる。
『やべェ、奴の攻撃をモロにくらっちまった!』
『大丈夫! 今すぐ私が治癒魔法するから!』
本当は男であるにも関わらず女口調で、何事もなく他のプレイヤーに接しているのだ。秘密を自身で抱え込み、露呈しないと余計にたちが悪い。初めに感じていた罪悪感なんてものは当に消えた。そんなもの、初めから存在していなかったと言わんばかりに。
『お疲れ。皆よくやってくれた』
『お疲れさまっ』
『うむ。ご苦労でござった』
『おう、おつかれさん』
華都の予想した通り、BOSS討伐はおよそ十分ほどで終了した。
ボスからドロップした戦利品とボーナス報酬は事前に打ち合わせをしていた通り分配してグループ的には円満解決。これにて解散する次第となったのだが、凛之助は所用によりその場でログアウトをし、ジャスティスはいつものルートを辿って別の狩場へと移動、メルトとカノンの二人は世界樹の入口付近に現存する安全圏グリーンコロニーへとカノンの帰還魔法でひとっ飛びしてみせ、NPCが運営する憩いのカフェで腰を落ち着けていた。
「ふぅ~、今日は疲れたよー……っと」
これをせっせと打ち込んでいるのはディスプレイの前に座りオレンジジュース(果汁一〇〇%)を摂取する穂積華都。
キャラクターは女のカノン。
但し現実は男である。
ネトゲ歴は三年半で、イコール三年半もの間ネカマを続けている華都には、数日ほど前からこの現状に対し何かしら思うところがあった。
潮時というと響きが悪いことこの上ないが、華都なりに考えた結果、ネトゲを引退しよう。そう自身の中で結論が出ていた。
《ラプソディ・オンライン》――華都がプレイしているネットゲームの名称だ。
今から三年と半年ほど前、クローズドβ、オープンβテスト期間を経て、無事に正式運営が開始されたMMORPG。臨場感溢れる本格派3Dを語るに、仕様としては銃撃戦などでよく採用されているFPS視点を導入していて、プレイヤー自身があたかもゲーム世界に入ってキャラクターを操作しているようなリアル感を味わうことが出来、他のオンラインゲームとの差別化を図っては高クオリティを継続し続けていると言えた。
《ラプソディ・オンライン》が完成して間もなく、プレイを開始した古参プレイヤーに地歩する華都のキャラクター【カノン】のLVは82。
レベルランキングにも名前を連ねる正真正銘のランカーで、その実力は折り紙つき。
そんな華都が引退を考えている理由は諸々に存在し、ネカマというのも当然その一因になっているのだが、現実世界における華都の身の上のことも含め、廃人と呼ばれる現実のことをそっちのけにした生活を続けることに果たして意味はあるのかと葛藤の日々続き。
しかし、ただ単純に、現実世界で華都が目指しているもの。それは――
「俺は、リア充に、なりたんだ……っ!」
……つまりはそういうことである。
中学時代を端から放棄し、ネトゲこそが人生の全てと豪語してきた華都。
その証拠に、思い出に刻むべき修学旅行ですら不参加。行事は風邪でサボること前提の学校生活を過ごし、むしろ寝ている時間の方が多いほどだった。
だが決してネトゲを嫌いになったわけではない。ないが、しかし己が立場には飽き飽きしている。さっさとネトゲに終止符を打って、晴れて華都はリア充になりたい。だがラプソにはメルトがいて、どうしてもその覚悟が決まらない。あともう一押しさえあれば、華都はラプソを引退できるかもしれないのに――
『ああ、そうだ。カノン』
エフェクトの一つ。これまた優雅にコーヒーを啜るメルトは、つまらないものではあるが、と常套句を添えたのち、
『これをお前に譲渡したくてな』
ゲーム内的に言えば手渡し、しかし華都目線ではプレゼントボックスが点滅したのを見取り、ポップな指先カーソルを使って開く。するとそこには、華都の予想をはるかに上回る代物が視界に飛び込んできた。
「うおっ!?」
思わずのけぞり、吃驚したと言わんばかりに声を上げる華都が目にしたものはと言えば、粗悪品でも五十M、通常でも百Mは下らない魔法使い最強武器『魔王神の杖』であった。
『い、いいの? こんな高価な物、私がもらっちゃって』
『ああ、ひとえにお前に渡したい気持ちでいっぱいになったんだ。自己満足と置き換えてくれても構わない。だから、お前が気に掛ける必要は皆無だ』
――ああ、どこまで真摯なんだカノンは。
いつしか消えていたはずの罪悪感が胸をかすめて、華都の心がちくりと痛んだ。だが決して自己嫌悪を感じているのではない。正直に言って嬉しいのだ。
『……ありがとう』
心情的にはカノンとリンクし、嘘偽りなしの本心からくる謝辞を告げた。
そして貰い受けた武器を装備ウィンドウに移そうと目を向け――
「ブーッ!」
前回を含め二度驚いた。ついでにオレンジジュースも吹き出した。
「なんだこれ、通常とか良品なんてもんは非じゃない。最良品じゃねえか……っ!」
ディスプレイに飛び散ったオレンジ飛沫をウェットティッシュで拭き取りながら、初めて見るぞこんなのと呟いて、これまたいかんともしがたく目を眇める。
「これ下手したら三百M、いや五百Mを超えるぞ……ん?」
画面をせこせこ拭いている最中、ふと気が付いた。いつも積極的になって話しているメルトにしては、いつにも増して口数が少ない。
メルトが口を噤んでいる為、カノン――華都もそれに倣いジッと目視したまま、あくまでゲーム内での事情だというにも関わらず現実にまで神妙な雰囲気が醸し出される中、意外や意外、話の口火を切ったのはなんとメルトであった。
『……カノン。大事な話があるんだ。よく聞いてくれ』
お互いの顔が見えないというのに、自分の分身とも言えるキャラクターを通じて、メルトのどこか厳しい口吻と緊張を如実に肌で感じ取る。そして流れる束の間の沈黙。
普通であればその間にでも打ち込まれておかしくない状況にも拘らず、タイピングの早いメルトにしてはあまりに悠長。つまるところ、今現在メルトはエンターキーを押すか否かで最後の選択に迫られ、どうするべきか頭を擡げていた。……が、ついに覚悟を決めたのか、メルトの想いがチャット欄に綴られ――
『俺と……OFF、つまりは現実で会ってほしい』
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続きは一週間以内に投稿する予定です。