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二章:介入と浸食‐壱

「じゃあ、良いクリスマスとお正月を!皆ちゃっちゃと帰りなさいよー」


 予鈴が過ぎて十分弱。やっと、冬休みの注意を終えた担任が解散を言い渡した。


 がやつく教室は空腹を訴える言葉が漏れ聞こえる。

啓太は無言でかばんに教科書と筆箱を入れる。視界の動きに横目で確かめれば、そこには昨夜出会い、今は同級生と名乗る少女がいる。


「小日向くん一緒にお昼ご飯を食べましょう」真っ直ぐな視線をこわばった顔でこちらに向けるのだ。


「……どこで」


「どこでもいいです。お金がないならおごります」


「おおおおッと!お二人さん二人きりの食事ですかッ、俺の出番はないですかっ!俺お金ないかも、いやぁ、おごってくれるなら喜んで」


 近づいてきた津久田が笑顔で言うと、少女は彼に視線を合わせ、微笑んで「今日は遠慮してください」と返した。


 再び啓太に視線を戻す。こちらを見る顔はやはり固い。敵意か、おびえか。


 自分は彼女に何かしただろうか。自分に問い、すぐにした、見た。と自分で返す。


「わかってたけどやっぱりなんかかなしい!」


「おい、津久田、行くぞ」


 身をくねらせた津久田の肩を遠田がつかんで引きずっていく。

 そして、「ごゆっくり」と言って、かばんを片手に教室を出て行った。入口の近くにいた新藤と安谷も、少しこちらを見た後、彼らについて行く。

彼らはいつもと変わりは無かった。いつも通り啓太と接し、同時に彼女をクラスメイトと捉え、好意的に接していた。

 だから、啓太は何もいうことが出来なかった。

 彼らの日常に彼女は入っている。それがどういう意味を持つのかよくわからない。


「どうしますか」


 かばんの中の財布を見下ろす。視線を上げ、少女を見る。


 昨日見たままだ。真顔に、黒の目。薄い色の髪。首についた銀色の輪。

 背景には見慣れた教室、見慣れた日常。日常を取り戻すためには何をすべきか。それが間違いだったとしても、他に方法を知らないならば。


「いや、お金はある。だから大丈夫、行こう」





「おい、安谷。どうした」


 声をかけた長身の少女はぼんやりとしたまなざしを声の主に向けた。お菓子が雑多に並ぶコンビニの棚。消え去りそうなほど、感情のない顔でそこに立つ姿に妙に苛立つ。


「とおだ、くん」


「何やってんだ?新藤は?」


「桃子ちゃんは、雑誌のほう」


「……見えなかった」


 小柄なせいか、よく新藤は見失う。

 買ったポテトをつまみながら安谷を見れば、やはり先ほどと同じようにぼんやりとしている。


「おい、大丈夫か、安谷」


「……ねぇ、遠田くん。来栖って、誰だっけ」


「それは……」言葉に詰まるもすぐに思い出す。「クラスメイトだろ」


「……そっか」


 小さくつぶやいた言葉に、目を細め、しかし、すぐに後ろからやってきた声に肩を震わせる。


「木葉―!決まったー?」


「うん、今行く」


 自分の言葉にはすぐに反応できなくても、友人の言葉にはすぐに反応できるらしい。

 その事実に少し苛立ち、けれど、その状態をいつも通りの彼女と受け止める。


「おーい、遠田も行くぞー!」


 うるさくはしゃぐ友人の方を向けば、いつの間にか皆、外に出ようとしている。


(これでいいのか)


 違う。

 やはり彼女がおかしい。いや、おかしいのか彼女のなのだろうか。もっと違う何かがあるんじゃないだろうか。

 予感に満ちたそれを言葉にしないまま、遠田はいまここにいない友人を思い出す。


(そういえば、何故小日向は新藤ではなく来栖と付き合いだしたのだろう?)


 新藤桃子は入学した当時から小日向啓太に好意を持っていた。不器用な彼女とそれをそのままに受け入れることの出来る啓太は今はまだ恋人になれずとも、いつかはそんな関係になっていてもおかしくは無い。そう思っていたはずだ。でも、現実彼は来栖ちなみと付き合っている。


 ――付き合っているのだ。そう、それ以上の事実はない。これ以上考えるこ

とはない。でも。


 その答えはなかなか見つかりそうになかった。




「で、一体僕に何の用?」


 ファーストフードの代名詞と言われるほど有名なお店に二人。思った以上に混雑する中、どうにか席を確保し、暖かなハンバーガーが目の前に、そして、その先に少女がいる。

 その姿で怪しいところと言えば、首に巻く輪だけだ。細い首にまとうそれは銀に輝き、幅四センチほど、完全な円でなく前だけ少し開いたそれは、厚みはないが、それなりに強固そうだ。目立ちそうなものだが、学校でも街中 でも、啓太以外それに気付いていない。

 戒めのように見えるそれが、何故彼女にはめられているのだろう。

 そして、昨日の記憶。赤い女と刃の男、首輪の少女。正面の少女は啓太を見、少し肩を揺らした後、口を開いた。


「私の名前は来栖ちなみといいます。今回は貴方にお願いとお詫びのために来ました」一呼吸置き、彼女は瞬いた。「貴方、私の目を見て何も感じませんね?」


 そういう彼女の視線。黒い瞳と意識してじっと視線を合わせるも、何も変わることはない。


「まぁ、何にも感じないけど」


「あと、あなた、昨日の女性とお知り合いですか?」


 言われた言葉に啓太は少し眉根を寄せた。


「いや、知り合いじゃないけど。てか、ちょっと待ってこっちからも質問させて」


 啓太の言葉に少女はうなづいた。


「まず、君の目って何?それって今日の学校のみんなの異常が関係してるの?てか、まず、昨日のことから説明してくれ。君は誰?パーカーの男の人は何?」


「私達が何なのかということを一言で説明すると、」


 ちなみは大きく息をした。真っすぐと真摯な顔で啓太と向き合う。


「私達は世界の調律を可能とする奇跡の使い手。魔法使いと、魔術師なんです」



 魔法とは、世界に繋がる『法』である。息を吸うように、目で見るように、甘さを感じるように、世界と繋がる術を持つ者。そして、その感覚を利用し、世界に意志を重ねることが出来る者、それを魔法使いと言う。

 同時に魔術という者が存在する。世界を動かす『術』を魔術といい、それを理解し、商売を持ってそれを成すものを魔術師という。

 本能によって理を理解する『魔法』、理性をもって理を律する『魔術』。

 全ての存在は世界に所属する。だからこそ、世界と繋がり調節する力を持つ魔法使い、魔術師が奇跡を起こし、影響を与えることが出来る。それが奇跡の原理。


 機能の彼女達は啓太を昏倒させた後(ちなみは申し訳なさそうに、「魔法や魔術のことは一般の人の関わらないほうがいいことなので強引にことを進めてしまいました」と言った。確かに、あの場でああするのが最善、とは思わないが、仕方がないという側面があったことは啓太も理解した。)、様々な魔法や魔術を試したという。しかし、どの奇跡も啓太に効果なく、結局学生手帳の住所に自分たちで運んだ。そして、とある事情から啓太の身辺に潜むために学校のみんなに魔法をかけて潜入した。そこで、彼女は今朝のことを謝ったのち、姿勢を正し、本題に入った。


「魔術や魔法を行うには奇跡を行う対象も奇跡を受ける対象も同じ世界に属していないと意味がないのです」


 時たま魔法が掛かりにくい人も存在する。だが、その場合本人が魔法魔術の心得を持っている場合や、奇跡を信じないという信念から世界に干渉をおこない奇跡を拒否するという一種の魔法を用いている場合、世界自体から強固に守られている場合などである。


「ですが、貴方は違います。貴方はまさに『世界に属していない』のです。昨日、私も兄も魔法を貴方にかけることが出来なかった。物理的になら影響を与えることが出来るようですが」


 魔法使いやら、魔術師やらが現れている現状でさらりと今朝の惨状について言及された。


 が、何やら突っ込みを入れることが出来ないほど他の事情が難しかった。


「昨日の魔術師、蓮杖清香の目的は世界軸の作成です。そして、言葉から察するに貴方の前にもう一度現れる。私たちは貴方の傍につき、彼女が現れるのを捕まえたいのです。手を貸していただけませんか?」


「それってなんらかの僕にメリットがあるってこと?」


 聞いた言葉にちなみはうなずいた。


「彼女は半年前に人と触媒として魔術を行おうとしました。そのことから、私たちは、今回も彼女、蓮杖清香があなたを触媒として魔術を行おうとしている。そう考えました。もし、彼女が世界軸を作る際に貴方を触媒として使うのならば、貴方は最悪死の危険がある。私たちに協力するのならば、われわれは貴方のことを出来る限りの配慮を持って守ります。

だから、私達に協力してほしいのです」


 世界軸、聞きなれない言葉に、触媒として使われるかもしれないという仮定。


「その、蓮杖が使いたいっていう魔術は一体どんなものなんだ?なんか世界軸って言葉的に多分大がかりなやつだとは思うけど」


 ちなみは手を首にやった。金属質に首輪がきらめく。


「世界軸の作成、とは、簡単にいうと世界の真ん中を作る魔術です。魔術魔法の最終目的は世界との同一化、自らを理の存在として成すことです。それを完遂する方法は大昔からいくつも考えられていました。そのひとつの形が世界軸の作成なのです。」


「で、君たちは世界軸と作ることを止めたいってこと?」


「世界軸を作るだけなら止めはしません。その研究を行う者は他にも居ます。しかし、人間を触媒とすることは非常に問題となります。人間と触媒とするには倫理的以外にも多くの問題があり、普通は使おうとする者はいません。人が魔術を行う際に人を触媒にすれば、互いの干渉から魔術が暴走する可能性が高いのです」


「でも、僕自身魔法や魔術に引っかからないんだったらまず、触媒になれないんじゃないの?」


「いえ、矛盾しているようですが、ある意味矛盾していません。触媒として選ばれるものは多くが世界に非常になじみ、奇跡の干渉を受けやすいもの、もしくはまったくなじまない、あなたのように奇跡の干渉を受けないもののどちらかに該当します。どちらにしても、触媒は使用後、必ず灰になるので、命に危険に変わりはありません」


 言い切った言葉に息を飲む。


「協力していただければ、私達が出来る限りの支援をし、貴方を護衛します。どうしますか?」 


 聞かれた言葉に、肩をふるわせた。

 昨日の蓮杖を思い出す。

 命の危険、それを感じるほどの暴虐。

 しかし、少女が嘘を言っているようには見えない。昨日の夜の非日常、今日の学校の非日常。全てが彼女の言葉を裏付ける。

 嘘をつかれているのかもしれない。しかし、それが嘘だとして、それをどう暴くと言うのか。難しいことばかりだ。

啓太は大きく息を吸い、吐いた。


「いますぐ決めろとはいいません。私の話だけでなく、兄の話も聞いて、それで決めてくれればいいんです。貴方が協力を拒むのであれば、私たちは貴方には干渉しません。干渉せずに勝手に貴方を守ります」


 ちなみは真顔のまま言った。

 選択肢が僕にあるというのか。啓太は唇を噛んだ。

 理解できないことばかりだ。自分の存在の不確かさ、彼らの言っていることが理解できない。しかし、戦っているところを見た。そして、今日彼女が日常を浸食しているのを見た。

 これは真実だ。


「――君のお兄さんの話を聞く、それから決めようと思う」


 その言葉に向かいの少女は「ありがとうございます」と軽く頭を下げた。

 その様子を見ながら、気になっていたことを聞く。


「で、僕のクラスにやってきた理由はなんとなくわかったけど、なんで、付き合ってるとか、そんなこと言ったの……」


「学校でみなさんの思考を読む限りお付き合いしている方がいないようでしたし、これから近くに居させていただくので、違和感がないようにしました」


 すみません、と続ける声は、全くぶれない。


「大丈夫です、私がいなくなるときにしっかり記憶を消していきますから」


「そ、そうなんだ」


 気恥ずかしいと思う自分が間違っているのだろうか。やはり、魔法使いだから感覚が違うのだろうか。


「私は視覚を使用して相手の考えていること、認識していることを操る能力にたけているんです。だから、こういう潜入捜査は初めてではありません。こんな、突発的なものは初めてですが、対象者達に娘や妹、場合によっては父親と存在を誤認させること幾度も行っています。貴方には効かないので、違和感を覚えるということはわかります。何か不都合があれば変えますが」


 少女の確認に啓太は「いや、別にいいんだけどね、その、まぁ、元に戻してもらえるなら」とぼそぼそと返した。


 よくあるファーストフード店、テーブル越しに向き合うは隣に自称魔法使いの少女。

 日常の崩壊はこんなところでも起きるのだ。



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