第八話 窃視せよ! 桃源郷を 【中編】
ウ~ウ~ウ~
「!? なんだ! このサイレンは!?」
第二校舎の屋上までやってきた俺の耳を騒々しいサイレンが襲う。
「あーあー、ただいまマイクのテスト中。えー、また奴が懲りずに現れました。監視担当の方々は暗視ゴーグルを着用してください。ゴム弾の使用まで許可されています」
サイレンの後に物騒な放送が流れた。おいおい、どうゆうことだよ。難易度がハードから一気にエクストリーム+くらいになったぞ?
恐る恐る地上の女子監視員を見てみると暗視ゴーグルを着けていた。さすが士官学校。暗視ゴーグルが普通に配備されてるのか…と感心していると携帯(電話っぽい機械)のバイブレーションが鳴る。
「ん? 誰からだ? 瑞穂? えっと…この携帯(っぽい以下略)の使い方は…あ、こうか」
「もしもし、俺だ。大丈夫か?」
「大丈夫じゃない、問題しかない。なんだよ、監視員まではまだ理解できるけど、なんで暗視ゴーグルまで装備しているんだ?」
「予想で来てるかもしれないが、あのアホのせいだ」
やっぱりか…常習犯だからか?
「あぁ、確か全25回中22回見つかっている。毎度毎度処分が甘いことにはらわたが煮え繰り返っている女性諸君は暴徒鎮圧用のゴム弾まで装備している。仕方が無い、窃視はれっきとした犯罪だから」
まさかの25回だと!? しかも22回バレても懲りないってどうゆうことよ……
「ま、あれはバカだからな……」
……絶句だ。だが、あいつのせいだと言うならあいつはどうやってこの危機を乗り切るつもりだ?
「さぁ? 興味が無いから知ろうとも思ってなかった。ところでどうする? このまま覗きに行くのか引き返すのか。俺としては引きか…」
「覗きに行くさ、男だからな」
「それが男なのか?」
即答したが疑問で返された。こいつ本当に竿と玉付いてるのか? ここまで欲望がないと……アレか? まさかアレか?
「おい……? なんか不名誉な想像をされた気がしたんだが?」
エスパーなの!? こいつエスパーなの!?
「まぁいい……お前が協力して欲しいなら協力するが?」
「は!? マジで!!」
いきなりの申し出に驚いた。だったこいつさっき「相手は暗視ゴーグル装着して鎮圧用ゴム弾を撃ってくるから引き返せ」って言ってたじゃん? どういう心境の変化だよ?
「その…なんだ、俺だけお前に何も出来てないと思ったらどんなことをしてでもお前に喜んでもらいたいと思ってな」
…なんかこの子メッチャ良い事言ってるんだけど、結局は覗きを手伝ってるんだから悲しい。でも
「自分で言うのもなんだけど、俺がやってるのは犯罪だぞ? それを支援するってお前頭大丈夫か?」
お説教タイム突入、そして終了。
「本当に君に言われたくないな…けど、犯罪をしたところで『沢渡透』は戻ってこない。伝わってないかもだけど、俺はお前が戻ってきてくれて嬉しいんだよ。お前の存在はプライスレスだ。だからお前にとってのプラスになることをしてやりたいんだ」
なんだ? これは…感動する場面なのだろうが、やってることは覗きだぞ? うわ…俺かっこ悪い…けど。
「そうか、助かるよ…『ミッチー』」
「で? あの暗視ゴーグルの性能ってどんな感じなんだ? やっぱり緑なのか?」
暗視ゴーグルの詳しい原理はよく分からないが、可視光線で最も知覚しやすい緑色を知覚するために波長だの周波数だのを弄っているらしい。
たぶんこんな感じ、間違ってても知らない。
「そういうことは忘れているんだな、じゃあ覚えているか? 人間が三色光だってこと」
「あぁ、それは分かる」
人間は赤、青、緑の三原色を知覚することができる。小学校の頃に絵の具で赤青緑で全ての色を再現できるって習った。
……この場合の明度ってどうなるんだっけ? 三原色に入るんだっけ? 色学は学んでないからなぁ……
「それが分かっているなら早い。現在の暗視ゴーグルは二色光の世界に変換しているんだ。だから色の区別はできないが、かなり明度の違いも鮮明に分かり暗闇であろうと日中と同じくらい鮮明な世界になっている」
なるほど、二色光か。多くの動物が二色光であるのは夜でも活動しやすいようにするためだそうな。夜行性の肉食動物なんかは人間みたいに夜の暗闇で何も見えないと絶滅するはずだし。
「おまけに言えば、視力強化装置も搭載されているから1km先の標的も認識できる。原理は公開されてないから詳しく知らないけど内部の装置で映像をほぼ0秒で変換しているからできているそうな」
映像を変換しているのか…スゲェな…俺の世界でも出来たのかな? 出来てたらやるんじゃない? テレビの映像とか見る限りじゃ画質悪い気がするし……とまぁ暗視ゴーグルの性能は十分に理解できた。
「で? ミッチー、俺は覗きができるのかね?」
「暗視ゴーグルの範囲に入ってしまえば不可能だ。しかし視野は広くはならないから死角から覗くしかない」
つまり女湯を覗くためにはまず監視員をどうにかしなければいけないわけか……
「良い攻略法は無いかな?」
「一番手っ取り早いのは『無力化』だな。俺が狙撃ポイントに移動する。そこから障害になる監視員をゴム弾か麻酔弾で無力化する。念のために言っておくがサポートするのは成功しようが失敗しようが今回だけだ、こんなこと二度もやりたくない、人として」
俺だって覗きが倫理的にアウトなことは分かってる! しかし、見たいだろ? だって俺男の子だもん。
ミッチーとの通話からの数分後、
「こちらΨ1、配置に付いた」
どうやらミッチーこと島村瑞穂のコールサインはΨ1のようだ。
「了解、状況はどうだ?」
「あぁ、幸運なことにその地点から七時の方向が手薄だ。そっちから回り込んでくれ」
指示通り、七時の方向に…七時の方向ってどっちだ? 俺から見て七時なのか? それとも南南東のことなのだろうか? と戸惑っていると
「はぁ…これはクロックポジションと言って七時は『時計回りに二一○°』という意味だ」
中々動かないからか落胆しながら説明してくれた。なるほど、角度のことなのか……記憶した。沢渡透はまた一つ賢くなりました。
というわけでそっちに移動した。確かに誰も居ない……というよりも監視員が倒れているようだ……屍? 気絶してるだけだよね?
「気絶しているだけだ、呼吸もしているし、脈も安定している。加えて言えば体温も安全だ。この状況でなければ屋外に放置しておかないのだが仕方ない」
高性能なアナライザーか何かでも持っているのだろうか? というかなんで気絶しているんだ?
「おそらく……」
「その質問は俺が答えよう!!」
ヘンタイが俺の横で大声を発する、何やってんの? この人?
「やはりお前の仕業か……見つかった時のためにスタンガンを携帯していたんだな」
「その通りである! さっきもそうやってあの場をどうにかしようと思っていたのに!! どこぞのタワケが屋上から突き落としてくれたから!!」
なるほど、そういう攻略法だったのか……でもさ、あの監視員さんめっちゃ叫んでたよ? 気絶させてもきっとバレてたよ?
「しかし、俺の助け無しでよくここまで来れたな」
シンが俺の健闘を称えてくれた。なぁに、そんなに難しくは無かった。途中でクリスを犠牲にしてしまったし……大丈夫かな? クリス。
「さぁ、友よ。ここからだ。ここからが待ちに待ったサービスシーンだ!」
とシンが4回目の成功に興奮していると
バァン!
と銃声が鳴り、シンがヘッドショットされた。