二章 容体悪化編
少々短い気もしましたが、次の話に繋げるにはこの方がいいかなと、読んで下さった方が次話を期待してくれたら・・・
夏葵と総のやり取りで病院はわかった。
いつもの病院じゃないこと自体、緊急を要したに違いなかった。
(翔琉・・・・)
「翔流、コンビニ止まろう。」
夏葵がサングラスをかけた。
エンジンを切ったまま、キーが抜けない。
「何か知ってるんでしょ」
「だから・・早く」
「いいから降りよ」
半ば強引に翔琉を店内に連れて行く夏葵。
待合室、そこに居るに違いない。
自分に言い聞かせる翔琉、総の分も籠に。
籠に入れたコーヒーを見た夏葵。
「翔琉も拘る派?それいつもお父さんが飲むやつ」
「そうか」
「あっ、やっと笑った」
「そんなに食べるのか」
「これとこれはあたし、こっちはお母さんが好きなの」
レジのバイトの子がまじまじと夏葵を見ている。
小銭が足りなかった夏葵。
常にファンとの触れ合いを考え、なるべくこういう支払
を心掛けている、三年前に言ったことを実行していた。
翔琉がトレイの中にそっと足りない分を付け足す。
「あのう・・・」
レジの子が何かを言いかけた。
夏葵が無言で人差し指を口元に当てた。
「ちょっと翔琉、これお願い」
買い物袋を預かる翔琉の前で、サングラスをずらす。
バイトの子は屈みこんだ。
すぐ立ち上がったその手には、先ほど会場で販売されていた
オリジナルグッツのうちわが。
小声で話しかけた夏葵。
「見に来てくれてたんだ」
「本当は最後まで見たかったんです、でもバイトだから」
振り返った夏葵。
俺は無言で目を細めた。
「ペンある?」
辺りを見渡し、レジに客の来る気配がないことを確かめた
夏葵が言った。
すぐに取り出したペンを受け取り、うちわにサインした。
「名前は?」
「あ・・葵です」
「おんなじ字だね」
嬉しそうにする葵、サインの脇へ葵へと入れた。
「いいのか・・」
「うん」
サングラスを外し、葵の胸ポケットに差す。
「その・・指輪?」
夏葵は葵に片目をつぶった。
素早くその場を離れる二人の背中に向かって
何度もお辞儀する葵だった。
「可愛かったね、葵だって」
「見てみ前」
ゆっくりとバックしながらの翔琉の言葉。
何気なく目を向けた先。
ぽかんとした顔で指をさす、立ち読みをしていた男性。
すぐに隣の友達らしき男性も気付いた。
小さく手を振った夏葵。
男性同士で抱き合う姿。
「っぷ、葵ちゃん」
突然店内で抱き合った二人組に、目を白黒させる葵を見ながら
その場を離れたのだった。
「だいぶ落ち着いた」
「夏葵のほうが辛いはずなのに・・ごめん」
「男が簡単に頭下げない」
「はい」
「よろしい」
「あっ、これ右だ」
緩やかな上り坂を上がり切った高台の上に
その病院はあった。
洒落た回転扉の入り口、すでに消灯している。
ガラスに張られていた案内に従い、やって来た夜間入り口で、
翔琉が明りの漏れている小さなガラス窓をノックした。
「救急ですか」
「いえ、母が緊急で運ばれたんです」
「翔琉・・・・」
「ん?」
「今母って・・・・・」
「だろ」
「ここにサインして」
翔琉がサインする。
「夜の病院、やっぱり少し怖いね。」
夏葵が絡めた腕、小刻みに震えているのが体温
と共に伝わっていた。
どうやらこの先の突き当たりの左手に
ナースステーションがあるらしい。
話し込んでいる声。
二人の足音に気付いたのか、ピタリと止んだ。
病院には少々場違いな浴衣姿の二人の
顔が見えるか見えないかという所だった。
「とっくに消灯で・・・・・」
次々とナースステーションに、その態度は
逃げるに近い。
残されたのは、注意しかけたナースだった。
「夏葵・・・・・ちゃんよね」
「そうです」
「婦長の魔宮です、あなたは?」
「婚約者なんです。」
夏葵の言葉に、ナースステーションの中が
にわかにざわついた。
「あなたたち、見回りはどうしたの・・・
すいません・・こっちです」
俺は、願ってはいけないと思ったが、どうしても
その願いを消し去ることができなかった。
案内先が、最悪の場所でないことを。
婦長がエレベーターの前で止まった。
つい先ほど、二人が乗ってきたエレベーター。
俯いている夏葵に対し、翔琉の視線は婦長の指先に
注がれる。
視線の注がれていた指が、上を向く三角マークを押した。
大体どの病院も、翔琉の思っていた最悪の場があるとすれば
地下が多い。
地下でないことは確かである。
懸命に頭の中で余計な考えを振り払う。
入り口に近いところに立った婦長、後ろに回り込むようにして
エレベーターに入った二人。
「行先は三階です」
振り向きもせず言った。
それまで俯いていた夏葵が、翔琉を見上げた。
「翔琉・・・」
「ああ・・」
婦長が立ち止った。
「I・C・U・・」
「どうぞ、入る前にそちらで」
消毒用のアルコールを吹き付けた二人は
ついていく。
「ぉ・・お母さん」
返事はない。
返ってくるのは、ピッピッピッという無機質な音だけ。
「お・・お母さん・・帰ろ・・」
「な・・夏葵?」
夏葵の目は、焦点が定まっていない。
「外でお話しします、婚約者の方彼女を」
今にも照美に触れようとしていた夏葵の肩を抱いた。
崩れるように翔琉に寄り掛かった夏葵を連れ出る。
うわ言のように照美を呼ぶ夏葵の頬を、婦長の平手が。
「お母さんは、あなたのところに帰ってこようと
頑張ってるの、しっかりしなさい」
「お・お父さんは?」
薄暗い廊下の先を見つめる婦長の間宮。
「今日明日が峠、私は信じています」
「ありがとうございました」
「その先の休憩所に・・・では」
婦長の間宮がエレベーターに消えていくのを
見送った翔琉が夏葵を抱き抱え薄暗い廊下を
歩いていく。
足音に気付く様子もなく、薄暗い待合室で
俯いたまま座り込む二つの影があった。
不意に翔琉の腕をすり抜けた夏葵は、弱弱しく
二つの影に向かって歩き始めるのだった。
なるべく早く次話を投稿したいと思います。
ありがとうございました。