第4話 軍資金を確保へ
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全財産50万円をフラッシュ・クラッシュで失い、見事に強制退場させられた俺。
だが、FXを完全に引退するつもりは毛頭なかった。
――これだけボコボコにされて、なぜ辞めないのか?
答えはシンプルだ。『負けた分を取り返したい』。ただその一心である。
戦場に戻るためには、何よりも弾……つまり「軍資金」が必要だ。俺は血眼になって求人サイトを漁った。
そして、条件にピッタリの仕事を発見する。
すぐさま応募して採用を勝ち取り、2011年の正月明けから俺の新生活が始まることになった。
仕事内容は、住宅関係の工場作業員。勤務地は、地元・長崎から遠く離れた雪国、『富山県』だ。
この仕事を選んだのには、明確な4つの理由がある。
その1、業種は違うが、過去に工場勤務の経験があること。
その2、日勤のみの勤務であること。(工場は夜勤の交代制が多いが、相場が一番動く夜の時間は『トレード』に当てたかったため、日勤専従は絶対条件だった)
その3、契約更新が1ヶ月ごとと短いこと。目標額が貯まれば即座に辞めて、専業トレーダーに戻れる。
その4、残業が多いこと。残業代で稼げないと、軍資金の貯まるスピードが遅くなるからな。
かくして、俺はFXの軍資金を作るため、愛車に乗り込み九州から富山県へと大移動を決行した。
(明日から仕事かぁ。緊張するな……)
見知らぬ雪国での生活に不安はあったが、それ以上に「これでまたFXができる」という謎の高揚感に包まれていた。
◇
翌朝。目覚まし時計の音で跳ね起き、素早く身支度を整えて送迎バスの集合場所へ向かう。
マイカー通勤も可能だったが、九州男児の俺はスタッドレスタイヤなどという雪国装備を持っていない。大人しくバスに乗ることにした。
バスに揺られること約30分。勤め先の工場に到着した。
規模は、以前働いていた自動車工場の6分の1程度。大きすぎず小さすぎずといったところだ。
一番不安だったのは人間関係だが、配属先の先輩は同い年くらいで、非常に気さくな人だった。
「オレ、来月で辞めるからさ。短い間だけどよろしくね」
どうやら俺は、この人の引き継ぎ要員として呼ばれたらしい。
変な体育会系のノリやハラスメントもなく、彼が辞めるまでの1ヶ月間は終始和やかに仕事を覚えることができた。
――さて、肝心のFXはどうか。
結論から言うと、富山に来てから俺は『一度も』トレードをしていなかった。
先に言っておくが、パチンコや酒で散財してタマ(資金)がないわけではない。
理由は単純。毎日2時間の残業で『疲れ切っていたから』だ。
仕事から帰り、メシ、風呂、洗濯などの家事をこなす。
その後、チャートを開いてトレードする時間は、物理的にはあった。
――だが、気力がない。全く起きないのだ。
(無理だ……。日中ガッツリ肉体労働をして、夜はFXの荒波で精神をすり減らしてる奴ら、バケモノすぎるだろ……)
「働きながら夜はFX」という俺の甘い計画は、開始早々に頓挫した。
方針転換だ。ここで目標額まで一気に稼ぎきり、長崎に帰って『専業トレーダー』として勝負する。
そう決意した矢先、俺の耳に吉報(人によっては凶報)が飛び込んできた。
納期の関係で、残業時間がさらに増えるというのだ。金目当ての出稼ぎ労働者である俺にとっては、まさにボーナスタイム到来である。
宣言通り、毎日3時間の残業が当たり前になった。
そんなある日の朝礼で、課長が申し訳なさそうに切り出した。
「毎日3時間も残業してもらって本当に申し訳ないんだが……残れる人だけでいい、3時間『以上』の残業をお願いできないだろうか?」
労働基準法的にどうなのかは知らん。だが、俺にとっては軍資金を荒稼ぎする絶好のチャンスだ!
俺は二つ返事で了承し、その日から残業は『4〜7時間』という未知の領域に突入した。
さらに土日の休日出勤もフルで追加。
残業も休日出勤も一切断らなかった結果、気付けば『21連勤』を達成していた。
誰がどう見ても真っ黒なブラック労働だが、FXの負けを取り返すという狂気に取り憑かれた俺にとっては、ありがたい環境だった。
朝起きて工場に行き、深夜に帰ってきて泥のように眠る。プライベートの時間はゼロだ。
――何が楽しいんだ? と思われるかもしれない。
だが、これは自業自得。FXで全財産をぶっ飛ばした俺が悪いのだ。耐えるしかない。
それに、全くの無味乾燥な日々というわけでもなかった。
職場の食堂で見かける女の子に、俺は密かに一目惚れをしていたのだ。
1ミクロンのズレもない、完璧なドストライク。
なんとか友達になりたい……いや、せめて言葉を交わしたい。本気でそう思っていたが、疲労困憊の出稼ぎ労働者にそんな勇気があるはずもなく。
結局、俺は食堂で彼女の姿を『チラッ』と盗み見ることしかできなかった。
だが、それだけでも荒んだ心は癒され、過酷な工場へ向かう足取りは少しだけ軽くなった。
◇
血と汗と涙の連勤の末、目標としていた『150万円』の余剰資金を確保した俺は、工場を辞めて長崎へと帰還した。
(さて、今日から俺の第2次FX人生の幕開けだ!)
まずは100万円を口座に入金し、モニターの前に座る。
だが、以前の環境とは決定的に違う点が1つあった。
――『レバレッジ規制』だ。
2011年8月。日本の法律が変わり、個人口座のレバレッジは最高でも『25倍』までしか掛けられなくなってしまったのだ。(かつては200倍)
そのため、100万円の資金では、以前のような無茶な大ロット(30ロットなど)の勝負は打てなくなっていた。
(まぁいい。今回は100万の大台からのスタートだ。もう、絶対に失敗は許されない)
再出発にあたり、俺はこれまでの敗因を頭の中で反芻した。
(常にポジションを持っていないと落ち着かない『ポジポジ病』、損切りできない『お祈りトレード』、熱くなってナンピンする『感情的トレード』、なんとなく上がりそうという『値ごろ感トレード』……)
見事に、巷で言われる「FXで破産する奴の典型的な特徴」のフルコースをコンプリートしていた。
今回こそは、絶対にこれらの悪癖を封印すると固く誓う。
(久々の実戦だ。まずは1ロットで、相場の感覚を取り戻すか)
慎重な肩慣らしを終え、いよいよ本格始動。
主戦場は馴染みのある『ドル円』。ロット数は10ロットだ。
――だが、イメトレ通りには全くいかなかった。
入念に準備したはずなのに、面白いように逆行され、じわじわと資金が削られていく。
(クソッ、このままじゃジリ貧だ……。ちょっとボラティリティ(値動き)の大きいヤツに乗るか)
焦り始めた俺は、ドル円から『ポンド円』へと主戦場を移した。
(まずは1ロットで様子見だな)
ポンド円はドル円に比べてスプレッド(手数料)が広い。そして何より、値動きの激しさからトレーダーたちの間で『殺人通貨』と恐れられている銘柄だ。
だが、実際にチャートを眺めてみると、俺の想像していたような凶悪な動きはしていなかった。
(なんだ、言うほど激しくないじゃないか。これなら俺でも抜けるぞ)
完全に舐めてかかった俺は、ロットを『10ロット』に引き上げ、ポンド円の海へ飛び込んだ。
「ヨシ、少し上がった! はい利確ぅ!」
5銭ほどの小さな値幅をスキャルピングで抜く。コツコツと利益が積み重なっていく。
(ドル円より値動きが素直で、ポンド円の方が俺に合ってるかもな!)
そう調子に乗った――まさに次の瞬間。
俺は『殺人通貨』の本当の恐ろしさを、身をもって知ることになる。
「……は? ちょっと待て、なんだこの動き?」
重要な経済指標の発表もない。要人発言もない。
それなのに突然、ポンド円のチャートが垂直落下を始めたのだ。
「どうする!? 切るか!?」
ロング(買い)を持っていた俺の含み損が、滝のような勢いで膨れ上がっていく。
これ以上耐えれば即死する。恐怖に駆られた俺は、慌てて損切りボタンを叩き割る勢いでクリックした。
――そして数十分後。
垂直落下したチャートは、何事もなかったかのようにV字回復し、俺が買った建値のラインまでスッと戻ってきた。
「ハァァァア!? ふざけんなッ!! じゃあ、俺のあのパニック損切りは何だったんだよ!!」
いわゆる「ストップ狩り」のような、意味不明な乱高下。
その後もポンド円の理不尽な動きに翻弄され続け……雪国で21連勤して稼いだ血の結晶は、あっという間に相場の養分となって消え失せた。
「……もう、二度とポンドには触らん」
たった数十銭の値動きで寿命が縮む思いをする俺のような凡人に、『殺人通貨』を飼い慣らすことなど不可能だと、骨の髄まで思い知らされたのだった。
YouTub(オーストリッチマンのFX)でリアルトレード配信をしています。
過疎配信ですが、FXやラノベなどの話をしに来てください!




