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第十話 『ヒーロー』

「何やっているんだ? 君は」

 偶然通りかかったのか、沢渡宗一オッサンがバカを見るような目で質問してくる。

「な、なんでもないっすよ?」

「ふ~ん……この上って確か……あぁそういうこと」

 げっ、気付いたようだ。トンズラしよ。


「……どうだい、この世界は」

 答えにくい質問が返ってきた。

「……どうってなんだよ」

「言葉通りの意味さ、この世界は気に入ってくれたかな」

 気に入る? そりゃ良い世界だ。けど、俺が命をかける理由にはならない。…俺にとってここはただの夢なのだから、夢に命かける奴がいるか?


「……まぁいいよ、はいこれ」

「なんだ? これは」

 なぜか地図を手渡してきた。どうやら男子寮の見取り図のようだ。そこには不自然な赤丸が存在した。なんだ? これは。


「その赤丸の所までクリスを運んでくれないかな? そこが彼女の部屋だから」

「クリス?」

 と思っているとオッサンの背中にクリスがよだれを流しながら幸せそうに寝ていた。……自分の代わりに連れて行けってことか、しゃーない。


「ところでなんで男子寮なんだ?」

「仕方ないだろ? 形式的には君の子供なんだから」

 はぁ、なんだか質問する気力を失ったね。



「くぅ~、スピ~」

 クリスが背中で寝息を立てている。

 そういえば、こいつが寝ている所は初めてだな。こっちの世界だとワープしないのか?

 俺はそんな疑問を掲げながら、クリスを部屋まで連れて行きベッドに寝かせた。


「んぅ~、トオルゥ~」

 可愛らしく寝言を言ってやがる。まったくカワイ……

「もう、やだよ。どっかイっちゃったら……」


 その言葉に俺は絶句した。多分この娘は無意識で言っているのだろう。

 だが、その言葉が俺の良心をエグるのは簡単だった。

「ずーと、一緒だよぉ」

 俺は無言で部屋を出た。


「ごめんな、クリス。俺は……ヒーローにはなれないんだ。だから……」



 何時からだろう……何でもできるヒーローを尊敬の対象ではなく、嫉妬の対象になったのは。


『見ろよ透! この前の中間試験で学年一位だったんだぜ!!』

『さすがは兄貴!!』

 俺にとって兄貴は御伽噺おとぎばなしのヒーローそのままだった。かつての俺は兄貴にできないことなんて無いと思っていた。


 事実、兄貴は大抵のことはなんでもできた。欠点なんて高卒であるというくらいだが、兄貴には関係ない。

 中学や高校の成績は国数社理英は5ばかりで、体育や家庭科、そして芸術も人並み以上の成績であった。

 さらに投資した会社はほぼ確実に上場し、賭けた馬は必勝で、くじもハズレよりもアタリのほうが多い。

 そんな兄貴を見ていた俺は自分の平凡さが辛かった。


『おい沢渡。お前はあの沢渡の弟なんだろ? もうちょっと頑張ればもっと良い成績取れるさ』

 中二の時の担任に二者面談で言われた言葉だ。いつもそうだ。俺は兄貴の劣化版のように見られていた。


 俺の成績は人に説教されるほど酷いものではないのに……

 しかし知力、人望、運という三つの要素を持っている完璧超人の兄貴に比べれば見劣りする。松と梅みたいなものだ。

 そんな俺は兄貴を尊敬するのを止め、いつの間にか嫉妬していた。嫉妬しなかったら矮小な自分に失望して生きることに限界を感じてしまうから。


 そう、だから、こんな俺だから

『ヒーローになれない』



「ぅぁあん?」

 どうやら寝ていたようだ。安眠妨害装置とやらがあっても寝れるんだな……

 だが、そこはおかしな世界だった。あのカラフルな住宅街とは違う。色なんてない。真っ白な世界だった。


「なんだよ? この世界は?」

「やぁ、初めまして『沢渡透』くん」

 真っ白な世界でぼんやりと霞んだ白っぽい人間が居た。

「誰だ? アンタは」

「ボクかい? ボクの名前は『沢渡透』。君にとっての『夢の世界』の『沢渡透』」


 こいつがあの『沢渡透』か……自分と同じ名前の人間の名前を呼ぶというのは気持ち悪いな。

「話を始める前に、アンタの名前を付けてもいいか? 二人とも同じ名前なのはややこしいから」

「それもそうだね。じゃあボクに名前をつけてくれ」

「俺が?」

「まさかボクに自分の名前を付けろと? 鬼畜だなぁ……それにボクは君にお願いをしに来たんだし、ついでに言えばネーミングセンスがあるわけでもない」


 いやいやいや、俺だってそんなセンスねぇよ……

 とはいえ、言い出したの俺だしなぁ……どういう名前をつけるべきか……自分と同じ名前のやつにアダ名を付けるなんて経験は無いからなぁ。

 名前からのアダ名は嫌だ……こいつの容姿はわかんない(けど多分同じ)……となると。


「そうだな…ファントムでどうだ」

亡霊(ファントム)か…まさにボクだね」

 どうやら気にってくれたようだ。


「で、頼み事とはなんだ?」

 『沢渡透』改めファントムに質問する。

「救って欲しいんだ。ボクの愛する世界を」

 またか……親子そろって。

「悪いが嫌だ、俺はヒーローになんかなれない」

「土下座でも何でもしよう。だからどうか…お願いだ」


 命乞いでもしているかのように必死に懇願してくるその男の醜さが不愉快だった。

「やめろ、別に男にそんなことをされても俺は別に意思を変えるつもりなんて無い」

 ……いや、仮にコイツがお姫様で『勇者さま! お願いです。この国を救ってください!!』なんてロープレの冒頭のような発言をしたとしても俺は勇者にも英雄にもなるつもりはない。なれるわけ無いからな。


「君が『イエス』と言うまで止めるつもりは無いよ。『ウザイ』と思ってくれても構わない。それでもボクは君に……」

「黙れ!!」

 その先のセリフは聞き飽きた。『蛙の子は蛙』とはよく言ったものである。父親オッサンとやることが同じ。

 もう沢山だ! 何回俺はこのくだらない会話を続けなくちゃいけないんだ!


「いい加減にしろよ! アンタが守りたいと思ってる奴らはアンタが死んだなんて思ってないんだぞ!! この俺を『沢渡透アンタ』だと思い、幸せそうに生きている。それでもアンタはまだ友人のことがそんなに大事なのか!!」

「愚問だね、思うよ。友達だからね。ボクの大切な人に幸せに生きていて欲しい、そう思うことの何がおかしいんだ?」


 言葉を失った。何を言っているんだ? こいつは。まるで……そうまるで……

『聖人君子? いや元聖人君子かな?』

 チサトの一言を思い出した。そう、こんな考え出来る人間はそうそう居るない。多くの人間は自分のために行動し、自分のために願う。


 『世界平和』なんてものを願っている人間も居るが、あんなのは『俺が平和に暮らすために』世界平和を願っている。

 善行を行うのも誰かに褒められたいたいか、もしくは自身の優越感などに浸りたいからだと思う。募金箱に募金するのは自分が恵まれていることを再確認し、弱者に施しを与えることを愉悦に感じるからではないだろうか? そしてその行為が『他人のためになる』という大儀を後付する。

 そう、俺はそういう風に思っていた。ひねくれてるかもしれないがこれが正しい考察だと俺は思っていた。……思っていたんだ。


「言いたいことはそれだけかな? その程度ではボクは折れないよ。ボクにはこんなことしかできない。傲慢な発想かもしれな、それでも君に頼むしかないんだ。」

 我慢の限界に達し、ファントムに掴みかかった。不愉快だ……不愉快極まりない!

「状況が理解できねぇのか! テメェは死んでんだよ!! アイツ等が生きようが死のうがもうアンタはアイツ等に会う方法なんてねぇんだよ!! だからアンタにはもう世界なんざ関係ねぇだろ!!」


「関係ない? 『だから』の使い方としては不適切だよ。もう二度と会うことが出来ないからって、それで関係無いのか? それは短絡的過ぎる。ボクにはまだ彼らとの繋がりがある。だからまだ関係は消えていない」

「関係が消えていないから? だから例え死んでいようと俺に延々と頼み続けるって言うのか? 白昼夢の分際で偉そうなことを言っってんじゃねぇ!!」

「白昼夢とは酷い言い方だね、確かに偉そうな発言をしたことについては謝罪しよう。それでもボクは、ボクの友達が生きてくれさえいれば良いんだよ」


 こいつの論理は詭弁だ。詭弁でしかない。……でも、なんでここまでこいつは言うんだ? ……こんな綺麗事が言える人間なんて居る訳が無い……居てたまるか!


「ふざけんなよ……そんな、そんな人間がいるか!! 誰だって自分が一番カワイイはずだ!! 友達が大切だぁ? そんなものは虫唾が走る!! なんで自分が死んだ後のことを心配できんだよ!?」

「なんで? なんでとはこちらが聞きたい。なぜ死んだら関係なくなる? さっきも言ったはずさ。『何がおかしいんだ?』と」

「…………価値観が違うな、アンタと俺はこれ以上口論したところで価値はない」


 もう無理だ、俺にこいつを黙らせることは出来ない。だが、同様にコイツも俺をどうにかできはしない。

「……なら、なぜミッチーやチサトは君に協力したのか説明してくれないかな?」


 ………………………………


「彼らはまだボクのことを大切な親友だと思ってくれている。これだけでも涙が出そうなほど嬉しい。そして彼らはボクのために、いや正確には君のためにあそこまでしてくれた。それに対して君は何の疑問も持たなかった。

君の理論なら『死んだ人間に対してなんらかの未練を持つのは非合理的である』という事になってしまう」

「「だけど、彼らは違った」」


 無意識に発言し、ファントムとハモってしまう。それをファントムは少し驚き、微笑んだ。

 あぁ、そうさ。コイツの考えは正しい。生きている人間が死んだ人間を思うのだから、死んだ人間が生きている人間を思って何がおかしい? んなもん理解している。理解したくなかっただけだ。

 コイツは俺がなりたくてもなれなかったヒーローそのものなんだ……だから俺はコイツに嫉妬しているんだ。


『クァー! やっぱりこのアニメは面白れぇ! 自分を犠牲にしてでも世界を守るってのがカッコいいよなぁ~』

『そう? 確かにカッコいいけど、現実だと絶対にしたくないよね。自己犠牲で世界を救ったところで何の価値があるの?』

『そりゃ自己犠牲は自己満足だろうけどさ、そこまで言わなくても良いじゃん?』

『俺は勇者が苦労して魔王を倒してめでたしめでたしが良いんだよ。ほら、桃太郎みたいな分かりやすいの』

『殺しあってるのに誰も死なないのはおかしくない? ご都合主義じゃん?』

『フィクションなんだから単純でいいんだよ、仲間が誰も死なない勧善懲悪でさ』



 そう、自分を犠牲にしてでも何かを守ろうとするのがヒーローってものだ。こいつは『沢渡透』というものの価値をまるで感じていない。

 きっと、こういう人間がヒーローになれるんだろう。俺とは違う、全然違う。自分の利なんてきっと考えていないのだろう?

 友達、家族、恋人のために全力を尽くす。そのためなら誇り(プライド)すらも捨ててしまえる。そんな勇気がある。

 英雄でもあり勇者でもあり、主人公でもある。

 けど友達? そんなのは俺にだって居る。もしも、斎藤がピンチだったなら迷わず助けるさ。あいつはバカだけど大切な親友だからな。

 家族だっている。 愚妹の琥珀の頼み事は何だって聞いてやるよ、わざわざ兄貴じゃなくて俺に頼んでいるんだからな。少々シスコンな気もするがそこんとこは気にしない。


 そして……恋人か……それはまだ居ないなぁ……

 けど……もし、ゆずさんに何かあったら……

 全力で助けるに決まっている!! そりゃ命だろうが何だろうが犠牲にしてやるさ!!



 自分の中で答えが出ていることにようやく気付いた、いや気付けた。

「いいぜ、やってやろうじゃないか」

「……え? 今なんて」

 ファントムはいきなりの展開に戸惑っているようだ……ったく、こんな恥ずかしいことを二度も言わせんなよ。


「俺がヒーローになってやるって言ったんだよ」

 どこぞのおバカさんのせいで今まで押し殺していた俺の欲望に火がついてしまう。

 ヒーローになりたいという願いが俺にはあった。けど、現実は非情にも俺の願いをふっ飛ばしてしまう。

 できやしない、できるわけがない。今までは身の程を理解した生き方しか出来なかった。

 だけど思っちまったんだよ!! こんな俺でもヒーローになりたいってさ!!

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