13話 初めての宿は熊の隠れ家 (後)
もう本当にすみません。遅れました!
というわけでちょっと長め。
僕らが4人掛けの席に着いてから数分後。
さっきまでいたお客さんたちはみんな食事を食べ終わったのか続々と部屋に戻っていったために、いま食堂のテーブルには僕らしか座っていない。
料理が出てくるまでヒタキさんと他愛もない話をしていると、チャコさんが厨房から出てきて、器用に両手を使って大皿とお盆に載せたスープ皿をいくつか運んできた。
「お待ちどうさん。今日のメニューは雪下草とマッドブルの炒め物にワイルドチキンのシチュー、あと黒パンな」
ドン、とテーブルの真ん中に置かれた大皿の上に大盛りになっているのはやや小ぶりなチンゲンサイのような葉物野菜と見た目が牛っぽい肉の炒め物。
それぞれに配られた浅めのシチュー皿になみなみと注がれたシチューの中にはニンジンや玉ねぎ、あと皮付きの鶏みたいな肉が見える。黒パンについては特に変わったところはなかった。硬い。
どれもほかほかと漂う湯気とともに美味しそうな匂いを立ちのぼらせている。
テーブルの端に置かれた食器入れの小箱の中には洋式のフォークやナイフ、スプーンといっしょに箸も入っていた。
「うっし。多分今日の業務ぜんぶ終了ー!」
それらをすべて配膳し終えたチャコさんが、僕とジルの向かい側、ヒタキさんの隣のイスに腰掛けた。
よく見ればチャコさんも自分の分のシチュー皿もちゃんと配膳している。
「さ、タダ飯喰らいども。冷めないうちに食べようぜ」
「さて、何の事かしらね?」
「ヒタキぃ・・・あとで覚えとけよ」
そ知らぬ顔でごまかすヒタキさんを、チャコさんが恨めしそうに睨みつけていた。何でか知らないけど、この二人は知り合いで仲がいいようだ。
「まあ今は、貧乳巫女よりメシが先だな。早いとこ食べますか・・・・我に恵みを与えたもうた神々に感謝を」
ん?なんだそれ。『我に恵みを与えたもうた神々に感謝を』?
食前の祈りってやつかな。
あと、なんかヒタキさんが何かに気付いたかのようにもじもじしている。
「ヒタキさん、どうしました?」
「ええと・・・その、こういうのって、本人がいる前でやるのって照れくさくない?」
ふむ、なるほど。ちょっとわかる。
「はぁ・・・?ヒタキってば何言ってんだ?こんなのただの習慣だろ?っていうか本人って誰だよ」
「えーっと・・・チャコ」
「はーいよ」
「ちょっと耳を貸して?」
「あ?・・・まあいいけど」
僕らの前で、ヒタキさんがチャコさんの耳に口を近づけてごにょごにょと何かを話す。
チャコさんが少し驚いた顔でこっちをチラチラと見ているから、たぶんヒタキさんが僕らの正体について話しているんだろう。
「・・・そういうことだから、わかった?」
「いや全然」
「何でよっ」
無駄に凛々しく言ったチャコさんに、思わずヒタキさんがツッコミを入れた。
「まずこんな可愛いチビッ子が神様とか絶対ありえん」
「可愛いチビッ子・・・ぐすっ」
「ぐ・・・ち、チビッ子はともかく可愛いで泣くな!」
「しくしくしくしくしく」
「あと、こんなに泣く神様なんざ聞いたこともない。・・・だからもう泣くなって!メシを食えメシを」
「ひっく・・・おいじいでず」
「そりゃよかった」
マッドブル?の肉とミニチンゲンサイ的葉物野菜の炒め物は、胡椒の香りと肉から出た脂の旨味が効いていてすごく美味しい。
泣きながらでも箸がどんどん進む進む。
「なあヒタキ、何かの間違いじゃねえのか?これじゃ神って言うより愛玩動物だ。可愛い過ぎるぞこの小動物」
しばらく僕が野菜炒めを食べる姿を見つめていたチャコさんが、急にそんなことを言い出した。
し、失礼な。誰が愛玩可能な小動物ですかね。僕は男だよ?・・・こらジル、となりで頷くな。深いぞ。頷く角度が深いぞ。
「まぁ、それも確かにわかるけど・・・・そうね、クロちゃん」
「うぇ?」
「ちょっと魔法で炎を出してみてくれる?」
「炎ですか?」
「蝋燭ぐらいの大きさでいいわ。こう、指先に灯す感じで」
「はぁ」
そんな簡単な事をさせてどうするんでしょ。別にロビーが暗いってわけでもないのに。
ともかく、言われた通りに炎を出す。
「『我が望むは炎。炎神の炎よ、我が指先にて灯り、照らせ』」
唱えると同時に、垂直に立てられた僕の左手人差し指(右手は箸が絶賛稼働中)の先に小さな五芒星の魔方陣が出現、そこから小さな炎が現れた。
最小火力に抑えているので色は赤く、風が吹けば今にも消えてしまいそうだ。・・・まあ実際のところ僕が魔力の供給を止めない限りは燃え続けるんだけども。
「・・・・おいヒタキ。いま聞き間違いじゃなかったら確か、『炎神の炎』って聞こえたんだけど」
「当たり前じゃない。神代の、しかも完全オリジナルの魔法なんだから」
「・・・おいおいマジかよ」
『神代の』?『完全オリジナル』?
・・・よくわからないけど、なんかこの炎を出した魔法がすごかったらしくてチャコさんが驚いた顔で僕、というか僕の指先の炎を見ている。
あんまり見つめられるのも恥ずかしいので炎を消したあと、スプーンでシチューをすくって口に運ぶ。う、うまっ。このシチューうまっ。
「じゃぁ本当に?」
「さっきから言ってるじゃない。クロちゃんは神様なの」
なぜかヒタキさんが無い胸を張っている。「えっへん」なんて声が聞こえてきそうだ。その、胸から。
「・・・・クロちゃん。今何か変なことを考えなかった?」
「い、いえなにも」
「嘘おっしゃい。・・・・私の胸についてなにか言いたそうだったけど?」
「ごめんなさいすみませんもうかんがえませんからゆるしてください」
「よろしい」
お、おお怖っ。
たぶん今のヒタキさんの迫力はあの閻魔のおっちゃんすらも凌駕するな。
「ヒタキお前、胸の話題になると容赦ないよな」
「黙ってくれるかしら?」
「へいへい・・・で、ところでだ」
さすがチャコさん、ヒタキさんの殺人的な迫力をさらっと受け流した!
ジルでもあんな迫力はあんまり出さない。・・・・ん、ジル?
そういえばとなりにいるジルが全くしゃべっていない。
どうしたのかと思って見てみると、腕を組んだまま椅子の背もたれに体重を預けて眠っていた。
夕食ももう食べ終わっていたらしく、ジルの前の食器は全て空だった。わぁ、食べるの早いなー・・・。
「ところでクロって名前の神様なんていたっけか?・・・あ、もしかして地上神が一とか?」
「地上神ですか」
「ほら、神界とかいう所じゃなくて地上に住んでる神だよ。知らないか?」
「知ってますよ。死神さんとか、土地神さんとかでしょ?」
地上神っていうのはだいたい下位神よりも下の末端の神様たちだから、そんなに広く名前が知られている事がないらしい。こないだ遊びに来た土地神のイナリちゃんが知名度の低さ3時間ぐらい愚痴ってたから多分間違いない。
「違うのか?・・・でも神話にクロなんて神様いたっけか?クロノス?」
「クロノスおじさんはただの変態ですよ」
「ぶっちゃけたわね」
「ほんとの事ですから。ピンヒール?とやらで踏みつけると喜ばれるそうです」
「私の神聖なる神話を返してくれるかしら!?」
そもそもピンヒールって何だろ。踏まれたら気持ちいい靴?よくわかんない。
最後に残った黒パンをかじる。うん硬い。けど美味い。炒め物とシチューの皿をちぎった黒パンでぬぐいながら食べた。
「クロ・・・クロ・・・・すまん、クロノス以外思いつかん。というかクロって本名?」
「本名ですよ?ああ、フルネームならあるんですけど」
「何だ。最初っからそれ言えよー!」
「す、すみません」
いやっだって指摘しにくい感じだったし。
真剣に考えてる人に水を差すようなことをしたら何か悪い気がする。黒パンうまうま。
「で、フルネームは?」
「クロノミコトです」
「は?」
「クロノミコトですよ」
「はぁ?」
「ですから、クロノミコト・・・」
「はああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
「のわわっ!?」
びっくりしたぁ!
急にものすごい大声で叫びながら立ち上がったチャコさんは、わなわなと震えながら僕を指差している。
びっくりして黒パンを放り投げそうになった。あ、危ない。
「く、くくくくくクロノミコトってあれか!?最高位神が5柱の『武神』クロノミコトか!!?」
「え、ええそうですけど」
「ヒタキ!!本当か!!?」
「もちろん!ミスリルの検査板も使ったんだから」
ミスリルの検査板ってあれか。ギルドの執務室で手をかざして魔法を唱えたら紋章が浮かび上がる金属板か。
個人個人でそれぞれ違う魔力の波長みたいなものを読み取るので偽装も何も効果が無く、なおかつ絶対に間違わないというスグレモノ・・・らしい。
「ま、待て!でもクロノミコトって伝承どおりな全身マッチョの!!例えばうちの親父みたいなガタイじゃなかったのかよっ!!?」
チャコさんの親父?・・・ああ、熊(名前不詳)のことか。いま厨房で食器を洗ってるはず。
・・・・まあ確かに。武神って聞いたらあんな感じだろうと思うんだろうね一般的に。
「成長しない体なので・・・。仕方ないですよ」
「なるほどじゃぁクロが成長したらああなるのか!!」
「なりませんって」
どんだけ筋肉にこだわるのかなチャコさんは。というかこのセカイの人はみんな『クロノミコト=マッチョ』っていう公式を持っているんだろうか?
むむ。こんどヒタキさんに聞いてみよう。伝承とか何かいろいろと知ってそう。
「な、なぁクロ!!じゃぁあの2本差しとかはあるのか!?」
「ちょっとチャコ、いくら相手がクロちゃんだからって失礼よ」
「いいじゃねぇかちょっとぐらいさ!神様に会えるってだけですごいのにクロノミコトだぜ!!?もうここで死んでも良いぐらいの幸運じゃねぇか!!!」
「ほんとに死なないでくださいね?・・・刀でしたら、ほら」
そう言って腰のベルトからはずした山刀と太刀を見せた。
・・・別にそんなに見栄えがするモノでもないんだけどなぁ・・・。太刀は見た目はただの数打ちで、山刀にいたっては濃緑色の樹脂製の鞘に収まっていて見た目が非常に安っぽい。
「うおぉ・・・・すげえ・・・・!!」
「そうですか?」
「だってあの伝説の『二振りの神刀』だぜ!?この目で見られるなんて思いもしなかった!!!」
「ああ、そういや僕の紋章もそんなんでしたね」
こう、太刀と山刀が交差してるアレ。たまに忘れかけるんだよなぁ・・・。
ん・・・・あれ、なんか眠くなってきた。満腹だからかな。
「・・・・・ふぁ」
「なぁクロ、これ触ってみてもいいか!?」
「やめなさいチャコ。クロちゃん眠そうよ?そろそろ部屋に行ったほうがいいわ」
「あれっ・・・あ、ホントだ」
ああー・・・、そういえばもう3日ぐらい寝てないんだっけ。こんなんだったら馬車の中ででも寝といたらよかったなぁ・・・・。
ガラにも無くはしゃいでるチャコさんを見てたら、僕も・・・・もっと・・・・答えてあげなくちゃ・・・・・・・ああ、おっと。
「あはは・・・すみません。山刀なら・・・大丈夫です、よ?」
「あーっと、刀が落ちるぞ」
「・・・ああ、おっとと」
「ちょっと興奮しすぎたな。やっぱ触らせてもらうのは明日でいいや。ほら、早いとこ仕舞ってくれ」
「すみません・・・・」
ぼやける頭に苦戦しつつ、どうにかベルトに刀を差した。
知識や精神はどんどん成長しても、体だけはどうにもなってくれないからなぁ・・・・。ねむい、今はとにかく眠らないと。
「ジルさん。すみませんがクロちゃんを部屋まで送ろうと思うんですが・・・起きてますよね?」
「バッチリ寝てますがねぇ」
「そんなハッキリとした声で受け答えできる方は寝ているとは言わないんですよ。狸寝入りっていうんです」
「私は狸じゃなくてカラスですが」
「え、そうなんですか!?・・・って、違う違うそうじゃなくて!」
ヒタキさんとジルが何か話している。
カチャカチャと食器を下げる音がする・・・・ああ、チャコさんが空の食器を下げてくれてるのか。
「ジルさん、お部屋の鍵も持ってますよね?ちょっとクロちゃんを運びますよ」
「いいでしょう。無防備かつ無抵抗なマスターの体を今なら触り放題ですし」
「はいはい。そういうのはお部屋でやってくださいねー・・・よいしょ。わ、軽い」
「すげぇなヒタキ。最高位神のクロノミコトをおぶった人間はたぶん人類史上お前が最初だろうよ」
「ちょっとチャコ、変なこと言わないでよ!」
うぅ・・・ちょうど僕の頭がヒタキさんの肩の辺りにあるから、大声を出されると耳が痛い。
「・・・・・・んぅ」
「わ、ごめんね・・・・ジルさん、304号室でしたっけ?」
「そうですが。ふむ、つまりは3階の4番目の部屋ですか」
「それって3階のいちばん奥・・・まぁクロちゃんが思いのほか軽いから大丈夫ね」
「ご心配なく。階段ではマスターの尻を揉みつつ支えますんで」
「やめてあげてくださいね?起きちゃいますよ、クロちゃん」
「起こしてナンボです」
「鬼ですか」
「カラスです。ついでに使い魔です」
「知りません」
なにか不穏なワードがちりばめられた素敵な会話が聞こえたけど、もうその辺りから記憶もあいまいだ。
僕は3階までヒタキさんにおぶわれて運ばれたらしい。途中で何人かの宿泊客の人とすれ違って何か話しかけられたのと、ヒタキさんの(胸以外が)柔らかかったのを何とか覚えているぐらい。
で、部屋に着いた頃にはもうほとんど寝てしまっていた気がする。ほとんど何も覚えていない。
そのままベッドに寝かされて熟睡してしまったらしい。うん・・・なんとも情けない話だ。
かくして、初めて泊まる宿屋で、実に3日ぶりの睡眠。
とくに感慨にふけることもなく、このセカイ3日目は過ぎ去っていった。
・・・・・ああ、ジルだったら『ふはは、抱き枕発見!』とか言って朝まで放してくれなかった。背中に感じる胸の感触が、こう、その、うん。
・・・・、
・・・・・・・・うん。
本文の文字数(空白・改行含まず)、5555字&行数444行(笑
次話は閑話を予定しています。また2話続きです。
で、その後は新章。3日を書くのにどんだけ話数を使っているのかと(汗
もっとペースアップして頑張ろうと思いますです。はい。
※改稿しました。現在は5555文字ではありませんorz




