第四章『罪×罰』①
珍しく早くに目が覚めた俺はラプソにログインしようとするもまだメンテナンスは続いていた。嘘だろ? 運営も寝落ちしたとしか思えない。
自宅にいたところですることもないためスマホの確認も兼ねて歩いて学校へと向かう。
自転車だったりスマホだったり月と現実で知り合ってからやたら身の回りの物が壊れてる気がしてならないが、あまり気にしないようにしよう。
到着してすぐ校舎裏に足を向けると割りとすぐに見つかった。裏口の前に落ちていたというよりかは無造作に置かれていたのだ。拾った誰かがここに放置でもしたんだろうか。まぁ探す手間が省けたな。
スマホを手に取ると案の定壊れていた。液晶はバキバキに割れ、塗装は剥がれ無数の引っ掻き傷が目立つ。長押ししても電源が付くことはない。確かめるまでもなかったが一応な。これを機に新しいのに乗り換えるか。
なんとなく教室に行く気にもなれず石段に座り朝練中の生徒を眺めているといきなり声が降ってきた。
「なに朝っぱらから黄昏れてんのよ」
声の時点で誰かは分かった。月だ。俺も大概だがこいつも随分と来るのが早い。
「黄昏れたって、今は夕方じゃないぞ」
「別に夕暮れ時じゃなくても使うでしょ」
「ん、まぁそうか」
億劫ながら振り返り月に向き直る。
「……どうして俺がここにいるって分かったんだ?」
「華都が昨日スマホ落とすの見てたから気になって来てみたのよ。悪い?」
「いや悪くはねえけど……あ」
まさかとは思うが、ひょっとしてこいつが俺より先に来て分かりやすい位置にスマホを置いといてくれたのか? だから俺の居場所も知っていたのか。
根拠もなくそう思う俺に、スカートを押さえながら月が隣に腰掛ける。
「……あたしはスマホ持ってないけどお婆ちゃんが持ってた方がいいって言うから今度買いに行く予定なのよね」
膝に頬杖をつきながら横目で俺を見る。月の言いたいことが大体分かる気がした。分かったからには俺から先手を打ってやる。
「じゃあ今度俺と買いに行くか?」
「えっ?」
不意の誘いにすっかり面食らう。まさか俺から言われるとは思ってもなかったようだ。きょとんとした顔を向ける月はハッと我に返ると、
「ま、まぁ、本意じゃないけど、暇な時なら付き合ったげてもいいわよ?」
なぜか上から目線だったが、月なりの照れ隠しと受け取っておこう。
因みに月の件はパソコンの電源を切ったあとじっくりと考え、その結果悠間の案を採用することにした。これ以上考えたところで良案が浮かびそうにはなかったし、だったら早いとこ決めて行動に移した方がよっぽどいい。
会話の最中、なんと悠間までもがやって来た。いつも通り能天気な声を出す。
「全く昨日は災難だったね。また時間ある時にでも手伝ってくれよ」
「ああこいつがジャスティスね」
「げっ、神宮寺」
「げっとは随分なご挨拶じゃない。現実では初めて話すでしょうに、ジャスティス」
「まーそうなんだけどさ。ところでそのジャスティスって呼び方止めない? 恥ずかしいから」
「なんで? ネトゲ内だと別に普通でしょ。現実でも大して変わんないわよ」
「それとこれとは全くの別問題だと思うんだけどなあ。ほら、神宮寺だって現実でメルトなんて呼ばれるのは嫌だろ? それと同じさ」
「あたしは別に気にしないけど。華都は?」
「俺も特には」
「僕かっ、僕だけなのかっ」
懊悩しながら食い下がる悠間に得てして俺は助け舟を出す。この場合、月にというのが正しいかもだが。
「まぁ待て悠間。お前、前に自分で言ってただろ。僕の名前は急に現実で呼ばれても平気なものにしてあるって」
「へっ? そうだっけ?」
「そうだぞ。お前は覚えてないかもしれないが、だから現実でもじゃんじゃん呼んでくれってな」
「言われてみればそんなことを言ったような……うん、分かったよ。神宮寺っ! これから僕のことは気軽にジャスティスと呼んでくれ!」
「わ、分かったわ」
サムズアップする強気な悠間に、少し引き気味の月。
口元に手を当て月が俺に囁きかける。少しこそばゆい。
「(あんた今の話本当なの?)」
「(いや今俺が適当に考えた作り話)」
「(やっぱり……)」
はあ、と思い切り嘆息する月のことはさておき、俺は悠間に顔を見合わせる。
「そういや今日はやけに早いな」
「そりゃまだメンテが終わってなくて家にいてもやることないからね」
考えることはみんな一緒のようだ。
「フレンドの場所検索かけたわけでもないのによく華都がここにいるって分かったわね」
「なんかこっちから華都のいる気配がしたんだよねー」
「え、あ。そうなの……」
今度は完全なドン引きだ。
こいつは中学からこんな感じだからな。もうとっくに慣れた。
……ん? 待てよ。そういやこの流れ、どこかで見たような……あ、昨日の晩か。てことは必然的に次に来るのは師匠……!? って、それこそないない。もうこれ以上誰も来るわけが――
「おっはよー! あれ、みんなお揃いだね」
「しっ、師匠――って、なんだ濃野か」
「まさかわたしお呼びじゃない!?」
「あ、いや、そういう意味で言ったんじゃないんだ。ウェルカム濃野。おはよう濃野」
「うん、おはよう穂積くん」
天使のような笑顔。朝から濃野を拝めるなんて最高にハッピーだ。というか濃野までどうしてここに?
そのことをたずねると濃野は悠間に目線を向け、
「内越くんの姿が見えたから、もしかしたら穂積くんもいるんじゃないかと思ってついて行ったら本当にいるもんだから吃驚しちゃったよ」
「すげえ偶然だな。朝っぱらから全員が同じ場所に揃うって」
「そうだねー」
同調する濃野を俺はしげしげと眺める。
さっきは冗談で済ましたが、ここまできたら濃野が師匠って可能性もなきにしもあらずなんじゃないだろうか。
俺が舐め回すように見ていたのに気付いてか、濃野が面映ゆい表情を浮かべ、しなやかな体躯を動かした。
気になったからには訊かなければならない。俺は濃野に話し掛ける。
「あのさ濃野。お前、《ラプソディ・オンライン》って知ってるか?」
俺の問いに、濃野は純真無垢に小首を傾げる。その一挙手一投足すら可愛い。
「《ラプソディ・オンライン》? どこかで聞いたことあるような……あ、オンラインってことはオンラインゲームとか?」
この反応を見て灰色の疑念が白へと変わる。
濃野は白だ(パンツ的な意味でも)。疑ってすまんかったと俺は心の中で謝罪する。
「ああ、まぁ正確に言うと三年半以上前に運営が始まったオンラインゲームで、ここにいる月や悠間と一緒に俺もプレイしてるんだ」
「えっ、わたし以外みんなやってるの? なんだか賑やかで楽しそう」
「実際楽しいぜ。今の今まで続けるくらいには」
「それならさ! いっそ部活があるといいかもね。ネトゲが主体の部活なんて皆目見当も付かないけど」と悠間。
「パソコン部とかだとやる建前になっていいかもな。確かこの学校、パソ部なかったし」
「おっ、その案採用っ!」
わいわいがやがや、ちょっとした盛り上がりを見せる場。
と、ここで濃野が来てから月が一言も喋っていないことに気が付いた。
「どうした?」
「や、あたしこの子と一切面識ないんだけど」
「同じクラスの濃野だよ。濃野椛。三年振りの特待生で可愛いし頼りに――そうだ。神藤先輩の件、濃野にも話してみたらどうだ? 濃野なら絶対助けになってくれると思うぞ。頭いいし」
「え……」
俺の言葉に何やら逡巡するように顔を伏せる。
ってそりゃそうか。いくら助けになるっつっても、知りもしない他人にこんなペラペラと身の上話をしたくはないよな。もし俺が逆の立場ならあまりいい気分はしない。いくらなんでも節操がなさすぎる。悠間の時もそうだが、俺はもう少し熟考して然るべきだ。
「月、悪い。今のは聞かなかったことに――」
「華都がそうした方がいいと思うんなら、いいわよあたしは」
「……ほんとか?」
確認を取るように訊くと、月はこくんと頷いた。目を合わせようとしないから表情は読み取れないが、これ以上言及するのは野暮以外の何物でもなさそうだ。
了承して、俺は濃野に話のさわりを伝えた。姉と直に話がしたいこと。仲直りがしたいことについてを。
ひたむきに話を聞いた濃野はよしと奮起一番をして見せると、
「人に迷惑を掛ける行為をするのはあまり関心できないけど、友達のためなら話は別。一肌脱ぐのも厭わないよっ」と二つの意味で胸を張る。
濃野が言うと説得力があるな、色々な意味で。
俺の隣で固唾を飲んでいた月はやおら口を開くと、
「でもあたし……あ、濃野でいいのよね。でもあたし、濃野とは別に親しくないし、それなのに手伝ってもらうって、やっぱりなんか悪い――」
「だいじょ――――ぶぃっ!!」
突然大声を上げる濃野に、俺と月、それから悠間に運動場を走る野球部員までもが驚いていた。みんなして目をぱちくりさせている。
場が静寂の境に浸ったのを見届けてから、濃野が咳払いを一つ。
「華都くんの友達はわたしの友達。わたしの友達は神宮寺さん。ねっ、簡単な図式でしょ? そんなに難しく考え込む必要なんてないんだよ」
そう言って月の手を優しく包み込むように握り締める。
言ってることはジャイアニズムのそれだが、なかなかどうして説得力がある。
急なことに目を皿のように丸くし頬を朱色に染める月は長く鋭く息を吐き、
「全く、どうしてあたしの周りにはこうお人好ししかいないのかしら……」
まるで呆れるような口調。だが本当に呆れているわけではなさそうだ。どこか嬉しさも入り混じったような複雑な声色。
月がつっと目を細める。
「ほんと、みんなバカでお人好しよ。自分のことは後回しにして人のお節介ばかり焼く。どうしようもないくらいバカ。……でも、本音を言うとあたし今すごく嬉しい。……ありがと」
月の建前なんかじゃない本音に、濃野の弾けんばかりの笑顔が俺に向く。次いで悠間の法悦の笑み。
本音を言える関係ってのはすごく大切なことだ。
今の月を見て俺は深くそう思った。
「やれやれだぜ」
「他人事みたいに言ってるけどさ、華都も大概だと僕は思うよ?」
「は?」
「あらあら偶然、なんとこんなところに手鏡が」
さっと俺の前に出された手鏡に俺のにやけ顔が映る。頬が弛緩し何とも情けない表情になっていた。月がじと~っとした目付きで俺を見る。
止めてくれ月。その目は俺に効く。
とりあえず予鈴が鳴るまでにはまだ時間もある。
濃野にある程度の事情を伝え、とりあえず話題は悠間が提案し可決された放送室占拠の話へ。ブレインストーミング。
「考えたんだが、放送室に入れるようになるのは放送部員が利用する昼休みだろ? だから実行に移すのは昼休みに入ってすぐの方がいいんじゃないか?」
「確かに話を聞く限り実に合理的だね。それじゃあ次にみんなの役割分担について話し合いをしようか」
「こうなると思ってあらかじめやることは決めてある。まず放送部員を誘い出すのに一人。その時間はどこに誰といたというアリバイを作るのに一人。一時的に放送部員を占拠し逃走援助するのに二人で、一応その役は異論がなきゃ俺と月がやろうと思ってる」
「ということは、残りは誘い出す役とアリバイ作りだねっ。そうだなあ、人と話すのは比較的得意な方だから、その役わたしが引き受けようか?」
「いや、濃野は思ってる以上に顔が割れてるし、誰が共犯なのか訊かれたら一発でバレちまうだろうから止めといた方がいい」
「そっかぁ……残念」
「やっと僕の番が来たようだね」
真打登場と言わんばかりに悠間が歩み出る。
口元から白い歯をのぞかせ親指で自分を指すと、
「濃野に代わって僕が放送部員を誘い出すのに一役買うよ。僕のカリスマ性をもってすれば誘い出すくらい赤子の手を捻るようなもんだからね」
「お前じゃ特徴なさすぎて誘い出すのすらままならなさそうだな」
「それもそうね」
「なんか僕にだけあたりきつくない!?」
本気で悲観しているようだが、ラプソの時と大して扱い変わんねーだろ。
悠間じゃ心もとないってことで、結局濃野がその役をやることになった。まぁそれしかないわな。
髪型を変えて対策を取ると濃野は言う。どんな髪型になるのか楽しみだ。
しかしスマホがないから連絡が取り合えないのが不便極まりない。もしスマホが手元にあれば作戦に託けてナチュラルに連絡先を聞けただろうに。くそが付くほどもったいねえ。
ラプソみたいに個チャでも飛ばせればいいのに。これだから現実ってやつは……おっと、これ以上の愚痴は俺の美学が許さない。その美学自体なんなのか俺にもよく分からんけども。
♀ × ♂
昼休み。一階。
場所は放送室の見える一隅。
「右よし、左よし」と俺。
「後方よし、前方よし」と月。
「歩行者よしだよ穂積くんっ」と濃野。
「バックオーライ……って、別に俺らは車に乗ってるわけじゃないぞ」
「えへへ」
因みにここにいないってだけで、悠間は別の場所に待機している。アリバイ作りという思った以上に荷が勝つ仕事だからな。おとなしくそこで待ってろよ。
所定の位置についていると放送部員がやって来るのが見えた。
野郎二人組でネクタイの色的に二年だろう。
そのうちの一人が手に鍵を持っており、放送室の前に立つと鍵穴に挿し込み始めた。行くとすればこのタイミングだ。
「それじゃあ不肖濃野椛。無事役割を果たしてくるねっ」
言うが早いか、軽い足取りで上級生の元へ行く。
今の濃野はクラスメイトから借りた伊達メガネを装備し、ポニーテールに髪をくくり、いかにも上級生らしさを醸し出している。念には念をと三年の先輩にリボンを貸してもらったようだ。この時点で人脈の広さも窺える。あと可愛い。
いきなりの天使の襲来に慌てふためく二年生。あらかじめどうするか決めておいたのか「北野先生が向こうで呼んでたよ」と職員室の方を指差し呼び出しがあった旨を伝える。ほんとやることに抜かりがない。
「えっ、顧問が俺達に何の用だろ……?」
「案内するからわたしと行こっ」
「はっ、はい」
こうして難なく連れ出すことに成功。濃野がこっちを見て目で合図を送る。
周囲を見回して俺は月にゴーサインを出す。先に行かせて放送室に入り、内側からすぐに鍵を掛ける。
いくら濃野でも連れ出すのに限度がある。時間はあまりない。すぐに実行すべきだ。
月は前に利用したことでもあるのか、放送したい先を手際よく設定し、ピンポンパンポーンと鳴るチャイムボタンを押した。マイクをオンにし音量調整し、喋る。
『えー、匿名希望者より、三年の神藤玲霞へ。放課後、一匹の狐が見守る丘で待ってる。……以上』
放送を切る音。意外とあっさり言い終える。
……一匹の狐の見守る丘? それってどこのことを言ってんだ?
してやったりって顔した月が俺にそっと目配せする。あとは任せたって意味だろう。任された。
「やることやったし、あとは窓からずらかるだけ――って窓がねえ!?」
「はぁぁ? あんた事前に下調べとかしてないの!?」
「確認する余裕がなかったんだよ! それに、放送室窓でネットで調べたらあるとこばっか出てきたから勝手にあると思っちまったんだ」
「ああもういいわ。こんなとこで悠長に駄弁ってる暇なんてないでしょうが」
「……それもそうだな」
水掛け論手放し、唯一の出入り口から逃げようと試みた瞬間、ドアをドンドン叩く音。こわっ! 某集金人かよ。
「ここを開けなさい!」「何やってんだ!」という怒号が飛び交う。放送室の中にまで聞こえるって中々の声量だぞ。それに一人じゃなく既に何人もいる感じだ。そういえば隣の隣が職員室だったような気がするが今更どうでもいい話だ。
「ちょっと華都どうすんのよっ!」
既に色々なことをやらかした月が俺の肩をゆさゆさと揺さぶる。事ここに至って事の重大さを理解したみたいだな。俺はもはや諦観の境地だ。
こうなったら土下座でもなんでもしてやろうと鍵を開け、潔く土下座しようとするもなぜか出来ない。疑問で頭が満たされていると扉が開き目の前には三人組の男性職員。顔には警戒の色が浮かんでいる。
「な、なんだ。抵抗しようと言うのか!」
「えっ? 何言って……ブッ!」
後ろを振り返ると、月が俺の手に箒を握らせていた。お前なんてことしてんの!?
「華都、これを杖代わりにジェネシスよ。ジェネシスぶっぱなさい」
「しっねーよ! じゃなくてできねえよっ! できたとしても人死にが出るわ!」
やるならせめてホーリーレインだろう。
「何をごちゃごちゃ言ってる! いい加減その手に持ってる武器をおろせ!」
「あ、いや、これはですね……」
「あっこら、近付いてくるんじゃない!」
勘違いも甚だしく一斉に飛び掛かった男性職員にガッチリと押さえ付けられてしまった。このまま、アッー! な展開だけは避けたい。
因みに月はというと、俺から僅かに距離を取り我関せずといった具合で両手を上げていた。
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次回一週間以内に投稿予定。