4.修行の決意
「美味しい!」
声が大きい。この客人の名前はフロルで、ラッキーは、主土兎の肉と山菜を放り込んだ鍋を作った。味はそこそこ。すき家やマクドナルドを主食としてきたラッキーにとっては物足りないが、フロルやロワは我を忘れて食べている。
(この人、料理人の才能もあるなんて…)
「どうしたらこんな旨みが再現できるんだろか!いやできない!」
「誰でもできるわ」
この人たちは調味料というものを知らない。ただ適当なタイミングで海水から作った塩と山で採れた山椒をぶち込んだだけである。
フロルは笑いながら鍋に顔を近づける。その拍子に、外套の内側で何か硬いものが微かに鳴った。金属同士が触れ合う、乾いた音。
「あ…ラッキー•オルデン君、さっきも少し話したけど君にきてほしい所があるんだ」
「断る」
即答だった。
「…理由を聞かせてくれないか?」
ロワに睨まれる。「分かっているな?」と脅されている気分だ。
「俺は訳あって、今まで普通の生活が出来なかった。この街に来てからようやく人並みに暮らせているんだ。生活が安定するまではここを離れる気はない」
(いい!)
「良いとはなんだ?」
(いや、いや鍋の味がとても…)
「あぁ、それには同感だ」
「…史官の才がある者が、幼少期に殺害される例は後を絶たない。君の過去は聞かないでおくよ。でも居場所がバレているのは危険だ。いつ誰に襲われるか分からない」
(協会の連中が情報を売ったのか、それとも盗み聞きされていたか…)
「何にせよ、歴史に干渉できる案件に対して協会は黙っていない。いつ刺客が来るか分からない以上、私たち『灯台の影』の根城に身を隠すべきだ」
こいつは…。
(あやしい)
「あやしい」
「いや、いやいやいや『灯台の影』は最上史官アンビシオンが統治する、信頼と実績のある組織だ!複数の国と提携を結んで情報交換、および国防の補強など様々な…」
(焦りが丸見えです)
「そもそもどこで俺たちの存在を知ったの?」
「提携国オピタルからの情報で、灯台の影の諜報員が駆り出され、この地域を担当した私が人伝いに聞いてやってきたという流れだ」
(これは厄介ですね、オピタルは戦争後、西側の一国から独立している国で、国土は小さく兵力は拙いものの、”頭脳”を持っている)
「八方美人な国だ。灯台の影以外にも、ラッキーの情報を売ってる可能性が高い」
「ロワ」
(はい)
フロルは一瞬、視線を伏せた。鍋ではなく、ラッキーの腰元———弓矢の置かれた位置を。
「せっかく人生楽しくなってきんだ。こんな序盤で詰みたくない」
「お!?では…」
フロルが口を開いた瞬間、ロワは飛び立ち、眼球を目掛けて羽をぶつけた。
同時にラッキーは弓矢を持ち、石の尖った部分で首元を叩く。
フロルのもがく声を尻目に、弓矢と鳥を肩に据えて扉を開けた。
衝撃で体を飛ばされた直後、短刀が外套の内側から床に滑り落ちた。
「誰が敵か分からない。今日はここらでお暇させてもらう。それじゃあまたいつか」
夜風が一気に流れ込んで、鍋蓋が机から落下した。
部屋には、落下音とフロルの荒い息が残った。
「ぐっ…」
フロルは力を振り絞って、ロールを開く。
ロールから召喚された伝書鳩は、流れるようにフロルの頭に乗っかった。
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(彼は殺しにきていたのですかね)
「本当に手助けのために来た可能性もあるけど、武器持たれてると怖いよなぁ」
(こうしなければならなかったのは我々の弱さゆえです)
地図上にロワが付けた目印がある。ここから歩いて、ざっと2週間はかかるらしい。
「身を守れるくらいは強くなるために、まずは修行か」
(行きましょう、オルデンの血を持つ者がいる地に)
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一人の使用人が、伝書鳩を窓から迎える。
「アンビシオン様、フロルから手紙が」
老けた老人は書物を開く手を止めて手紙を受け取る。
“ラッキー•オルデン発見、交渉決裂”
「警戒心が強いのか、フロルの交渉が下手なのか…」
「おそらくどちらも、だな。手紙に無駄な情報を書かなかなったのは褒めても良いだろう」
使用人はため息をつきながら言う。
「甘すぎます」と。




