第五章『姉×妹』③
――ラプソディア大陸の中央。
世界樹に隣接する闘技場、またの名を『ペンタゴン』にて俺と月の二人は先輩が来るのを待っていた。こちとら準備万端だ。手ぐすねを引いていると言っていい。
場内は人が多いのか思いの外ごった返していた。
多分ここにいるほとんどの人間がギルド戦の受付に来てんだろうな。俺は無所属だしここ自体あまり来ないから別段詳しいわけじゃないが想像に難くない。多分その辺の事情は悠間のが詳しそうだ。
今年の八月にはラプソは四周年を迎え大掛かりなギルド戦もあるみたいだし、楽しみじゃないと言ったら嘘になる。それにしても、ギルドかあ。そろそろ本格的にやりだしてもいいがネカマのままじゃあまり気乗りしねえな。
約束の五分前に先輩はやって来た。
人が多くいるからだろう、俺の姿を認めるや個別チャットを送る。
『(逃げずに来たようで何よりだ)』
定型句を告げる先輩には反応せず背後に立つ月を見る。
月は先輩を見ても一切微動だにせずジッと一点を見据えたままだ。
『(その様子を見ると最低限の準備は整ったようだな)』
『(ええ、まぁ)』
『(随分と素っ気無いじゃないか。可愛げのない)』
そりゃここで情報アドなんか与えるわけないだろ。余計なことは口にしないのが吉だ。
『(さて、四方山話はこのくらいにして先に受付を済ませることにしよう。それこそ時間は有限でしかないからな)』
先輩はどこかで聞いたことのある台詞を口にすると受付嬢に話し掛け(もちろんNPCだ)、三番と書かれた部屋の前に俺達を招いた。
『(パスワードは0725だ。そこにいる連れにも教えてやるといい)』
それくらい自分で言やいいのに。そう思いつつ個チャで月に教えると『(え?)』と狐につままれたような反応を示した。
『(どうした?)』
『(あ、いや、ごめん。あたしの勘違いだと思う)』
何のこっちゃ。まぁ自身の中で結論が出たんならいい。
パスワードを打ち込み入室すると、そこは猫の額ほどの広さしかなくえらく閑散としていた。スポーツ選手が待機する控え室みたいなところだ。狭いのは人数の設定が三人だからだろう。
試合条件は向こうが決めると事前に話は済ませていた。
先輩が慣れた手付きでメニュー画面を操作すると、ラプソ内のモニターに試合のルールが映し出された。
【個人戦一対一。試合時間、三十分一本勝負。ステージはランダム。アイテムの持ち込み、並びに使用の禁止。回復スキル使用不可】
……なるほど、このパターンできたか。
三十分で回復スキルの使用不可だから端から耐久による時間切れはさせないつもりか。だがその方が俺的には好都合だ。回復もありによる耐久だと格段に勝ちの目が薄くなる。
『回復ができず心底安堵したことだろう。時間切れなどというつまらん着地点は作らんさ』
まるで心を読んだとしか思えないことを言う先輩は逸早く【Ready】を選択した。あとは俺がそのボタンを押せば自動的に転移しいよいよ決闘が始まる。
『華都』
ギュッと月が俺の手を取る。
男の厚い手。今の月は男のメルトで、逆に俺は女のカノンだからな。
『ここまできたら何も言わないわ。とにかく後悔だけはしないように全力を尽くしてきなさい!』
『おうともよ!』
月に発破を掛けられた俺は迷わず【Ready】を選択した。
すると俺の手、身体がゆっくりと透けていき、あっという間に視界がブラックアウトする。束の間の暗転。
次に俺が目を開けた時、眼前に広がっていたのは正しく神殿内のそれだ。
親切設計と言わんばかりに画面中央にステージ名がでかでかと表示される。
ステージは〈神域〉。滅多にお目に掛かれない珍しい場所だ。ステージ自体平坦で広く、等間隔に配置された円柱くらいしか障害物はない。つまりは実力のはっきりする戦いやすいステージだ。
先輩の服装は、私服アバターから戦闘アバターへと切り替わってた。
マップ遷移の際、自動的に切り替わる仕様になっているからだ。つまるところそれは俺にも適用される。
先輩は胸元のはだけた純白のローブに身を包み、帽子や靴、その他ペンダントやイヤリングなどの装飾品を身に付けている。
対して俺は動きやすいへそ出しスタイル。上下の離れた漆黒シリーズを身に纏い、先輩同様帽子、靴、手袋、以下装飾品。月から借りた〈インビジブルマント〉が風にはためく。
先輩の手には何も握られちゃいなかった。互いに空手だ。武器は開始早々手にあるわけじゃなく、決闘中に《武器召喚》を唱えなければ出てこないシステムになっている。理由が知りたかったら直接運営にでも問い合わせてくれ。
試合開始まで、十、九とカウントダウンが始まる。〇になるまでその場から動くことは出来ない。徹底している。ただ腕を動かすことならできるから、すぐ動けるよう構えだけは取っておく。
当然だが十秒という時間はあっという間で、〇になると同時に、俺は間髪を容れずスキル《マジックガード》を唱えた。俺の周囲にチリチリと燐光が舞う。開幕と同時に魔法防御を高めたが正直これだけじゃ心もとない。
対して先輩は両手全体を斜め上に真っ直ぐ伸ばし『《ホーリーレイン》!』と叫ぶや、先輩の頭上に無数の光の矢が出現し横殴りの雨のように俺目掛けて降り注ぐ。いきなり大技できやがったかっ! だがこちとら好都合だ。俺はわざとワンテンポ置いてから、
『――《マジックシールド》!』
両手を上に向け、俺は自身をすっぽり覆い尽くすほどの透明な壁を作り上げた。
そこに先輩の放った攻撃が広範囲に降り注ぐ。流石の高火力。厚い壁にひびが入るようにみしみしと音が鳴る。が、かろうじて受けきることができた。
壁が消失し先輩の姿を視認しようと目を凝らすも、既に先輩の姿はそこになかった。この攻撃に乗じて身をくらませたってのか。
俺がクリアリングの要領で背後を振り返るも、時既に遅かった。俺の背後に回っていた先輩が槍のように両手を前に突き出す。唱えたスキルは《ホーリーバースト》。一瞬の出来事に対応できず、厚みのある光線が俺の脇腹を貫いた。
『ぐっ……《瞬間移動》!』
脇腹を押さえながら先輩から可普及ない位置にまで距離を取った俺は《武器召喚》と発声。何もないところから〈魔王神の杖〉を出現させた。落ちてきたところをうまい具合にキャッチする。
武器を出すこと自体メリットの塊だがデメリットもある。武器を召喚している間、相手の半径五メートル以内に入るとマップに表示されてしまう。武器は自分で破壊することはできないが、耐久度があり、相手又は仲間なら破壊することが可能だ。
先輩も俺に倣い《武器召喚》を唱え、杖を握り込んだ。あの形状は……〈破魔の杖〉か。魔王神よりランクの一つ低い魔装備だ。お目当てのものじゃない。
そこで俺は数時間ほど前に月と会話していた内容を思い出す。
『玲霞は数少ない神器保有者だから十分に留意しないと駄目よ』
『神器〈蝶舞煌〉のことだよな。魔法使い専用武器で、先端が蝶のような造りになって煌めいて見えるあの。三、四回くらいしかないけどな、先輩がまともに使ってんの見るの』
『まぁ神器って対人専用みたいなところあるしね。あたし達は狩りメインだからあれだけど。とりあえず玲霞の所持する神器は知ってると思うけどスロースターターだから試合が始まってから三分は《武器召喚》ができないわ』
『なら出鼻は堅実にいく姿勢を見せて、油断したところで一気に最大火力をおみまいしてやる』
『油断はしないでしょうけどそれがよさそうね。それに華都の持つ魔王神だって神器に劣っちゃいないんだから、気張んなさいよ』
『ったりめえだ、言われるまでもねえ』
――このやりとりの通り今度はこっちの番だ。《武器召喚》した今、ミスさえしなきゃ先輩と同じか、少なくともそれ以上は戦える。
『これで仕切り直しだな』
先輩の発言に思わずどこがだよと突っ込みそうになる。HPゲージを見ると幾ばくか削られていた。軽減スキルを唱えてなかったらこの倍はもっていかれてたな。
試合開始からまだ一分弱しか経っていない。今が攻め時だ。作戦通り序盤からフルスロットルで先輩を討つ!
『《ホーリーレイン》!』
杖を両手で持ち光の矢を一斉に先輩に撃ち込む。武器を出してる分、火力は先輩の比じゃない。大量に被弾すれば致命傷は免れないが先輩はにべない態度で、
『フン、猿真似か。つまらん。少しは私を楽しませてくれると思ったが』
そう吐き捨てるように言うと、先輩は俺の懐に《瞬間移動》した。これが正確な《ホーリーレイン》の対処法だ。何も知らなかったわけじゃない。たださっきはわざとそうした。油断した先輩をこんな風に誘い込むために!
『っ、しまった』
武器を構える俺を見てようやく俺の意図するところに気付いたようだが、もう遅い。
俺は吼え猛る。
『《ホーリーバースト》ッッ!』
極太の光線を至近距離からぶっ放つ。《瞬間移動》はリキャスト中だから使えない。当然それも計算のうちだ。
とっさのことだが、先輩が唱えたのは《マジックバリアル》。
壁の耐久値の増す《マジックシールド》の完全上位互換だが、全てをはね返す《ホーリーミラー》を使われなかったのは僥倖だろう。少なくとも出目は悪くない。
スキルを唱える余裕も与えてないのに、無理やりぶっこむとは流石先輩だ。だがその程度で防ぎきれると思ったら大間違いだぜ。
俺の技は先輩の出した防御壁をいとも簡単に打ち砕くと、その勢いのまま先輩にヒットした。見事果たしたスキルの応酬。そのまま宙を舞う先輩は固い地面に叩き付けられた。
HPを半分近く削ったがこれで満足していては駄目だ。迷わず追撃しろ。二の矢三の矢を放てッ!
仰向けに横たわる先輩に杖を向けスキルを唱えようとした矢先、背後から重い一撃を受けた。
いきなりどうして――そうか、地面か。先輩の手が地面に張り付いていたからそれを利用したのか。さらには《マジックガード》が切れるタイミングを見計らい攻撃してきた。
くそ、詰めが甘かった!
先輩はやおら立ち上がると顔に微笑みを湛えたまま俺を一瞥した。
『なかなかどうして楽しませてくれる。発破を掛け君の誘いに乗ったのは正解だったな』
『な、に……?』
てことはなんだ。最初から読まれていたとでもいうのか。俺の本気を見たいがためだけに……!
驚きに目を見開く俺を無視して先輩は続ける。
『しかしまぁ、防御壁を破壊されたのは誤算だった。まさかあそこまであっさり溶けようとは。闇最強化の〈魔王神の杖〉を甘く見すぎていた。これに関しては私の不徳の致すところだろう』
自嘲気味に笑う先輩は手にしていた杖をその場に捨てると、もう一度《武器召喚》を唱えた。
地面に落ちた杖はまるで砂のように原型をなくし、代わりに先輩を縁取る空間がぐにゃり歪曲し、そこに新たな武器が生成された。先端に蝶が施された美しい杖。
見間違いようもない。
神器――〈蝶舞煌〉だ。
神器は武器スロットルとは別に用意されたリーサルウェポンに近い存在だ。実質装備が余分にあると言っても過言じゃない。
なんて考えを巡らせてる場合じゃなかった。一瞬で先輩が眼前に迫る。とっさに俺は握っていた杖を構える。
ガキィン! 杖と杖がぶつかり接触音が生じる。
『さぁ杖の打ち合いといこうか』
言うが早いか、先輩が容赦なく杖を打ち込む。
右っ、左っ、上っ。
目の前で青白い火花が散る。防戦一方だ。スキルを唱える隙もない。
そして図らずも望んでいないつばぜり合い、お見合いのとき。
『そういえば君には一度も神器の強さを見せたことがないな。ここまできたご褒美だ。神器に隠された力を特別に披露してやろう』
そう言うと先輩は巧みに手首を回転させ俺の武器を巻き上げた。剣道の試合で見たことのある動き。
今武器をなくしてはまずい――俺は俺の手から離れた杖を《瞬間移動》で引っ掴む。その瞬間、先輩が精神を集中させ初めて耳にするスキルを唱えた。
その名も《ミラージュ・スカイ》。
どこからともなく聞こえる風切り音、それも複数だ。
ジッと視線を凝らしているとそれは先輩の周りを飛び回り、指揮棒を振るうように先輩が手を上げるとぴたりと静止した。手のひらサイズほどの青い蝶が二匹、先輩の右肩と左肩の辺りで飛んでいる。舞うたびに鱗粉を撒き散らしているかのよう。
……なんだ? これは。
『懐疑の念を抱いているのが手に取るように分かる。だがそう簡単にタネは明かさんよ。実力を知りたくばその身で確かめてみろ』
そう口にするとスキル《ホーリーバースト》が俺目掛けて飛んでくる。極太の破壊光線。だが一本だけじゃない。あの蝶からも放たれていやがる!
『そんなのありかよっ!?』
俺は苦言を呈してから《瞬間移動》を駆使して避ける。間一髪だ。しかし追撃と言わんばかりに蝶が一匹、物凄い速さで俺に迫る。とっさに俺が消費MP軽めの《ライトレーザー》を唱えるも、ひょいと放物線を描くようにそれを回避。そのまま俺に光線を放ち左ふとももを貫いた。
『がっ、くっ……!』
なんだあの不規則な動き、初見殺しもいいとこじゃねえか。
これじゃ蝶なんか狙ってても埒が明かねえ。やるならあれを操作する先輩だ!
『《瞬間移動》っ!』俺は瞬時に先輩に近付き『《ホーリーバースト》!!』
先輩目掛けて放たれた光線は確実に先輩を捉えていた、にも関わらず弾かれ軌道まで逸らされた。思わず目を疑う。
どうして……ああくそ、またか。また蝶が邪魔しやがったのかよっ。
一時的とはいえ蝶が鉛色となり硬質化していた。鬱陶しいことこの上ない。
そこで俺は不意に鎌首を擡げる。これは予感だ。とっさに身を引く。と同時に俺の横をすれすれで光線が通過した。これはもう一方の蝶が放ったものだ。MAPに映らないのが厄介すぎる。常に背後にも意識を向けなきゃならねえ。
そう別のことに意識をとられていたのがいけなかった。またしても先輩の姿を見失ってしまう。
MAPにも映らず焦燥に駆られていると、突如俺の頭上に閃光が走る。目を眇め見上げると巨大な光の渦が降ってきた。早く防御スキルを――
轟音とともにまるで雷でも落ちたかのように目映い光がここ一帯を覆い尽くした。
すとんと俺が元いた場所に先輩が降り立つ。従属関係を示すように二匹の蝶も追尾する。
『……』
無言。
しかしすぐに周囲を見回すと、
『確かに手応えはあった。HPも減っている。だがこの一瞬で雲隠れしたとなると――透明化か』
結論を出す。俺とは違い先輩は連想ゲームが得意なようだ。
その通り。
光の渦に巻き込まれ紙切れのように吹き飛ばされた瞬間、閃光に乗じ月から借りた〈インビジブルマント〉の装備スキルを使い――先輩の神器みたいなもんだ――一時的に透明状態になっている。
透明化の恩恵は、敵のMAPに映らないことと文字通り相手から見えなくなることで、透明になれる時間は発動してからぴったし一分。持ち時間が切れるまで一試合に何度でも使用が可能だが、あくまで見えなくなるだけで敵の攻撃自体は通る。加えて透明状態だとスキルの発動も不可能というデメリット付き。ただし付け焼き刃にしちゃ上出来だ。俺は円柱にもたれ掛かりながら頭をフルに使う。
先輩の使った神器スキル《ミラージュ・スカイ》は、蝶を二匹出現させ連動してスキルを放つことができる(今は二匹以上ある可能性やランダム出現は考慮しない)。さらには自分の手足のように自在に操作することが可能で、もしかしたら先輩側の視点が増えてる可能性もあるな。だとしたら鬼に金棒どころかチートすぎる。食らった感じ威力は通常の半分で、あれに当てたところで先輩のHPには直接関係しないから補助系のような時間経過か一定のダメージを与えたら自動消滅のどっちかだろうな。今それを検証してる余裕はないが。
つまり控え目に言って隙がない。今の先輩はほぼ無敵に近い状態だ。だからこそ俺はそれを逆手に取ることにした。ポジショニングショットと同じだ。先輩の懐に潜り込む、ただそれだけ。俺はこの作戦に全てを賭けるッ!
思うが早いか、俺は一分が経過する前に透明化を解き、先輩に向かって《ホーリーレイン》をぶっ放した。先輩が色めく。
『これは大立ち回りだな。事ここに及んで吹っ切れたか』
頭上に手をかざし《マジックバリアル》を唱える先輩は、光の矢が降る前に自在に動く蝶を俺に向かって飛ばす。俺はその両方を撒くために円柱から円柱に《瞬間移動》した。
しかし黙って見過ごすわけのない先輩はすぐに軌道修正し蝶で追躡。片一方から光線が放たれ俺の右腕をかすめる。無視だ。目の前に物凄い速さで蝶が現れ、まばゆい光を放つも下を向きそれを回避。背後から迫る蝶をいなし、勢いよく先輩の懐に飛び込んだ。
が、
『甘いわ!』
先輩からしてみれば追い込み漁みたいなものだったんだろう。飛んで火に入る夏の虫。その言葉の通り杖を構え《ホーリーバースト》が放たれる。……読み勝った!
『――《ホーリーミラー》!!』
魔王神を横に持ち、眼前に幽けき光を灯す薄い膜のようなものを張る。
いきなりのことに驚く先輩が杖を落とすもスキルはキャンセルされない。一瞬だ。距離が近いのが仇となった。光線は跳ね返り避ける間もなく先輩の身体を包み込もうとした。
勝った――――
そう俺が確信した瞬間、隙間から見える先輩の顔色が変わる。それは信号機のように目まぐるしく変わるものではなく、緩急のない穏やかな変化。
これは……微笑み?
ぞわり鳥肌が立つ。猛烈に嫌な予感がする。
自慢じゃないが俺の勘はそこそこ当たる。そしてそれはどんな状況に置かれようとも同じで、今回に至っても例外じゃなかった。
つまり――先輩がスキルを唱えていた。
それも……俺と同じ防御魔法を。
決闘中、一度しか発動できない《ホーリーミラー》を!
刹那、目を覆いたくなるほどの目映い閃光が走る。燦然とした輝き。
その数瞬後、地震によって窓ガラスが一斉に割れるかのような音とともに俺の身体が後方に吹っ飛ばされた。
そして肝心要なのがまだゲームは続いているということ。
まさか。
『相……殺……っ!!』
『ふははははははははははっ!!』
神殿内にこだまする凱歌をあげるような笑い声。
それにはまるで己が勝利を疑わないような響きが込められていた。
『まさか《ホーリーミラー》を修得していようとは。さしもの私もこれには虚を衝かれたよ』
『……』
『言葉も出ないか。なに落ち込むことはない。皇帝戦以来だよ。ここまで追い詰められたのは。君は誇っていい』
皇帝というと確かレベルランキング二位の奴か。
それは相対的に俺すごいってことになるんだろうが、正直な話どうでもいい。今はな。
高笑いし興奮冷めやらぬ様子の先輩だが、急に落ち着いたかと思うと、
『……もう終わりにしよう、穂積君。君はとてもよく頑張った』
哀れみに満ちた顔した先輩の杖先に光が灯る。それは淡い暖かな光。
やばい、くる……っ!
『あ……』
崩れるように地面に膝をつく。
ここにきてまさかの操作ミス……いや違う。俺は操作ミスなどしていない。じゃあなぜ――
よく目を凝らすと、俺の頭上を幾つもの星が回転していた。まるで小惑星のような軌道を描いている。
これは……混乱状態? こんなのいつなった。
そもそも聖魔に混乱を与えるスキルは存在しない。となれば武器スキルだが、まさかこの蝶から出てる鱗粉に混乱効果があるってのかよ……!?
《瞬間移動》で瞬時に後方に移動するも、一瞬の隙を見逃さなかった先輩による怒涛の攻め。
杖と蝶から交互にビームが繰り出され、俺は捌くので精一杯だ。完璧に防いでいるつもりでも混乱の影響で取りこぼした攻撃が俺を貫く。徐々に削られるHP。そんな中、放たれた俺の顔面を狙った一撃。意識の外から飛んできた攻撃にとっさに杖の腹で防いだ俺だったが、
『甘い』
手薄になった一匹の蝶が追い討ちと言わんばかりにレーザーを放つ。狙った場所は今防いでいる杖の中心。一点集中。見る見るうちに杖の耐久値は削られ、そして、
『ああ――っ!』
俺の声に呼応するかのように杖が、俺の魔王神が、真っ二つに打ち砕かれた。
レーザーが俺の頬をかすめるが今はそれどころじゃない。
ここで武器を失ったのは痛手ってレベルじゃねえぞマジで。奥の手を防がれ、動揺していたとかそんなのは都合のいい言い訳だ。俺の力量不足だった。ただそれだけのこと。
だがこれは、そう簡単に割り切ることのできる話じゃねえんだ!
レーザーが正確に俺を狙い撃つ。足を、手を焼かれる。HPも残り二十%を切った。ジリ貧だ。このままじゃやられちまう――!
『くっそぉおおおおぉおおぉおっ!!』
意気天を衝きマントに覆い被さる。連続して繰り出されるビームをかすめつつ、這う這うの体で光のシャワーから脱した俺はまたも円柱に背中を預けた。俺の手には真っ二つに折れた杖が握られている。
くそっ! くそっ! 絶対に勝ったと思ったのに!!
届かなかった……あと一歩が。
俺の気持ち、勝ちへの執念が足りなかったってのか。
それになんで俺は杖なんて持ってきたんだ。いくら魔王神だからって折れたら何の意味も……あ? いや待て。折れたら何の意味もないって、え?
ふと脳裏を過ぎる言葉。
それを俺は反芻し、反復し、咀嚼する。それをそのまま吐き出さず飲み込むために。
真っ二つにされて耐久値もくそもないのになぜ消えない? 普通なら使い物にならなくなった時点で自動消滅するのに……あ。
ハッとする。思わず息を呑む。
気付いたからだ。点滅しているのに。そして浮かび上がる覚醒の二文字。
正確には覚醒スキルだが、そんな些細なことはどうでもいい。
俺は悠間といた時、闇玉を使っていたのを思い出す。闇十、三回成功で覚醒スキルの解放か。なるほどな、これは一本とられたよ。ありがとう株式会社リアル。勝てる保証なんてどこにもないが、可能性という名の選択肢が増えたことに関しては手放しで喜んだって別にバチが当たりはしないだろう?
それじゃあ、〈インビジブルマント〉のタイムリミットが切れるのに合わせて、
――――……覚、醒っ!!
『もう間もなく透明化が切れる頃合いだろう。〈魔王神の杖〉を失った今君にはどうすることもできない。いい加減諦め、っ!?』
先輩目掛けて光球が放たれるも、横から出てきた蝶にあっさり阻害される。
『あそこか……無駄な足掻きをするんだな君もっ!』
発声と同時に、光球が飛んできた方向目掛けて先輩が《ライトレーザー》を放つも、もうそこに俺の姿はない。
なぜなら俺は、この時先輩の背後に回っていたからだ!
殴るモーション。俺に気付いた先輩が身をよじり初めの一発をかわすも、間髪を容れず狙った一撃が先輩の腹部に命中。苦い顔した先輩が杖を向けるも既に頭上へと跳躍したあと。二匹の蝶が俺を挟み込み照準を合わせ光を放つが、俺はすぐさまその両方を引っ掴み火打ち石を鳴らすように打ち付ける。そして零距離から放射されるレーザーで互いを傷付けあい、蝶は消化後に出るような煙を立ち上らせながら完全に消滅した。
『……その拳』
今の一部始終を見ていた先輩が誰ともなしに呟く。
『魔法による肉体強化か』
……なるほど、先輩にはお見通しってことか。
だがあくまで漠然としたもので、何が原因で引き起こっているのかまでは分からなかったようだ。そんなにあっさり言い当てられても困るけどな。
俺が会得したスキル《起死回生》はHPが残り二十%を切ると発動可能で、武器を拳に纏わせ武道家のように戦うことができる。それに伴い肉体強化がなされたが上昇したのは攻撃力ではなく魔攻。拳には常に魔力が覆われている。これで相手がどの職業でもダメージが通るというわけだ。
無論HPはこのままだし、ちょこまか動けるようになっただけで一撃食らったらそのまま沈む可能性も十分にあるからまだ油断はできない。
新しく蝶を生み出さないところをみると、やはり《ミラージュ・スカイ》発動は一回の決闘で一度のみか。そりゃそうだよな。だってあれ強すぎるし。
俺は足に力を入れ跳躍すると、両手を突き出し先輩に向けて《ホーリーバースト》をぶっ放った。それを《瞬間移動》で回避する先輩の元に《瞬間移動》で地面に着地し、再度先輩の懐に跳び込もうと跳ぶも適わなかった。目の前に光でできたネットが張られていたからだ。
これは――《ライトネット》か!
『私を舐めるなぁっ!!』
正しく蜘蛛の巣に引っ掛かったような俺を先輩は天高く弾き飛ばした。危うく天井にぶつかりそうになる。
竜巻に飛ばされたようにきりもみ状態で落下する俺は急いで《瞬間移動》しようとするが、ぐっ、まともに視界が定まんねえ。
こうして手をこまねいていると、突如鷲のような瞳で射抜かれ落下した状態のまま視界を先輩の方向に固定される。
聖魔がレベル九十以上で修得可能な妨害スキル《ヘルムーブ》だ。
視線を射抜かれた相手は、通常移動に加え視線移動、並びに移動スキルが使えなくなる。それは発動した相手も同じ。
この技を落下しながら受けても止まることはないんだなと思いつつ先輩から視線を逸らせないでいると、杖先から巨大な魔方陣を浮かび上がらせ、ある言葉を囁いた。
その瞬間、大気は歪み燐光を漂わせながら放たれる超特大の破壊光線。
残りのMPを全て消費する聖魔最強スキル《ジェネシス》だ。
《ヘルムーブ》を唱えたからまさかと思ったが、やはりきたか、ここ一番で!
俺も《ジェネシス》の修得は済んでるから返すとすれば今だが、もう少し待て。先輩の残りMPがいくつあるか分からないが、多分負けてる。元々の量でいってもお互い魔力極振りだから差が出るとすればレベルしかないし、その差は十近くある。
だからもう少しだけ待て、引き付けろ。それもギリギリ、コップに注いだ水が溢れない限界いっぱいまで。
俺は両手を前に魔方陣を展開する。そして限界まで引き付けたら今度は斜めから射れるように調整して、
――――今だ!!
『《ジェネシス》ッッ!!!』
杖先すれすれのところまで光線を引き付けた俺は、満を持して破壊光線を放射。火に火をくべるように燦然とした光を散らす光線が先輩の破壊光線とぶつかりせめぎ合う。その衝撃で大気が揺らぐ。
俺の放った光線は多少先輩よりも見劣りしたが、その分先端が槍のように細く鋭く、そして強かった。これ以上ないほどに。
初めこそ拮抗していたスキルだが、俺が絶妙な角度から射れたこともあり、徐々に前へと押し出されていき――
『いっけぇええぇええぇええええぇぇェェ――――!!!!』
気合い十分、耳をつんざく咆哮を上げ俺のスキルが先輩のスキルを凌駕した瞬間、激しい爆音とともに俺の身体が吹き飛ばされた。それと同時に決する試合。決闘終了の合図。
時間切れではない。俺はおそるおそる自身のHPゲージを見る。残り一割を切っていたがまだ残っている。
と、いうことはだ。
『……』
地面に落下し、煙が緩やかに立つ中、俺の画面中央に表示されたのは【YOUWIN】の文字。
……勝った。辛勝だ。少しでも撃つタイミングを見誤っていたら敗けていたのは今頃俺の方だった。溜飲が下がる。
それから……これは月との努力の賜物だ。冥利この一言に尽きる。
転送前、先輩を見ると、崩れるようにその場に片膝をついていた。
『まさか……この私が負けようとは。神器の力を過信しすぎていたとでもいうのか』
一人反省会を行う先輩は俺を認めるやニヒルな笑みを浮かべる。
例によって視界が暗転し、月の待つ控え室にまで戻ってきた。
『華都っ!』
帰還してすぐ月が俺に駆け寄る。
『……おつかれさま』
その労いの言葉だけでここまでの全てが報われた。
「よっしゃおら――――っ!!」
現実世界に戻り、俺は勝どきを上げた。
母さん、もし起こしちまったならごめん。でも今日くらいは許してほしい。
ワークチェアにもたれ掛かり、俺は一息吐いてから、
「……よし」
再度ゲーム画面に向き直り、カタカタとキーボードを鳴らす。
『神藤先輩。約束についてなんですが』
『皆まで言わずとも約束を反故にはしない。ただ』チラリ月を一瞥し『この場で語るのは私の望むところではない。今から私が指定する場所まで足を運んではもらえないか』
予想だにしない提案だ。別段断る理由もないため、俺は月と顔を見合わせ頷く。
『手間を掛ける。集合場所だが、学び舎から下ったところにある南條稲荷神社にご足労願うよ』
そう言うと俺達の返事を待つことなく、先輩がラプソからログアウトする。
五分が経過すれば控え室から強制的に追い出されるが、端から長居する気はない。
月と話し合ったのち、俺達は一緒に神社に向かうことにした。自転車は絶賛パンク中だから例に漏れず俺が走るのを強いられてるが、月のためだ。ここで一肌脱がずいつ脱ぐって話だ。
またあとで落ち合おうと告げ、俺はパソコンの電源を落とすとすぐに部屋を出ようとし、窓が開けっ放しになってることに気が付いた。
冷風吹き込む風を遮ろうと窓枠に手を掛けふと空を仰ぐと、雲の切れ間から月が出ていた。
満月だった。
誤字脱字、感想等あればお気軽にどうぞ。
次回土曜日に投稿予定。