序章
過去に賞(一次落ち)に投稿した作品を少し改作して投稿です。完結済み。至らぬところばかりですが、楽しんでいただければ幸いです。
序章
「おとーさん、まだつかないのー?」
問いに、ハンドルを握っていた父は振り返り、笑った。
「もう少しだぞー、啓太」
朝早くから起きて、今日は楽しい遊園地だ。長く車に揺られ、もうすぐつくと言う。空を見れば快晴。きっと今日は楽しい一日になる。
「ほら、お菓子食べなさい。お腹すいてない?」
助手席の母は笑いながら飴を差し出した。歓声を上げ、掴み、包みを破り、口に放り込む。
「実花ねぇも来れたらよかったのに」片頬を膨らませながら言った言葉に父は頷いた。
「風邪って運が悪いよなぁ、あいつも……。まぁいつも元気だから大丈夫だよ。お土産買ってあげたらきっと喜ぶぞー」
「そうだね……」
食べ物が一番喜ぶだろう、年上の従姉は。そんなことを考え、ふと、空を見上げる。窓の外に何かが見えた。頬をガラスに押し当て、空を見る。
「おとうさん、おかあさん、あれ、なんだろう?」
空中に浮かぶ人影。それは、高速で何かとぶつかり、弾けた。
「どうした啓太」
気付いた両親も空を見上げ、そして、
「女の人だ」
認識した瞬間に、それは弾けた
それと同時に、周囲は色を失った。激しい音、吹き飛ばされる感触。
幾人もの叫びが途切れ、そして、光の柱が空に立った。
――音のない世界だった。光がきらきらと空を舞い、そして、散る。
空に向けていた目をずらすと、そこに人がいた。
黒い瞳の、女のひと。
泣いている。そう思った瞬間、すぐにその人は笑った。
日本で大きな地震が起こった。そう報道されたのは、事件のすぐ後のことだった。
休日の朝方、海岸線で起きたそれは、混雑する少し前の高速道路に大きな影響を与えた。
死者は百人以上。生き残った者数十名。
地震と言われたそれは、しかし、観測機の記録に残らないものであり、それを知ったものは皆首をかしげたが、その真実は秘匿され、解明されることはなかった。
その陰にいくつかの謎を残して、時は過ぎる。
七年前の出来事だ。
◇◇◇
座ったベッドを軋ませながら、鏡を覗き込んだ。いつもの自分だ。緩やかに波打つ色素の薄い髪は低く二つに括り、まとう服は街ですれ違っても意識に残らないほどの無個性。
その中に、一つだけ普通ではないものがあった。
首筋に手をやる。触れた感触は金属。それは薄く、軽い、しかし確かな感触のある首輪。継ぎ目のない それは、強固に存在をアピールする。
鏡に映るそれに意識を集中させる。意図して繋がる感触、自らにかかる世界の負荷。それを調節すれば首輪はもう、鏡には映らない。
そうして身を翻せば、鏡に映るのは、ただの少女になる。
「準備は出来たか」
開いたドアの向こうから声が問う。顔を出したのは褐色の髪に灰色のパーカー、黒ぶちの眼鏡越しの瞳は薄紫の、二十代前半と思わしき青年だった。
「あと少しです」
少女の言葉に、青年は小さくうなずくと部屋から出て行った。
鏡から目をはなし、カーテンに覆われた窓を見て少女はため息をつき、頷いてからドアに向かった。
部屋を出てすぐのエレベーターに乗って、一階まで降りる。朝食を食べる人が多いのだろう、混んだレストランとホテルのロビーを通り過ぎる。
玄関の外では青年が車に乗って待っていた。
「……」
無言で助手席に乗る。
ちらりと少女を見た青年は、今まで読んでいたA4の紙を渡した。
「可能性のある場所はもうまとめてある。読んでおけ、今度こそ追い詰める」
「はい」
穏やかな音を立て、車は走り出した。
窓の外を見る。
同じくらいの年頃の少年が走るのを追い越した。背負ったかばんには教科書が入っているのだろう、制服らしい紺のブレザーを見ながら膝の上でこぶしを握った。
現代において彼らが普通で当たり前で、平日の昼間からこんなことをしている自分たちは異質で異端。今から自分たちが出会うものも同じく普通ではない。
それを知っているから、今ここにいる。
ここにしか居場所がないから、ここにいる。
――母の生まれ育った日本。
窓に額をつけ、少女は目を閉じる。




