三章 夢 編
駆け付けた夏葵と翔琉は、夏葵の呼びかけに応えず無機質な機械音のする部屋で
横たわる照美を目にする。我を失いそうになる夏葵・・・
「何が・・大丈夫よ」
二つの影が動いた。
「お・・お前どうして」
「大の男が二人で・・なにしてんの・・・帰って」
「何言ってんだよ、夏葵」
翔琉の言葉を振り払うように、夏葵が言った。
「絶対に目を覚ますのに、やること一杯あるのに・・・」
「そ・・そうだよな悪かった」
渓が総を引き立たせる。
「あたしが、お母さんを絶対に呼び戻す」
抱えられながら歩いていた総が立ち止った。
「翔琉くん・・」
「あ・・はいっ」
消え入りそうな声で総は呟いた。
「ステージの最後のあれ、あり・・がとうって照美が」
夏葵の肩がピクリと反応した。
「見てた・・の」
「医者は止めたんだ、でも照美さん、もう少し・・もう少しって」
振り返った夏葵だったが、其処に二人はもう居なかった。
崩れるように翔琉に寄り掛かった夏葵は
しばらくの間声を押し殺し、翔琉の胸で
泣いていた。
ICUの中で。
照美は夢を見ていた。
バイクを押し歩く翔琉の横で、何度も振り返りながら
夏葵が手を振っている。
三年前、初めて夏葵が異性を照美の前に連れてきた
あの日の夢だった。
慌てて総に連絡をした自分。
全てが鮮明だった。
「今ね、あの子がボーイフレンドを連れてきたの
もう・・いいから聞きなさいって」
電話口の総はそれを許している照美に声
を荒げた。
「一つ聞くけど、渓に預けてたバイク手放した?」
思わず電話を遠避ける照美。
「今はバイクはどうでもいいってね、乗ってたの、そ・の・子・が
その横に夏葵が居てね、懐かしかったぁ」
何となく理解し始めたのか、元の声に戻った総。
「あのバイクを手放したとき、その子を見て決めたって
言ってたでしょ、許す許さないじゃないじゃない」
帰った夏葵にその時の話しを聞かされていた総
複雑な顔で聞く姿も・・鮮明だった。
用意してくれたバーベキューに、素潜りで
採った新鮮な魚介類。
集まったメンバーでのバンド演奏。
健が見せてくれた仕掛け花火。
夏葵のキーボードでのソロ演奏。
突然、その夢にノイズが走った。
「な・夏葵・・?」
薄暗い場所で泣く夏葵。
その夏葵の指先から、眩い光が放たれている。
その光が徐々に広がり出し、照美はその光に包まれた。
その光が弱まっていった時、何かが聞こえた。
ピッピッピッピッピ、無機質な音。
ゆっくりと照美の目が開かれていく。
視界の先、ただただ白いだけの天井。
手に伝わる温もり。
ゆっくりと横向いた照美は、しっかりと自分の手を握りしめ
突っ伏したまま眠る夏葵を見た。
(生きてる・・のね)
握りしめられたその手の薬指には、夏葵が大人の女になった証し
の指輪が、病室の照明に反射していた。
交代しようとやって来た翔琉。
夏葵を起こそうとする。
「いいの、もう少しこのままで」
「し・知らせてきます・・」
駆け付ける医師、それに続く看護師たち。
早る気持ちを押えながら、エレベーターに乗り込んだ。
高台からの眺め、はるか遠くに昨夜ステージをやり遂げた
シー〇ラ〇イスが見える中、翔琉は数時間ぶりの外の空気
を深く吸い込んだ。
電話口に出た総は、準備が済み次第向かうと言っていた。
喫煙コーナーで煙草をもみ消した翔琉はかかとを返す。
「お・・お前ら・・」
「お疲れ・・ほらっ」
宙を舞って来た缶コーヒーを受け取る。
「良かったな、これで次のステージに身が入る」
「何で・・上行ったのか」
メンバーの誰もがにやけている。
「いや・・そこの看護婦さんがな」
翔琉の後方を指さす健。
「ま、真由美・・」
「婚約の報告は自分でして来い、バカ兄貴」
「ここ・・横浜だぞ・」
「うちの外科部長がこっちに来たの、直々のご指名ってやつ」
気を利かせる健。
「ってことで、俺たちは車で一休みするよ」
「車無かったのに、ここまで何で?」
一度千景に目を向けた健、泣き腫らしたらしい真っ赤な目で
欠伸しているのを見て言った。
「鬼瓦・・岸部のおっさん」
(ああ・・そういえば会場で・・・)
「そうか・・で、病院の中に居たの?」
「んにゃ、野宿・・」
ステージで体力を使い果たしていた上に野宿だった面々は
キーを受け取った健に足早について行った。
数時間後、紛れもないトップモデルの二人が、あられもない姿
で眠る車が、駐車場の隅にあったのである。
その姿を写真に収めた夏葵。
冗談交じりに、編集社に送ろうかとの問いかけに
首を横に振ったおれだった。
言っていた通り、夕刻に現れた総と渓
にメンバーの誰もが驚かされた。
「こ、これを一日で?」
「ここは任せろ、照美待ってっぞ」
この二人の絆の深さは、まだ若輩者の翔琉たちには到底
たどり着けない深さを感じさせた。
「夏葵・・これで俺たち許してもらえるかい」
「これ・・・」
「そうだ、照美の為なら宇宙に居たって飛んでくる奴らがな、
あれだけ集まったのは、何十年ぶりだ」
一台のキャンピングカー、車体の大きさに加えボディーに
ペイントされた、それは紛れもなく夏葵だった。
「夏葵、こっから先暫くは忙しいぞ、総は照美を連れて
軽井沢で暮らす」
「別荘で?」
「もう、仲間が総リフォームしに向かってる、これは
離れてても夏葵が傍に居るって意味で仲間が描いた」
「その・・方が・・いいかもね」
「あれ?」
「ガッカリすると思った?」
夏葵の後ろに千景とチエが。
「大人になったな、夏葵」
「そうよ、仲間もね」
そう言って見渡す夏葵と目を合わせた俺たち。
「照美の娘だな、何かあれば俺が近くに居っから」
「じゃあ、一旦戻るね」
「おう」
チエのワーゲンバスが走り去るのを見送ってから、
ちょっと乱れていたオールバックの髪を整え、入り口の
回転扉に向かって歩き始めた。
次の話に興味を持って、この話しを読み終えた人が居たなら少しは文章力が上がってきているのかと思うことにして、失礼します。
ありがとうございました。