水蓮寺
ユウ「よ、よくも俺を…」
朧「知らん。書けと言ったのはお前だ。話しを進めよう。さぁさぁ、よっていらっしゃ~い、みてらしゃ~い! 世にも奇妙な話だよ~!」
ユウ「アホか。」
では、ご覧ください。
あの後一旦戻り、狢に爆笑され、朔夜に呆れたような笑みを浮かべられながら、場所を教えてもらった。曰く、あの二人の同級生がその社と寺に住んでいるのだとかどうでもいい情報と共に。
狢の家周辺から信号を渡り、トンネルを抜け、幽霊少女から逃げ、妖怪どもを撒き、じいさんばあさんの引き留める声を捌いて、朱塗りの連なる鳥居を抜ける。
すると、毎年秋祭りの会場になっている、寺社の境内にある公園に出た。
その頃には狢に貰ったアイスも食べつくし、陽もかなり沈んで“逢坂ヶ(おおまが)時”と呼ばれる時間帯になっていた。
「あ~、しんど。ルゥ…どこだ~…。」
立ち並ぶ松林、人っ子ひとりいない初夏の公園。青々と茂る雑草が申し訳程度に刈り取られている。
「しっかし、祭りがない時のここってこんなんだったんだな。ナイロンテープで縛られた所しか見たことがない遊具がちゃんと機能してらァ…」
夕暮れ時になったおかげか、立ち並ぶ木々や雑草のお陰か、境内の中は不思議と涼しい。ユウの身体から汗が引いていく。
「え~っと、たしか“社の本殿の前を突っ切り、二つ目の信号を抜けた先に水蓮寺という小さいお堂がある”だったか。」
ユウは手に持った小さい紙きれを確認して呟き、少し軽くなった足取りで歩く。
横断歩道を渡り、また鳥居をくぐって参道を少し歩く。すると四方を木々の林に囲まれた社と泉が見えたわけだが…――
「ん?へぇ~…ここが、ねぇ~…。ちっさ!」
ユウが水蓮寺を発見した感想がこれである。
「失敬な! これでも人ひとり住むには十分な広さなんだぞ!?」
御堂の扉が開き、中から黒髪黒目の小柄な少女が出てきた。夏らしいラフな格好をしているがその顔は少々不機嫌そうだ。
「中は畳十畳分ほどしっかりあって、少人数ならしっかり収容できる! 阿弥陀様は金使用の珍しい水晶の白毫入りだ! なにか文句があるか少女よ!!」
首の後ろで纏めた射場玉の髪を揺らし、堂々と少女が抗議する。
「大有りだ!! 誰が少女だ!! 誰が女顔だ!! 俺は男だ!! つかあんた誰だ!?」
「あ、それは失敬した。 私はここの神主兼住職の娘ということになっている者だ。柚とでも呼んでくれ。そして少年よ、ちょっと手伝ってくれないか?」
少女改め柚はニヒルに笑い、手に持った虫取り網とゴミ袋を掲げてみせる。
ユウは無意識のうちに一歩後ずさった。
「な、何を手伝えばいいんだ?」
柚はサンダルを履き、ユウの所まで下りてくる。
「ふむ。今丁度そこの神泉で猫が溺れていてな、私が助けようとしても、どういう訳か逃げられる。とゆうわけで発想の転換だ。アミとゴミ袋で無理やり捕まえて引っ掻かれるか、少年が助けるか。…可哀想だが見殺しにした後に静かに死体を回収する、という手立てもなくはなくはなくはないかもしれない。曰くつきの神の泉が穢れるのはどうかと思うが…。どうだね? 少年。手伝ってくれるかい?」
ユウは迷うことなく虫取り網を受け取ろうとしたが、アミは柚の手から離れない。
「おい、手を離せ。」
「イヤだ。少年はこっちのゴミ袋を使って猫を掬い上げてくれ。なに、簡単だ。泉の淵からゴミ袋を広げて掬い上げるか、中に入ってずぶ濡れになってくるといい。」
「それ、ぜったい悪意こもってるだろ?」
「もしくは、泉の中に入ってそのまま猫を抱き上げるか。…引っ掻かれてしまえ。」
柚はボソッと言葉を付け足した。
「ああ、ちなみに溺れているのは黒猫だ。赤い首輪をした飼い猫で、目は青い。」
「おまっ、それを早く先に云え! ウチのルゥじゃねーかっ!!」
ユウは素早くゴミ袋を受け取り、社の隣にある泉の中に飛び込んだ。水しぶきが飛ぶ。
「わお。思いっ切ったことをするな…。」
泉の中では黒猫がずぶ濡れになって暴れている。二゛ャーニャーと苦しそうだ。
ユウは泉の中央まで泳ぎ、溺れていた黒猫―ルゥを助け出す。
「いてっ、いった! ちょっ、引っ掻くなって!」
混乱したルゥに引っ掻かれながら。
「だからイヤだったんだ。薄い傷は治りにくく、何日もちりちりと痛いからな。」
柚はひとりごち、泉の前に立って経過を見守る。
「大丈夫。大丈夫だから…。俺だよ、俺。ユウ。わかるか? ルゥ…」
ユウは黒猫の背中を優しく撫でて落ち着かせた。黒猫はユウの顔をその大きな猫目に映し、自分が引っ掻いて傷付けた主人の手を舐める。
「よ~しよし、良い子だ。家に帰ろうな。」
ユウは黒猫ルゥを懐に抱き、言い聞かすように囁く。
「お前の黒猫だったか?」
アミを持ち、膝を抱えて見守っていた柚が問う。
「ああ、俺のだ。探してたんだ。見つかってよかったよ。」
「そうか。…早く上がってこい。(引き込まれる前に。)風邪をひく。」
「ああ。」
ユウが再び水を掻き、泉から上がろうとしたその時、
「うわぁ…!?」
なにかがユウの足を引っ張った。そのまま泉の中に引き込もうとでもするように。
「チッ、めんどくさい。」
柚は小さく舌打ちして泉の傍に寄る。そして首まで引き込まれかけているユウに手を伸ばした。
「ほら、手を貸してやるから掴んで這い上がってこい。」
「うがっ、ごほっ、…こほっ」
「早くしろ!」
パシっ――手と手が繋がり、柚は渾身の力を込めてユウを引っ張り上げた。ユウの身体がギャグマンガみたいに宙を舞い、彼は社の階段に頭をぶつけた。
「いっつ~~…」
「よしっ。成功だ。」
柚はガッツポーズ。水面をみると水がかすかに蠢いて波紋を創っていた。それも直に収まる。泉は再び静けさと神秘的な空気を取り戻した。
「大丈夫か?」
駆け寄り、全然心配してなさそうな顔で柚は尋ねる。
「だ、大丈夫だ。ルゥも俺も無事だ。だけど…なんだったんだ? 今のは。」
ユウは震える体を押さえ、柚を見上げた。彼女は溜息を吐き、半目で語る。
「ウチの泉は曰く付きだと言ったろう? あの泉はな、何故か偶に人を呑みこみ、怪異を起こす。選定基準も呑みこまれた人々の特徴などもバラバラだ。だから言っただろう?早く上がってこいと。」
「……世の中にはコワいモンがあるんだな。」
「………服は貸してやれないが、タオルを持って来よう。」
柚はペタペタと裸足の足音を立てて御堂の中に入って行った。
ユウはお堂の階段に座って待つ。
ルゥは安心しきったように眠っていた。
少しして、
「…――だから水はコワい。水は魔を引き寄せ、人を誘う。古くから水鏡というモノがある。アレは水を鏡に用いて姿を映すというモノだが、陰陽術などの術にも用いられ、遠話――携帯の代わりにもなったという話だ。ま、本当かどうかは知らんがな。」
「へぇ~…。」
ユウはタオルを被り、扇風機で服を乾かしながら、暇潰しに柚の話を聞き、お茶を一杯頂いていた。
「水には気をつけろ。特にここの泉みたく、曰くのあるモノには、な。」
柚は噛んで含めるように話を締めた。
「はい。もう懲り懲りです。」
ユウは苦笑してお茶を飲もうとしたが、もう中身がなかった。
「おっと、もう茶がないな。それに日が暮れてきた。君も私も学生だろう? はやく帰るといい。大昔、オウマガトキから夜はオニの時間だ。そうでなくとも後ろ暗い人間や、酔っ払いが出る時間でもある。タオルはやるから、車に気をつけて帰るといい。そこまで見送ろう。」
柚は二つのガラスの湯呑をお盆に片付け、立ち上がってサンダルを履く。
「あ、ありがとうございます。」
ユウも立ち上がり、少々濡れ気味のスニーカーを履いて、ルゥを抱えた。そしてそのまま二人で参道を抜け、横断歩道に差し掛かったところで柚の足が止まる。
「ユウ君、どうやら君の運命は変わらず、物語は始まるようだ。」
ポツリと呟き、前を見据える柚に、ユウは胡乱な視線を送ってこう云った。
「は? チュウニ病ってやつですか? 柚さん。」
「ふふふ、この失敬な女顔の阿保が。誰がチュウニ病じゃワレェ。そんな不名誉な称号もちは腐れ女好きの狢で十分じゃけぇ、阿保ぬかすなボケ。それよりもええんけ? おたくのルゥちゃん、道路に飛び出してまんで? 今にも引かれそうや。ナンマイダーの南無阿弥陀仏。」
柚は早口でユウの悪口と現状を伝え、目の前を指さす。
視線の先には、大型トラックに轢かれそうになって固まっているルゥの姿が…――今ならギリギリ助けられる。
「クソがっ!! だから大事なことは先に云え!!」
ユウはトラックの前に飛び出し、ルゥを助けに行った。
「ばいばい。夢旅優君。」
ユウはルゥを上に掬い上げ、反対側の路に走り抜けようとしたところで……、
キキィィィィ……ドッカァァァァァァーーン!!
撥ねられた。
「………だから車に気をつけろと云ったろうに。」
ユウが最後に聞いたのは、柚の呆れたような声音と、助けたルゥの悲しそうな鳴き声だった。
柚 (ゆず)
性別:女
備考:神主兼住職の娘(?) 関西の播磨地域出身。
柚「さてさて、モノガタリの始まりだ!」
ユウ「お願いだから、大事なことは先に言ってくれ。」
柚&朧「あ、じゃあ、お前、まだ死んでないぞ?」
ユウ「え?……いやいやいや、………マジ?」
柚と朧は顔を見合わせ、微妙な顔をするのであった。
ユウ「ちょっ、おい!? え!? 結局どっちなんだよぉぉおおおおーーー!!!」