閑話 少し前、地上にて
時系列的には、1話の辺りです。
あのクロが転移してきた神社の巫女さんの話。
(―――おかしい・・・なにがいったいどうなってるの?)
少女は一人、椅子に座り頭を抱えていた。
その少女は巫女装束に身を包んでおり、長く伸ばした東方出身者の特徴である黒髪と、幼なさを感じさせながらも美しく整ったその顔をわずかに歪ませながらひとり考え込んでいた。
少女は巫女である。名前はヒタキ。
神に仕える身であり、いつもなら神社にこもって黙々と神に祈りを捧げたり、さまざまな雑用をこなしているはずである。
そう、いつもならば。
この日の早朝、その「事件」は起こった。
この日、ヒタキは自分がひとりで住み込んでいるこの森に包まれた神社において日課となっている境内の掃除をするべく起き出してすぐに着替え、箒を持つなり境内に出て行った。
そこまではいい。
30分ほど掃除をして一段落し、そろそろ朝食の用意でも始めようかと考えていたときだった。
突如として、神体が祀ってある本殿から膨大な魔力が流れ出てきたのである。
少女はひどく驚いた。
なぜなら、「本殿から膨大な魔力が流れてくる」というのは普通であればそれこそ、「神の下界への降臨」もしくは「神体を狙った盗賊の襲撃」しか有り得ないからだ。
しかし、今回のケースは「普通」ではなかった。
この少女が住み込んでいるこの「レガルド国立南部神社」には、古来より「武神」や「戦神」として崇拝されている「クロノミコト」が祀ってある。
その神社のひとつで、「この世界を管理する」神が数週間ほど前にすでに召喚されていたのである。
世界を管理する神はひとつの世界に1柱しか存在しない。ましてや同じ世において、2度も神が降臨するということの前例などあるわけがない。
そもそも、高位神である存在が下界に降臨するという事自体がまったくと言ってもいいほど無いのだ。それどころか、その存在さえも確認できたものは誰一人としていない。かろうじて、下位神である八百万の神々からの神託によってその存在が肯定されるのみである。
高位神は全員で5柱。
全生物の知能を司る「ミササノカミ」、平穏を司る「カルムノカミ」、時の流れを司る「キザミノカミ」、創造を司る「メグルノカミ」、そして、武を司る神、「クロノミコト」。
名前の後に「~カミ」と付く高位神の中でなぜクロノミコトだけが「ミコト」と名乗っているのかは不明である。ただ、古来からそう呼ばれている事だけは確かだ。
閑話休題。
そしてヒタキががここまでの流れを総合的に整理し、判断して下した結論―――。
先ほど端武神社に流れた膨大な魔力、それは非常に高度な魔法を扱う事のでできる「盗賊」が本殿の扉の鍵を無理やり解錠するために使用した魔法によるものである。
なぜなら、クロノミコトが降臨するということは現状を見る限り全くと言っていいほどに有り得ないからだ。
砂漠と防壁に囲まれたこのレガルド王国の中央に堂々と存在するその神社、「レガルド国立中央神殿」。それこそが、数週間前に神が召喚された舞台である。
神官やその他関係者も多く集まった上で発表されたその事実に嘘や偽りの可能性は全くない。
なにせ、召喚された神自身がその場に現れて証拠を見せたのだ。
これ以上の証明はない。
しかし、ヒタキは気付いていない。
この「レガルド国立南部神社」に流れた膨大な量の魔力こそがクロノミコトが降臨したサインであり、本物のクロノミコトが今まさにこの神社の本殿にいる事を。
ヒタキはその場で踵を返し、駆け出した。
盗賊を撃退する方法なら心得ている。伊達に何度も修行という名の訓練をこなしてきたわけではない。
急ぎ神社に併設されている自身の居住用の小屋に向かい、愛用の長刀を手に取る。
その足で本殿に急いだ。
扉の前まで来た。が、おかしい。鍵が掛かったままになっている。
外から入ったのならば、鍵は開いているはず。
だがしかしそんな事で迷っている暇はない。さらに言うと、解錠する時間も惜しい。
迷わずヒタキは鍵に手を掛ける。
「鋼剣程度なら片手で破砕できる」膂力をもって、鍵を千切り取ろうとした。が、それは叶わない。鍵には強化魔法が幾重にも掛けられており、常軌を逸した膂力にもびくともしない強度を誇っていた。
仕方なく解錠の魔法で解錠する。
そのまま少女は扉を蹴破る。
そして、中にあった人影を見つけるなり、長刀の峰でもって殴打し、意識を刈り取った。
ちなみに、意識を刈り取られる直前、ヒタキは何故だか無性に腹が立った。
・・・・・・
・・・・・・・・・・
それから少し後。
ヒタキは、気絶したまま目の前で横たわるその「侵入者」を見下ろした。
その小柄な侵入者は、全身に黒い衣服をまとっている。どれもこの国では見かけない趣向のものだ。
しかし、その中でも一際目を引くのが、腰に差した一振りの日本刀。
伝承では、確かにクロノミコトは日本刀を差していたが、本来ならばもう1本、山刀を差しているはずである。
その腰に差された日本刀も、さしたる力を持っている気配も無く、あまり目立った特長の無いただの数打ち物の日本刀に見えた。
おおかた民間に出回る流通品だろう、と目星をつける。
しかしそれにしても。
ヒタキはこの侵入者の容姿に驚いた。
140センチ弱と小柄で華奢な体格に肩の上で切り揃えられたさらりとした黒髪。幼く、それでいた整った優しげな顔立ち。まさに美少女と呼ぶにふさわしい容姿だ。
このような美少女が武神であるはずが無い。そう思わせるほどに目の前に横たわる少女は華奢でか弱く見えたのだ。
それに、賊にしてもその体格は明らかに不向きだった。このような体格で力仕事などできるはずもない。
ヒタキは考える。
本来なら、神社へ襲撃を掛けてきた者は神社の掟にしたがって国そのものを囲む防壁の外の南側にある地下ダンジョンへ転移させて処罰する。
侵入者を処罰する、という名目で創られたそのダンジョンはもちろんただのダンジョンではない。
かなり上位の冒険者、具体的にはAランクの冒険者でも苦戦するほどのモンスターが何体も生息しているのだ。ダンジョン内に満ちた濃密な魔力によって異常な成長を遂げた魔物たちは、見た目こそ変わらずとも恐ろしいまでの力を手に入れているのである。
そして、そこに送り込まれた者は誰一人として無事に帰れたためしなど無い。もっと極端に言えば、入った者は確実に死ぬとも言える。
そんな場所にこのか弱そうな少女を送り込んでもいいのだろうか。
実際、誰が見てもモンスターの1匹も倒した事もなさそうなこの少女をダンジョンに送り込む事はためらわれたし、なによりこの巫女の少女がこの神社に住み込むようになってからまだ日が浅く、ダンジョンに誰かを送り込むという事が初めてだという事もあった。
ヒタキは悩んだ。
悩みに悩んだ。
数分間考えて、下した結論。
(―――例外は作らず、この少女もダンジョンに送るべきね)
例外を作るということは掟に背くという事と同義であり、到底許されるものではない。
幼い頃から巫女としての生活を続けてきたヒタキにとって掟とは絶対のものだ。そう簡単に破れる物ではなかった。
それに、ダンジョンの中には魔法を利用した監視装置があり、こちらからでもダンジョンの内部を監視しておけるのだ。
それを利用してこの少女を監視して、命が危険だと思ったら転移させて助け出してやればいい。
そう考えた。
早速ヒタキは、少女を転移させる準備を始めた。
転移には「転移石」と呼ばれる魔力の結晶を使用する。
転移石は手の平ほどの大きさの緑色の結晶で、これを使えば半径1メートル以内の人や物を任意の場所にまとめて転移させることができる。
転移石を手に持ち、目的地のダンジョンをイメージ。
そのまま転移石を少女と自分の間の床に叩きつける。
パリン!とガラスが割れるような音と共に転移石が割れ、同時に床に当たった場所を中心として直径2メートルほどの六芒星が書き込まれた魔方陣が展開した。
自分と少女の体が光に包まれ、転移するとき特有の浮遊感に襲われる寸前―――
「えいし」
(え?)
変な掛け声と共に、さっきまで物陰に隠れていたのであろう一羽のカラスが魔方陣に飛び込んだのが見えた。
そして、カラスも光に包まれる。
(ま、まあカラス1羽ぐらいは別に大丈夫かな?)
追い出すのも面倒なので見逃しておいた。
かくして、武神とその使い魔はダンジョンへと送り込まれたのであった。
第三者視点は難しいです。
っていうかもう途中から自分が何かいてるかわかんなくなってきたので傍らにあった「老人と海 (ヘミングウェイ)」を読んで現実逃避していました(泣
ちなみにクロの外見は女っぽいです。でも男です。男の娘もいいですが(笑
閑話2へ続きます。




