11話 混沌の魔窟とカオスなやつら
遅れました。申し訳ない。
アテナちゃんの部屋を出てから十数分後。
ヒタキさんと僕は、アテナちゃんを連れてもといたリンドウさんのいる部屋まで戻ってきた。
・・・・が。
ドアを開けて第一に飛び込んできた光景。
「え・・・・・・」
「ひっ・・・・・」
「カオスですねー」
それは、あまりにも・・・・・混沌としていた。
「ほら、さっさと喋りやがれば楽になりますよ?それとも何ですか、もっと突かれたいんですか?えぇ!?」
嬉々とした表情で、うつぶせのまま動かない神官服の男の人の背中を踏みつけながら血まみれの山刀を突き立てるジル。
「あ゛ぁーっ、んまい!やっぱりアルコールがないとなっ・・・ひっく」
真っ赤な顔で、夜でもないのに一升瓶みたいなでかい容器でお酒をラッパ飲みをするリンドウさん。
「・・・・・(もくもく)」
直立したまま一心不乱にあの凶悪な赤さの激辛レーションを小脇に抱えた頭でかじっているアリスさん。
「・・・・・・・・」
首があらぬ方向に曲がったままいまだ助け起こされる気配もなく、邪魔くさそうに部屋の端まで運搬されたらしいイースさん。
・・・それに部屋から異臭がする。
具体的には、血の生ぐさい臭いと酔っ払いのアルコール臭、粘膜という粘膜がやられそうなトウガラシの刺激臭。
「・・・魔窟だ」
「魔窟ね」
「魔窟ですねー」
この世ならざる混沌さ。それはまさに魔窟。
・・・なんだこれは。
こちらにも差し向けられていたらしい暗殺者さん(その2)を痛めつけていたジルが、ドアを開けたまま硬直する僕らにようやく気付く。
そういえばジル、いつの間に僕の山刀を盗ってたんだろう。たった今気付いたぞ。それに足元に転がっている青色の小さなガラス瓶?アレは何だ。怪しすぎる。
「おやマスター。遅かったですね」
「って、あくまで平然としてる!?」
血まみれの山刀を握ったままで平然と話すジルはちょっとどころじゃなく怖かった。
「それよりジル何してるのさ!!」
「?・・・ああ、コレですか。いえ、ちょっとした尋問です」
「どこがっ!?」
それはどう考えたって拷問ですから!
「問題ありません。ほら、こうやって」
そう言いながら上に着ているベストのポケットから取り出したのは青色の小さなガラス瓶。床に転がっているものと一緒らしい。中には少量の怪しげな液体。
ジルは何のためらいもなく、栓をはずしたその小瓶の中身を足の下の暗殺者さんにぶっかけた。
「それ・・・ポーション?」
「ご存知でしたか」
「当たり前じゃない。冒険者ならたいてい常備してるもの」
ヒタキさんがそう言っているうちに、暗殺者さんの背中に無数にあった刺し傷がシュウシュウと音を立ててふさがり始めた。
え、何コレ。すごい効果なんですけど。
5秒ほどすると、暗殺者さんの背中にあった刺し傷は全てふさがって元通りになってしまった。
それを見届けたジルはニヤリと笑い、
「これでまた再開できますね」
「よし、もうやめようかそれ!!」
不気味な笑顔を見せたまま暗殺者さんに山刀を突き立てようとしたジルをあわてて止める。なにこれ怖い。
そうか、つまりなかなか口を割らない暗殺者さんにイラついたジルは山刀でぶっ刺して拷問、ノリノリで刺しまくっていたら暗殺者さんの命が危機一髪な状態になったのでポーションを使用して強制回復、また拷問・・・のエンドレスループをしていたわけだ。
そして、いまジルの足元には無数のポーションの空き瓶。
・・・・何も考えるまい。精神衛生上よろしくない。
で、無理やり視線をそらしてリンドウさんを見てみると。
「おお・・・クロ殿っ・・・ひっく、戻られまし、ひっく、たか」
「リンドウ様、何やってるんですか・・・・」
ヒタキさんが頭痛をこらえるようにしつつ呆れていた。
机の上に転がっている一升瓶は、ひい、ふう、みい・・・・・いっぱい。
「というか、そもそもどこからそんなに持って来られたんですか!」
「ヒタキぃ・・・そんな怖い顔するなよぉ・・・ひっく、地下室だよぉ」
「い、いつの間にそんなものを!?」
「こないだの、ひっく、給料で・・・増設、ひっく、した」
「・・・・お給金を、全部?」
「うんにゃ・・・ひっく、前借り」
「・・・・・・」
ヒタキさんが愕然とした表情のままフリーズしてしまった。
地下室の増設って、そんなに安くできるもの・・・じゃないよね絶対。それで前借りか。
「もう私この上司ヤダ・・・」
「よしよし・・・僕も使い魔がアレですから。元気出してください」
「それは心外ですねぇ、っと」
僕が背伸びしながら半泣きのヒタキさんの頭をなでていると、後ろからジルの皮肉っぽい声が返ってきた。
見ると、ジルはもう暗殺者さんをメッタ刺しにするのに飽きたらしく、切れ味抜群のめちゃくちゃ細いピアノ線で暗殺者さんを縛っていた。
意図的に目をそらす。
が。
「・・・・・・・」
目をそらした先で、焦点の合っていない虚ろな瞳とガッチリ目が合ってしまった。
ちなみにその首はあらぬ方向に折れ曲がり、胡乱な瞳が僕を認識しているのかも定かではない。っていうか生きてる?死んでないよね!?
おそるおそる、声をかけてみる。
「えーと・・・イース、さん?」
「・・・・・・・」
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
「って、いやいやいやいやいや!!」
やばい、異常な再生力を持つイースさんでもこれはマジで死んでるか!?
こういうときは・・・そう、まず呼吸を確認して、あああと心拍の確認を―――!!
「ちょっと、クロちゃん!近寄っちゃダメ!!」
「何言ってるんですか!一大事ですよ!!」
「そうじゃなくて、イースは種族が――」
ヒタキさんが変なことを言っている。種族が、何だって!?
「イースは、種族が―――喰人鬼、だから、」
それに続く言葉が言いにくいのかモジモジしているヒタキさん。いや、非常にかわいい。・・・・じゃなくて。何?いま物騒な種族名が出た気が。
「・・・食べられちゃう、わよ?」
「・・・・はい?」
食べられちゃう・・・・・って、食べられるぅ!?
なんじゃそりゃぁ!?
突拍子もない話に混乱におちいった、そのとき。
「・・・・・ぅ・・」
僕の背後から、うめき声が。
おそるおそる、うしろを振り返ってみると。
「・・ゅ・・・ぅ・・・」
「イース、さん?」
イースさんの腕が動き、床に手をついて上半身を起こす。頭はなおもだらんと垂れたまま・・・・だった、けど、
ぐちゃべきぼきみちゃぐきっ!!
なんかグロい音を立てて瞬時に元通りになった。
さ・・・再生力すげー。
そして、顔を上げたイースさんは焦点の定まらない胡乱な目つきのまま僕をとらえて―――
「にく」
「え」
僕は、うしろからイースさんに飛びかかられたと理解するのに何秒かかかってしまい、・・・そして、それが命取りとなった。
1メートルも離れていなかった僕は、イースさんに瞬時に抱きすくめられて、
「がぶ」
「――――――――――――~~~~ッ!!?」
首かじられたーーーっ!!!
あ、あまりの痛みに声も出せない!噛み千切られるぅ!!
暴れても暴れてもぜんぜん離してくれなず、それどころかもっと強い力で抱きすくめられて身動きがとれなくなってしまった。
「はぐ」
「むぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
自分でもビックリ。ものっそい変な声が出た。
と、
「・・・・・・はへ?」
唐突に噛む力が弱まったと思ったら、イースさんが正気に・・・戻ったのかな?
とりあえず強くは噛まれてない。
「ひゃあふほはん、ふぉふぉふぁっふぁんふぇふぇーふぉ?」
「な、何言ってるかわかりませんから。とりあえず僕の首から口を離しましょう。ね?」
そう言うと、「ふぇーい」なんて言いながらイースさんが口を離した。
・・・・首、すごく痛い。出血してないかなぁ・・・。
「やぁクロたん。遅かったんでねぇの?」
「・・・まぁ、いろいろありましたんで」
「ほー。・・・・ヒタキちゃんとえろえろあったの?」
聞き流す。
「そんな事よりもイースさんがまだ生きてたってことが驚きですよ・・・肝が冷えました」
「ん?んあー、そりゃクロたん、あたしゃちっとばかし丈夫なもんでね」
「いやそれ、もはや丈夫ってレベルじゃないですから・・・」
「まぁ喰人鬼なんてそんなもんよ。ヒタキから聞いたっしょ?体だけは丈夫さね」
そう言いながら立ち上がってポーズを決めはじめるイースさん。
そんなもんなんだろうか。
そんなもんか。
・・・・・そんなもんか?
「イース、お昼ご飯食べた?」
「うんにゃ」
「お腹すかせるからそうなるのよ・・・たぶん」
怖っ。たぶんって何だ?
「えっと、たまに何でもないときに暴走するときがあるのよね。イースったら」
「知らん知らーん」
「もう・・・」
やべ、僕ちょっと怖くなってきたぞ。
何でもないときにいきなり噛み付かれたりしたらビックリするどころの騒ぎじゃない。
「クロちゃん、首は大丈夫?」
「たぶん・・・大丈夫です。血とか出てませんよね?」
「いんにゃ、ちっとばかし出てるけどもヤバくはないよん」
「そうですか。・・・ジル、ポーション?はまだ残ってる?」
「全部使い切ったに決まってるじゃないですか。バカですかマスター」
うちの使い魔を全力で張っ倒したいのを鋼の精神でこらえた。うん、えらいぞ僕。
そもそも拷問であんな薬品を大量に消費するやつがどこにいるのかと。見たところそんなに安いものじゃなさそうだし、ガンガン消費するのはお財布によろしくない。
・・・・ん?
「ジル、そのポーションはいつ買ったの?」
少なくともこの世界に来たときはそんなもの持ってなかったはず。
それどころか、この国で使われているお金すらも手にしていない僕らだ。誰かから買った・・・となると、心当たりが全くない。
「ああ、これですか?買ったのではありません」
「もらったの?」
「ええ」
するとジル、部屋のど真ん中で一升瓶をかかえてヘラヘラ笑う酔っ払いを指差して、
「リンドウ殿が。無料で。」
「あんのクソ上司イイイイイィィィィ!!!」
「お、おうおうヒタキ。どうどう」
「馬じゃないわっ!!」
「お゛ふっ!?」
なだめようとしたイースさんの鳩尾にヒタキさんの鋭すぎるツッコミが炸裂した。
イースさんがその場に沈む。なんか痙攣してるけど大丈夫だろうか。
「ヒタキさん、落ち着いてください」
「はぁ・・・はぁ・・・・ふぅ・・・ちょっと取り乱しちゃったわ」
ちょっとじゃなかったです。
「ところで、今は何時かしら?」
「時刻ですか?」
言われて初めて窓の外を見てみると、もう日がずいぶんと傾いていた。
おそらくあと2、3時間ほどで日が沈んでしまうだろう。
「もう4時ね。・・・・どうすればいいのかしら」
「何をですか?」
「クロちゃんたちは、今日どこで寝るの?」
あ。
しまった。それを完全に忘れていた。言われてみれば最初から寝泊りする場所なんて決めてないじゃん。
「・・・・どこで寝るんでしょう」
「困ったわね。まさかあの酔っ払いに聞くわけにもいかないし」
「この施設に空いた部屋はありませんか?」
「アテナちゃんが使ってる部屋で最後だったから、今は無いわね。あれば何とかできるかもしれないんだけど」
まあ確かに神殿なんかに泊まろうとする人なんていないだろうけどさ。
しかし困ったな。まさか屋外で寝るわけにもいかないし。
「宿屋とかは?」
「宿泊の受付は7時までで締め切られるところが大半だから、まだ泊まれるところならあると思うわ。・・・でも神様が宿屋ってどうなの?」
「気にしませんがねー。むしろ泊まってみたいです」
神界にいたら宿屋なんてあるわけ無いし。
どころか僕はどこかに泊まるということ自体が初体験。なんかワクワクするねぇ。
「でも、寝てる間の警護をしてくれる兵士さんも居たほうがいいんじゃない?」
「僕らで迎撃できますから、居なくても問題ありませんよ」
「それもそうね・・・ならいいんじゃないかしら?多分だけど、それでも問題ないと思う」
「やった!」
「・・・・年寄りが興奮してますねぇ」
「ジルうるさい!」
誰が年寄りか。誰が。
まあ地球ができてからずっと存在してるんだけども!
「では、リンドウ様?」
「へぇーい」
「・・・・お客人の皆様方には、レガルド中央部の宿屋に宿泊していただきますが、よろしいですね?」
「ひっく、よろしーい」
もうあの酔っ払いに判断能力とかそんなもの残ってないんじゃないかな。
ほぼ即答だったよ?
ちなみにこっちまで連れてきたのに結局はほとんど用無しだったアテナちゃんはリンドウさんの隣で勝手に自分も呑み始めていた。
それを見たリンドウさんもそれに対抗してまた一升瓶に口をつける。本当、なにやってんだか。
まあ、なにはともあれ僕の初めての外泊が決まったわけで。
急いで中央部に戻らないと宿が取れなくなるそうで、必殺激辛レーションを完食したアリスさんと復活したイースさんも連れて僕らは部屋を出た。酔っ払いどもはそのまま放置。
神殿の外に出るともう夕暮れ。思えば今日はいろんなことがあった。
入国して、ギルドに連行されて、王女様に抱きつかれて、イースさんの首が折れて、神殿に着くなり陰謀を感じて、またイースさんの首が折れて、アテナちゃんと再会して、暗殺者さんを精神的に壊して、戻ったリンドウさんの部屋が魔窟で。
イースさんの首が今日だけで2回折れた事には何もツッコむまい。喰人鬼の再生能力はものすごいらしいから多分問題ない・・・と思う。
僕らが門の前に停められていた馬車に乗り込もうとすると、なんかすごく疲れた表情のライオット小隊長が出迎えてくれた。
そうか。途中で誰かいないと思ったら馬車で待機してたライオットさんが居なかったのね。存在感が薄かったから今までぜんぜん気付かなかった。少なくともあの暗殺者さんよりも気配は薄かったよ。
それから馬車で1時間。
いざ行かん、初めての宿屋――!
「いい年して宿屋ごときでテンション上がるのもどうなんですかねぇ」
「ジルうるさい!」
ちなみに馬車での1時間、延々とライオット小隊長の愚痴が続きましたとさ。
イースの種族は喰人鬼。あれまびっくり。
とはいえ積極的に人を襲うもんではなくて、意識がはっきりしないとき、たまに喰人衝動が起きる程度。
ヒトならざるものが多いレガルド王国。何か秘密がありそうですね(伏線




