第9話 最後の戦い
カクヨムにも掲載しています(カクヨムには第二部を掲載中)
出稼ぎ労働の傍ら、生活費を極限まで切り詰める節約生活。その甲斐あって、俺の口座にはわりかし順調に金が貯まっていった。
(よぉし、このペースなら想定より早く目標額に到達するぞ)
そう思っていた矢先、世界を震撼させる未曾有の事態が起こる。
――新型コロナウイルスの世界的パンデミックだ。
飛沫防止のためのマスク着用、外出自粛、飲食店の時短営業。世間の生活環境は一変し、経済は混乱の渦に巻き込まれた。
だが、不謹慎を承知で言わせてもらうなら、俺にとって悪いことばかりではなかった。
職場の飲み会が好きな連中には申し訳ないが、俺はああいう無駄な出費を伴うイベントが大嫌いだ。
だから、コロナを理由に全ての飲み会やイベントが消滅したことは、軍資金を貯める上で『最高の追い風』となっていた。
コロナ発見から数ヶ月。有効なワクチンもなく感染者は増え続け、恐怖から逃避するようにドル円は100円近辺まで強烈な円高が進んでいた。
肝心のFXはというと、俺はまだ軍資金を貯めている途中だったため、低ロットでちょこちょこと相場に触れる程度に留めていた。
◇
新型コロナ発見から約3年後。
WHO(世界保健機関)が終息宣言を出し、日本でも第5類へと移行。世界がようやくかつての日常を取り戻し始めた頃……俺の貯金も、ついに目標金額を捉えていた。
(あともう少しで800万。……いける!)
2023年11月。目標だった500万円を大幅に突破し、ついに軍資金は『800万円』に到達した。
俺は迷わず工場を辞め、地元へ帰り、再び専業トレーダーとしての勝負に出る。
これまでも本気で「億り人」を狙っていたつもりだったが、今回の本気度は次元が違う。
過去の愚行を全て洗い出し、俺は一から相場の勉強をやり直した。
その結果、今までの「インジケーター頼みの手法」では絶対に勝てないと悟り、トレード手法を根本から構築し直すことにした。
具体的に言うと、チャートに表示させるインジケーターを『移動平均線』のみに絞ったのだ。
これまでの俺は、不安をかき消すように必要以上のインジケーターを詰め込みすぎていた。結果、情報過多に陥り、都合のいいサインだけを信じて自爆していた。
だからこそ、世界で一番使用者が多いシンプルな移動平均線だけを残した。
そして何より重要なのが『ダウ理論』、『水平線』、そして『トレンドライン』の習得だ。
水平線やトレンドラインは今までも何となく引いていたが、ダウ理論に至っては名前を微かに聞いたことがある程度。使い方も概念も、全く理解していなかった。
猛勉強の末に分かった。ダウ理論は、相場の『骨格』だ。
こんな超重要スキルを知らずに戦場に立っていたなんて、無謀以外の何者でもない。
例えるなら、RPGの初期装備のまま、ラスボスに突撃して「勝てない!」と泣き喚いていたようなものだ。
(インジを移動平均線だけにすると……めちゃくちゃチャートが見やすいな)
最初は画面がすっからかんで心細さを感じたが、不思議なもので、続けていると相場の波(ロウソク足の動き)そのものが手に取るように見えてきた。
(これ、完全に俺に合ってるかも!)
手法の改善が見事にハマり、なんと復帰初月で『月間収支プラス40万円』を達成した!
(この調子で毎月勝てれば……年収500万ペース! よっしゃ、来月もこの調子で稼ぐぞ!!!)
――だが、相場はそう甘くはない。「そうは問屋が卸さない」とはよく言ったもので、翌月には相場とリズムが噛み合わなくなり、先月の勝ち分の半分が綺麗に消し飛んだ。
(落ち着け。まだトータルはマイナスになったわけじゃない。こっから巻き返すぞ)
舞台は2024年。ドル円は歴史的な円安トレンドに乗り、150円後半を推移していた。
日銀の為替介入への警戒感から、上値が異様に重い展開が続いている。
(上が重い。ここはショート(売り)だ)
俺は壁を背にしてショートで勝負に出る。
予想通り、151円前後が強烈なレジスタンスとなり、レートは反落。
「よっしゃぁぁあ! 完全に狙い通り!」
ある程度落ちたところで利確し、再び上がって来たところを叩く。だが……今度はその分厚い壁が破られた!
「あ〜、今回は抜かれたか……。まぁ、しょうがない」
150円台の壁を突破された時点で、俺は素早く『損切り』をし、様子を見ることにした。
……そう、成長したのだ。お祈りトレードはもうしない。
しばらくすると、介入ラインと噂されていた151円台もあっさりと突破!
(予想通り、151円じゃ日銀は動かなかったな。安易に飛び込まなくて正解だ)
世間では「152円前後で日銀の介入砲が来る」と予想されていたが、そこも無風で通過。
(焦らしてくるな。……来るなら、ここだろ?)
152円50銭前後。ここが介入のデッドラインだと予想した俺は、渾身のショートを打ち込む!
――だが無情にも、レートは止まらない。どこまでも、どこまでも上がっていく。
「誰だよ! 152円を明確に超えたら介入があるって言ってた奴はよォ!」
介入はないと判断した投機筋が群がり、153円、154円、155円と、常軌を逸した円安が進行していく。
「……もう、無理だ……」
さすがにこれ以上の逆行は精神が崩壊すると判断した俺は、155円を超えたところで潔く損切りをした。
今までの俺なら、ここで完全に頭に血が上り、怒りのリベンジトレード(限界ロットでの全力ショート)をブチ込んでいた場面だ。
――だが、今回の俺は一味も二味も違う。
沸き上がる感情を奥歯を噛んで押し殺し、徹底した『傍観』を決め込んだのだ。
俺が切った後も、レートは狂ったように上昇し、158円台へと突入!
そして、2024年4月29日……日本の祝日(昭和の日)に、それは起こった。
薄商いの市場を狙い撃ちにするかのように、ついに大台の160円を突破。
もう介入はないのかと世界が油断したその瞬間――日銀の『為替介入』が炸裂した!!!
「日本の祝日に奇襲してくるとか……マジかぁぁぁエグい!」
ポジションを持っていなかった俺は、阿鼻叫喚のタイムラインを眺めながら、ただただ静観していた。
介入の鉄槌により152円台まで暴落したが……相場の円安熱は冷めやらず、そこから不死鳥のように上がり始める。
――2ヶ月後、何事もなかったかのようにドル円は160円台へ生還していた。
俺は、前回の高値(160円台)付近でショートを構える。
(頼む、いい加減ここで弾かれて落ちてくれよォ)
だが、切実な願いは届かず、レートは前回の高値をあっさりと更新!
「ハァ〜、マジでやってられん……」
素早く損切りをし、再び傍観モードへ。
数日後、ドル円はついに『162円手前』まで到達した。
(ショート打ちたい……けど、まだ底なしに上がりそうだな……)
どこまで円安が進むのか見当もつかず、俺はただチャートを見つめることしかできなかった。
「……やっぱ、さっきの天井でショートしとけば良かったなぁ」
162円手前で弾かれ、160円台前半まで急落。しかし、再び162円手前まで力強く戻してくる。
「ダブルトップ(天井)完成を狙ってショートするか? いや、上げの勢いが異常すぎる。ここはステイだ」
いつもならレジスタンスライン付近で脊髄反射のように逆張りする俺が、上昇の勢いの異常さを察知して躊躇していた。
――その時! 二度目の巨大な鉄槌が下された。
7月の『為替介入』である!!!
「うおぉぉ、ここで来たかぁ!」
ショートしておけば爆益だったと悔やむ反面、「ロングを持っていなくて本当に助かった」と胸を撫で下ろした。
どこかで飛び乗ろうと機をうかがったが、ボラティリティ(値動き)が殺人級すぎて手が出せない。
結局、何もできずに傍観したままこの日は終わった。
「どうせまた、しばらくしたら介入前の水準に戻すんだろ? なら、下がりきったところでロングだな」
介入で瞬間的に下がっても、円売りのトレンドは変わらない。今まではずっとそうだった。
だから俺は、自信満々にロングを拾った。
だが……今回は違った。日米の金利差縮小の思惑も絡み、トレンドが完全に転換してしまったのだ。
その結果、俺を待っていたのは――爆損である。
「何で今回に限って戻さねぇんだよッ!」
その後も、反発を信じてロングをしては刈られ、ロングをしては刈られを繰り返す。
大きな反発を見せることなく、ジリジリと底なし沼のように下がり続け……最終的に、ドル円は『141円台』まで暴落した。
結局、介入後の下落トレンドではほとんど勝つことができず、気付けば損失が膨れ上がっていた。
ただ、一つだけ過去と違うのは『損切りを浅く徹底していた』ため、全財産を失うような致命傷には至っていないということだ。
(完全に下降トレンドに変わったな。よし、目線をショートに変更だ!)
頭を切り替え、順張りでショートを入れる。
「ハァァァア!? お前、余計なこと言うなよ!!!」
直後、日銀副総裁の「市場が不安定な状況で利上げはしない」というハト派発言が飛び出し、相場は急激な円安(上昇)へ逆回転!
俺はまたもや、理不尽な損切りを食らった……。
(俺が買うと下がる。俺が売ると上がる。……誰か、俺のモニター監視してないか? もうどうしたらいいのか分からん……)
その後も必死に相場にしがみつきトレードを繰り返したが、ジリジリと損失は増えるばかり。
気付けば、今年ももう終わろうとしていた。
2024年の最終損益。
――マイナス、165万円。
800万円の資金から165万円を失った。
……そう。俺は、強制退場させられることなく、600万円以上の軍資金を残して『生き残った』のだ。
(とはいえ……やっぱり、俺にはFXの才能はないのか……?)
あれだけ意気込んで、出稼ぎまでして本気で挑んだのに、結果はマイナス。
さすがに心が折れかけ、引退の二文字が頭をよぎった。
だが、数秒後。俺は力強く首を振った。
「――否。俺がFXを辞める時は、俺が死んだ時だ!」
まだ弾はある。戦える。
というわけで、オーストリッチマンの戦いは来年以降も続くのである!
最後に。これからFXという魔界に足を踏み入れようとしている読者に、俺から伝えたいことがある。
俺みたいな『相場の養分』になりたくないなら、以下の3つを絶対に守れ。
・感情的トレードはするな。
・負けを取り返そうとするリベンジトレードはするな。
・自分の「得意パターン」の形になるまで、ひたすら待て。
以上のことが息を吐くように自然にできれば、自ずと結果はついてくるはずだ。
そして、もしこの3つが守れないと自覚している奴は――絶対に、FXに手を出すな!
第一部完
――――――――――――――――
ご愛読ありがとうございました。
まだ資金が残っているので現在挑戦中。よって、第二部執筆中です。
YouTub(オーストリッチマンのFX)でリアルトレード配信をしています。
過疎配信ですが、FXやラノベなどの話をしに来てください!




