タイムマシンの成果
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博士のかねてからの夢は、世界平和である。
「ワシがぜったい世界を平和にしてみせる」と、口ぐせのように言う。
「もう、としも歳じゃ、金や女にはたいして興味がない。ほしいのは名誉。ノーベル賞をもらって、後世に名を残してみせる」
動機は不純だ。
しかし、世界平和がいいことに間違いはない。
おれはその夢を実現させるため、助手として力を尽してきた。大学に通うかたわら、博士と二人三脚で研究の日々。――タイムマシンの開発である。これさえあれば、過去に戻って戦争の原因を取り除くことができる。未来から、高度な医療技術を学ぶことだって。
もちろん、簡単にいかないのは覚悟していた。なにせ博士は貧乏なのだ。つまり、これまでに大した発明はしておらず、研究費も少ないということ。二重の障害である。
最初の頃は、完成の気配すらなかった。ガラクタを組み立てているような状態。動きも、しない。
進捗具合は、まさに牛の歩み。マシンが作動するまでに、三年の月日を要した。
作動するようになってからが、もっと大変だった。ただのガラクタなら何の被害もない。中途半端に出来上がったタイムマシンは、むしろ凶器そのもの。
感電すること十二回、制御を失い研究室の中を暴れ回ること八回、一度などエンジンから火を吹いて爆発した。
あの時は、本気で死ぬかと思った。軽いヤケドで済んだのが、奇跡である。
まさに苦難の連続。
そんなある日、というか今日、ついにタイムマシンが完成したのだ。
最後のネジを絞め終えたあと、机上の設計図に目を落とし「今度こそ本当に完成した」と、博士が断言したのである。
「さあ、里中くん」博士はおれの名前を呼んだ。「記念すべき時間旅行者の第一号はきみにゆずろう。運転してくれたまえ」
「わたしには、まだ未来があります」おれは、かなり丁寧な口調を心がけて言った。
「おお、そうか未来に行きたいのか」博士は片腕をタイムマシンの方へ広げた。「好きなだけ、行ってくれたまえ」
「まだ、やり残したことがあります」おれは博士に顔を向ける。
「タイムマシンは、完成したぞ」博士は白い顎ヒゲをなぜながら、いぶかし気な表情。「なんじゃ、やり残したこととは」
おれは切り口上気味に説明する。「個人的なことです。大学を無事卒業して、ちゃんとした会社に就職したい。親孝行もまだだ。苦労をかけっぱなしで。燃え上がるような恋愛もしていない」
「さっぱり意味が分からない」博士は目をしばたたいた。「きみ、気は確かかね」
「はい。だからこそ」おれはハッキリ言ってやることにした。「乗りたくはないのです」
「遠慮がちなのは、きみの悪いところだ」
まるで話が、通じてない。
おれは大声でわめいた。「遠慮なんかじゃない。嫌だ嫌だ嫌だ、ぜったいに乗りたくない」
「里中くん」博士はおれの両肩をつかんで揺さぶった。「遠慮じゃないとしたら、なんなんだ。乗りたくない理由というのは。詳しく、説明してくれたまえ」
「詳しくもなにも」おれは博士の腕を振りほどいた。「死にたくない。命が、ほしい」
「誰もきみを殺そうとはしていない」博士は諭すような調子である。
おれは太股をパシリと叩いて、床を踏み鳴らした。「たった今、したじゃありませんか」
「なんのことだ」
「タイムマシンです」おれは指さした。「あれの実験で、わたしをモルモット代わりにしようとした」
「ひと聞きの悪いことを言うもんじゃない」博士はいかにも心外といったふうに眉根へ皺をよせる。「きみの貢献は、多大だ。その労をねぎらってやろうとしているだけじゃないか。ワシからのプレゼント。優しさを誤解されちゃ、かなわん」
「そんなの、信じられません」
「なんと、悲しいことを言いよる」博士はこめかみを挟んで、下むきに頭をふった。「信頼し合える間柄だと思っていたのに」
「今までが今までだから、しかたないじゃありませんか。信用しろってのが、無理な話しですよ」
「そこをなんとか」博士は目を閉じて、頼みの合掌。
「なんですか。そこをなんとかって」おれは髪の毛をかきむしった。「それじゃあ、こうしましょう。博士から先に乗ってください。そのあと、プレゼントをありがたく受け取らせていただきます」
「どうぞ」と、おれは腰をまげて博士と同じように凶器、もといタイムマシンへ腕を広げた。
「ワシには妻と子供、生まれたばかりの孫までいるんだぞ」おれの白衣の胸元をつかんだ。「ワシは、まだ死ねん」
本音の暴露である。
「てめぇ、このクソジジイ」もはや敬語もヘッタクレもない。おれはブチ切れて、声をとがらせた。「やっぱり、実験台じゃねぇか。おれ」
「名誉ある死ではないか」
「なんで死ぬことが前提なんだ。さっき完成したと言ったばかりで」
「万が一ってものがあるじゃろうが。万が一ってもんが」博士はツバを飛ばしながら抗弁する。「きみも科学者の端くれなら、何事にも百パーセントはあり得ないと分かっているはずじゃ」
「だったら、何パーセントなんだ」おれも博士の胸ぐらをつかんだ。「自信はあるのか、ないのかハッキリしろ」
「ある」
「なら、自分で乗れ」おれは博士を抱きかかえ、無理やりタイムマシーンのシートに座らせた。
「だから、万が一のことがあったら妻と」
「百パーセントはあり得なくても」おれは博士の言葉をさえぎって、断固とした態度を示す。「百パーセントを信じることは出来るはずだ。ノーベル賞を目指してるんだろ。それくらいやれなくて、どうする」
「いやしかし、じゃな」
必死になってタイムマシンから降りようとする博士を、おれは押し止めた。「まずは、ぜったいあんたからだ」
博士はまた何かを言いかけてから、ぐっと言葉を飲み込んだ。うらめし気な目をおれに向ける。
「分かった。ワシから先に乗ればいいんじゃろ」なげやりな調子で言った。「のいとけ」
おれを突き離し、博士はタイムマシンのボタンを押した。
タイムマシンが、爆発した。
どかんと音を立てて後ろのエンジンから吹き出した火が、博士の白衣に燃えうつる。
「ぎゃあ」ハンドル手前の計器類が並ぶパネルを飛び越えて、博士は床を転げまわった。「さ、里中くん。火を、火をはやく」
「は、博士おち着いて、おち着いて」おれもこの上なくパニクッて、室の隅から消火器を取りあげ博士の背中に噴射した。
博士が泡まみれになったのを確認してから、つづいてタイムマシンへ。
懸命な消火活動のすえ、どうにか火は消しとめられた。おれは、すっかり汗べっちょりである。
「里中くん」博士はむっくりと起き上がり、おれに近づいてきた。「ありがとう。助かったよ」
手を差し出してきた。
「いえいえ、当然のことをしたまでです」おれは敬語に戻って、博士と握手をかわす。「礼にはおよび」
喋っている途中でおれは博士に腕をぐいっと引っ張られ、体をタイムマシンへ沈められた。
「さあ、約束を果たしてもらおう。次はきみの番だ」
惨事を目の当たりにしたばかりである。
「ちょっと博士、なにを考えて」おれは、たまらず腰を浮かせた。
鬼の形相で博士がおれの肩を押さえつける。「約束したはずじゃ。ワシの次は、きみが乗ると」
「前言撤回だ」さぁぁぁと、血の気が引いていくのが自分でも分かった。「これじゃあ、みずから大怪我しにいくようなもんじゃないか」
「うるさいうるさい。ワシだけがこんな目に合うなんて、不公平じゃ。武士に二言はあるまい、さあ始動しろ。今すぐしろ」
「おれは武士でもなんでもない。それにあれは言葉が足りなかっただけだ。安全が確認できしだい乗るという意味だったんだ」
「なにを、このごに及んで」
「離せはなせ」
おれと博士は揉みくちゃになって争った。
その拍子に、おれの肘がパネルのボタンに触れた。
どかああああああんと、爆音を響かせタイムマシンが大爆発。――おれと博士は左右にふっ飛んでいった。おれは空中でくるりと一回転して壁に背中を打ちつけ、博士は頭からゴミ箱に突っ込んでいった。
「痛たたたっ」尻もちをついて背中を擦りさすり顔をあげると、室の中は煙で真っ白。所どころで、火の手があがっていた。
「うわあああ。また、なんか燃えてる」おれは先ほど使用した消火器を見つけ、机上や床に噴射しまくった。
「里中くん、どうやら研究は失敗に」博士がおれに話しかけてきた。ゴミ箱から頭をひき抜くような音。「それは、もしや」
つづいて明らかに博士のものであるシルエットが、机へのところへ駆けていく。
「うわあああん」シルエットが、泣き崩れる。
消火器片手に博士の元へ行ってみると、後生大事に灰を握りしめていた。タイムマシンの設計図に違いない。机の上には焼失を逃れた紙片があった。
白煙が薄まり辺りの状況がハッキリしてくると、床のあちこちで泡をかぶっている燃え殻。あれも、そうなのだろう。二十枚ほどあった設計図の残りが、どこにも見当たらない。
「長年の研究の成果がぁ」と、喉をヒクヒクさせる博士。
「設計図が燃えてしまっても、やり直しは効くでしょ。なんせ実物が」と、そこまで慰めの言葉を口に出して、おれは違和感を覚えた。
その理由に、すぐ気がついた。
「は、博士、タイムマシンが」
「世界平和の夢がぁ。ワシのノーベル賞がぁ」
「ちょっと、あそこあそこ」おれは博士の白衣を引っぱって、後ろを指さした。
博士は涙で頬をてらてら光らせ振り向く。
そこには、タイムマシンの影も形もない。
ギョッとして博士は辺りを見渡した。タイムマシンの部品すらも転がっていないのである。
博士はおれの首をしめ、大声で問いつめた。「お前、ワシのタイムマシンをどこへやった。白状しろ」
「知らない。おれがどこかへ持っていったわけじゃない」博士の腰に腕をまわして、足払いをかける。
おれと博士はそのまま倒れて、床の上を転げ回った。
「シラを切るな。シラを」馬乗りになって博士はおれの頭を両手ではさみ込み、何度も床に打ちつけた。
目から、火花が散った。
「ずっといっしょにいたんだ。おれは室から一歩も外に出ていない。あんなデカイもの、どこに隠せるというのだ」おれは下から博士を思いきり突き飛ばす。
のけざまに引っくり返って博士も頭を床に強打した。「ぐほっ」
かぶりを振って、おれたちはほとんど同時に立ちあがった。
博士は工具箱に目をとめる。「手荒なマネは、したくなかったんだがな」
スパナを取りあげ、おれをにらみつけた。
今までさんざん手荒なマネをしておきながら、なにをいけしゃあしゃあと。――おれも近くの一斗缶を持ちあげた。
「あんたには、本当に愛想が尽きた。こんりんざい、助手を辞めさせてもらう」
「そんなもの、こっちから願い下げじゃ」
おれと博士は無言で床に円を描きながらジリジリと身をつめた。鼻息が、荒くなる。
武器を上段に、振りかざす。
「この恩知らずがぁ」
「それはこっちのセリフだぁ」
互いにぶつかり合おうとしたその瞬間、真ん中で大爆発が起こった。
どかああああああん。――おれと博士はまたしても左右に吹っ飛んでいった。おれは壁に背中を打ちつけ、博士はゴミ箱に頭から突っ込んだ。
白煙が、室を薄白くした。
「痛たたたっ」先ほどと同じように尻もちをついて背中を擦りながらおれは顔をあげた。あっ、と息を飲んだ。
空中にタイムマシンが浮かんでいたのである。帽子を目深にかぶった口ヒゲの男が乗っている。コート姿。
「は、博士ぇ」おれは震え声で叫んだ。
「きさまぁ、ワシの」と、博士はゴミ箱をかなぐり捨て、振り返った。「タイムマシンを返せぇ」
口ヒゲの男に飛びかかって行く。
腕を伸ばしコートの裾を引っぱる博士を「ちっ」と舌打ちして払い退ける男。タイムマシンから片足を出して、博士の顔面に蹴りを入れた。
「ぶはっ」鼻を押さえその場に崩折れる博士。
おれは博士の元へ駆け寄って、しゃがみ込んだ。「博士、大丈夫ですか」
「里中くん」博士は鼻血をだらだら流しながら言った。「ワシはいいから、タイムマシンを」
おれは、空中を見上げた。――口ヒゲの男は室内を見回している。カレンダーのところで、動きが止まった。口元にニヤリと不気味な笑みが浮かぶ。
「タイムマシンを、返せぇ」おれは立ち上がり、男の袖をつかんで引きずり下ろしにかかった。
博士とケンカした直後ではあるが、やはりタイムマシンをほかの誰かへやるわけにはいかない。この研究にはおれも関わっている。それこそ血と汗と涙の結晶だ。
「この口ヒゲめ。盗人め」
コートの肩がはだけ、がくんと体勢を崩した。帽子がぬげて床に落ちる。
「×××××」と、口ヒゲ男は意味の分からないことを叫んだ。懐からピストルを取り出し、おれに向ける。
「ぎゃっ」おれは腰を抜かして、床にへたり込んだ。
男はパネルのボタンを押す。と、たちまちタイムマシンもろとも姿が消えてしまった。
「もう少しで、完成したはずなのに。わああああん」博士はまるで子供の如く、泣き出した。
おれは恐怖に身を震わせ、動けない。
「タイムマシンはすでに完成していたのです」と、声をかけようにも口をパクパクさせるばかりで言葉にならない息がもれるだけである。
おれは見てしまったのだ。はだけたコートの下に軍服を。忌まわしき、肩章を。
博士は気がついてないのであろうか。帽子がぬげてピストルをかまえた時、こちらへまともに向けられた口ヒゲ男の顔に。
おれが腰を抜かして何も喋れなくなるほど恐怖した理由は、そこにあったのに。
博士は泣きつづける。「ワシの、世界平和の夢がぁ」、と。
床に落ちているナチスドイツの帽子のそばで。
世紀の独裁者、アドルフヒトラーがあらわれた研究室のなかで……。
-了-




