宰相が書いた教科書
教科書を開く。
『さァ、これでみんなも世界のことが丸解り!月夜国宰相 桜 紅葉とその仲間たちが書いた教科書だよ!』
開いた瞬間そこまで読んで、ユウはソラに渡された本を地面に投げつけた。
「……フザケてんのかこの野郎…」
泥棒聖獣サチが驚いて鳴き、教科書を拾って差し出す。ユウは溜息をつき、覚悟を決めて読みにかかった。
『――……ふん、冗談だ。』
「冗談かよっ!」
即座に教科書に向かってツッコみを入れる。彼の膝をてしてしと早く読めとばかりにサチが叩く。
『この私が、3000年以上を生き、【智の君】と呼ばれ敬われる月夜国宰相“桜紅葉”があんなふざけた性格なわけがないだろう。冒頭のことは疲れがたまったことによる気の迷い、そう。息抜きだ。ちょっとしたお茶目心だ。我らが【蒼月】の王が政務から気まぐれに逃げ出すのが悪いのだ。恨むならあいつを恨め。茶目っ気もあいつの指示だ。本意ではない。許せ。』
「………冗談だろ?」
半目になったユウが呟き、サチはその膝の上で丸くなって彼に擦り寄る。
『年齢のことなら本当だ。私はな、この国で《月を持つ者》と謂われる者の一人だ。諸君らの身近な所でいう族長や姫君ら、郵便配達の【猫の君】などもそれにあたる。』
(……この教科書、俺の心を読んでないか?)とユウは思ったが、そんなハズがあるわけない。
『今、この教科書を開いている者は私が諸君の心を読んでいるのではないかと思うだろう。確かに私は技術として他人の心が読める。ただしそれは限られた場合の話であり、所詮“技術”。従って今この状況、この場合、教科書に向かう君たちの心を読むことはできない。不可能だ。だから安心したまえ。君たちが……あ、こんのクソ馬鹿王っ、また逃げ出そうとしないでくださいっ! 毎度毎度追いかける身にも……え?筆が口と同時に動いている? 本当ですか才火…って、あぁぁぁぁああっーーーー!…――』
パタン――ユウは一旦教科書を閉じ、目次を開いた。(才火って誰だよ。助手の女の子の名前か?)そして、種族のページを開き、読み進める。ちなみにこの教科書、300ページ以上はある分厚いものだが、その半分は宰相とその助手、バカ王と貶されている初代月夜国国王の話である。なぜこんなものが教科書になったのか、まったくの謎である。
『さて、この世界の種族――特に、この章では我が“月の国”月夜国に生息する主な種族、について話そうか――』
主だった種族は以下の10種族+はぐれものである。
【月猫族】
別名、月の猫族。月猫。憑き猫。
自由気ままで、気まぐれな遊び好き。猫耳と尻尾が生えているが、だいたいみんな引っ込めて隠して生活している。獣人系種族。生まれつき、猫に変身することができる。国内で一番数が多い部族。
能力は、全体的にオールマイティ。特に記憶力と想像力に優れる。
育ち方次第で変わるが、だいたい武闘派。
個体により、不思議な能力を多数持つ。
多種族国家で島国(多数の島の集まり)な月の国の本島、月ノ島に多く生息。
現在、月猫族の族長はこの国の王と兼任している。
族長:“蒼月の王”…(字がかすれて読めない)
古くは頭に猫耳が生え、尻に尻尾が生えていたそうな…。クソ馬鹿王のように。
【時兎族】
国内で二番目に大きい島、【兎時島】に住む武闘派集団。
名前の通り、頭から兎耳が生え、尻にはフサフサの丸い尻尾が生えた獣人系種族。耳と尻尾は引っ込めて隠すことも可能だが、彼らは大抵耳を出して生活しているようだ。『武芸十八般』というモノを部族全員、使えるかどうかは別として、子供の時に仕込まれる。
マジメで働き者な性格のものが多い。
月夜国の守護神、アルテミスと同様に時の神、クロノスを信奉する時空の管理者たち。だが、時空を操れる者は部族内でほんの一握り。
時空を操れない者は、『夜兎族』族とも呼ばれる。彼らは時空を操れない代わりに、特別武に秀で、『時兎』を守る役職に就くものが多い。
長は【兎姫】と呼ばれる少女…らしい。信奉する神クロノスさまと同じように、滅多に自分の領域から出てこない仕事中毒者の引きこもりで有名だ。一部には“豪奢姫”とも揶揄される箱入りの姫であるそうな。
時兎族の中で、実際に時空を操ることができる者は、その証にいつも懐中時計を持ち歩いているそうだ。噂では兎姫も“真の時兎”であり、時空を操れると聞く。そして武術の達人である二人の夜兎に守られているのだとか。
【妖族】
別名、“妖者”とも呼ばれている。
不思議な能力を持った、人であり、人ならざる者達の総称である。
総じて美しく、妖艶な姿を持つ。一番の特徴はその銀髪であろう。
少数部族なので詳細は語れないが、一人ひとりがそれぞれ違う能力を持っているという話である。
この国の守護神とは別に、“御狐サマ”と呼ばれる狐神を信奉している。
多くの者の住処は“月の島”の北北西にある“銀雪島”だ。 年がら年中雪に覆われた島であり、“毒沼”が島の中心にある。
長は【妖姫】雪野 雪那という女性だ。
私はあの方よりも妖艶で美しい方を知らない。おそらく世界で一番妖艶で美しい女性であろう。あの方に会って惚れないのは、確固たる意志がある人物か、妻子を心の底から愛している者だけである。もしくは同族の者達か。
この国に仕え、知恵を役立てる義務を神から賜った私でも気を抜けば、危うくクラリと来るのだ。意志の弱い者は近づかないことをお勧めしておく。恋人などに誰も好き好んで刺されたくはないだろう?――脱線したな。話を続けよう。
【炎雷の一族】
月の島の東にある雷火島――別名、火の島に住む火と雷を操る少数民族だ。
特徴は浅黒い褐色の肌。島に広がる森に住み、その生活は謎に包まれている。
長は紅蓮 という無愛想な男だ。見た目の年齢は二十代後半くらいだが…いつ産れたのか、何を考えているのか読めない男である。
【人魚族】
一般的には、素晴らしい容姿と歌声を持ち、楽器などの楽関係も得意な種族である。
いつも島々の周りを縦横無尽に駆け巡り、自由自在に泳ぎ回っている陽気な者たちだ。
特徴は、水中では魚の足だが地上では人の足になること。
祭りになると舞い歌い踊る姿がよく目撃されている。
拠点は月の島の北東にある人魚の音色島。珊瑚と島から見える海の景色が素晴らしい島である。岩礁地帯にあり、小舟でしか行けない島だ。
族長といおうか纏め(まとめ)役は、【人魚姫】レイラ・ローレライという歌姫である。
彼女に関しての追記はあえて控えておこう。ただ一つ言わせて貰うならば、高貴な存在であること。その一点である。
【月龍族】
天候を操る事が出来る、空を飛びまわることが大好きな種族。
特徴は“龍月珠”と呼ばれる、青白い月の様な透明な玉を持っていること。興奮すると体に蛇のような竜の鱗が浮かび上がる事、同時に額に角が生える事。
月の島の北西にある“玉龍島”と呼ばれる島に住む。
天に焦がれてやまない、空を飛ばずにはいられない種族である。
長は琥珀 という白龍の男だ。特に追記することはない。
【妖精族】
悪戯好きで素早しっこく、何よりも自然を愛する種族である。
姿は、基本的に皆小さいが、力の大きな者は人間の大人ぐらいの大きさをとる。
特徴は、耳がとがっていて、背中から透明で綺麗な羽が4枚生えていること。
好物は花の蜜。
妖精界という自然に満ちた場所に住んでいる。雲の上に浮かぶと謂われる伝説の島だ。花々が咲き乱れ、清流が流れる小川がある場所だそうな。
【天使族】
天界に浮かぶと謂われる天使の島。
そこにそびえ立つ世界樹と、その中にあるありとあらゆる世界の本たちを集め、所蔵してある【世界樹図書館】を守る司書であり、番人が彼らの種族だ。
弓と剣の名手達で、持っている力量によって、羽の枚数が違うこと。目と耳が優れていることが特徴である。
族長は、六枚の羽根を持つキールという金髪の優男。輝く金髪をたなびかせ、白い羽で空を飛ぶ、彼の剣技には惚れ惚れするものがある、と噂だ。
天界は行く手段が限られている上に、滞在時間に限りがあるそうなので私は行ったことがない。すまん。
【悪魔族】
可愛らしい子供の姿に、黒い二枚の翼が生えている種族だ。
みな性格が悪く、ひん曲がっている。無邪気な顔して腹黒い奴らだ。
好きな事は遊びと悪戯。
乱暴ではないが、人が苦しんでいるのを見るのが好きというとんでもない奴らである。
闇の国に属す者達だ。
普通に暮らしていれば、滅多に会うことはないであろう。
【魔法族】
魔法使いや魔女。魔法の研究者や探究者たち。
変人奇人狂人多い。
魔力や法力、不思議な力に強く精通する者達である。
移動する浮遊島、“カルディア”に数多く住む。
島では時々、箒レースなるものが開催されているようだ。
【はぐれ者】
月夜国の南端に位置する南国の島がある。
星の国、星砂国にも程近い遺跡島と云う島だ。多数の遺跡が存在することから、この名前が付いた。
そこには月夜国に属する部族のはぐれモノ同士が集まり、集落――すなわち“はぐれ者”というひとつの部族を形成している。
島民の特徴は、みな、匂い立つような他人が狂いそうになるほどの美貌持ちであること。性格がちょっと“アレ”なこと。数が少なく、結束力が強いこと。ある意味危険なこと。
はぐれ者を見つけたら決して一人で近づこうと思うな。でなければ戻れない禁断の扉を開くことになるであろう。
PS,はぐれ者に一人で近づいた者の中には、ずっと気が狂いっぱなしの人もいましたから、気をつけてくださいね。対策法としては神の加護か、月持ちに加護を授けてもらうことが有効のようです。てへぺろっ(最後の一文は二重線で消してある跡があった。その上に“クソバカ王、いっぺん死んで来い”と書かれてある。きっと碌でもない王が書いたのだ。……アホくさ)
纏め役は【鴉姫】レイブン・ハックルベリーという女性である。当代随一の考古学者であり、トレジャーハンターの彼女は、自ら立候補して“月を持つ者”となった特異な女だ。はぐれの中で、彼女だけが、いや、彼女が一番まともであると云えるだろう。
他にも少数部族がこの国には存在するが、また別の機会にしよう。
そこでユウは肩をたたかれて本を閉じた。
「よぉ、だいたい読み終わったか?」
荷物がパンパンに入った風呂敷包みを背負ったソラである。組んだ足の間でうとうとし始めていたサチが、ソラに向かってきゃんきゃん吼え始めた。その声はどこか抗議の声に聞こえないこともない。しかしソラは無視して風呂敷包みを背負い直す。
「とりあえずその本は持っときな。出掛けるぞ。」
「え? どこに?」
ユウはズボンのポケットに、貰った教本を丸めてしまいつつ尋ねた。するとソラは呆れた目でその様子をとがめる。
「お前、そんな所に仕舞ってるとそのうち落すぞ。」
「仕方ないだろ。ここしかしまう所がねぇんだから。」
その返答に溜息を吐き、
「しゃーねぇな。よし、後で必要なモノを買う際にお前に魔法道具を買ってやるよ。」
「え? なにそれ?急にファンタジーなモノが実感を持って出て来たな。つか、なんだか申し訳ない…。」
「収納の為だ。必要経費。金なら心配するな。これでも副業、本業含めてかなり稼いでいる。それこそ百年は裕に遊んで暮らせるくらいはな。」
肩をすくめ、じと目で見てきたサチの頭をなでる。サチは嬉しそうに尻尾を揺らすけれどもじと目のままで…、苦笑するソラ。
「なら、心配ないか。というか副業は武器制作だとして、お前の本業って何?」
「今は秘密だ。また今度な。その方が面白い。」
「え~…、教えてくれてもいいじゃないか。減るものじゃないし。」
「……面倒だ。だからまた今度な。」
結局、ソラは自分の本業を教えてくれなかった。
あ゛~…やぁっと説明回が終わった。これで前にすすめるぞ。
次、買い物と猫!
よろしくお願いします。




