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三章:空転と前転‐肆

 ――君は、何者なんだ。彼らは一体何なんなんだ。


 放送室に入り、音源を破壊した。数日共に過ごした同級生はそれをじっと見てからそう言った。いつもだったらきっと、大した反応すらせずに暗示を上からかけて見なかったことにした。

 ほんの少しの躊躇いに、彼は言葉を重ねた。


 ――違和感はあった。けど、これで、はっきりとした。なぁ、君はいったい誰なんだ?来栖ちなみなんて、この学校には居なかった。生徒会室の生徒一覧を見たけど、やっぱりそんな名前は無かった。


 ――私は、


 ――なぁ、何が目的なんだ?


 問われた言葉に何と言っていいかわからなくなった。急ぎの用事で、多分十日程度で片がつくからと書類の書き換えは行わなかった。

 教師の書類に対する認識は念入りに掛けたが、生徒まではそれをすることができなかった。

 そんなの、ただのいいわけだ。

 小日向啓太を餌に、異端の魔術師を捕まえるなんて。聡明な彼にはこれだけで通じるだろうか。そんなことを考えてしまって。でも。


 ――……言えない、か。まぁ、そうだろうな。


 そうやって彼の視線を、視線で受け止めた。

 諦め、哀しみ、後悔。そして、悔しさ。

 全てを受け止めて、無に介した。私は、貴方のクラスメイト。唯のクラスメイト。啓太くんの恋人。

 書き変えながら想う。こんな事態、何度だってあった。魔法魔術抵抗を持つ一般人だって沢山いる。心の違和感から精神的に追い詰められ、暴走した人だって、今まで居なかったわけじゃない。

 そんな彼らの記憶や意識を操るなんて幾度もしたこと、なのに。


 ――啓太、くん。


 書き変えられない人がいる。心が読めない人がいる。

 なんで、私はこんな魔法しか使えないんだろう。



 シャワーから出たちなみは、応接間にいたリカードに声をかけられた。


「なんでしょう」


 小さく返した声が、少しかすれていると感じたのは気のせいだろう。


「小日向啓太を、明日ここにつれてこい」


「……状況が変わったのですか?」


「ある意味な。調べなければいけないことが出来た」


 リカードの固い声にちなみは首をかしげた。


「なにか、問題でも?」


 躊躇うようにリカードは口を閉じ、再び開いた。



 父が彼女を連れてきた日を覚えている。

 触指の血筋を掛け合わせ、より濃い才を得るためにと結婚した父と母だったが、母は自分を産んですぐに死んだ。それから人造人間の乳母やメイドたちに囲まれて育った。

 彼女を初めて見たとき、新しい人造人間だろうか。そう思った。それくらい彼女の目に光がなかった。


 ――彼女はこれから一緒に住むことになる。


 そういった父に人間だったのかと思わず言葉を無くし、まじまじと彼女をみた。

 年は十代半ば。自分と十も違わない少女。人種の違いから、もっと歳は近く思えた。黒の髪、黒の瞳、やけに堀の浅い顔。


 ――姉と思って接してやってくれ。


 軽く頭を下げた少女はほんの少しだけ口元と揺らし、視線を合わせた。

 首輪をつけ始めたのは来てからすぐのこと。その時には彼女が魔眼の才を持ち、特に思考を読むこと、操作することに特異していることが分かり、同時に首輪でその才を封じていることも知った。

 それから日を重ねるごとに少女は表情が豊かになり、ともに話すようになり、視線を合わせるようになった。

 でも、一番彼女の表情が動くのは父の前だった。

 それに気づいたとき、少しだけ痛んだ心はきっと、初恋だったのだと思う。

 彼女は少女から女になり、そして母になった。

 生まれた妹は母と同じ黒の瞳と、少しだけ茶色い髪をしていた。


 ――この子、かわいそう。


 奇跡に関して彼女が言った言葉は少ない。妹が触指ではなく魔眼を色濃く受け継いだことを知ったかつての少女は、あの時と同じような何もない表情で眠る妹を眺めていた。

 触指は自分にとって当たり前で、無くなることも想像ができないものだ。

 彼女の苦悩は分からない。ずっと、たぶん、一生わからない。

 それでも、祈る言葉があった。きっと、届きはしなかった、届いても結末は変わらなかったかもしれないけれど。



  ◇◇◇



「じゃあなー!」


 津久田の振られた手に、右手を上げる。補講終わりにファミレスで昼ご飯を食べた帰り道。新藤は病院で、安谷はその付添ですでに帰った。

 見えなくなる二人から、視線を外し、傍らのちなみに、「行こうか」と声をかける。


「足、もう大丈夫ですか?」


「……あぁ、うん。もう、痛みは無いし」


 数日前の惨劇を思い出して返事が鈍る。


「良かった……」


 歩く足は止まらず、ただ、会話が途絶える。

 すぐ隣を歩く少女を見下ろす。最初のころは離れていたものの、だんだん近づいてきた距離。

 けれど、彼女は日常の破壊者でしかない。それを思い知ってしまった。




「どうぞ」


 ちなみがあけたドアをくぐり、部屋に入る。

 相変わらず広い部屋だ。しかし、前よりも物が増えて、雑多な印象になっている。


「すごいな」


 思わずこぼすと、ちなみは鞄を置いた。


「最近、忙しくて」少し顔を赤らめ、言い訳をし、ちなみは続けた。「啓太くん、座っていてください。お茶を入れて行きます」


「ありがとう」


 奥に行くちなみを見送り、素直に荷物の置いてないソファーに座る。ふと、机の上のものが目に入った。


「英語……か」


 筆記体で書かれたいくつものメモがビニールに敷かれている。

 蓮杖について何か書いてないか気になったが、流石に解読出来そうにない。


(これ、ビニール袋の下に置いていいのか?)


「すまない、待たせたな」


「いえ……」


 部屋に入ってきたリカードに向き直ると、彼は啓太の持っていたそれに目を止めた。


「そこに座ってくれ」


 リカードは手をソファーに向けた。向き合うように座った啓太は、リカードに視線に気付いた。


「なんでしょうか……」


 居心地悪く、聞くと、リカードは「すまん」と言った後、


「君の胸ポケットのものを貸してくれないか」


「……?いいですけど」


 何故胸ポケットに入っていることを知っているのだろう。ちなみか?知らないわけではない、見せたことはある。

 でも何故?首をかしげながら、ペンダントを渡す。彼は受け取ると、手袋をはずし、素手でペンダントを触った。

 不審に思いつつも、真剣な様子でペンダントを触るリカードを見つめる。

 ふいに、リカードは顔を上げた。視線が鋭い。


「えっと、それで、用事って」


「単刀直入に聞こう。――君の過去とはなんだ?どうしてこれを持っている?」


 と言った。何の話だ、眉をひそめる。


「何って、知りませんよ。多分両親の形見なんです。事故の後からずっと持っているもので……」


 言いながら混乱する。そう言えば、あのペンダントは何故持っているのだろう?あんなペンダント、本当に両親が持っていたものなのか?


「いや、それだけではないはずだ。――何故、嘘をつく」


 啓太の言葉を遮るようにリカードは言った。


「君は、本当に知らないはずがない。君が魔法も魔術も通じない君ならば、知らないはずはないんだ。繰り変えすぞ、君は何者なんだ」


 何を言っているか理解できなかったし。ただ、胸ポケットに手を伸ばそうとし、寸前で止める。動かない。混乱。

 いつの間にか、手に金属が巻きついていた。

 その先はリカードの腕輪。彼は低い声で問う。


「君の、そのペンダント。魔術のものだ、この材質は非常に珍しいものだ。これを持っているのは数人。


 ――俺と、ちなみ、そして、ちなみの母親」


 銀色の金属。色は同じだ。同じ物体だと彼はいう。

 啓太は呆然とただ首を振った。


「僕は、知らない。何を。なんで、そんな――」


「君の心は読めない、君は何を隠している?このペンダントは、ちなみの母親のものじゃないのか」


「――来栖さんの母親なんて知らない!だって、もう死んだんだろう僕が知るわけないじゃないか、なんで、僕は本当に――」


「ちなみの母親は、生きている。そして、彼女は七年前の事故に関わっている。――わかるか?君の両親が死亡した事故だ。まさか、それを恨んで俺たちをはめようとしていたのか!?蓮杖と!」


「何を」事故?両親の死んだ事故に何故彼らが。


「君は、本当に何も知らないのか」


 リカードの言葉、鋭い視線。われるように頭が痛い。時計の音が響く。

 何故、自分は、こんなに怖がっているのだろう。


「お茶が入りました」


 部屋に入ってきたちなみに目を向ける。

 魔法使い、転校生、僕の、友人。安谷が振ったカッターは彼女に向けたものだった。


「……君も僕を疑っているのか。だから、このペンダントのことを」


「何がですか?」


「僕が、本当は全てを覚えている、なんて。それで、蓮杖に協力しているって。しかも、七年前の事故?あれが、君達のせいだって?」


 きょとんとした顔が固まった。あぁ、そうだ、確かに隠してあることは沢山あると思っていた。

 けれど、どうして、こんな、大切なことを自分に黙っていたのか。

 ――彼女は自分のことを信じていなかった。


「その、言うべきことでは、ないと……」


「君たちの言うべき事って何だ?僕のことは全て知っているのに、僕には、何も知る権利は無いと?!両親を失ったのに?疑われているのに?!」


「あれは、魔法の暴走で意図したものではないです……ッ、だからそんな……」


「ちなみ……ッ」


「え」


 ちなみが口を押さえ、リカードが口調を荒立たせる。

 本当に知らない、そんな言葉はきっと彼女には届かない。

 魔法使いは、世界から外れたものとはかみ合わない。


「そうか、僕が、そんな事情知らないほうが、君たちにちゃんと協力するもんな」


「ちがッ」


「ちがわない」


 言いつのろうとしたちなみを遮る。黒い眼、魔眼。自分以外の人は皆惑わす、魔法。


「君は今、僕に魔法がきくんだったら魔法でこのことを忘れさせていたんだろうな。僕の心が読めないから、君は僕のこそが信頼できないんだろう。

 ……しょせんそんなもんなんだろうな、僕の存在なんて」


 魔法使いでも魔術師でも無い存在。

 啓太を守るために、その友人を操り人形にする。その行動に、覚えた違和感が今、より大きなものとなり、啓太を襲う。

 黙って首を振るちなみに、唇をかむ。


「……帰る」


 体の向きを変える。机の向こう側の兄妹、こちら側の自分。世界は二つに分かたれる。


「啓太くん、待って……」


「くるな!」


 のばされた手に思わず、大きく腕を振り、勢いでかばんが投げ出される。

 跳んだかばんは誰にもあたらず、落ちる音は鈍い。リカードは厳しい顔のままだ。


「啓太くん……」


 

 勢いよく無言でドアを開け放ち、早足で廊下を行く。足は痛む、しかし、その痛みを無視して進む。エレベーターのボタンを押すと、すぐに扉が開いた。

 乗り込み、冷たい壁に背を預ける。ドアの向こうにちなみが見えた。

 閉まるエレベーター。彼女は間に合わない。

 ――なんで傷ついた顔。

 理不尽、誰が加害者で被害者なのか、そんなことはもう知らない。


(……今日、何食べよう)


 動きだしたエレベーター。天井を向いて、目を閉じる。

 ホテルのロビーには誰もいない。真っすぐに歩いて、玄関をくぐると、空気が軽くなった気がした。もう外は暗くなりつつあった。オレンジと紫が交る空に目を奪われる。

 右手に細い鎖。息は白く煙る。

 どうしていいか、わからない。ただただ、わからない。


 ――失った、両親。

 その原因が彼らなのだとしたら。今まで自分が信じていたものはなんだったのだろう。

 日常なんて、どこにあったのだろう。



   ◇◇◇



 手を伸ばした。足を進めた。しかし、ソファーに足を取られ、前に進むことが出来ない。


「啓太、くん……!」


 泣いてしまいそうだった。

 後ろでソファーに座ったままの兄を見る。険しい顔だ。


「兄さん、今、なんで今彼に言ったんですか」


「……蓮杖が、言っていた。彼と自分は七年前にあっていると。しかもペンダント。本当に俺たちの合金だった」


「でも、あんな方法じゃあ、もうほかに何にもわからないじゃないですか!」


「仕方がないだろう、お前の魔眼は彼には通じないんだ。直接聞くしかない」


「聞くしかないって言ったって、こんな風に聞かなくても!!」


 食い下がるちなみの顔をリカードがみた。合わせる視線に気圧される。


「お前はなんのためにここにいるんだ?彼と仲良くするためか?蓮杖を捕まえるためだろう」


「……」


 兄の言葉に息を飲んだ。

 そうだ。確かに彼の信頼や信用はあったほうが良い。

 しかし、それ以前に自分達は蓮杖を捕まえる、そのためだけにここにいる。彼とはこの一件が終われば分かれることになる人間だ。


「……」


「まぁ、いい。追うぞ。さっきの俺も確かに大人げがなかった。だが、いずれにせよ、しっかりと確かめなければいけない問題だ。これは」


「……はい」


 兄さんは、優秀な魔術師で魔法使いだ。魔法使いの、しかもこんなに使い勝手の悪い魔眼使いの私よりよほど奇跡の探究者らしい。

 啓太くん。

 貴方の日常は私にはとても遠い。貴方に私がして上げれることはあと少ししかない。なのに。気を引き締めるようにこぶしを握り、顔を上げる。


 そして、私は意識を失った。


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