第1章
アルテミス計画に便乗し、スペース・ファンタジーを書きました。どうぞ、よろしくお願いします。
人類の開拓精神が宇宙に向かって一世紀。
ひとは月面基地で資源を集め、ラグランジュ1に太陽系の各惑星開拓を支援するステーションを建造した。この開拓航路を起点に、あるものは新天地を、あるものは資源の利権を、あるものは歴史に名を残そうとフロンティアを目指して星の大海に旅立っていった。そこでは夢や希望、莫大な財産、名誉や栄光、そして死や絶望もが人々を待ち受けていた。
この時代、宇宙開拓は各国の企業体によって進められていたが、企業間競争が過熱し、産業スパイ、破壊工作など犯罪に対処する必要性が高まっていた。また一方では、過酷な自然環境における災害や事故によるレスキュー活動など、地球国家の協調をもって解決すべき事案が多発した。そこで各国は宇宙開拓における公共事業を担うべく、星界連合を設立した。
東京郊外。開け放たれた校舎の窓の遠く向こうには都心のビル群がゆらいで見える。
「平安時代の女房は、『夏は夜』とのたまったそうだけど、私なら、夏は昼。空の青くて、雲のもくもくして、日差しがバーンとくるのがいい。」
「なにがバーンだ、星奈。清少納言に謝れ!」
横から蒼真が間髪入れずに言い放ってきた。
この男は、星界連合立航宙学園高等学校東京校の同級生で、何かと私にかまってくる。文武両道、品行方正、容姿端麗の三拍子が揃って実にいいやつには違いないのだけど、真面目すぎる堅物なところが非常に残念なのだ。
「いいじゃん、いいじゃん。意味は合ってるでしょ」私は彼を振り返ることなく、天に向かって言い放った。
そして、今年の夏休みは何をして過ごそうかと香ばしく焼けた夏の空気を吸い込んで、夢と胸を大きく膨らませた。
「いや全然あってない。語彙選びが雑なんだよ。」
「あら、かの紫式部も言ってたわ。」
「清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人。さばかり賢しだち真名書きちらして侍るほども、よく見れば、まだいと堪へぬことおほかり。ってね。」
びしっと指を立てて、言い切った。
しばしの沈黙が流れる。
私の完勝だ。見上げれば空が抜けるように青く清々しい。
「わかったわかった、そろそろ終業式だ。講堂にいくぞ。」と諦め顔で蒼真が言う。私はスカートの裾がわずかに翻るのも気にもせずくるりと振り返り、蒼真の顔をかるく覗き込んでから「うん、行こう。」と教室を出ると、私たちは講堂へと向かうざわついた生徒たちの流れに混じって歩き出した。
航宙学園は、宇宙開拓における公共事業に従事するスタッフを育成するための教育機関で、中高校一貫だけでなく、航宙大学まで見越したカリキュラムが組まれている。私と蒼真は、星間航行に関連する分野へ進学すべく、普通科のクラスに加えてスターライン予科課程を専攻している。このスターライン選抜試験をパスすると、特別に大学への進学が認められ、各専門分野に分かれ深く極められる。さらになんと同時に公務員資格も付与されるため、お給料をもらいながら勉強できる。宇宙開拓に関わるキャリアパスとして、かなり優れた制度になっているのだ。そのためこの学園は人気が高く、優れた生徒が全国から集まってくる。私も蒼真も宇宙に憧れ、それぞれ単身地方から出てきたくちで、故郷を離れ東京の寮で生活している者同士なこともあってか、いつしかお互いに切磋琢磨し合う仲間となっていた。
空調の効いた広い講堂に全校生徒が集まり、つつがなく終業の儀が進み、いよいよ開放のときが来るその時、事態は急変した。明日から夏休み、そう言うと思われたいつもと変わらない口調で学園長から、さらりとスターライン選抜試験合格者が発表されたのだ。
「首席、天野星奈。次席、神代蒼真の2名は、7月23日、ラグランジュ1の航宙開発研究室へ出向。」
端的に言うと、念願の繰り上げ卒業だ。私は花のJKを半分も謳歌せずに、女子大生になってしまうようだ。そんなことを考えている私の横では蒼真が憮然とした顔で立ち尽くしていた。
講堂のざわめきがひとしきり収まり、学園長の長い講話が始まった。
「やったね、蒼真!」私は彼の脇腹を肘でつつく。
「なんでまたお前が首席で、俺が2番なんだよ。」ひと呼吸あいて彼は続けた「納得がいかない。」
「そんなの何だっていいじゃない、やっと宇宙に行けるんだよ!」私はもうワクワクが止まらない。青い空の向こう、無限に広がる輝く宇宙、もうすぐにでも学園を飛び出して、宇宙港に向かいたい気分だ。
「はぁ・・・星奈は、いつも雑なくせして、毎度まいど想定外なとこで的を得てくるからな。」ため息とともに、ちくりと嫌味を言ってくる。そういう細かいこと言ってるようだとモテないぞ、と言い返そうとして、やめた。悔しいが蒼真は正直モテる。バレンタインデーにクラス外の女子からチョコをもらっていたし、隠しているけどラブレターのひとつやふたつもらっているのも知っている。小学校のフォークダンス以来、男子と手を繋いだことすらない私にこの戦法は不利だ。
「清少納言のことまだ根に持ってるの?いい加減、機嫌直して一緒にヴァッケーションと行こうよ~。」
「そういうとこが雑なんだよ、少しは人の気持ちってのを考えろ。」
彼の鋭い視線に私は満身の笑みを彼に返す。彼は天を見上げる。
「そうだな……。だが次は俺が。」
どんな表情をしてそう言っているのか私には見えなかったが、いつもの優しいけど力強い声だった。




