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一章:魔法使いと魔術師‐弐

「津久田の馬鹿、カラオケなんて聞いてないっつーの……」


 吐く息は白く、腕時計を見ればもう二十時を過ぎている。思っていたよりも日が落ちるのが早くなっているらしい。一人で歩く歩道は足元が暗く、少し遠くもよく見えない。

 本屋に行こうと言ってつれて行かれた先は何故かカラオケボックスだった。

 ためらう啓太を後ろから押して、津久田と遠田と新藤と安谷はカラオケを満喫し始め、帰るタイミングを見失い、この時間だ。

 言葉とは裏腹にマフラーに顔をうずめながら、顔はきっと少し笑っている。


「こんな時間まで外にいるとか……」


 ためらう姿を真面目などと津久田には言われたが、少しでも日常が変わることが怖いだけなのだ。

 変わらないこと、そうすれば、失うこともない。事故のような何かが突然やってくることだけを恐れればいい。

 そう思って以来、出来る限り自分の周りを小さくして生活するように心がけてきた。日常のレールからはずれることを怖がり、人を遠ざけ、決まりきった生活をしていた。

でも、今は、暗くなるまで遊びほうけることさえある。


「人と繋がることは世界と繋がること、か」


 遠い過去に、失った記憶。誰かの言葉が今でも頭から離れない。胸ポケットを抑え、息を吐く。

 ふと顔を上げた。軽い違和感に足を止め、視線を動かす。ちかちかと瞬く明かり。見上げると、電柱が切れかかっているのか明かりが点滅している。

あれは誰が換えるのだろう、そんなどうでもいいことを思い、そこで、気がついた。


「誰もいない……?」


 道路に車は無く、歩道にも人がいない。見渡す限り、誰一人存在しない。


「なんで……?」


 しん、と静まり返る薄暗い中。違う、どこかで何か音が聞こえる。耳を澄ます。


「あっち……?」


 五十メートルほど先にある公園からだ。


「なんだ……、これ」


 少しだけ躊躇してから公園に足を踏み入れ、目の前の光景に呆然とする。ひしゃげたシーソーには何故か樹が倒れこみ、ジャングルジムは大きくへこみ、ブランコは引きちぎれていた。呆けている間にも、音は聞こえていた。足を踏み入れていくとさらに振動は大きくなり、さらには空気の揺れすら感じるようになる。


「喧嘩とか、もうそういう次元じゃないよなこれ……」


 あたりを見渡しながら歩を進めながら、焦るように心がざわめく。

住宅地の真ん中にあるのに誰一人この異常に気付かないなんて。いや、そのために人がいないのだろうか?でも、ならば、何故、自分だけここにいる?

音が響く。鈍い音、高い音。変則的に、しかし途切れることなく音は続く。

歩を進める。遊具が置いてあるコーナー。その入り口から見える遊具と遊具の間には生き残った街灯で大きな陰影が出来ていた。隕石でも落ちたかのような穴。

 それを通り抜け、広めの散歩道を横切り、茂る林に足を踏み込む。

 光が瞬き、石が足元を転がっていく。

 丈夫そうなベンチと樹の後ろに隠れ、音のする方に目をやった。


「なんだ……」


 啓太は目を見開いた。

 街灯の明かりに映し出される二つの影。

 一人は男。褐色の髪、ラフな格好。街を歩いていそうな外見とは裏腹に、その手にまとうものは禍々しい金属質の輝きだった。二メートルはあろうかと言う刃。それを軽々と振りまわし、土をえぐる。

 一人は女。妙に崩れていない赤い髪、眼鏡に白衣。彼女は手で男の刃を弾き返していた。例え白衣を着ていようが素手と刃が打ち合えるはずもないのに、時折飛び散る音と煌めくものは同等に固いようだ。

 どちらも動きは素早いが、少しだけ女のほうが余裕のあるように見える。

 よく見れば、男の動きに女は合わせ、逃げているだけだ。

 見ている間にも女は何か聞き取れない言葉を叫び、何かを投げた。空中が光り、突然、炎が現れる。炎は男に襲いかかるも、後方に飛びのき、右手を地面に押し当てる。と、地面が持ちあがり、男を覆う壁になった。

女はそれを見、地面を蹴った。上昇、ありえない高さまで浮かび上がり、空中に指を動かす。空気がねじ曲がる。宙に文字が浮かんだ。瞬間、そこから光る矢が出、男の作った壁を壊す。

 しかし、そこに男はいない。後ろに飛び去る影。それは、すぐに前に。女に切りかかる男、刃は女の白衣に食い止められる。

 息も出来ずにそれを啓太は見る。


「強くなったわね……!!」


 声が聞こえた。女が、笑っている。無意識にかばんを抱きしめ、目を凝らす。

 男は、わからない。

 どうして変な連中がこんな公園で戦っている?

 いや、そんなことより、逃げなければ。こんなところにいていいわけがない。

 都合がいいことに、あいつらは自分の存在に気付いていない。別に大量殺戮をしているわけでもないし、ここは一般市民として、退却するほうがすべてのためになる。

 樹に背中を預け、大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせ、慎重に振り返る。男と女は相変わらず激しくぶつかり合っている。


 ――これは死ぬまで戦う、そんな風に見えた。


 死、そんなもの。失ったものの姿が頭をよぎる。焼いた遺骨の軽さ。二人分足しても、ほんの少しの量。あれだけで十分辛いのに、望んで死と向きあうなんて、一体どんな人種なのか。


 ――それが、彼らの日常なのか――。


 理解できないことは沢山ある、知るべきではないものがあることも知っている。

 早くここから去ろう。

 そう心に決めたとき、光と音は遠のき始めていた。


(よしっ、今……)


 一歩踏み出す、その瞬間、瞬く閃光はひときわ強く、同時に、


「きゃああああああ」


 闇を裂く、少女の悲鳴が聞こえた。


「……ッ」啓太は小さく息を飲んだ。


 まさか、自分と同じように公園に迷いこんだ人がいたのだろうか。悲鳴は明らかに少女のものだった。


(うそ……)


 最後にみた両親と思い出す。


 ――死が、近い。


「くっそ!」


 考えたくない、望んで戦う奴らは知らない、自己責任だ。けれど、何も知らない、自分と同じような日常に住む人が理不尽に《日常》を刈り取られるなんて。

 ここから出たらあの二人に見つかるかもしれない。でも、だけど。自分の選択で誰かが傷つき、日常を失うとしたら。

 一歩踏み出した足を強制的に悲鳴の聞こえたほうに向ける。


「……どこだ……ッ」


 走る啓太の足音が一瞬音の止んだ公園に響いた。

瞬間、ぶつかり合う音がずれた。男と女は部外者の存在に気がついたらしい。

 早くしないと。

 走る。少女が一度きりしか悲鳴を上げていないのが気にかかる。ダメだ、深く考えるな。公園の構造を思い出す。この先には何があった、人口の池、滝、そして、


「いたッ」


 崩れた石の柱、その横にうつ伏せに少女が倒れこんでいる。暗くてどうなっているかわからない。ただ、少女がそこにいると言うだけしか。

 駆け寄り、少女の肩を持って体を起こす。


「大丈夫かッ?」


 声をかけるも、瞼が震えるのみ。けれど、その体は暖かい。

二つ結びの髪で、そして、首輪をした、普通の少女。――首輪?チョーカー?いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。啓太は少女をじっと見た。


「ん……」


 温かい。息もある。見る限り血が出ているのは破れた長袖の下だけのようだ。めくるとそれもほとんどかすり傷。内臓や脳などと言い出すと本当に大丈夫かわからなくなりそうだが、ともかく、今彼女は生きている。額を拭う。汗がひどい。それでも、彼女は生きている。思わず息を漏らした時、


「あら。そっか、こういう展開なんだ」


 背後で声がした。


「……」


 少女を無意識に抱き寄せ、振り返る。

 先程の女。あんなに激しく動いていないのに全く乱れていない髪、ミニスカートは短く、どうしてこんな靴であんな動きがと驚くほどにヒールの高いブーツ。そして、白衣。男はいない。


 ――見つかった。


 わかっていたはずだ、公園に遮蔽物は少ない、樹の後ろから出た時点でもう姿を見られてもおかしくない。

 唇を噛む。

 せっかく最初に少女を見つけて、息を確認しても、これじゃあ、どうすることも出来ない。


「この子の認識操作にひっかからないってことは決定だし、顔もそんな感じよね」


 暗くて女の表情はよく見えない、ただ女が首をかしげたのはわかった。妙な違和感。懐かしい印象。笑みを浮かべ女はつぶやく。この子?認識操作?顔?その意味がわからず、啓太は少女を抱いたまま眉をひそめる。


「知り合い……?」


「いえいえ、知り合いじゃあないわ。今知り合ったばかりよ」


「……あんた、一体何者なんだ……?」


 相手の友好的とは言えないが、攻撃的でもない様子に、啓太は警戒心を残しながら声をかける。言っている意味はわからないが、殺意は無いようだ。――多分。

 どうも、抱いた少女は自分と同じように巻き込まれた存在ではないようだ。女は質問に答えるそぶりを見せず、何かに納得したように頬笑みを浮かべたまま。


「この人の知り合い、ですか」


「そうとも言えるかもね。さすが運命論者さまさまってところね、高かったけど、情報は正確」


「……何をいってるんだ」


 人を食ったような言葉を言いながら女は啓太に手のばす。


「少年、私に協力してくれない?」


 唐突に女が言った。顔を上げる。


「は?」


「簡単な事よ、そう世界を変えたいの。君が取り戻したいものを知っているわ。だから、そのために力を貸して」女は後ろを少し振り返った後、啓太に視線を合わせた。「簡単なことよ、触媒になってくれるだけでいいの。ね、だって、君は世界と繋がっていないんだもの。いい触媒になるわ」


「触媒って……」


「たぶんあなたにとってもいいことよ、触媒になるってことは」


 意味が分からなかった。世界をかえる?触媒?何が言いたい?

 女の舌がちらりと見え、唇をぬぐう。そして、気づく。殺意がない?違う。この女はただ単に自分を人間として見ていないだけじゃないのか。


「怒らないでよ。――ねぇ、リカードくん、ばればれよ。少しくらい殺気消しなさい」


 言葉が終わると同時に鋭い音を立てて、彼女の立っていたところに何かが突き刺さる。

 ほんの少しの動きでそれをよけた女は、「あー、もーしつこいなー」と言いながら肩を回した。

 その後ろ、五メートルほどに男が立っていた。明かりに照らされてみると、思いがけず若いことがわかる。緑のパーカー、土で汚れたのか所々汚れているが、大きな外傷はないようだ。そして、彼は日本人ではなかった。――白人だ。

 啓太が息を飲んで男を見ていると、女は舌打ちをした。


「私の名前は蓮杖清香。次はもう少しゆっくり話せるかもだから、また今度」


 そして、すぐにキスを投げ、右手のバングルを左手で触れる。

 その瞬間閃光、目を覆う。

 再びあたりを見回した時には女の姿を消えていた。空中の光は消えていない。いつの間にか街灯の明かりがともっていた。


「なんだ、今の……」


 啓太はつぶやいた。

 テレポートと言う奴だろうか、いや、それは超能力であって魔法ではない。頭が混乱する。しかし、安心はできない。まだ、一人残っている。――ここには啓太と少女と刃の男しかいない。

 男は女――蓮杖が消えても身構えたままだった。そして、男は視線を動かし、立ちつくす啓太を見た。


「……お前、何者だ」


 蓮杖と同じ質問。なんと答えていいかわからず、黙っていると、男は構えたまま視線を少女に向け、言った。


「……ちなみ、そろそろ気づいているだろう」


 気付いている?啓太はあわてて少女を見下ろすと、


「……あ」


 確かに少女は目を開いていた。無意識に抱き寄せていたらしい。顔が近い。こんな時なのに至近距離で交わる視線に顔が赤くなる。


「……」


 無言で見つめてくるので、つい視線が離せない。


「………」


 まつ毛が長い。アーモンド形の瞳、その真っ黒な色彩に妙に安心する。


「…………、あの」


「……………」


 じっと見つめ続ける少女に少しずつ怖くなってきた。


「……、なんか、えっと」


 少女の顔がだんだん紅くなる。もぞもぞと動き出した手が震える。


「兄さん、あの」


 悲鳴じゃない彼女の声はとても柔らかい。刃の男はこの少女の兄なのか。 そんなどうでもいいことが頭に反響する。


「効きません、魔法が」


 また魔法、というか、いつのまにか少女は涙目になっていた。そろそろ離れたほうがいい。絶対離れたほうがい。まず視線から、そう考えて、視線をずらそうとした瞬間、


「うがッ」


 後頭部に衝撃。ぶれる視線はいつの間にか背後に立っていた男の足を捉える。


「な、に……」


 最後、「どういうことなんだ」という男の声だけが啓太の耳に残った。



   ◇◇◇



 彼の気を失わせた後、かばんに入っていた学生手帳で住所を確認し、記されていたマンションへと向かった。そして、ズボンに入っていた鍵で室内に入り、彼を置いた。一人暮らしだったらしく、室内には彼以外の気配はしなかった。とりあえずリカードが簡易で結界と使い魔を放った。そして車で帰宅。

 怒涛の展開に、深夜零時を過ぎてやっと、ちなみは温かな紅茶を飲んで人心地ついていた。その膝の上には鏡がある。そこには少年の姿が映っていた。暗がりに横たわり、眉をよせ、静かに息をしている。その眉間に刻まれたしわにちなみは手を伸ばし、鏡に触れた。


「世界と繋がっていない存在、か」


 リカードは紅茶に手をつけず、膝に置いた手帳を睨みながらつぶやいた。


 

 存在は世界に所属する。だからこそ、世界と繋がり調節する力を持つ魔法使い、魔術師が奇跡をおこし、影響を与えることが出来るのだ。

 しかし、あの少年は違う。


「ちなみの魔眼も俺の触指も使えない。一応物理的には世界に属しているが……」


 リカードの顔は珍しく苛立ちを露わにしていた。


「蓮杖はあの少年のことを知っていて日本に来たのか?ならばどこでそれを知った。運命論者は世界に関わらない少年なんて興味を持つはずないし、そうなるともっと以前か……」


 触指を行っても傷の一つも治せない。意識を失わせることすら出来なかったのだ。奇跡に耐性を持つ者も存在するが、彼の場合は魔法が引っ掛かりもせずに通り抜けるように、まさに『世界に属していない』ことになる。彼は物理をまとった魔法以外は影響を受けない。

 世界と繋がらない者。存在しないわけではない。しかし、こんなところにほいほいといていいような存在でもない。

 ちなみは首輪に触れた。

 世界と繋がっていない人。彼にはこれが見える。彼は視線を合わせても何もわからなかったし、何も変わらなかった。

 初めてだ。怖くて、ドキドキする。至近距離で見つめ合ったとき、裸になったような気分だった。こんな気持ち初めてだ。


「運命論者の予言……」リカードの声にちなみは身体を小さく揺らした。


「多分あいつらが予言を与えたんだろう。気まぐれにこっちにも予言をあっちにも予言を……、自分たちの運命に干渉しなければ何だってかまわないのだから。あいつらは」


 そして、大きく息をつき、鋭い目をちなみに向ける。


「今日は取り逃がした。しかし、今回俺たちは大きな餌を得たことになる」


 ――小日向、啓太、高校二年、十七歳。


 学生手帳から知った彼の名、横に貼ってあった妙に困り顔の写真を思い出す。――自分と同い年の、ほんの数刻前まで普通を生きていたはずの少年。


「蓮杖は確実に彼をもう一度接触する。それを、俺たちで釣り上げる」


 そして、それはきっと彼自身を救うことになる。世界軸の作成に使われる触媒がどんな風になるのか想像もつかない、しかし、蓮杖が先ほどの空間転移で使用した触媒の燃え散る様を思い出す。


「魔法が効かないとなると、本人に説明しなければいけないのか。今晩は魔術でどうにかするにしても、彼自身に理解を願い、側につくしかないな……」


 リカードの言葉に唇を噛む。彼のため、彼のためだ。

 自分がこの世界にいることは構わない。けれど、平凡で平和な日常を過ごす彼にこんな世界は似合わない。あんな、ためらいなく、そらすことなく、人と視線を合わせることが出来る彼のような人は。

 ちなみは小さく口元をゆがめた。

 お母さんはこんな人がいることは知っていたのだろうか。知識では知っていたとして、実際に会うことはあったのだろうか。――出会っていれば、あんなこと、起きなかったのだろうか。

 いや、違う。自分の思考を否定する。知っていたとしても結末は変わらなかっただろう。

 そう言うものなのだ。魔法を使う者は皆、その力に引きずられる。それが魔法使いの定めなのだから。


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