12話 はじめての宿は熊の隠れ家 (前)
「とうちゃ――く!!」
「マスター、あんまりはしゃぎすぎると首を刎ねますよ」
「着いて最初の言葉がソレ!?」
神殿を出発して1時間弱。
僕らは今日の昼ごろ連行されたギルド前の広場にいた。
時刻はもうすぐ5時をまわろうとしていて、空はすでに夕闇で満ちていた。
「ふぅ・・・ようやく着いたわね」
「ヒタキさん。お疲れ様です」
「お疲れ様。クロちゃん」
さすがにお疲れな様子のジルの横で僕とヒタキさんが互いをねぎらっていると、イースさんとアリスさんも馬車から降りてきた。
降りてきたアリスさんの手には例の柄付手榴弾。どうやら爆睡するイースさんの目覚ましにまた活躍したようだ。
「ふいーっ、よく寝たぜぇ!」
イースさんが固い座席で眠っていたために凝り固まった首を回す。
コキコキッ、コキコキッ、コキバキッ!
「!!?」
「おっとぉ・・・まだ完全につながってなかったい」
エグい音を立てて折れ曲がった首を元の位置に戻しつつ「あははー」と笑うイースさん。
お願いだから不意打ちみたいなタイミングで首を折らないでください。心臓に悪いです・・・。
少々引きつった顔で目をそらしつつ、ヒタキさんが口を開いた。
「じゃぁ、今日はもう時間が無いからギルドで開いてる宿屋を聞いて、そこに泊まってもらう事になるけどいい?」
「え、ギルドって宿屋の紹介もしてくれるんですか?」
荒くれ者たちがわんさか集まるちょっとヤバい施設かと思っていたから、ちょっと意外だな。
すると、僕が考えていた事が顔に出てしまっていたのかヒタキさんは少し苦笑して言った。
「別にギルドはクエストの斡旋をするだけの施設じゃないわ。クエストや街の様々な依頼の斡旋をはじめ、冒険者の育成や様々な情報の管理・提供、あとはモンスターの素材の販売とか、国の仕事の一部を肩代わりして行ってたりもするのよ?」
へぇ。結構いろんな仕事をやってるんだな。
国の仕事の肩代わりか。そういえばギルドのロナウドさんがそんなことを言ってた気がする。ギルドで入国管理もやってるんだっけ。
冒険者の育成・・・学校みたいなもんかな。むむ、これは興味があるぞ。
また機会があったら案内してもらおうかな?
「じゃぁ行きましょ」
「はい」
僕らはヒタキさんに連れられてギルドの入り口をくぐった。
それと同時に押し寄せる汗と酒のにおいと豪快な笑い声、喧騒。
昼間に来たときはあまり人がいなかったギルドのロビーには大勢の人、人、人。ほとんどの人が鎧をつけて、背中や腰には物々しい武器を装備していた。
なるほど・・・あれが冒険者か。
「予想はしてたけどね。まあこの時間になるとほとんどの冒険者がギルドまで戻ってくるからいつもこんな感じなのよ」
ヒタキさんが若干、苦笑気味に言う。
なるほど、昼間に人が少なかったのはみんなクエストを受けていたからか。で、夕方になってみんな戻ってお酒を飲んでると。
鎧と剣を装備したTHE・冒険者の人たちにまじって、少ないながらもローブっぽい衣装やイースさんやアリスさんと同じ警備兵の制服を着た人もいた。
それにしても、すごい熱気だなぁ・・・。
特に冒険者らを気にする様子も見せずに歩いていたヒタキさんが、広めのロビーの奥あったカウンターの前で立ち止まる。
カウンターの中の、ほんわかとした顔の女の人の頭にはぴょこんと耳が・・・・何?
耳すか?
どうやら違和感を感じているのは僕だけのようで、ヒタキさんは普通に話しかけていた。
「何かご用ですか?」
「すみません。宿屋を探したいんですが、まだ開いているところはありますか?」
「お探ししますね。少々お待ちください」
受付の女の人の耳は髪の色と同じ黄色の毛が生えた三角形。耳の先っぽは少し茶色がかっている。
ふむ・・・なんかキツネっぽいな。
「お待たせしました。現在3軒の宿屋が宿泊の受付をしております。いずれも締め切りが7時なので、なるべく急がれたほうがいいですよ」
ん?耳があるということは、尻尾もあるということかな・・・おお、これは気になるぞ。
何とか見えないかなぁ・・・
「開いているのは、『明けの明星』亭と『熊の隠れ家』亭、あと『王国の影』亭ですね」
「『王国の影』亭はまずないとして。知り合いもいるから『熊の隠れ家』亭でいいかしら」
む、背伸びをしてもカウンターが邪魔でまったく見えないぞ!
せめてもの抵抗として、首を伸ばしたもののムダだった。くっ・・・無念。
「宿泊料は1日で銅貨10枚ですよ」
「ありがとうございます。・・・・・何してるの、クロちゃん?」
「いえ何でもありません絶対」
危ない危ない。ヒタキさんに僕の奇行が見られてしまうところだった。セフセフ。
げっ、後ろでジルがニヤニヤしてるぞ。まずいな。もっとタチの悪いのにバレたよどうしよう。
「ならいいけど。じゃぁ早く行くわよ。閉まっちゃうから」
「・・・はい」
とりあえずしばらくの間はコレをネタにされないように警戒しておこう。
そして、この世界に来て・・・意外にもあのダンジョンで一日潰したみたいだから、たぶん3日か2日ぐらい。
かくして僕らは宿にありつけたのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
いつの間にかギルドで冒険者にまじって酒を飲み始めていたイースさんともう自分の家に帰るというアリスさんと別れて、石畳の街道を歩くことおよそ10分。
「着いたわ。ここよ」
「なるほど、ここが『熊の隠れ家』亭ですね」
僕らは、2本足で立った熊の看板が掛けられた3階建ての少し大きな建物の前に立っていた。
隠れ家っぽい要素はあんまりないけど、古くも新しくもないきれいな建物だ。そして例に漏れずに石造り。レガルド王国では一般的らしい。
いくつか見える部屋の窓を見るに、そこそこ客の入りがいいようだ。ほとんどの部屋に明かりがともっている。
「マスター」
「ん?」
「相部屋でも別に構いませんよ?」
「こんばんわー」
「おう、らっしゃい!!」
「・・・・無視ですか」
店の奥に声をかけると野太い声が返ってきた。どうやらここ宿屋の経営者は男の人みたいだ。
ちなみにジルと相部屋になると高確率で抱き枕にされる。神界でもなかなか寝付けなかったり寒かったりと、事あるごとに標的にされて逃げ惑った。だってなんか恥ずかしいじゃん。
いちどジルに捕まって朝まで抱き枕にされていたのを目撃したメグル姉が「リアル朝チュンねー」なんて言っていた。意味は分からなかったけど、どうせろくな意味じゃないに違いない。
・・・まあ、そんなことはどうでもいいよね。
『熊の隠れ家』亭の1階は広々としていた。カウンターがあって、その正面に間隔を取っていくつかテーブルと椅子が置いてある。
テーブルでは何人かの冒険者っぽい人や旅行客みたいな人たちが座って食事を取っていた。
カウンターの後ろには入り口があって、そこから先に厨房があるんだろう。おいしそうな匂いと一緒に、何かを焼く音や煮込む音が聞こえてくる。
「ムッ、ヒタキの嬢ちゃんじゃねぇか!ウチの娘が世話になってるなぁ!!」
で、のっしのっしとカウンターの奥から姿を現したのは、二足歩行の熊・・・ではなく、筋肉ムキムキ、おまけに巨大、さらに頭がツルッパゲというもう種族ヒグマでいいんじゃない?って感じのおじさん。
日に焼けた肌に太い眉、笑みの形に歪められた強面で顔面のインパクトもすごすぎる。さっき返事をしたのもこの人だろう。
「ええ、こんばんわ。チャコはいま厨房?」
「おう、ちょっと待ってな。・・・お――い!チャコ―――っ!!ヒタキの嬢ちゃんが来たぞ――――ッ!!」
熊みたいなおじさんが厨房に向かって叫ぶとあまりの爆音に空気が震えて、後ろで食事を取っていた人の何人かが驚いて飲み物を噴きだしたり耳をおさえたりしていた。
僕も鼓膜が破裂するかと思った。うう・・・耳が痛い。
「そんな声で叫ばなくても聞こえとるわクソ親父!!ちょっと待ってて!!」
厨房の奥からそんな声が聞こえてきた。女の人のような、男の人のような・・・中間っぽい声だな。
何かを焼く音が止んで、奥からひとりの人がひょっこりと顔を出した。褐色の肌に、青い髪ををウルフカットにした女の人だ。
なんで女の人って分かったかだって?・・・胸だよ。ちょっとだけあったんだよ。ジルがまた変態を見る目で僕を見てるよこんちくしょう。
「ようヒタキ・・・とお客さん。いらっしゃい」
「こんばんは。今日はまだ部屋が空いてる?」
「あれ、ヒタキ今日泊まんの?」
「泊まるのは私じゃなくて、この2人」
そう言って、ヒタキさんが後ろを指し示す。
「ん?2人?ごめんヒタキ、1人しかいないぞ?」
・・・・このカウンターが高いのとチャコさんの背が高いせいだな、きっと。僕の身長に問題はない。140センチはあるもん。
「・・・・ここにいます」
「え」
しぶしぶ、カウンターの上からも見えるように背伸び&手を挙げてみたらなんか驚かれた。
そうですか。そんなに僕は小さかったですか。140センチはチビですか。・・・うぅ、ぐすん。
「な、泣いてる!?ごめん!ごめんよ!!たまたま見えなかっただけだから!ねぇ!!」
「泣いでまぜん」
「マスター、思いっきり鼻声ですけど」
「うんうん・・・・って『マスター』?!このちっちゃい子が!?あなたの!!?」
「ちっちゃい子・・・・」
「ああしまったゴメン!!ごめんったら!!もう泣くなってお願いだから!!」
違います。泣いてません。これはただの心の汗です。
「泣いてるマスターも・・・・なかなかそそりますね」
何がそそるんだ。怖いぞ。うわやめて舌なめずりしないで。
とはいえ、その恐ろしい一言でなみ・・心の汗が止まった。
「あー・・・びっくりした」
「ふふ。まあ、そういうわけで部屋は空いてる?」
「2部屋か?」
「いえ、あいべy――」
「はい2部屋ですお願いします」
ここは譲れん。
・・・しかし。
「ごめん。もう今日は遅いし1部屋しか空いてない」
「な、何だってー!?」
「相部屋決定ですね、マスター!」
「ぐ・・・無念・・・・」
どうしてこんなときだけテンションをあげるんだジル。
チクショー・・・・ひとりリラックスしたかった・・・・。
「え、えーと、あれだ、主従でも女同士だし別にいいんじゃねぇ?」
「あっ」
「えっ?」
この人まで・・・この人まで僕を男と認識しないのか・・・
「女同士・・・・ぐすっ」
「えぇそんな所に地雷ってアリなの!!?」
「まあ普通・・・そうなるわよね」
「ってことは、この子、男なの!?」
「そうなるわね」
「ごめん!!知らなかったんだよホントごめん!!だから泣き止んでお願い!!」
すると横から熊(名前不詳)がにゅっと首を伸ばしてきて、
「ム、おいチャコ・・・そんな小さい女の子を泣かしちゃダメだ」
「親父ッ!!?」
「・・・小さい女の子」
「話は聞いとけよ親父!!また泣いたじゃないかよ!!」
「ヌゥ!?よくわからんが俺が悪かった!許せ!!」
「マスター、今日は相部屋ですね」
「ひっ・・・うわぁぁぁぁぁ!」
「相部屋ってそんな怖いの!!?」
「ウヌ・・・しょ、少年よ。今夜の夕食のお代は取らんから泣き止んでくれないか?」
そう熊(名前不詳)が言ったとたん、ジルの目つきが変わった。
「わかりました。マスター、3秒以内に泣き止まないと朝まで抱き締め続けます」
「ひっ・・・・!!」
「おや残念」
条件反射的に涙が止まる。
うらやましいだって?ダメダメ。アレは高確率で朝になる前に酸欠で失神する。
というか10分ぐらいで死の危険を感じることもザラだ。
「た、助かったぁ・・・」
「ウヌ・・・」
・・・・・・・・・・
・・・・・
「では今晩のお代、お2人様でで銅貨20枚になりまーす」
カタカタとアナログなレジスターを叩きながらチャコさんが言った。
20枚・・・かなり微妙な枚数だなぁ。そういえば貨幣制度もまったく知らない。つまりこの宿が高いのか安いのかもまったく分からない。
ヒタキさんが懐から出した袋の中から銅貨を数えてカウンターの上にジャラジャラと置いた。
「はい20枚。足りてる?」
「ん。たぶんオッケー」
「ちゃんと数えなさいよ・・・」
「勘でもいいさこんなの。だいたい帳簿なんてきちんとつけてないんだし」
いやたぶんそういう問題じゃないと思う。うん。
チャコさんはそのまま大ざっぱに数えた500円玉大の銅貨をレジスターにしまい込んでしまった。
「で、えーっと・・・・」
そういやまだ名前を言ってなかった。
「クロです」
「ジルです」
チャコさんがガリガリと羽ペンで帳簿に僕らの名前を記していく。
あれ、料金は大ざっぱなのに名前はきちんと控えとくんだな。
「クロとジルさんね。・・・・名字は?」
「「あ」」
しまった、またこの会話か!前にもあった気がするぞ。
言いよどむ僕らを、チャコさんがいぶかしげにのぞきこんだ。
「・・・・?おーい、姓はー?」
「えーっと・・・、チャコ?それについてはまた後で詳しく話すから」
「は?・・・まぁ、ヒタキがそう言うんならいいけど。ほいお二人さん、これが部屋の鍵だ。部屋は304。なくすなよ?」
「ありがとうございます・・・ジル、カギ持っててくれる?」
「いいですよ」
「じゃぁクロに、ジルさん。夕食食べてくだろ?」
その言葉に、おもわず僕のお腹が鳴ってしまった。
まあリンドウさんのところでお茶菓子を食べて以来何も食べてないし。お腹はペコペコだ。
「あはは、じゃぁあっちのテーブルの適当なところに座っといて。・・・・あれ、ヒタキもか?」
「ええ、もちろん。・・・そういえば私、2人分宿代を払っちゃったのよねー」
「ちっ・・・・いいよ、タダにしとくよ」
「ありがとう!」
わぁ、ヒタキさんが以外にしたたかだった。知り合いだから遠慮がないってのもあるんだろうけどさ。
・・・それにしても3人分もタダにしてもらっちゃったのか。自分で泣いておいて何だけど、なんか申し訳ない気分だな・・・。
忘れちゃいけない。クロは自覚なしの男の娘だ(笑
え?なんでチャコがクロが男だと思ったかって?・・・・胸だよ。(ドヤァ
一応2話に分けて投稿します。なんか冗長になったかもしれないけどごめんなさい。
なんとかスッキリとした文章が書けるように頑張ります。はい。




