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三章:空転と前転‐壱

 がやつく教室は今日も順調に人が減っていく。

 今日の夕飯はどうしよう、などと考えていると、隣の席のちなみに新藤と安谷が話しかけた。


「今から駅前のクレープ屋さんの女の子限定の半額セールいくの」


「で、終わったら、小物屋さんとかも回りたいんだけど、ちなみちゃんも一緒にどう?」


 二人に話しかけられたちなみはかばんから顔をあげ、そして、残念そうに首を振る。断る様子を肩耳で聞きながら、帰り支度をする。安谷は穏やかで、新藤は少し過激、正反対の二人に見えるが、啓太の知る限り、二人は中学時代からずっと仲が良いらしい。二人とも一年の時も同じクラスで、隣の席になった津久田と新藤は小学校が一緒だったことからそんな中から啓太とも縁が出来た。

 安谷と新藤とちなみは仲いい認識になっているが、ちなみが二人と遊びに行くことはない。彼女の目的が自分の護衛だからだ。


 ――少し申し訳なくも思うけど。


 二人と話をしているちなみは楽しそうに見える。確かに、彼女は魔法が使え、人の心が読めるし、操ることが可能だ。でも、彼女が一人の少女であることに変わりはない。例え、魔法使いであったとしても。それを自分が地場っていると言うの戸は少しどころかかなり違うのだけど、なんとなく、罪悪感を抱いてしまう。


「あれ、もうあいつら行っちゃったの?」


 廊下で彼女たちとすれ違ったらしい津久田は手を振りながら教室に入ってきた。


「今日はクレープ屋さんが半額セールなんだってさ」


「へぇ……、よくあいつら金あるなぁ」


「おい、津久田、手を振るんじゃない」


 前の席の遠田が言う。


「えぇー、タオル持ってないし」


「はい、タオル」


 かばんから出したタオルを津久田に渡す。


「おぉ!友よ!小日向よ!さすが面倒見がいい男!」


 大げさに騒ぎながら手を拭く津久田とそれを真顔で眺めるちなみと肩をすくめる遠田。

 自分は今どんな顔をしているのだろう、ふと、疑問に思う。


「じゃあ、行こうか」


 ちなみに声をかけると「はい」と返された。


 彼女が傍について、三日目。

 日曜はマンションの自室に、ちなみとリカードが大がかりな結界と魔法をかけ、衣服にも魔術を仕込んだ。二人はそれ以外にも色々と動いていたようだったが、啓太は詳しくはわからない。

蓮杖からの接触は無く、それが逆に不安だった。そして、今日も、既に半日が平和に過ぎた。

 冬至に来ると言っていたが、本当なのだろうか。冬至に襲ってくるわけじゃないだろう、その前から何かしらの干渉があってもおかしくないと思うだが。

 深くかかわらないほうが良いこと。知らないほうがいいということはわかっている。自分自身も変わらない日常を願ったはずだ。なのに、何故、今更になって非日常に踏み込もうとするのか。

 隣で歩く少女を見る。揺れる二くくりの髪。真っ直ぐ前を見た視線。細い首に輪。その存在にはこの数日でなれた気がする。


「スーパーいっていい?」


「えぇ、大丈夫です」


 今日の出来事を話しながら歩く。視線が混じることは増えたけれど、やはり少し気まずくなるのかすぐに彼女はそらしてしまう。


「来栖さんは数学とか物理とか得意なの?小テストとか点数すごかったけど」


「世界を知るうえで数学や物理といった法則はどこかで理解しなければいけないので、だいたいは分かっています」


「わかっているとかそういうレベルなのか……」


「……けど、現代文や古文は苦手です。ああいうのは、習ったことがないから。日本語自体は人の目を見れば構造が分かるので、だいたい理解できるのですが」


「そうなんだ」


 人の目を見れば日本語はわかる、と言った特殊能力者でも、確かに紙の上の言葉からは気持ちは読みとれないだろう。ちなみの回答を聞いた時の担任の悲しげな顔が思い出される。

 魔法使いも完璧なわけじゃない。当たり前だ。彼女は魔法使いである以上に人間なのだから。



 辿りついたスーパーをちなみは心持わくわくした様子で見渡した。


「色々ありますね。買い物はいつもここで?」


「そうだなー、安売りとか結構してるし。やっぱり近いし」


 いつも通りの順番に棚をめぐり、パッケージを覗き込む。ちなみは自身で籠を持ち、小さく声を上げ、選んだものをいれる。隣に人がいる買い物の感覚に少し気恥ずかしくなる。会計が終わり、ビニール袋いっぱいに入れられた野菜にちなみは笑った。その様子から少し視線を外しながら、啓太は首をかしげた。


「これだけあれば色々作れそうだけど……、何かホテルで作るの?」


 質問はちなみの延ばされた人差し指に止められた。口元にあてられたそれに目を丸くすると、彼女はほんの少し口元を緩め、「秘密です」と言った。


 ――深い意味はない、そうだ。そうに違いない。


 早足になりそうなのを抑えながら、来たときとは違う出口からスーパーを出ると、ふいに甘い香りがした。見渡す。スーパーの前の駐車場に、屋台。


「久しぶりに見た、たい焼きかぁ」


「たい焼き……、ですか」


 ぼんやりとした言葉に、食べたことがないのだろうと見当をつけたそのとき、


「あれ、やっぱり啓太とちなみちゃんじゃない!ようよう、お暑いねぇ!」


「実花ねぇ……」


 今やってきたばかりらしい実花は手に中身の入ってない買い物袋がぶら下げながら近づいてきた。


「何々、たい焼き食べるの?お金ないの?」


 ちなみは実花に向かって軽く頭を下げていた。実花と彼女が接するのは割合回数が多い。クラスメイト達と同じようにちなみはそつなく実花と話す。押しの強い従姉は面倒見がいい。今もどちらかというとちなみに話しかけている感じだ。その様子を妙におかしく思う。


「お金はあるけど、えっと……来栖さん食べる?これ、おいしいよ」


「あ、えっと……」


 ちなみの返事を聞く前に実花は店員に声をかけた。


「おばさーん、たい焼き二つください。クリームとあんこ一個ずつ!」


「はいよー」


 気軽に頼む声。にこにこと店の前で話していた啓太達を見ていた店の中のおばさんは、注文がかかるとすぐに慣れた仕草でたい焼きを掴み、袋に入れた。

 渡された袋に「ありがとう」と言って、実花はお金を渡す。


「ちょうどね、毎度あり」


「どもー!ほら、どっちがいい?クリームとあんこ。どっちもおいしいけど初めて食べるんだったらあんこがいいかな」


 実花は笑いながら言う。ためらうようにちなみが視線を動かしたので、笑って「おいしいよ」と言うと、彼女は、あんこのたい焼きに手を伸ばした。


「ありがとうございます」


「おうよー」


 実花ははじけるような笑顔が浮かべた。

 屋台の前から少し移動して、ガチャガチャの前に三人で並んだ。実花は啓太にもう一つのたい焼きを差し出した。


「啓太もどう?クリーム」


「ありがとう」


 遠慮なく受け取り、においをかぐ。甘く、柔らかい匂い。

 かじりつく。熱いけど、我慢できる程度だ。熱々のあんこに思いのほか柔らかい皮の内側、ぱりぱりの外側。


「おいしい……」横で小さくちなみがつぶやく。


 その様子をぼんやり眺めていると、実花に肘で突かれた。思わずバランスを崩し、睨むと、けへへと実花は笑う。


 ――失いたくないな、そう思う。


 両親が死んで、日常を守る。それだけを考えて生きるようにした。

 自分が遊園地に行きたいなんて言わなければ、両親は死ななかったかもしれない。いつものように、家で映画でもテレビでも見て、叱られて、遊んで一日を終えていたらきっとあんなことに巻き込まれなかった。

 一人、病室のベッドに横たわっている時そう思った。

 いうならば、あれは中二病と言う奴だったのだ。視野が狭く判断が浅い、その状態だ。

 手の届かないところで変わってしまうことが嫌になった。行動も人間関係も最低限にするようにした。行動をしなければしないほど、付き合う者が少なければ少ないほど、失うものは少なく日常が強固になると思い込んでいた。

 殻にこもって、一人の世界に入ればどうにかなると思った。

 なのに、今こうやって、変なことに巻き込まれている。

 そして、ちなみすら日常に入ってしまった。失いたくないものに彼女も入っていくことが、怖い。

 ――彼女は一時的に、そばにいるだけだ。そんなこと、わかっているはずなのに。

 実花の携帯が鳴った。

 携帯を開いて二言三言話す。すぐに電話を切って実花は、「かーさんから。速く帰って来いって、まったく人使い粗いよねぇ」と笑う。

 そして、ふと、笑った。


「啓太、大丈夫。なんて顔してんの、あんた」


 そう言って彼女は肩を小突く。昔は自分より大きかった背は三年前に抜かした。


「ありがと」


 小さく返した言葉に彼女は笑い、スーパーに入っていく。その後ろ姿を見ながら、たい焼きの最後の一口を頬張る。


「……あの」


 ちなみは食べかけのたい焼きを片手に、こちらを見ていた。


「なんでもないよ」


 啓太は地面を見たままつぶやくように言った。

 実花の心の中。啓太には知りようがないこと。わからなくても、彼女が自分を大切に思ってくれていることがわかる。


「多分こんなこと、言わなくても貴方もわかっていると思うけど」


 触れる声の断言に啓太は顔を上げた。

 日常、道を自動車が走り、人が行き交う。たい焼きの甘い香りは未だ漂い続け、少しだけ傾いた太陽は世界を照らす。それを背負って少女は立つ。


「――彼女はいい人です」


 気遣うように迂遠な魔法使いの少女の言葉に啓太はわらった。

 心が読める、あまつさえ、気持ちを勝手に操作することが出来る。そんな彼女はどんな世界を見ているのだろう。聞きたいことはいくらでもあった。でも、啓太の口から洩れた言葉はただ一つだった。


「ありがとう」


 ただ、消えるようなかすかな声が風にまぎれた。



 宿題も夕食も終えた。

 夕食は自分が作ると言うと、彼は驚いた。少しだけ意地悪になって、「私に台所を預けるのは不安ですか?」と問うと、彼はあわてて否定した。

それでも初めは心配そうに見ていた彼だったけど、慣れた仕草でジャガイモの皮をむくちなみを見て、安心したらしい。途中から自分の部屋に戻っていた。それから少し時間はかかったが、どうにか完成したしろものはまぁまぁだった。初めてにしてはいい出来だろう。

 次は何を作ってみようか。


「………」


 今日は彼女を通して彼の過去を少しだけ覗き込んだ。


(言えない。言ったら、いけない)


 知りたかったけど、知りたくなかった。人の心を探るのは好きじゃない。知られたくない気持ちまでダイレクトに繋がる、あのいたたまれなさに身震いする。彼とは普通の女の子みたいに出会いたかった。そしたら、私は、

 ……考えても仕方がないことだ。

 そう、考えても仕方がない。彼と彼女のことだけじゃない。クラスメイト達のこと、例えば新藤に対する安谷の感情とか、遠田の安谷に対する心配とか、そんなもの、知っても言ってはいけない。きっと、みんな知られたくない。

 知っている。そんなこと、知ってる。だから、ちなみは何も言わない。言わないようにする。でも、彼だけ知ることができない、そんなことを彼と目を合わせるたびに気づいて、そのたびに心が痛む。もう痛まないと思っていたのに。こんな魔法しか使えないと知って時に考えないようにしていたのに。

 膝を抱え、小さく息を吐く。


 ――いつまでここにいるんだろう。


 ここは穏やかなところだ。こんなところは自分に合わないんじゃないかと思うくらい穏やかだ。

 横を見る。テレビの横に置かれたいくつもの写真立て。ここは彼の家族の想いが詰まる場所。いつも胸ポケットに入れていると言うペンダントは写真立ての前に置いてある。

 ちなみははじめ、このソファーで寝ていたのだが、日曜に、啓太に両親が使っていたという布団を差し出された。布団は日干ししたあとで、やけにふわふわしていた。

 護衛は互いに仮眠を取り合い、必ずどちらかが起きているようにしている。

 戦闘というだけならばリカードの方が向いているが、彼には啓太の「世界からはずれた理由」の調査、蓮杖の魔術理論の解析など、多くの仕事があった。きっと今は沢山の資料を抱えてこれまでの痕跡から見つけた蓮杖の世界軸理論の検証でもしているのだろう。

 リカードにばかり仕事をさせている気がする。


(でも、協会はこれ以上、人員を裂くことはできない)


 日本での活動は秘匿されるべきものである上に、そもそも欧州の奇跡の担い手の大半が属する協会は魔法魔術という奇跡と担いながら、その活動の大半を金策に費やしているのだ。魔術を運営するためには多くの触媒が必要であるし、魔法使いは極めれば極めるほど、常人とともに暮らすことは難しくなる。そのために互いに手を貸しあい生きている。

 そんな中で仮にも触指系列で五本指に入る魔法大家の当主であるリカード本人が前線に立っているということは、実力は認められているものの、さまざまな点から軽視されているということだ。本来ならば、こんな前線に立たず、奇跡の奥義を気ままに極めていることが出来ていたはずの兄は、過去の凶行で重い役目を担っている。そして、今、また再び。

 協会は蓮杖の魔術を重要視していない。バグを起こした以上、そうそうに捕まえることが出来るだろう、そうも考えている。

世界の理からはずれた少年を見つけた、という報告にはそれなりに興味を持っているようだが、だからと言って今すぐどうこうというようでもない。世界と繋がっていないものは珍しいが、既に研究されつくしたジャンルなのだ。

 魔法魔術、世界と繋がる奇跡の担い手。

 彼らの最終目標は世界との同化、そのために日々精進を重ねる。

 ちなみには世界との同化というものがよくわからない。

ちなみの魔眼は人と繋がることから世界と繋がる。それは人と通して世界と繋がることと直接世界と繋がることは少し違う。魔術を学んでいるとそれがよくわかる。

 魔術印をぼんやりと眺めながら小さく詠唱し、瞳の上に一線を引く。触媒は引きぬいた髪の毛一本。それらを重ね、世界を探る。

 ちなみにも使える程度の魔術、空間認知。理解は意味を方法をも暗示する。知覚させた感覚で彼は部屋で漫画を読んでいるらしい。

 彼の周りには侵入者の存在を知らせるだけの結界が貼られている。守るためではない、彼をおとりに蓮杖を捕まえるための罠。

 最近の兄は何かを隠している。それに気づいてもちなみは何も聞くことができない。ごめんなさい、償えないけれどでも。


 十二年前、母は父を殺した。

 日本人だった母は、父の後妻で、兄は前妻の子で、だから兄とちなみは異母兄妹だ。

 ちなみと同じく心理を読み解き、操作することに優れた魔眼の保持者だった母は、人の心を読むことに疲れ、魔法に対して否定的だったという。だからこそ、魔法耐性のある父と出会って恋をした。そして、


 ――うそつき。


 最後まで籍を入れなかった両親は出会った日を祝わうようにしていた。

 幼いちなみを先導し、兄は両親を祝うためにケーキを作って。


 ――あなたも結局私のこと……、


 扉を開けて、凍りついた兄の横から見えた室内は緋に染まっていた。


 ――魔眼なんて、いらないのに。


 母は父を、内縁の妻が夫を、大家の当主を、触指の魔導師を殺した。そして、母は協会の派遣した魔法使い、魔術師にも散々に抵抗し、結局つかまり、それで――、

 リビングで膝を抱えながら、ちなみは思った。

 彼女は多くのものを壊した。彼女の世界とは何なのか、彼女の得るものは何なのか。

 魔法が彼女に与えたものはなんなのか。彼女が世界に求めたものはなんだったのか。


 ――同じ魔法を持った私は何を求めればいいんだろう。


 無意識に手が、首輪に触れる。

 あの人の世界に、私はいてはいけない。

 こんな力は、彼のそばにはいらない。

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