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かま×なべ  作者: 涼御ヤミ
かま×なべ 1
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第四章『罪×罰』②

 生徒指導室くらいは覚悟していたが、連れてこられた場所は誰が予想できようか校長室であった。

 手広い校長室にはやたらと高そうな物が目に付き、棚にはトロフィーや(たて)、額縁に入った賞状が飾られていた。これを見ているだけで時間が潰せそうだ。

 机を跨ぎ相対する校長は、ハードボイルドとでもいうのかタバコの煙を(くゆ)らせてるのが似合いそうな四十くらいのおっさんだった。少しだけ残ってるアゴヒゲが何とも言えない渋さを(かも)し出している。

 ――重い沈黙。

 このソファーに座ってると勝手に沈むからかなり高級なんだろうなーと現実逃避的なことを考えていると、ようやく校長が口火を切った。


「全く、入学して早々世話の焼ける……」


 誰彼の区別なく呟き落とす。

 口調から怒りと呆れがないまぜになったのが十二分に()み取れる。こりゃあこってり絞られそうだ。


「あまり私を困らせないでくれ――月」


 ほらな、って、え、月? 呼び捨て??

 ムッとしたような表情を浮かべる月は刺すような視線で校長を射ると、


「……こんな時だけ父親面しないでよ」と。


 まさか校長と月が親子だったとは思わなんだ。この事実を知って俺は今どんな表情を浮かべているんだろう。手でペタペタと顔を触る。うん、分からん!


「実の父親に向かってその態度はいかがなものかと思うが」

「その歯に衣着せぬ物言いが嫌だって言ってんの! お母さんが出て行った原因を作った張本人のくせにっ!!」


 部屋中に響き渡るくらい思いっきり叫ぶと、憤懣(ふんまん)やる方ない様子で走って部屋を出て行こうとする。


「こら、待ちなさい!」


 呼び止めるも虚しく、果たして月の耳に届いているのかも分からぬまま当て付けのように校長室の扉を勢いよく閉めた。

 無駄に広い室内に男二人が残された。

 俺がここにいること自体違和感しかない。校長と一対一で何話せっつんだよ。俺も月に(かこつ)けて立ち去りたいが、後が怖いからとりあえず待機だ。

 こうして無言を貫いていると、不意に校長が視線を向ける。


「君、名前はなんと言うのかな?」

「あ、えっと、穂積華都と言います」

「穂積君か。知っての通り私がここ南條高校の校長、神宮寺(じんぐうじ)隆徳(たかのり)だ。以後よろしく頼むよ」

「こちらこそ」


 ……今の今まで知らなかったなんて言えない。


「率直に訊くが、君は月とはどういう間柄なんだい?」


 関係と訊かず間柄と言う辺りが大人だ。


「……ただの友達です。それ以上でも、それ以下でもない」


 ふむと呟き落とし顎の辺りに触れる。校長の望む解答が何かは分からないが、ひとまず怒ってはいないようだ。


「小中はどの学校に通っていたのかな?」

「南野小と柳沢中ですね」

「月とは異なる学校、か」


 何やら思案に余る校長。


「まさかこの短期間でここまで月と仲良くなるなんてね。(おど)されてやったというわけでもないのだろう?」

「ええ、まぁ」


 一概(いちがい)にも違うと言い切れないのが複雑なところだ。つっても仲良くなる前の話だけどな。

 それから短期間というと語弊(ごへい)があるかもしれないが、それこそ校長には知る由もない話だ。


「いやはや、先ほどは恥ずかしいところを見せてしまったね」


 罰が悪いように笑う校長に俺は言葉を投げ掛ける。


「いえ、理由も知ってるんで大丈夫ですよ」

「なにっ、理由まで知っているのか」


 しまった。薮蛇(やぶへび)だったか。


「あ、いえ。校長が浮気をして妻に出て行かれたというのをあいつから聞きまして」

「月が君にそんなことまで……これは驚いたな」


 文字通り驚いたと言わんばかりの表情。そして口を()いて出る弁解。


「他の女性に手を出してしまったのは私の不徳の致すところだ。気の迷いと言っていい。きっと仕事が問題続きで疲労していたのが(たた)り、魔が差してしまったのだろう。君も大人になればいずれ分かる時がくる」


 分かりたくないな、そんなの。


「と、これでは言い訳にしか聞こえないな。悪いが今のは聞かなかったことにしてもらえると助かるよ」

「ははは……」


 愛想笑いを浮かべる俺に、校長が膝に肘を付き、両手を口の前で組むポーズを取り斜に構える。


「身の上話はここまでにして、そろそろ本題に移ろうか」


 本題というと、放送室をうっかり占拠してしまったことか。


「その、月を責めないでやってください。あいつも悪気があってやったわけじゃないんで。とにかく必死だったんですよ。俺も月も。それに月を(そそのか)したのは俺みたいなものなので咎めるなら俺一人にしてください」

「皆まで言わずともいい。華都君は華都君の意思で月を助けてやりたいと思って行動したことなのだろう。多少やり方に問題があったにせよ、正しいことをしたと君は誇っていい。教育者として言うべき言葉ではないがね。いや私情を挟むなど私らしくもない。情にほだされてしまったかな」

「校長先生……」


 肩を竦める校長に、俺はきつく唇を結び居住まいを正す。

 姉と(わだかま)りがあること。そして神藤先輩がどうしてあそこまで月を目の(かたき)にするのか。その理由さえ分かれば解決へと直結するのに。

 そう俺が口にすると、


「君の目には本当にそう見えるのか?」

「え?」


 違うのか? てっきりそうだとばかり思ってたが、それは俺の思い過ごしだったのか?


「物事を違う角度から見てみるといい」助言を仰ぐ。「何も玲霞は(いきどお)りを感じてそんなことをしているのではない。なぜなら……と、いかんね。口止めをされているんだった」

「教えてください」


 校長の目を見て俺は真剣に訴える。これ以上は何も口にしない。しかし俺の熱意はしっかりと通じたようだ。校長は重荷を下ろしたように息を吐くと、


「これから話すことは私の独り言でしかないから口を挟んだところで意味はないよ」


 俺は頷いた。


「玲霞は昔から頭のいい子だった。感情で動く月とは違い人の表情や感情を見て取りうまく立ち回る(すべ)を持ち合わせていた。今にして思えば少し精神的に病んでしまった母親を看病するために自ら進んで母親についていくと名乗りをあげたのだろう。あの子は見た目は子供でも中身は逸早く大人になっていたんだ。あれは月を第一に思ってるからこその行動だ。確かに傍から見れば避けているようにしか見えないかもしれないな。愛情の裏返しというと聞こえがよくなるかもしれない」

「……」


 俺は考える。

 月がそう言ったから勝手に決め付けていたが、校長の言う別の角度から物事を考えてみた方がいいのかもしれない。そうしなければ出ない答えもある。そんな気がした。


「玲霞も月もあまり本音を表に出そうとしないがとても優しい子達だ。これからもよろしくやってくれ」

「はい。……それから校長先生に少し訊きたいことがあるんですが」

「なんだい?」

「さっきの月の放送の意味、校長先生には分かりますか?」

「さっきというと、放課後、一匹の狐が見守る丘というくだりのことかな」

「それです。差し支えなければ教えてほしいのですが」

「確かに私にはその意味も分かるし、待ち合わせに指定した場所もおおよその見当は付く。が、直接教えてあとで月に叱責(しっせき)を受けたくはないからね。ヒントくらいならあげよう。――あそこは神様が住まう場所だ」

「神様が住まう場所……?」


 謎めく言葉に余計に思考がこんがらがる。

 (ひらめ)きならある方だと自負しているが、あいにく連想ゲームは得意じゃない。名詞じゃなくて答えを教えてくれりゃいいのに、校長も中々に人が悪い。

 ただまぁ、なかなかどうして実に有意義な時間だった。

 ソファから立ち上がり部屋を出ていこうとする俺を、しかし校長が呼び止めた。


「それと君達の処罰についてだが」

「あ、やっぱりありますか」

「他の先生方や生徒の手前、お咎めなしというわけにもいかないからね。今回は訓戒処分という形をとらせてもらうよ。そうだね……今日から一週間、全学年のトイレ掃除でもしてもらおうか」

「分かりました」


 謹慎や停学に比べたら大甘だ。掃除は嫌いじゃないし手放しでやろう。


「それと言い忘れてましたが」


 部屋を出る前に校長先生に向き直る。


「俺、月とは三年半以上もの付き合いですから」




 疑問符浮かべる校長を一人部屋に残し、やおら校長室を出る。

 意外と長話をしていたようで、とうに昼休みは終わっていた。


 鞄は教室に置きっぱなしだし飯を食いっぱぐれたまま授業を受ける気にもなれず、俺は月を探すことにした。

 近くを見て回ったが月の姿はない。ひょっとしたら教室に戻ってるかもしれないと後ろの扉から教室を覗くも席は空いたままだ。

 別の場所を探そうとした矢先、気配でも察知したのか悠間が俺を見遣(みや)りにやりと笑う。お前は授業に集中しろと黒板を指差してやる。真剣に教科書と向き合ってる濃野を見習えってんだ。ブーメランなのに関しては言わずもがなだが。

 ここで俺は消去法で屋上だと予想し、突き当たりにある自販機でジュースを二本買い屋上に足を運ぶと、案の定月がいた。

 壊れてない金網に手を掛け――そういえば校長に報告しといた方がいいな――比喩(ひゆ)ではなくどこか遠くを眺めている。俺に気付いた様子はない。

 俺は後ろからそっと近付き首筋に缶ジュースを当てる。もちろんキンキンに冷えたやつをだ。


「わひゃあっ!」


 いきなり後ろから抱き付かれた時みたく飛び上がる月。

 阿波踊りのように足がハの字、膝がクの字になっている。

 そして見返り、俺を見て取ったのか(わし)のような鋭い目付きで(にら)む。


「急になにすんのよっ! 心臓止まるかと思ったじゃない!」


 ぷりぷり怒って(しつけ)の悪い犬みたいだ。いつも通りの反応にほっとする。別に俺にMっ気があるって意味じゃない。


「景気付けの一杯だ。貴重な俺の奢りだぞ」


 ほれ、とオレンジジュースを差し出す。


「はあ!? …………ありがと」


 受け取ったジュースを当て付けのように力一杯振り缶のプルタブを開け飲み物をあおぐ。よほど喉が渇いてたんだろうか。

 俺の奢りを一気に飲み干した月は、缶を握ったまま再度遠い目を向けた。

 月の隣に立ち黙ったまま遠くを眺めていると、月が誰彼なしに心情を吐露(とろ)し始める。


「時効とかそういうものでもないし昔ほど怒ってもないけど、顔を合わせるとどうしても感情が抑えきれなくなるのよ」


 俺は校長が口にした愛情の裏返しという言葉を思い出す。

 それってつまり、ただ素直になれないってことだよな?


「今日先輩に会って話したら絶対によくなるって」


 根拠もなく言った俺の言葉にそうよねと努めて明るい声を返される。

 無理してるのが丸分かりだ。


「ずっとここにいるのもなんだし、あたし達も授業に出ましょ」


 罰が悪そうに先行く月の背中を俺は黙って追い掛けた。




          ♀ × ♂




 気付けば放課後となり、トイレ掃除中にもかかわらず悠間がずかずかと入ってきた。


「華都さ~、ちょっとは気ぃ利かせて起こしてくれたっていいじゃん」


 俺と月が教室に戻ってきた時には既に悠間が睡眠学習に励んでいて、放課後になるまで寝ていた悠間は聞けば掃除当番に起こされてここに来たらしい。


「俺が知るか。今は掃除中なんだから部外者は帰った帰った」

「あぁん。押さないでよ」


 キモい声を出すな。


「じゃあ僕も掃除に参加するよ。それならいいよね?」

「んだとこの…………それならいいか」


 ついラプソ同様損得勘定で考えてしまう俺の悪い癖だ。

 俺は手にしていた雑巾を悠間に押し付けてやる。さてと、そろそろ便器に着手するか。

 俺が掃除用具入れを漁っていると、


「神宮寺大丈夫だと思う?」


 大丈夫というと会う件についてか。


「他人事じゃないが月ならきっと大丈夫だ。今頃月は先輩と姉妹水入らずで話に花でも咲かせてるさ。俺達はここで吉報を待つだけだ」


 月も見ているであろう景色を、俺もトイレの窓から眺める。


「……そうだね」


 悠間の声もどこか物柔らかだ。


「でもトイレで待つのはどうかと思うよ?」

「うっせ」



 だが、吉報どころかその報告を俺達が聞くことはなかった。

 次の日、そしてまた次の日と月が学校を休んだからだ。



次回一週間以内に投稿予定。

誤字脱字、感想等あればお気軽にどうぞ。

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