8.蛇の呪い
西の地域。戦前、戦時は一つの国が統治していたとされる。コンロ•オルデンの別荘はその最南端の森に位置している。
「ここは人が多くて怖いね…!」
「なんでコンロは遠征に行けないの?」
「ここじゃ話しにくいから、もうちょっと静かなところ行ってからね!」
建物が規則正しく建ち並んでいて、大通りの先には国会議事堂が存在する。その大通りは、人の足跡が絶え間なく鳴り響いていた。
「国名はロク。西には大きく分けて6つ地域がある。それが名前の由来だ。戦後、過去の行いや出来事を隠そうとして一国で情報漏洩を防ぐための法律を作った」
ラッキーは黙って話を聞く。ローブに包まれているためコンロの話し声が聞こえづらい。
「そして今、その過去を掘り起こそうとする開拓者たちが1番集まる街。それがこの街、セントラルだね」
別荘からの距離は計り知れない。通常では馬車と鉄道を乗り換えて半日かかる。水龍ハーディが運んでくれたおかげで夜までには帰ることができそうだ。
大通りから狭い路地へ抜けて、迷路を攻略するかのように何度も曲がり角を曲がる。建物の中に入ったかと思えば、中から階段を登り下りしていく。
「本当にお目当ての場所はこっちなのか?」
「うん!何度も来ているからね、間違えることはないよ!」
障子の引き戸。開けると一面畳の大きな和室が構えており、床に焚き火のある鍋料理屋のような場所についた。
「いらっしゃい、何を?」
「鳥の山菜鍋を。うどん付きで」
どこからともなく現れた店主のおばさんは、消えるようにその場から立ち去った。
「雰囲気ある場所だな」
「でしょ!?それで、少し私の話をしようか!」
そう言うと、コンロはローブと顔布を脱いだ。
「え、とってもいいのか、その顔が見えちゃうんじゃ...」
ラッキーは初めてコンロの顔を見た。小鼻で整った顔つきをしていた。
———しかし、顔立ちの良さなど気にならないほどに異様な光景がそこにはあった。
右頬に、蛇の影が浮かび上がっていた。顔の表面を泳ぐように影が移動している。
「驚いた?私がこれを人に見せることはほぼない!ラッキー君、責任とってね!」
そう言って笑ったが、コンロの視線は一瞬だけ、探るようにラッキーの目を見ていた。その反応を確かめるように。
「なんのだよ」
「昔話ね!私は終戦地である灯台に関連する文献を手に入れた」
「…え!?」
「これはこの世界で初の事例。全ての開拓者が血眼で探している文献だったんだよ!でもその文献には呪いがかけられていたね、油断しちゃった。結局文献も持ち帰れずね、海の藻屑になっちゃった」
「その…顔を動き回ってる蛇は呪いだと」
「そう!この蛇はいわゆる呪いのマーキングみたいなものかな!人間が一定時間見ると、その人間にも伝染する!魔物が見たら、なぜかわかんないけど脳死で襲ってくる!蛇の影の部分は、光に当たると死ぬほど痛いね」
「…人間に伝染!?俺は!?」
「それに、呪いは戦時以来誰も会得していない術だから、呪いがかかっているのがバレたらどうなるか。死ぬまで追われて、捕まったら研究されて、最悪解剖されちゃうかも」
「うぇ…ていうか、俺が伝染するっていう話は!?」
落ち着きなよ、と手であしらいながらコンロは何かを取り出す。
「これ!呪いを防ぐ魔道具!これを付けておけば、私の顔を見れるし、過去の文献を手にとった瞬間に呪いにかけられることもなくなる!」
水色の楕円形のピアスを手渡しで受け取った。コンロの手は、小刻みに震えていた。
「そんな便利なものあるなら…」
「この魔道具は金貨5枚分の価値があります」
「えぇ!?」
ラッキーは混乱する。
銅貨1枚で野菜が何個か買える。日本円だとおよそ500円ほどだろう。その100倍の価値があると言われている銀貨が5万円。その100倍が5枚…。
「に、にせんごひゃくまん…!?」
「久しぶりに聞いたよ!円!?懐かしい!」
待て、待て…?光で痛くなる?上の照明の光はどうなんだ?さっき手が震えてたのも…?
「…今、痛い?」
「めっっちゃ痛いよ、でも久しぶりにフェイストゥーフェイスで話せて、幸せ!」
「…そっか」
「お待たせしました、コンロ様。こちら火加減に気をつけてお召し上がりください」
あっという間に鍋がセットされ、具材が入っていった。鶏ガラの匂いがするスープが鍋を満たしていく。
「このおばさん、私の昔の友達の分身だよ。この空間にだけ、ずっと存在できるようにしたくて、畳の下にドデカい魔法陣を描いているんだよね」
「布、いいの?」
「食べ終わるまでは、脱ぎっぱなしでもいいかな!」
こしのあるうどんと鶏肉と野菜を小皿に乗せる。
「ロワを連れて来たくなかったのは、その蛇のせいで自我を忘れるから?」
「うん、それもある」
白菜を口に頬張りながら、コンロは頬を落としている。ラッキーは「美味そうに食うなぁ」と呟きながらうどんを啜る。ラッキーにとっても、コンロにとっても、この世界に来てから一番楽しく一番美味しい食卓だった。




