戻されて失敗
一章
「あーあ、やっと終わった!帰ったら寝よーっと」
大きく伸びをして、制服姿の少年が言う。
周りの人が不審な目を向けてくるが、本人は全く気にしていない。
「その前に宿題やれ。まだ明日もあるじゃねぇか」
一緒に歩いている、同じ制服のもう一人が彼に現実を突き付ける。
「じゃあ、宿題やってよ」
「それだと意味ないだろ?大体、宿題は自分でやるからこそ意味のある事だ」
「宿題なんてやったって無駄だし。僕、やんなくてもいいし」
片方がむすくれた。
どこからどう見ても友達にしか見えない二人。実は(年齢は同じだが)兄弟だったりする。だが、全く似ていない。
一人は童顔。もう一人は大人っぽい顔立ちをしているため、実年齢は同じでも友達同士に見られがちである。
「開き直るな。お前はそれでいいかもしれないが、こっちはいい迷惑だ」
言い忘れたが、開き直った方が勇哉で、本当に迷惑そうにしている方は拓哉という。
いつもの様に学校から帰っている途中で、その先にある曲がり角を曲がれば二人の家に着く。二人のが通っている中学校から割と近くにあるため、十分足らずで着く事が出来た。
曲がり角を曲がった時、勇哉が立っていた人とぶつかった。
「ひゃあっ」
「おっと、悪い。大丈夫か?」
しりもちをついた勇哉に手が差し伸べられる。
「すみません」
「バーカ。前見て歩け」
立ち上がった所を拓哉が軽く殴る。それに「ふぇえええ・・・」と変な声をもらした勇哉。そんな二人を見ていた彼は、何かに気付いたらしく探るような目を向けていた。
「そうか・・・。ここで待ってて正解だったらしいな」
そんな彼の呟きに、拓哉が反応する。
「おっさん、何言ってんだ?」
「いや、こっちの話だ」
不思議なその雰囲気に二人は飲まれて、彼に集中せざるをえなかった。
「俺の主がお前らを呼んでたぞ?十四年もご苦労なこった」
ニヤニヤ笑いながら言う彼に、拓哉が食って掛かる。
「んだよ、おっさん。言いたい事があるならはっきり言え」
腕を組み、左に顔を傾けて睨み付ける拓哉。
「その癖も一緒か。ま、どうせ言ってもわかんねぇって。覚えてないんだから」
「うぇっ?」
「どういう事だ?」
そんな二人の質問には答えず、彼は右手を二人の方へ差し出す。
「こんなんで思い出せばいいけどなぁ・・・」
その手を振り下ろした時にはもう、二人はいなくなっていた。
「・・・あ、やべっ。失敗した」
「ふぇっ?」
「・・・家の近所に森ってあったか?」
気が付けば森の中。
「うにー・・・。ない」
そう言って勇哉はキョロキョロ周りを見る。だが、今まで歩いてきた道はなく、ただ一抱えありそうな木があちこちに立っているだけだった。
「だけど、これは間違いなく木だろ」
「そだね」
二人はしばらく沈黙して、急に取り乱した。
「どこぉ!?僕らどこに来ちゃったわけ?」
「意味わかんねぇ・・・。もう全然意味わかんねぇ・・・」
勇哉は頭を抱えて、拓哉は完全に呆然としていた。
あの変な人が原因だという事は、パニックを起こした二人でも理解できた。出来たが、どんな方法でここまで来てしまったのか、前後左右木に囲まれている二人には確かめようが無かった。
「・・・とりあえず、状況を整理しよう」
まだ呆然としている拓哉だったが、それだけは言えた。
「あのおっさんの所為だろ?んで、意味不明な理由だったろ?気が付いたら森だろ・・・って、意味ねぇー!」
どうしようもなかった。
「拓哉拓哉、ちょっと聞いて。さっきのおじさんの顔、知ってる気がする。拓哉は?」
癖のない黒髪をぐしゃぐしゃにしながら頭の整理をしていた拓哉が、驚いた顔で勇哉を見る。
「・・・やっぱり、そうなのか?何かそんな感じはしたんだけどな、確信が持てねぇんだよ。何ていうか、会い過ぎてた奴に、久し振りに会った感覚か?」
「僕に聞かないでぇ・・・」
勇哉の情けない声を無視して、拓哉はさっきとは打って変わって冷静に辺りを見渡した。少し話したら、落ち着いたようだ。
「ったく。ここはどこなんだ」
風一つ吹かない静かな森に、生き物の気配はあまりないように思える。
迂闊に動くことも出来ず二人が途方に暮れていると、後ろからガサガサと大きな音が聞こえてきた。その音に驚いた勇哉達は、一気に振り返って更に驚く事となった。
「なぁんだ。びっくりした。ドラゴンか」
「あ、あぁ。・・・って、ちょっと待て」
我に返った拓哉が、じりじりと後退り始める。目の前にいるワニもどきから逃げる為に。
「俺の知識に間違いが無ければ、こいつは存在しないはずじゃないのか?」
「えと、言われてみればそうだね」
勇哉も拓哉に倣う。さすがに危険だと思ったらしい。
「ここがどこだか、大体の見当はついた。信じたくはねぇが、世界丸ごと違うんじゃねぇかって」
二人は顔を見合わせると、せーので逃げようとした。が。
「待て!」
鋭い静止の声がして、思わず立ち止まってしまった。
「リオラが言った事は本当だったのか。どうやってこの森に入った?答えろ!」
茶色のドラゴンの影から、飛行ゴーグルを付けた少年らしき人物が現れた。
彼はゴーグルを外すと、銀色の目で勇哉達を睨む。
「ここはエティルス神聖国の立ち入り禁止区域。お前達が入っていい場所じゃない」
自分達と同じぐらいの年齢の少年に言われたのが癇に障ったのか、拓哉がムッとした顔になる。
「知らねーし、んなふざけた話。大体、お前誰だ?」
「僕はシグルス。エティルス飛竜団、ガナム支部、第八番隊のリーダーだ」
堂々と答えた少年だが、拓哉を納得させるのには程遠かった。
「はぁ?なんだその、なんたら飛竜団。そこまでファンタジーなのか?」
ファンタジーなのには、違いないが。
初めての反応だったのか、シグルスは拓哉と勇哉を交互に見る。
「・・・とにかく、お前達の身柄を支部に送検させてもらう」
そう言ってドラゴンを振り返る。
「リオラ、運べるな?」
その問い掛けに、リオラと呼ばれたドラゴンは大きく頷いた。
場所は変わって、エティルス飛竜団ガナム支部。その建物にある小さな部屋に、勇哉達はバラバラに入れられていた。
「ふぇえええ・・・」
ふとした拍子にそんな声が漏れてしまい、勇哉は慌てて口を塞いだ。幸いな事に、部屋から出られないこと以外は何の制限もなかった。
拓哉大丈夫かな・・・。
そんな風に思った矢先に拓哉の怒鳴り声が聞こえてきて、勇哉は苦笑した。
(何やってんの?拓哉)
まるで遠くに呼びかけるように心の中で呟くと、驚くべき事に返事が返ってきた。
(誰も来ねぇんだよ。さっきからずっと人を呼んでるんだがな。・・・そっちは?)
拓哉の声に勇哉が答える。
(誰も来てないよ)
(チッ。一体何なんだ、こんなとこに入れて)
そんな風な会話をしていると、ガチャッとドアが開いた。
「支部長。こちらです」
聞き覚えのある声がしたと思ったら、シグルスだ。奥にいた人を先に、自分は後から入る。
シグルスから支部長と呼ばれた人物は、勇哉の前に立つと微笑んだ。
「うぇ?」
素っ頓狂な声を上げる勇哉に、シグルスはむっとした顔をする。
「そう警戒しなくていい。俺は興味本位で来ただけだから」
支部長はそう言うと、シグルスを振り返る。それにシグルスは肩を竦めて答えただけだった。
「何ですか・・・?」
「あー、いや。君の顔をどっかで見た気がするんだけど・・・人違いか?」
「さ、さぁ?」
苦笑いしながら首を傾げた勇哉。
「確かに僕の知り合い、というかアレを子供にしたらこんな感じにはなるとは思いますけど」
ドアに寄りかかって腕を組んでいるシグルスが呆れたように言う。
「あの大喧嘩の後、二人共いなくなってるからって勝手に決め付けるな?」
「はい、そうです。主から何か告げられている奴は、ビュレス持ちでもいないからです」
しばらく支部長とシグルスをを食い入るように見詰めていた勇哉だが、顎に手をやると考え始めた。
「ビュレスって、“祝福を受けた力を賜う”的な意味?」
そんな呟きを洩らした勇哉に、支部長が訝しげな顔をする。まさか自分から話しかけるなんて、思っていたのだろう。
「原義では、そうだが」
「何で知ってるんだろう?何かわかります?」
「さすがに、それはわからんな」
支部長が唸りながら顎を扱く。
「ところで、君の名前は?」
その問いに勇哉ははっとする。
「勇哉です。ただの勇哉」
慌てて答えた勇哉を見て、支部長は苦笑いする。
「あっちの友達は?」
「拓哉です。・・・あの、拓哉は一応戸籍上では双子の兄なんですけど」
しゅんとなった勇哉の前では、二人が唖然とした顔になっていた。
沈黙。
「や、これはちょっと、理解するのに時間が・・・」
挙動がおかしくなり始めている二人に、勇哉は首を傾げる。
「何だって?僕と弟ですら似ている所はあったのに」
「うぇ?シグルスさんにも弟いるの?」
勇哉の質問には答えない。いや、答えられるだけの余裕がない。
「なぁ、シグルス。ちょっと聞いてきてもらえるかな?これは益々怪しくなってきた」
「は、はい。やるだけやってみます」
急いで部屋を出て行ったシグルス。それを見送った支部長はため息をつくと、言った。
「嫌な予感がするな・・・」
その呟きが耳に入ってきたのか、勇哉は口をへの字に曲げた。
いつ終わるのかわかりません。
三週間程間を開けて投稿すると思います。
・・・日本だから、大丈夫ですよね?