始まりは記憶から
二章
「って言ってたのか」
何もない小部屋から、ちゃんと二人分の家具が置いてある部屋に移された勇哉達。その入り口から見て左側にあるベッドに寝転がっている拓哉が、今聞かされた勇哉の話に考え込む。
「てかさ、神様っているんだね。僕感動しちゃった」
「はっ、案外“神”を名乗る偽者だったりしてな」
「えーっ、そういう事言っちゃダメだよ」
靴を履いたまま横になっている拓哉は、勢いをつけて起き上がって胡坐をかく。
「ならどうして俺らはここにいるんだ?仮にあいつが言ったことが本当だとしたら、俺らは不幸な二人組なんだろ?」
拓哉が勇哉から聞かされた話はこうだった。
一度部屋から出たシグルスが戻って告げた事は、支部長のみならず勇哉も驚く事だった。なんでも「無理矢理連れ戻したのがあだになった」だそうだ。更に「記憶飛んでるから思い出すまでそっとしといて」らしい。
「あー、そう。うん、わかった」
「うぇ?そうなの?結構すごいね、それ」
お前それ、自分の事だ!と思い切りシグルスに突っ込まれた。
「へ?」
思考停止した勇哉に、シグルスが更にたたみ掛ける。
「つまり、お前達は本当はこっち側の人間なんだよ!それなのに、恐らく出来ないはずの世界移動をしたせいで、自分が何だったのか完全に忘れてるんだ」
大きなため息をついたシグルスは、壁に手を突いて項垂れる。よく見ると口が動いているので、たぶん悪態でもついているのだろう。
「そ、そうなの?うわぁ・・・すごいねぇ・・・」
すごいしか言っていない。
「・・・なら、とりあえず寄宿舎の部屋をあげようか」
という事で、今現在ここにいる。
しかめっ面して拓哉を睨み付けている勇哉に、拓哉は肩を竦めてみせる。
「最悪、俺らはこの姿もニセモノ。全部思い出したら、何がどうなるんだろうな」
何の反応も返ってこなかった。
呆れた顔をした拓哉は、胡坐の格好のまま後ろに転がる。
「で、だ。勇哉、何か思い出したか?」
「・・・全然、わからない。でもなんか、シグルスには会った事があったような気がするんだよね」
「あのリオラとか言うドラゴンもどき。あれは確か・・・」
言葉を切った拓哉の脳裏に、ある言葉が浮かび上がる。それと同時に言葉に関連することも思い出した。
「ジズだ。そう、ジズ。ベヘモット、レヴィヤタンと並んで霊獣の一つとして数えられる。地のベヘモット、海のレヴィヤタン、空のジズだ。本来ならもっと大きいはずだが・・・変種か」
拓哉の言葉を聞いて、勇哉が不思議そうな顔をする。
「それ伝説だよね?」
「伝説というか・・・事実だな」
これが“思い出す”という事か。と納得する拓哉。その横で勇哉は、一人複雑な顔をしていた。
その頃、いわゆる天界では。
「あっはっはっは!あいつら記憶喪失になりやがった!」
「笑い事じゃないですよ。っていうか、まさかあの方が失敗するなんて・・・。自分がちっぽけに感じる」
「お前ら・・・」
昔は四人いたのか、向かい合わせの机に四つの椅子があり、今はそこに三人の人が座っている。
「あいつは元々人間なんだ。失敗は当然だ」
そう言って、まだ笑っている一人にペンを投げつける。投げたはいいがその速さが問題だった。
「うおぁっ!?」
「いい加減に黙れ。うるさい」
ドン、とありえない音を立てて、ペンが壁に突き刺さった。
「・・・それにしても、これは私のせいですかね?だってほら、捕まえて来たのは自分なので」
書類を扱うのに邪魔だった髪を結いながら言う。
「んな事はないと思うな。向こうでこっちの事を言い触らされても困るからって主が封じた記憶を、あっちのメタトロンがたまたま解き忘れただけなんだから」
ペンを投げた本人の威に負けて、壁に刺さったままのペンを抜こうとする。が、ビクともしない。
「こっちに戻ってきたって事は・・・っ!もうっ、へ、い、きっつーこと!だっ!?・・・全然抜けないんだけど」
「あーあ、強く投げすぎですよ。ペヌエル」
別のペンを取り出したペヌエルは、その事実を鼻で笑っただけだった。
諦めて戻ってくると、他の二人が着いている机の上と自分の机の上に置かれた天秤を見て悲鳴を上げた。
「なんで俺だけミカちゃんの代わりをしなきゃいけないの!?お前らやれよ!特にガブリエル!」
朗らかに笑うガブリエルだが、いいよ。とは一言も言わなかった。
「ラファエルに十分似合ってる仕事ですよ」
くすんだ茶髪を掻き毟るラファエル。
「俺らは一人一役なの!俺ファヌエルが持ってきたお願いを叶えてる張本人!ミカちゃんは魂の守護!」
「あーこいつ略しやがった」
「ファヌエル!?なんで棒・・・あ、はい、すみません」
ペヌエルに対しては、滅法弱かったことが判明した。
いじけて静かになったラファエルを見て、またガブリエルが笑う。
「ところで、チャネリングは試しました?」
「いや、まだだ。何故だ?」
「場所さえわかれば、会いに行けるかと思いまして」
ラファエルはその言葉に、はっと顔を上げた。
次の日。朝食の後、たまたま会ったシグルスにふらふら付いて行ってしまった勇哉と別れた拓哉は、一人資料室の方へ向かう。今朝食堂で文字が読めた事に気が付いて、それならとここにある本を読み漁ることにしたのだ。
支部の端の誰もいないような場所に資料室はあって、ようやく辿り着いた時には拓哉はうんざりしていた。
「遠いんだよ・・・」
大きなため息をついた拓哉は、中に入ると広いテーブルに着く。手始めに、近くにあった本を引っ張り出して読んでみた。
内容は、『エティルス神聖国国土とその周辺について』
(わざわざ現在地に印を付けてるな・・・)
見開き一ページ目にエティルス全体の地図が載っていて、その左端に小さく丸がしてあった。恐らく、すぐに見付けられるようにする為だろう。
勇哉との心の接続を切って、次のページ、次のページと進んでいく。そして、ある一ページの説明文に拓哉の目が釘付けになった。
(地界・・・?シェオールのことか?)
その説明文を一字一句逃さないよう、注意して読む。
「あっ・・・こいつ、知って、るよな?」
記述の中にサタナエルという名前を見付けはしたが、それがどんな人物だったかまでは思い出すことが出来なかった。
落胆した拓哉は、今読んでいる本をテーブルに置くとまた別の本を引っ張り出す。が、すぐに戻した。
(しゅ、宗教の経典かよっ。虫唾が走るな)
更に別の本を取り出す。戦術本だった。
顔を顰めて部屋にある本棚を眺める。よく見れば、ここにあるのは兵法及び戦術を記した本とここ周辺の詳しい地形が載っている地図、さらに図鑑や宗教関係の本しか置いていなかった。元々ここは軍事施設なので、これは仕方ない事だとはわかっていても拓哉は鬱屈とした気分になった。
「・・・てか、サタナエルっていていいのかよ」
サタナエルとは“神に反逆する者”という意味がある。
(つーか、そもそもが異端の奴だろ?ありえねぇし)
頭の後ろで指を組み、背凭れに身体を預けながら心の中で愚痴る。
しばらくそのままの格好でいたが、「よしっ」と気合を入れるとある本を取り出した。
調べ物に満足した拓哉は、勇哉がいるであろう方向を目指す。
ちょうど中庭と厩舎らしき建物の前を突っ切る形になったが、それは正しかったようだ。
「勇哉!」
何かの訓練中だったのか、息を整えている最中の勇哉とその回りに転がっている団員と呆れ顔のシグルスが見えた。
「あ、拓哉!」
手に持っている木剣を手放して、勇哉は拓哉に駆け寄る。
「何してたんだ?随分派手にやったらしいが」
「ちょっと遊んだだけだよ。ね、シグルス」
話を振られた本人は、寝ている団員を起こすのに必死そうだった。
「ここの人達、結構強いよ。さすがって感じだよね。僕びっくりしちゃった」
困ったように笑う勇哉を見て、拓哉は勇哉の頭を叩いた。
「お前が強すぎんだ、このバカ!」
「ふぇえええ・・・」
確認するが、ここは一応エティルス飛竜団ガナム支部である。
「起こして謝って来い。ふざけすぎましたってな!」
どすの利いた声で言うと、勇哉は涙目になってシグルスを手伝いに行った。
「全く・・・」
寄宿舎の外壁に寄り掛かって、シグルスと勇哉が仲良く(?)団員を起こしているのを見る。
「ん?」
と、誰かの視線を感じた拓哉。だが、どこを見ても誰かいる様子はなかった。
短い一発書きです。
一度流れが決まっている話は難しいですね。長く引き伸ばし過ぎそうで、怖い。