第8話 仮想通貨に手を出す
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アメリカ大統領選のトランプショックで資金を失いはしたが、完全にゼロになったわけではない。口座にはまだ50万円の残金がある。これを入金してトレードを再開することも可能だ。
――だが俺は、再び過酷な工場労働へと戻る決断を下した。
理由は単純だ。今の俺のメンタルで、雀の涙ほどの資金を入れたところで、どうせまたすぐに溶かすと悟ったからだ。
(そもそも、俺みたいなアホが100万から『億』を目指したのが間違いだったんだ……)
血のにじむような勉強ができ、自分で決めたマイルールを死守し、どんな状況でも機械のように冷徹にトレードできるバケモノたちなら、100万円からでも億を狙えるだろう。
――しかし、俺はどうだ?
少し逆行しただけで感情的になり、勉強はめんどくさがってインジケーター頼み、そして何より自分に甘いダメ人間だ。
そんな奴が少額から億り人になれるわけがない。
そこで俺は考えた。スタートの資金力を暴力的に引き上げれば、心に余裕を持ってトレードができる。即ち、億トレーダーになれる確率がグッと上がるはずだと。
(よし、最低でも500万……いや、それ以上の軍資金を貯めよう!)
かくして俺は、500万円以上のキャッシュを確保するため、年明けから再び自動車工場での出稼ぎ労働をスタートさせた。
もちろん、働きながらでも夜にトレードは並行してやるつもりだった。
◇
だが、現実は甘くない。
自動車工場で働き始めてから、俺のトレード回数は……まさかの『ゼロ』。
理由は二つ。一つは、肉体労働がきつすぎて疲労困憊だったこと。
もう一つは、引っ越したばかりの寮に『ネット回線』が引けていなかったからだ。
(あ〜、早く回線工事の日にならないかなぁ……)
スマホのアプリでもトレード自体は可能だ。だが、画面が小さく機能も限られているスマホでの取引は、俺のプレイスタイルには合わない。やり慣れたパソコンのモニター環境でしか勝負しないと決めていた。
それから数日後、ついに我が家に光回線が開通した。
(っしゃあ! やっとトレード出来るぜ!)
とは言ったものの、疲労でバキバキの体ではまともな判断ができないと自覚していた俺は、体が仕事に慣れるまでは本格的な参戦を見送ることにした。
完全に相場から距離を取ると勘が鈍るので、チャートの動向だけは毎晩監視し続ける。
◇
働き始めて2ヶ月。ようやく体が工場労働のサイクルに慣れてきた。
(だいぶ余裕が出てきたな。そろそろ実戦復帰するか!)
奇しくもその日は、月に一度のお祭り騒ぎ。アメリカの『雇用統計』が発表される日だった!
雇用統計は、全世界のトレーダーが固唾を飲んで見守る超重要イベント。発表の瞬間、相場は狂ったように上下に荒れ狂う。
(まぁ、復帰戦だし。1ロットだけ運試しで勝負してみるか)
俺は「1ロットだから」という免罪符を掲げ、悪名高き『雇用統計ギャンブル』に手を出した。
発表直前に上がるか下がるかの2択を当てる。確率50%の丁半博打だ。
決して分が悪い勝負ではないし、負けてもたかが1ロット。そうタカを括って、俺はロング(買い)ポジションを握りしめた。
「さぁ、上に飛んでくれよォ!」
22時30分。雇用統計の結果が世界に放たれた。
「……は? おい、ウソだろ、止めてくれェェェッ!!」
結果は予想を下回り、ドル円は真下に向かって垂直落下した。
一瞬で50銭の暴落。少しリバウンドしたかと思いきや……再び底を抜けて急落。
その凶悪な値動きのスピードに耐えきれなくなった俺は、たまらず損切りボタンをターンッ!と叩いた。
「ハァァァア!? ふざけんなよ!!」
損切りから数十分後。
チャートは綺麗なV字を描き、何事もなかったかのように俺が買った『建値』まで戻ってきた。
……いわゆる、トレーダーが一番発狂する『全モ(全戻し)』である。
(もう二度と……指標ギャンブルなんかやらん……)
俺はモニターの前で、静かに涙を流して誓った。
その後は心を入れ替え、1ロットでコツコツとトレードをする日々が続いた。
仕事終わりの限られた時間、しかも1ロットなので大負けはない。当然、大勝ちもない。口座の資金は面白いくらいに『横ばい』だった。
「頼む、お願いだから大統領、もう何も呟かないでくれっ……!」
この時期、トランプ大統領がTwitter(現X)で何かを呟くたびに、相場が竜巻のように荒れ狂っていた。
いわゆる『トランプ砲』だ。これには俺だけではなく、世界中の全トレーダーが同じ悲鳴を上げていたに違いない。
要人の気まぐれな発言一つで乱高下する相場に嫌気が差した俺は、トレード回数を極端に減らし、ひたすら工場で「500万円」を貯めることだけに専念し始めた。
◇
そんな折、今の工場より時給が高く、『寮費無料・光熱費も1万5千円まで会社負担』という神がかった好条件の求人を発見。
俺はすぐさま応募し、華麗なる転職を決めた。
(これで今までより、遥かにハイスピードで軍資金が貯まるぞ!)
徹底した節約生活の甲斐もあり、口座の貯金は順調に膨れ上がっていった。
そんな時だ。世間で『仮想通貨(暗号資産)』が異常なまでの熱狂を見せているのを知ったのは。
(……これは、ビッグウェーブに乗るしかねぇ!)
出稼ぎで貯めた資金を武器に、俺はこの狂乱のバブルに便乗すべく仮想通貨の取引所に口座を開設した。
王道の『ビットコイン』を買おうとしたが、すでに価格が高騰しすぎていて手が出ない。
そこで俺が目を付けたのが、まだ単価が安いアルトコイン(草コイン)……『XRP』、『NEM』、『LSK』の3つだ。
この3つに絞った理由は単純明快。価格が安いことと、SNSで「絶対に上がる最強のコイン」と推しているインフルエンサーが異常に多かったからだ。
購入して数日後。
(ヤバい……寝て起きただけで、勝手にお金が増えてるぞ!? 仮想通貨、最高すぎるだろ!!!)
俺は心の底から歓喜した。
チャートを開くたびに、買ったコインの価格が右肩上がりに爆伸びしていく。労働なんてバカらしい、毎日が楽しくてしょうがなかった。
SNSで持て囃されていたXRP、NEM、LSK。俺を億り人へと導いてくれる『最高の仲間』たち。
……だが、こいつらがまさか、後になって俺の資産を根こそぎ奪う『悪魔』へと変貌するとは、浮かれていたこの時の俺は知る由もなかった。
そんなある日、世界を揺るがすとんでもないニュースが飛び込んできた!!!
――『取引所コインチェックから、約580億円相当の仮想通貨「NEM」が不正流出!』
史上最大のハッキング事件。
この事件を決定的な引き金として、熱狂していた仮想通貨バブルは完全に崩壊。ビットコインをはじめとする全てのコインが、地獄の底へと暴落を始めた。
(ウソだろ……頼む、時間を戻してくれェッ!)
そう天に願ったが、時すでに遅し。
味方だと思っていた俺の『XRP』、『NEM』、『LSK』は、見る影もなく暴落し、文字通りの『電子ゴミ』と化していった。
これまで血と汗を流して工場で貯め続けた大切なお金の、実に『3分の2』をこの魔界に突っ込んでいた俺は、致命的な痛手を負った。
(……また、一からやり直しか……)
一攫千金の夢は無残に散った。
大いなる裏切りに遭い、仮想通貨投資に見事に失敗した俺は、再び失ったお金を取り戻すため、工場の寮でひたすら節制した日々を送ることになるのだった。
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