24.旅立ち
「世間はおそらく、混乱している。セキレイの山岳が崩壊したことによるものです。そこで、あなたが見た過去。それを史官となって世界書に書き記してください」
「なるほど。何故反対する?」
コンロは、分かってないね、と髪を掻いている。
「史官になるには、まず協会に行って申請をする必要がある。これがもう危険。もし協会の連中に目をつけられたら死は免れない。そんで、世界書に新情報を書き記せば開拓者を除く全人類に伝書鳩が届く。自分の存在を世界に知らせることになる」
珍しくコンロは声量を下げて忠告する。
「一つ目は分かるけど、二つ目は何で危険なんだ?」
「私は有名人だった。実体験から言うけど、だいぶ生きづらくなるよ?」
「…でも、灯台の場所を掴むには、いつか史官にならないと」
「ならなくてもいいよ!?別に、私の言う通りに動いてくれれば!」
「史官になれば色々と近道ができるかもしれない。情報を得るルートやある程度の名声も手に入るだろう?」
「分かってない!ホントに!」
「でも…」
「もういい!」
食卓が凍る。
コンロは吐き捨てて、部屋を出た。その後ろ姿は、いつもより幼く見えた。
「…コンロさんはおそらく、ラッキーさんに危険を犯してほしくないのでしょう」
「はい?あいつの指示で灯台の手がかりを探してるんだよ?戦地に向かわせてるのはコンロじゃん」
「鈍感ですね。私は昔からコンロさんを知っていますが、あんなに人間らしい彼女は見たことがありません。ラッキーさんが来てから、彼女の人生が明るくなっているのですよ」
(それには同意です。コンロ様はテンションはいつも高かったけど、あんなに感情を爆発させているところはあまり見ませんし)
「…ですが、私は史官になるべきだと思います。今一度ご検討を」
「了解」
夜更け。
廊下は静まり返っている。階段の隙間から、灯りがわずかに漏れていた。
ラッキーはため息を一つつき、その部屋の前に立つ。
「……入るぞ」
返事はない。
扉を開けると、コンロは机に突っ伏したまま、何かを書いていた。世界地図だった。発見した文献の場所、情報が眠る予測地。
「怒ってるか?」
「怒ってない」
即答だった。
「怒ってるじゃん」
「怒ってないってば」
子供みたいな声で言う。
ラッキーは、しばらく黙ったまま立っていたが、やがて壁にもたれかかった。
「俺さ。死ぬ気はないよ」
「……」
「有名になってもいい。目をつけられてもいい。だけどさ、灯台に辿り着くなら、リスクは踏まないといけないだろ」
コンロの肩が、ぴくりと揺れた。
「私は……」
彼女は顔を上げないまま、低く言う。
「私は、誰よりも灯台に近づいた。世界の裏側も見た。名声も浴びた。……その結果どうなったと思う?」
沈黙。
「普段はあんなだけどさ、私、生きるのに疲れたんだよ」
部屋が冷える。
「ラッキーまで、そうなるのが嫌なんだよ」
ようやく、彼女は振り向いた。
その目は、怒りではなく、恐怖だった。
ラッキーは少し驚いて、それから、ゆっくり笑った。
「心配してくれてんのか?」
「……当たり前でしょ」
声が震えている。
「俺は兵器じゃない。コンロの駒でもない。俺の意思で行く」
コンロは、しばらく彼を睨んでいたが、やがて諦めたように息を吐いた。
「……バカじゃん」
「そうかも」
「絶対死ぬな」
「善処します」
「善処じゃなくて確約」
「努力します」
「はあ!?」
怒鳴りながら、コンロは椅子を蹴る。
その顔は少しだけ笑っていた。
「私は変わっちゃったのかも。昔は灯台のことしか頭になかった。今は違う、孤独が怖いんだよ」
無言を貫くラッキーに、コンロは諦めたように言った。
「どうしても行きたいって言うなら、止めはしないよ」
「助かる」
不恰好な仲直りだった。
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荷物は少ない。
弓と最低限の装備。史官申請に必要な書類。
玄関で靴を履いていると、シェルが静かに現れた。
「行くのですね」
「はい」
「協会に申請してからは、常に意識を切らさないように努めてください」
シェルは少しだけ視線を落とし、それから決意したように顔を上げた。
「……一つ、頼みがあります」
「珍しいな」
廊下の奥から、小さな足音。
白い髪の少女が、柱の陰からこちらを見ている。
「彼女を、連れて行ってください」
「は?」
「え?」
ラッキーは思わず声を上げる。ついでに、シロエも。
「シロエは、結界魔法を独学で練習しています。私が一度止めたのにも関わらず、ひっそりと」
「あえ、いや、これは…」
ラッキーは思い出した。茶室で感じた、かすかな魔力の流れを。
「気づいてたのか」
「ええ。……ですが、ここでは限界がある。それに今まで自我を出さなかったシロエがここまで執着するなんて思いもしなかった」
シェルは、シロエの肩に手を置いた。
「良いタイミングかもしれません。この子は、外を知るべきです。そして、貴方の側で学ぶべきだ。なぜなら、結界魔法を最終盤まで完成させているから」
(結界魔法を!?)
ラッキーと驚いたが、第三者のロワが一番驚いていた。
「俺、保護者は向いてないぞ?」
「鈍感ですが、悪人ではないですし、あなたは強い。シロエをどうか頼みます」
「褒めてる?」
「一応」
シロエが、そっと前に出る。
「……強く、なりたいです」
小さな声。だが、震えていない。
ラッキーは頭を掻く。ロワが頭に乗っかってくる。
扉を開けると、朝の光が差し込む。
史官になるための道。
世界に自分を晒す道。
そして、灯台へ続く、遠い道。
「行こうか」
少女と共に、一歩を踏み出した。




