第五章『姉×妹』②
帰宅し即行でラプソにログインすると、俺の師である秋ぇるさんがいた。
取り逃がすまいと個別チャットで大事な話があると伝えたら、師匠はすぐに呼び掛けに応じてくれた。端から逃げる気もないらしい。
こちらから行きますと言った俺を制止し、食い下がるまでもなく、ものの一分で師匠が姿を現した。
コルセットワンピースの私服アバターに身を包んだお嬢がいつもと変わらぬ笑みを湛えていた。
事ここに至って師匠が神藤先輩だと思いたくないが、どんなことがあっても俺は月の言葉を信じる。思いたくないなんて独り善がりな考えは二の次だ。
『単刀直入に訊きます。あなたは神宮寺月の姉、神藤玲霞さんですか?』
ちゃんと人のいない場所を選んだ。チャンネルだって六にした。このチャンネルがなぜか一番人気がないからな。
現実とは異なり一切反応を示さないものだから師匠が何を考えているのか分からない。
鎌なんてかけず直球勝負だ。しかし師匠の答えは別段意に介さないものだった。
『神宮寺月……? 神藤玲霞ってどなたかしら? もしかしてリアルの話? ダメよ、こんなところで不用意に話したりしたら』
どこ吹く風と聞き流される。だがこれは想定の範囲内だ。俺はもう手をこまねいたりしない。
『あなたが神藤先輩であると直接月から聞きました。それから、これは俺が気付いたことですが、師匠の名前、秋ぇるをアルファベットにして逆から読むと玲霞となります。前にキャラ名の由来は秋が好きだからって語ってくれましたけど、それは嘘ですよね?』
『……』
本当に三点リーダを打ち込み、あぐねるように口元に手を当てる。
これは二の足を踏んでいる? 仮にこのまま落ちたら別の方策を立てるつもりでいたが、師匠は思いの外あっさりとネタばらしする。
『やれやれ、これはとんだ名探偵がいたものだ』
何がおかしいのかくつくつと笑う。これも表情エフェクトの一つ。
『校長先生からもある程度の事情は聞きました。もっとも全部は教えてもらえませんでしたが』
『全く、あの人は……しょうがない人だ』
先輩はフッと息を吐くと、優々たる微笑を顔に貼り付けた。現実同様の麗しい長髪を払うと、
『そうだ。私が、私こそが神藤玲霞だ』
ラプソ内だと言うのに先輩はよくぞ見破ったと言わんばかりの物言いだ。
俺は精一杯の情緒を乗せ、睨め付ける。
『なぜ月を目の敵にするのか、なぜ今になって秋ぇるだとバラしたのかとやかく訊いたりはしません。俺の願望は一つです。月に全てを打ち明けてください』
『真正面からくる心意気やよし。下手な小細工は弄さず頑とした姿勢もポイントが高い。しかしそれで私があっさり首肯するとでも思ったか?』
『そこまで甘いとは思ってません。だから俺なりに考えてきました。――ラプソ内で決闘してください。それで俺が勝利した場合、今度こそ月と真面目に向き合ってください』
『その条件を提示する上で君が背負うリスクはなんだ?』
『引退します』
まさか俺が即答してくるとは思ってなかったようで、意表を突かれた様子の先輩。
俺は続ける。
『ラプソを引退し、今後一切月と先輩の事情には首を突っ込みません、何があろうと』
俺は月とラプソは引退しないと約束した。だからその約束を守るためにも絶対に負けるわけにはいかない。この矛盾に打ち勝ってみせる。
『確かにそれならば見合う代価だ。だがこれはあくまで家族間の問題。元より家庭の事情に干渉し糾弾される謂れはない。しかしラプソにおいて密接な関係がある以上、君も一概に関係ないとは言い切れないな。土台無理な相談ではあるが――いいだろう。その提案で呑んでやる』
『……ありがとうございます』
『だが分からないな。どうして君はあの子のためにここまでするんだ?』
何の気なしにといった具合に先輩が問いただす。
言われて俺は考える。
そもそも俺はなんでこんなに必死になって月の世話を焼いてるんだ? 同情か? 似たような境遇に身を置くあいつに自分の影を重ねて、俺が果たせなかったことを月を救うことで代わりに成し遂げようとしてんのか? ……違う、そうじゃない。俺は決して月に情をほだしてこんなことをやってるんじゃない。むしろ理由なんてこれ以上ないくらいにシンプルだ!
『単純な話ですよ。それはあいつが、俺の大事な友達だからです』
言葉にピリオドを込めて言い放つ。
建前なんかじゃない、俺の本音。
……それに、あいつとは約束も交わしたしな。
先輩が俺の答えに満足したのか分からないが、話の舳先を戻す。
『決闘日時は明日の二十一時だ。一日猶予があれば十分だろう。今から戦ってもいいが、それは私の望むところではない。師である私が全力の君を全力で叩き潰そう』
『その言葉、そっくりそのままお返ししますよ』
踵を巡らす先輩は何を思い出したのか『ああ、そうそう』と口にし、
『秋が好きなのは事実だよ。君にはどうでもいい話かもしれないが』
そう言い残し、先輩はラプソからログアウトした。それと入れ替わるように月がログインする。夜にログインするように月に伝えておいたからだ。
それにしてもドンピシャだなタイミング。
今しがた会話していた内容を月と合流して伝える。メインはやっぱり先輩と決闘することについてだろう。最後の月にここまでした理由だけは話さないでおいたが。そりゃまぁ単純に小っ恥ずかしいからな。
ひとしきり話し終えると、月は胡乱げな目を俺に向け、
『負けたら引退って、あんた正気?』
『すこぶる正気だ。お前との約束だって覚えてる』
『間髪を容れずに返すわね……。でもま、あんたなりに考えがあってのことなんでしょ。今更止めようなんて思わないわ』
『月……お前なんか恋女房みたいだな』
『うっさい』
こういう冗談を言い合えるまでには回復したわけだ。
ってあれ? 冗談言ってるのひょっとして俺だけじゃね?
『……今の時刻は二十一時だ。決闘の時間まで丸一日ある。だが考えようによってはたったの一日しかない。だから俺は明日学校を休むことにした』
『華都……』
『こうでもしなきゃ先輩には絶対勝てないからな。いや、絶対は言い過ぎだが、今のままじゃ勝てる見込み薄なのは確かだ。……先輩は全力で俺を叩き潰すといった。向こうが本気ならこっちも本気で行くべきだ。やれることは全てやる』
『なら、あたしも学校休むわ』
『は? いやいや、何もお前が付き合うことはない』
『今華都だってあたしに言ったでしょ。やれることは全てやるって。一人より二人よ。仲間外れは許さないんだから』
ラプソ内からでも分かる直向きさ。こいつもこいつで腹をくくったのか。認識を改める必要がありそうだな。
『相分かった。それならとことん俺に付き合ってもらうからな!』
『そうこなくっちゃ。あ、けど少し待って』
『どうした?』
『父親に明日あんたと学校休むってこと伝えてくるから』
『……おう』
校長にも逃げずに向き合う勇気を身に付けたか。ほんと、変わったよお前は。俺も人のことを言えないくらいにはな。
――困ってる人を助けるのに理由なんていらない。
ふと脳裏を過ぎる言葉。これは誰の言葉だ? 懐かしいが思い出せない。最近こういうことが多いから困り物だぜ。俺ももう歳なのかもな。
そんな年甲斐もないことを考えていると月が戻ってきた。
『これからどうするの?』
『まずこの時間を効率よく使うためにやることを決める。やることはレベル上げとスキル修得の二つだ』
『前者のレベル上げだけど、華都今経験値いくつなの?』
『八十五パーセントを超えた辺りだから、二人で時の間に篭もっても一時間一パーセント計算で十五時間掛かる計算だな』
『十五時間……中学の夏休みを思い出したわ』
『あん時はヤバかったよな。篭もり続けて三時間も経たないうちにお互い無言だったし。ただ今回は悠間の奴に声を掛けるつもりだ。頼っていいと面と向かって言ってくれたからな。それからもう一人都合の付きそうなフレンドを呼んで四人パーティーを組む。そうすりゃ三時間くらいは短縮できるはずだ』
『狩りが終わったあとだけど短くてもいいから仮眠をとりましょ。寝ないことの恐ろしさをあたし達は知ってる。頭がまともに働かず操作がおぼつかなかったら元も子もないし』
『そうだな。そうしよう』
『それで、スキル修得だけど具体的にはどうすんの?』
『先輩は俺の覚えたスキルを全て把握してるからその穴を突く。決闘中、一度しか使えない《ホーリーミラー》を明日までに修得して一矢報いる機会を伺う。修得のために龍の寝床に向かうのはしんどいが』
チラリ月を見遣ると肩を竦める仕草を取って、
『付き合ったげるわよ。ここまできたらとことんね』
『……助かる』
それから俺達は悠間と凛之助を交え朝まで狩りに励んだ。お陰でレベルも一上がりこれでまた先輩に一歩近付くことができた。
その後、悠間達と別れ仮眠をとり起きたのは昼の十二時。泥のように眠るのは全てが終わってからだ。再度月と合流し今度はスキル修得のために龍の寝床までいき無事修得クエストを終え、次に一部共通装備を月から借り受け準備を整え――決戦の時が訪れた。
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次回11月27日に投稿予定。