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五里霧中

六章

一方、拓哉はサタナエルと共に地界の入り口に立っていた。

「山だな」

「山ですが、何か」

ふぅ、と拓哉は息を吐くと、山の麓の方へ足を向けた。

「そういえば、貴方はこちらの方角からこの山達を見た事がなかったですね。中界に滅多に降りないから、こういう事になるんです」

サタナエルは、拓哉から数歩離れた間隔でついて行く。その顔は、新しいオモチャを手に入れた子供のように輝いていた。余程拓哉が無知なのが面白いらしい。

「確かに、俺はこっちから入った事なかったな。それがどうしたんだ?」

「いえ、別に」

麓に着いた拓哉達。

「こちらです。しばらく足場の悪い、暗い道が続くので注意して下さい」

更に山奥に進んで、とある洞窟に入った。

「ここ、よくバレないな。やっぱり幻か何かで隠してるのか?」

「隠す必要はないですね。ここの近くに住んでいる人間は、まず近付かない上に、使っているのは私ぐらいなものですから」

魔法で火を生み出して足元を照らしていた拓哉は、肩を竦めると苦笑いを浮かべた。

「そういえば、お前には翼がなかったな」

本来なら、地界は空から入るべきなのだ。

「人に近い、というのも考え物ですね」

サタナエルの言葉には、苦いモノが含まれていた。

それからしばらく無言で歩く。緩やかな下り坂を降りていった先には、淡く光る水晶が点在する、とても広い空間が広がっていた。

「・・・ここに通じていたのか」

「あっ!サタナエル返ってきた!」

ギョッとして拓哉が振り向くと、そこには一羽のカラスがいた。

「マステマですよ。忘れましたか?」

「ちげーよ!普通に驚いただけだっつーの!いちいち突っ掛かってくんじゃねぇよ!」

途端に大笑いするサタナエル。

「こ、の・・・笑うんじゃねぇ!!」

「はいはい。すみませんねぇ」

ごおっと、拓哉の手のひらにある炎が、急に燃え上がった。そのまま、サタナエルに投げ付ける。

「あぁ、やっぱりまだちゃんと扱えてませんね」

だが、炎は振られた左腕によってかき消されてしまった。

「戯れはここまでにして、行きましょうか、()?」

「子供で悪かったな!」

「「子供!?」」

大きな水晶の影から寝間着姿の子供と、グラマラスな格好の大人の女性が飛び出して来た。

「えー?子供じゃなくね?僕たんより年上じゃんか」

「きゃーっ!ナニコレ可愛い!」

突然の事に、拓哉だけでなくサタナエルまで面食らった顔をする。

「・・・あ、ベリアルとリリスか」

というか、拓哉は二人の名前を思い出すのに時間が掛かって、微妙な顔をしていただけのようだ。

「あ、ってなんだよ」

ベリアルがむすっとする。

「悪い。飛ばされた時、記憶まで飛んだらしくてな」

「ルシフェル様、どうしてそんな、可愛い姿に?」

獲物を前にした猫の様に、目を輝かせているリリス。

「人間だからですよ。どうやら、いつもと同じ姿になるには、あと十年必要・・・」

「上、行けば?一分も掛からないで年取れるでしょ」

カラスが飛んできて、拓哉の肩に留まる。

「無理無理っ!入れない!」

「サタナエルがいれば、行けるんじゃないの?きっとあの人入れてくれるわ」

「私としては、それは遠慮したいんですが・・・。とりあえず、話は奥でしませんか?座って話しましょう」


サタナエルの説明は、拓哉の体感で一時間にも及んだ。何しろ、ここの住人は地上や天界の事に割と疎い。また幾つかの質問にも答えながらだったので、たった二週間の話がここまで伸びてしまった。

「と、いう事です。わかりましたか?」

難しい顔をしているリリス。

「あのミカエルと一緒なのね・・・。考えるだけでぞっとするわ」

拓哉はため息をつくと、ここ二、三日の勇哉を思い出す。というより、今日の勇哉を思い出す。自分が何者だったのかぐらいは思い出せてるようだったが、どうせその程度だろうと。

「え、てか、ラファエルまで居たんでしょ?あれ絶対ミカエルを迎えに来たんだよ。人間としての繋がりはあるんだから、兄ですって付いてったら?」

「あのな・・・」

「カマエルがそれを許す訳がないでしょう・・・。あ、でしたら私があなたを再構成させましょうか?そっちの方が手っ取り早いと思います」

それぞれが好き勝手言う中、拓哉は眉根を寄せると首を横に振った。

「ベリアル、天界をよく知らないのに口を挟むな。サタナエル、生命を扱えないお前に何ができる。リリスもだ。あの剣を持ってないミカエルは、加護なしのアホ天使にすぎない。マステマはどこ行った?サマエルは?」

三人が顔を見合わせる。

「サマエルはもう一人のご主人サマのとこだよ。マステマは・・・」

「例の如く」

「昼寝よね」

もう何も言えなかった。

(カラスはいるのに昼寝・・・つーか、サマエルがいないのかよ。元門番がいなきゃ、話になんねぇぞ)

「・・・あとは年一回の顔合わせの日か、天界に入れるのは。サタナエル、今日は何日だ?」

「第二の月、十三日です。第七の月まではあと百三十日程度ですね」

百三十日。それは拓哉にとって果てしなく長い時間のように思えた。他の方法がなければ、この期間中ルシフェルはずっと子供の姿のままだ。

「ところで、ルシフェル様はあの事を聞いたの?」

「はぁ?」

リリスが慌てたように取り繕う。

「そ、そのだから、今の中界の状況について・・・」

これを聞いてサタナエルが笑った。

「そういえば何も言ってませんでした」

「ダゴンの事か?おおよその見当がつくから言わなくていい。それとも、なんだ?もっと酷い事か?」

「バアルです。何故か人間の間で信仰を集めて回っているようでして、またそれに伴って他の自称農耕神が動き始めたんですよ。特に南部の砂漠地帯にある国やら、厳しい環境の国で主に活動しているらしいです。まぁ、所詮バアルなんて天候を少し変えられる程度のか弱い虫ですけれど、ほら、虫は集まると鬱陶しいじゃないですか。湧く前に潰しておきたいと」

蔑称を揶揄するようなサタナエルの言い方に、ベリアルもリリスもくすくす笑う。

「あぁ、あの蝿か。しかし、何故俺達が動かなければならないんだ?奴ならどんな状況でも蝿に勝てるだろうが」

神とバアルの間には、文字通り越えられない壁がある。いかに信仰を集めて、力を増したところで、バアルはこの世界の天候をほんの少し左右できる程度。大局的に見れば、大した事はないのである。

「さぁ?風邪でも引いたんじゃないですか?」

それはそれで笑えない。

「南部だろ?なら・・・いや、サタナエルがバアルを負かすなり何なりして、信者を横取りすれば良いんじゃないかと思ったんだけどな」

拓哉は苦笑いを浮かべる。

「弟と同じ方法ですね。正直言って、あの方法は時期を見極めるのが難しいんですよ。それに時間も掛かります。新興宗教なら尚更です」

と、広場のようなこの空間の奥からひょろりとした長身の男が姿を現した。

「煩い・・・。ん?なんで皆集まってる?」

「おはよう、マステマ。ようやくのお目覚めか」

「誰?子供?ルシフェル?」

まだ完全には起きていないらしい。

マステマはリリスの隣にある、平らな水晶に腰掛ける。

「何があった」

ここでまた一からの説明が始まるのは言うまでもなく、拓哉はまた話が戻るのかと思い、ため息をついた。



「あ、おかえりー」

朝に見た拓哉より、今帰ってきた拓哉がやつれている様に見えるのはきっと気のせいではない。

「おか、・・・あぁ」

どことなく、目も虚ろだ。

「死んでる?」

「死んだ」

食堂の中、人目も気にせず拓哉がテーブルに突っ伏す。相当疲れているようだ。

「ご飯、持ってこようか?」

心配した勇哉が拓哉を揺する。今の時間帯はちょうど夕食の時だった。

「いらん」

「食べないと、本当に死んじゃうって。じゃあ、スープ持ってくるね。野菜たっぷりの」

「・・・・」

もはや返事すら返ってこなかった。もしかしたら寝てしまったのかもしれない。

しばらくして、自分の分の夕食と拓哉のスープを持って勇哉が帰ってきた。

「はい、どうぞ。てか何があったの?」

のろのろと身体を起こした拓哉は、スプーンを持つと頬杖を付いた。

「同じ説明を何度も聞いた。議論がまた同じところに戻る。そもそも天界なんて知ってる奴は一握りだった」

「あ・・・そ、そっか。え?でもなんで天界の話?」

勇哉がパンを頬張りながら聞く。それに対して拓哉は項垂れた。

「この身体じゃ、力の半分も使えない。また面倒臭い奴らが来ても、これじゃあな」

スープを一口飲んで、ため息をつく。

「サタナエルが奴に反逆した時より疲れた・・・」

勇哉はどういう顔をして良いのかわからなかった。

「第七月まで待つしかないのか」

「何で?何かあったっけ?」

「あのな・・・俺は地上で新年祭が行われる度に天界に呼び出されてたんだよ。あの白髪のジジィ、俺がいる時だけ時間を遅くしやがって」

拓哉はもう一口スープを飲む。

「ジ、ジジィは言っちゃいけないような気が」

「知るか。そもそもが全部あいつの悪ふざけに決まってるだろ、ふざけんな。メタトロンが失敗するのも見越してんじゃねぇの?この状態じゃ、満足に魔法すら使えないせいで、時間を少し弄る事すら出来ないしな」

身体を成長させる位は出来るはずなのだが、絶対的な魔力量が足りないために使えないのだった。

魚のフライに手を出していた勇哉は、首を傾げると水を飲んだ。

「僕には出来ない、何か壮大な事をしようとしてるね・・・」

「あ?あぁ、そうか。そんなに大した事じゃない。何というか、ヘイストを使うだけだ」

「ヘイストかぁ。うん、それならわかる」

向こうの世界では、ゲームをよくしていた勇哉だからわかる。拓哉も一緒になって遊んでいたので、二人の知識量はゲーム関係においては同等だった。

「確かに、魔法は黒魔法だしね。聖霊術は白魔法」

「俺のジョブは賢者で、お前はナイトだけどな」

「えー、パラディンじゃないの?」

「ありえないな」

少し元気になったのか、拓哉の食べる速度が速くなる。

「・・・とにかく、俺は第七月までこの姿で、さらにあいつらの相手もしないといけないのか」

自分に言い聞かせるように呟くと、残り少なくなった器を持ち上げた。

「あいつら?」

手元にあったナイフでパンを半分にした勇哉は、フライを挟むと肩を竦めた。

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